話をしようか
「話をしようか」
早朝の喫茶店。窓から景色を見ながらコーヒーを啜っていたら、突如として男が話しかけてきた。
「・・・貴方は誰ですか?」
男は全身に黒を身にまとい、サングラスにボーラーハットを被っている。異様なまでにスタイルがいい。
「私はただのエージェントだ。名前はない。どこにでも存在し、この世界の秩序を守っている」
「そうですか」
俺がそう言うと、男は少し驚いたそぶりを見せてゆっくりと俺を見た。
「驚かないんだな」
「遅かれ早かれ、こういう展開になるだろうなと思っていたんですよ」
「そうか」
男の声に合わせるように、お待たせしましたと店員がコーヒーを持ってきた。男はありがとうと言うと、また窓の外を見てコーヒーを啜った。
「この世界は決まった流れに沿うように動かされている」
俺は言葉を区切って一瞬男を見た。男に動きはない。そのまま話を続けても良さそうだ。
「そもそも世界的重大事象が10年に1度起きているというのが臭い。どんな事象もぴったり10年周期だ。これは明らかに意図されている。それ以外考えられない。今回のパンデミックだってそうだ。世界的に流行るわけがない」
「それで?君は今回のパンデミックをどう考える?」
「今回のパンデミックの狙いは、リモートワークの最大化が狙いなんじゃないかと思っている」
僕の言葉に男は笑った。
「ビジネス場面において、交通費はかかって当たり前だった。ごく一部の限られた人たちがリモートでの仕事を行なっていたが、今回のパンデミックでほぼ大半の仕事がリモートワークにて完結されることが可能だということがわかってしまった。
電車や飛行機での移動は確実に減り、仕事の生産性は上がったはずだ」
「では今回のパンデミックはビジネス向けに放出されたと?」
「ビジネス面だけではない。ステイホームの影響で、家庭のインターネット回線契約数が爆発した。各通信会社は無制限に使えるプランを展開したが、それでもインターネット回線は格段に増えた。ビジネス面だけじゃなくて個人がインターネットに触れる機会が増えた。
これは、来るべきAIの時代に備えた布石」
「素晴らしい…!!」
男はサングラスの下の目を輝かせながら言った。そんな気がした。
「実はインターネットというのは普及しているように見えて、使っているのはほんの一部なんだ。どうやったらそれを強制的に増やせる?
そうさ。君のたどり着いたステイホームだ。まさしくその通り。だが…狙いまでは掴めていないようだな」
くっくっくと男は見た目通りの笑い方をした。
「俺をどうする?」
男はニヒルな笑みを浮かべ、コーヒーを啜った。
「まだ、どうにもしないさ」
「まだ、ですか」
俺もコーヒーを啜った。
「君と話せてよかったよ。上は、直ちに君を処分したそうだったが、君はまだほんの一部分しか気づいていないようだ。私から直々に上に報告しておくよ。君にはまだまだ楽しませてもらいたいからね」
微笑みながらいう男に生唾を飲んだ。
「・・・これは自分から申し出るにはおかしな話かもしれませんが、このまま連れ去ってくれませんか?」
ほう、と男の顔つきが変わる。
「俺はこの世界を疑っています。しかしながら真実に辿り着くないこともなんとなく察しています。そんなことを考えている矢先、闇の部分から直々に出向いてきた。このチャンスを逃したくありません」
男をじっと睨む。数秒の沈黙の後、男は笑った。
「ふふふ。言われなくてもそのつもりだよ」
男の言葉が終わるか終わらないかぐらいで、心臓が大きく波打った。視野がだんだん暗くなり、手足の感覚が先端から無くなってきた。
「望み通りの展開に心が躍るだろう。さぁ、君は無事目を覚ますことができ・・・・・・」
男の言葉は最後まで聞き取れなかった。
話をしようか