幻の楽園(十)Paradise of the illusion

幻の楽園(十) Paradise of the illusion

幻の楽園(十) 夏の終わりのブルー
Paradise of the illusion

夏のはじまり

休日の少し遅く起きた朝。
昨夜までの長雨は去り。
何事も無かったように窓の外は夏景色。

射し込んでくる夏の日差しは眩しい。
窓を開けると乾いた夏の匂いがする。
神社の大木で蝉が鳴いてる。
深呼吸して、それからコーヒーを入れよう。

Welcome to summer.

これから二人で夏のかけらを探しにいこうか。

Welcome to Ocean Bay FM. Free music selection program. Please enjoy the fleeting time of the day.

Welcome to the Morning lounge. Ocean Bay FM.
みなさん、おはようございます。オーシャンベイFMの蒼井 渚です。

爽やかな朝。今日一日の始まりの時間に音楽を添えてお送りいたしております。

さて、今朝のお天気は、晴れ。気象庁によりますと関東から東海にかけ梅雨明けになったそうです。
今日は、朝から快晴。真夏日となっています。

波情報、午前と午後ともに3m 南西の風。強い風が吹く事もあります。運転中の方はご注意ください。波は畝りの多い一日になるでしょう。

海へ出かける方は、気をつけてお出掛けください。

それでは、今日の一曲目。

ブレット&バター 渚に行こう

" まだ醒めやらぬ渚を君と
歩きたい二人で
君の口唇に星の名残り光が
接吻ける優しく

君 風に揺れ
僕は頬に囁く 愛しているよ
言えないことも 海の前なら
話せるような気がする"


 
今、僕は海岸沿いの防波堤と並行したように歩いている。

海岸線に沿って、長く続く防波堤の黒ずんだ灰色のコンクリートの壁は、僕の胸の下辺りの高さだ。
歩きながら南へ視線を向けると、コンクリートの壁の高さより少し上の方に並行する青い水平線が見える。遠くの空に入道雲が見える。
空の透きとおるような淡いブルーと穏やかな海の深いブルーの境界線。
海は夏の記憶の中のブルーそのものだ。


