短々落語「一杯の時そば」
400文字以内のショートショート落語臭
「一杯の時そば」
(えーこれは人情噺の一つでございます)
大晦日の夜、蕎麦屋に幼子を連れた貧相な男が現れた。閉店間際だと店主が断ると、どうしても蕎麦を食べたいと言う。
店主は仕方なく親子を店に入れた。子を椅子に座らせた男はかけそばを一つ注文した。
そして、親子は湯気立つその一杯のかけそばをフウフウと息を掛けながら二人で食べ合った。汁一滴残さず食べ終えると男が言った、
「いくらだい?」
「百六十円で」
「小銭しかねえんで手ぇ出しねえ。それ一つ二つ三つ四つ五つ六つ七つ八つ、今何どきだい?」
「九つで」
「とお、十一、十二…」と払い終えると、男は子の手を引いて、すーっと店を出て行った。
時は経ち、数十年後の大晦日、立派な噺家になったその子は、一人その蕎麦屋を訪れた。
あの席に座り古ぼけた写真を台に置くと店主に言った、「かけそば一つ」
父亡きその噺家の十八番は「時そば」
時にその蕎麦屋がその噺家の色紙を飾り始めると店は大そう繁盛したそうな
短々落語「一杯の時そば」
お後がよろしいようで。