梅雨明けの朝。昨日まで続いていた長い雨が終わり、何事も無かった様に夏が始まる。朝から蝉の合唱だ。

嘘のように晴れわたり夏空が広がった。
夏の青空に白い入道雲が彼方に現れる。高気圧を突き抜けるように高く盛り上がっていく。

暑い日差しも、海から吹いてくる潮風も、道路側の夏の光に陰影を濃く残した雑木林も、僕の歩いている辺りは、至るところで夏の匂いがした。

夏の午後。緩やかな時の流れに身を任せている。

気分も爽快。心地よい日だ。

僕は、歩きながら久々の新鮮な夏の感覚を楽しんでいた。

しばらくして、僕の普遍的な夏の視界に変化が訪れる。

南から吹いてくる風になびく白いサマードレスのフレアースカートが少しずつ視界を遮る。

それから、歩いて揺れるフレアースカートから覗く綺麗なカーブを秘めた女性の脹脛からつま先が視界を遮っていく。

シックで華奢なサンダルなんかと組み合わせたら、とてもいい感じになるサマードレスだけれど、今は白いキャンバス地のスニーカーを履いてる。

彼女は、防波堤の上を平均台に見立てて歩いている。

綺麗な歩き方だ。美しくしなやかに歩いていく。

「やっと追いついた」

防波堤の上を歩きながらサマードレスの彼女が僕に話しかけた。

僕は、微笑して彼女の方を仰いだ。

緩くまとめたポニーテールに、大人の端正な顔立ちに何処か幼さの残る笑顔を見た。

僕たちは、立ち止まり。お互いの視線を重ね合わせる。

彼女の二重の大きな瞳が僕の視線を捕らえる。誰の印象にも残るきれいな瞳だ。

「晴れてよかったね」

「そうだね」

「風が気持ちいい」

「うん」

「もう、夏なのね」

彼女は、独り言のようにそう言って微笑して青空を仰いだ。

「行こうか」

「行きましょう」

そして、また僕たちは歩き出した。

歩く途中で、道路側を平凡な色のステーションワゴンが一台走ってきた。法定速度を少しオーバーした速度で通過して直ぐに見えなくなった。

車の走行音が遠くに消えて無くなると、再び潮騒と風の音だけが残った。

"あぁ。静かで穏やかだ"
潮騒は、心穏やかな気分にしてくれる

僕は、再び水平線の方へ視線を向ける。

それを遮る様に彼女が歩いた。

うっかりすると彼女の綺麗な脚に気を取られそうになる。

それを察したのか、彼女が揶揄う様に言った。

「やだ。どこ見てるのよ。馬鹿」

「水平線だよ」

「嘘ばっかり」

「綺麗だよ」

「馬鹿なんだから」

僕は、彼女の言葉に少し笑った。

「変な想像をしないわけでもない」

「馬鹿。馬鹿」

「さて、これからどうする」

「まだ、こうしていたい」

「防波堤を歩くのか?」

「いいでしょ」

「そろそろ、降りてきてよ」

「嫌よ。こうしていたい」

「波打ち際は歩かないの?」

「いいのよ」

「海が見たいわって言い出したのは君の方さ。降る雨は菫色。Tシャツも濡れたまま」

僕は、ふと好きな曲の歌詞を唄うように呟いた。

「あっ、あの曲ね。あの曲、私も好きなの」

「あいにくの晴れだけどね」

僕の言葉に、彼女は楽しそうに笑った。

「おいで、一緒に歩こう」

彼女が微笑すると、しゃがんで飛んで降りようとする。

僕は、彼女の手に手を差し伸べて繋いだ。

彼女が着地した瞬間、バランスを崩した。

僕は、とっさに彼女を受け止めるように抱きしめた。

潮風に靡く彼女の後髪。

彼女のほのかな甘い香りのする頸に頬をよせた。

二人は、躰を重合わせたまま楽しそうに笑った。

「ねえ、海」

「ん?」

「今は、夏のはじまりのブルーだけれど」

「うん」

「時が過ぎ去って、夏の終わりのブルーはまた違った色に見えるのかしら」

「さぁ」

夏の始まる予感がする海辺。

二人の夏は、これから始まったばかりなのに。彼女は、微妙なニュアンスを醸し出しながら言った。

遥は防波堤を降りて、しばらく二人は一緒に海岸線の防波堤沿いの舗道を歩いて行く。

途中から二人は、海岸に行き波打ち際を歩いた。

長く続く砂浜を歩く。振り返ると二人の足跡が四つ平行に彼方まで続いて見えた。

随分と歩いた後、彼女が立ち止まった。

指差して嬉しそうに言った。

「ねぇ。あそこに大きな流木が打ち上げられている」

彼女は微笑して僕の顔を覗き込んだ。

「結構、大きいね」

「きっと、台風の時に流されてきたのよ」

二人は流木の側まで歩いた。

「乾いてる」

「うん。座ろうか」

「いいね」

二人は流木に座り海岸を眺めた。

幾つもの波の畝りが海岸を目指す様に迫って来るのが見える。

潮騒の音が妙に心地よい。

海風は二人の頬を掠めて潮の香りを残して吹き抜けている。

太陽の光は、眩しく暑い。
夏の始まりの予感を秘めている。

二人は夏の海に包まれている。

しばらくして、遥はポニーテールの結び目を取って髪を下ろした。軽く首を振って両手で整えた。

彼女の甘い香りと潮の、匂いが頬をかすめる。

深いブラウンの長い髪は風に靡く。

遥は立ち上がり砂浜を眺めて何かを探し出した。

「何を探しているの?」

「綺麗な貝殻」

「あるかな」

「あるよ。きっと」

「うん」

しばらく探した後、彼女は何かを見つけた。

「あっ、あった」

遥はその場所へ駆け寄り貝殻を拾い上げた。
太陽の光にかざして嬉しそうに眺めた。

「ほら、あった。」

彼女は無邪気に僕の側に来た。

「見て」

そう言って、手のひらを広げて貝殻を見せた。
小さい手のひらに綺麗な貝殻が乗っていた。

「うん」

「綺麗」

僕は、彼女の嬉しそうな表情を仰ぎ見た。

「綺麗だね」

「どこ見て言ってるの」

「貝殻も綺麗で素敵だけど。君を見ていた」

彼女は、少し驚きそれから幸せそうに穏やかな微笑を浮かべた。

「あなたが好きよ」

あの時の、彼女の表情を忘れられない。

あの愛おしい気持ちを、今でも忘れることができない。

僕は、たまらなくなって立ち上がり。

彼女を抱きしめたっけ。

君の甘い香り。君の温もり。君の柔らかな感触。
君の幼さの残る声。全てが愛おしい。

「慶、駄目よ。そんなに強く抱きしめたら痛い。痛いよ」

彼女は、僕に強く抱きしめられながら笑った。

それから幸せな表情を浮かべてそれに応えた。

そして僕の耳元で囁いた。

「慶......。私、いま幸せよ。大好き。ずっと好きよ」

あの後、僕は彼女の写真を撮った。

持ってきた一眼レフで写真を撮ったんだ。

夏の海岸。潮の匂い。穏やかな潮騒。

眩しい夏の始まりの午後の光。

夏の日の遥が、白いサマードレスを着てこちらを向いて微笑んでいる。

二人きりの夏の海。
渚の大きな流木に、二人腰掛けて夏の眩しい海岸を見たっけ。

白いサマードレスの裾が潮風に靡く。

僕は、彼女の写真を撮った。

一瞬の永遠の夏。

ファインダーで切り撮った。

夏のフォトグラフ。

今は切ない記憶の中で、彼女は微笑んでいる。

夏の終わりのブルーになった。



引用

渚に行こう  ブレッド&バター

Songwriting 伊達歩 岩澤ニ弓

幻の楽園(十)Paradise of the illusion

幻の楽園(十)Paradise of the illusion

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-12-05

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted