久保田成子

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 1960年代に盛んになった前衛芸術の流れの中にある久保田成子さんの表現活動は、アメリカを舞台にフルクサスというグループのメンバーとして行われた。
 前衛的な舞踏表現を行なっていた祖母が若い芸術家に活動の場を与えていたところ、祖母の家に下宿していた久保田さんは国内の前衛芸術家たちと交流する機会を得ていた。1963年12月頃に開催した展覧会ではラブレターに見立てた紙くずを山のように積み上げ、その頂点に設置した彫刻作品を見るために鑑賞者がその山を登らなければならないというインスタレーションを既に発表しており、前衛芸術への邁進を決意しての渡米であったといえる。
 筆者個人の偏見であることを承知で記すと、前衛芸術の良さは既成の枠を破壊してでも物事を前に押し進めようとする熱気の籠った当時のムーブメントを肌で感じ取れないと上手く想像できない。東京都現代美術館で開催中の『Viva!Video!久保田成子』でも紹介されているフルクサス所属中のパフォーマンスとして、久保田さんが自身の女性器に筆を挿入し、そのままの状態で床に広げた紙一面に絵を描くというものがある(『ヴァギナ・ペインティング』)。その意図についての理解は一応行える。すなわち、男性目線から性行為を想像させる女性器を手先と同じように使用し、作品を制作することで性の象徴となる性器を有する一個人が感動を生む芸術活動を行う。これにより、男性社会で性的搾取の対象となり得る女性の人としての有り様、その意思の強さ、また性別を超えた潜在性に脚光を浴びせることが可能となる。大きな流れを生んでいた当時のフェミニズム運動と連動した前衛芸術ならではのテーマだったと理解できる。
 当時の前衛芸術家の運動があってこその今であり、その表現活動が様々な価値観を切り拓いた後だからこそ、その主張内容がどこか当たり前に感じられる点があることは思想の変遷と同じであり、当然視できない見方が支配的であった時代に遡ってその価値を吟味しないとフェアではないことを筆者は自覚する。それでもなお、さきの久保田さんの前衛的なパフォーマンスの概要を現時点で知ったときに受ける硬直した印象はパフォーマンスの命とも言える要素、例えばパフォーマーの荒い息遣い、力ある踏み込み、熱情、一点に集中する姿がその場で拝見してこそよく知れ、パフォーマンスが行われる場に立ち会ってこそ繰り広げられる表現活動を生(なま)の作品として追えるからだろう。
 ゆえにそのパフォーマンスがどういうものだったかと後世に向けて記録化するにあたっては、作品の内臓部分をどう扱うかが重要となる。しかし、誰にでも理解できるように対象を要約する情報化の過程では実感という個人に依存する要素は異物となり易い。だからといって、誇張された表現を安易に使用すれば、聞く側の訝った視線を招いてしまう。つまり尖ったパフォーマンスであればあるほどに、その良さは伝聞という言葉で仕切られた箱に収まらない。文字で読む前衛芸術のパフォーマンスに対して、時間経過とともに熱を失い、歯が通らないくらいに硬くなったステーキを差し出された場面を脈絡なく夢想する筆者は、だから言葉で知る前衛芸術、特にパフォーマンスをどう咀嚼していいのか、もっと正直に言ってこれは咀嚼できるのかと悩むことが多い。
 1970年に久保田成子さんは二度目の婚姻相手であり、その生涯を共にしたナム・ジュン・パイク氏とヴィデオを用いた映像表現に取り組み始め、72年にはソニーが発売したポータパックを担いでヨーロッパの旅行記録を撮影、作品として発表するなどの活動を開始する。ヴィデオ映像の表現という新たな分野には縛りがない。その分、女性としての芸術活動を前面に押し出せる。その気概は当時の映像作品からも窺える。空気で膨らむ包みの向こう、ブラウン管の画面から流れる映像に合わせて久保田さんの言葉が繰り返される『ヴィデオ・ポエム』は英語表記でヴィデオ、ヴァギナ、リベンジと韻を踏みながら呪い(まじない)を綴る。そこには人工的なスポットを浴びる闘志が込められ、またジャンルとしての映像表現の拡大に向けた尽き果てぬ決意をも感じ取れる。ただ、この時代の映像作品についても、筆者は当時に遡って見てみるという意識は必要に思えた。もっともスマートフォンを始め、様々なモバイル機器、またかかるモバイル機器で場所を選ばずに利用できる映像サービスが提供されている現在から遡及的な視点に立つことを試みるのは難しいかもしれない。これらのサービスが普及する前の社会を知っている筆者自身、久保田さんがヴィデオ作品に取り掛かった初期の作品に対して感銘を抱いたとは言えない。
 寧ろ「久保田成子」という表現者がその真価を発揮するのはこれ以降、現代美術の父と評されるマルセル・デュシャン氏が亡くなった後、その幽霊を追うように飛躍した映像表現を行い始めたときからだと考える。
 デュシャンピアナはマルセル・デュシャン氏の作品を久保田さんが再解釈して制作したもので、映像と物とを組み合わせた立体作品である。展示会場を移動した先、最初に目にすることができるデュシャンピアナ、『マルセル・デュシャンの墓』は会場奥に設置した十一台の小型テレビを縦に並べた長い柱状の立体に同じ幅の長方形の鏡が上下に取り付けられた作品で、横から見ればその全体がコの字型になっている。会場内の照明は落とされ、各小型テレビから放射される発光が来場者の鑑賞を可能にするのだが、ブラウン管の向こうで流れている映像を知ろうとするのは難しい。なぜなら鑑賞者の足元、そして見上げた先の鏡の世界では果ての見えない人工映像の世界が縦に並んで続き、この世のものとは思えない景色を各人の脳内に叩き込むからである。
 思い出を語れば、テレビを置いたリビングで流れるブラウン管の別世界は幼少期の夢を駆り立ててくれたし、トイレに行こうと起きた時に「見てしまう」放送休止になったあの灰色でザラザラな画面は深夜の時間帯、真っ暗な世界の裏側を表しているようで怖かった。こちらとあちらを分け隔てる装置としてのブラウン管のテレビには、視聴する側が勝手に抱く象徴的又は記号的な意味合いが付与される。ならば、何か得体の知れない存在を追うための手段としてブラウン管の映像は適切といえるかもしれない。少なくとも筆者は久保田さんのデュシャンピアナに対して、今は亡き偉大な芸術家の影を生み出すための色と明かりが映像作品から発せられ、それを組み込んだ立体作品が一種の依代になっているように感じられた。久保田さんが行う再解釈の過程で参照されるデュシャン氏の各作品の跡形が窺えるということではない。丈の高い草が理性的に茂る中、根本的な問いを投げかけ、思索的な手探りを惜しまずに現代芸術の道を見出してきた先達の道程を久保田成子という表現者が逆戻りする。その時に強い共感力を持って発現させているデュシャン氏の姿は、他の誰かに見えるか否かに関わりなく、久保田成子という一人の人間が見る世界に実体をもって現れている。身体的に触れられないのは元より承知している。欲するのは内なる渇きであり、運命めいた偶然性だ。あるイベントの帰り、久保田さんは同じくイベントに参加していたデュシャン夫婦に機内で出会い、その後間も無くデュシャン氏が亡くなったというエピソードをここに加えるのは、流石に恣意的に過ぎるかもしれない。けれど、全く無関係とも考え難い。デュシャン氏がキュビズムのタッチで抽象的に描いた『階段を降りる裸体』を再解釈した久保田さんのデュシャンピアナでは、綺麗な肢体を露わにした女性が実際に上り降りできる階段の格段に内蔵されたブラウン管の中で階段を「上り降り」している。再生される映像としてここでも繰り返される立体作品の描写は既に受肉化しており、三原色を基礎とした輝きを現実に放っている。後継とまでは言わなくとも、同時代に生きた一人の表現者としての自覚は久保田さんの映像表現の飛躍を生んだのだと私は思う。



 ブラウン管の映像が放つ光そのものを表現に用いるようになった点はデュシャンピアナ以前にも見られたことであるし、仮にデュシャンピアナの制作に取り掛からない道を久保田さんが選んでいたとしてもいつしか行った工夫かもしれない。しかし、久保田さんが自然の要素を表現に用いるようになったのはデュシャンピアナの制作を通じて自身の内にその目を向けたことによって齎されたものでないだろうか。
 『河』や『ナイアガラの滝』に水が用いられるのは久保田さんの故郷に流れる川からの着想であり、方丈記で有名な一説にある存在の不可逆な移ろいを表す。映像表現に近付けていえば水は光を反射する。『河』が行うように、照り返した先の空間を色とりどりに染めることを可能にする。けれど、筆者にとってより印象的だったのは水が流れ落ちることで崩れる鏡像であった。
 『ナイアガラの滝』は切り刻まれたようなスクリーンの合間に大小様々なモニター十台が置かれるだけでなく、展示会場の上部に取り付けられたプロジェクターからの映像も投影され、多重な映像をその身に映す。そのスクリーンの前で滝に見立てた水流が流れ落ちる。その水は床面に設置されたスクリーンと同サイズの水槽部に戻っていき、吸い上げられて再び流れ落ちる。このループの過程で着水する音とスクリーンの背後から当てられるライトによって展示会場の天井部分にまで引き伸ばされ、作品としてのつぎはぎな部分を隠さない影の動きがとても気持ち良くマッチする。そのコラボレーションに心ゆくまで浸り、展示会場を離れる一時、思い直して再び目にするモニターの映像から崩れる水面に反射する青みが今度は異様だ。また水面に反転する『ナイアガラの滝』は正面に立つ鑑賞者との距離が無くなるに連れて綺麗な姿を取り戻すから、打って変わって不気味に感じてしまう。
 複雑な作品といえる『ナイアガラの滝』で流れる映像は、四季のナイアガラの滝の映像である。そのナイアガラの滝を久保田さんがナム・ジュン・パイク氏と一緒にヘリコプターの機内から間近で見た時、久保田さんは恐怖を覚えたそうだ。決して美しいだけでない自然、けれど見惚れる美しさも見せる。相反する心情は自然を見る人の複雑さを仄めかす。随分と穿った見方かもしれない筆者のこの感想を可能にする複合的で多面な要素が駆使された立体作品の表現。これをもって、筆者は唯一無二の「久保田成子」の表現は結実したのだと強く思う。
 師匠超えは一人前の表現者となる通過儀礼であるなら、『自転車の車輪1、2、3』は久保田さんがユーモアたっぷりにマルセル・デュシャンを越えようとした作品といえる。レディメイドとして有名なデュシャン氏の『自転車の車輪』を模した三つの車輪は小型モニターをくっ付けたままゆっくりと回り、等間隔に配置されたモニターが行って帰ってくる数秒の間だけ、正位置の映像を見ることができる。ゆっくりと目が回りそうな時間、そのコンセプトから距離を取って明らかになる立体作品の全容からは芸術作品から既製品へと戻された車輪の滑稽さの合間に少しの皮肉がピリっと効いていて、既製品を用いた芸術作品を機械的に押し進めようとする芸術家の宣言が込められているように映る。
 『ヴィデオ俳句―ぶら下がり作品』は天井からワイヤーで吊られた球体の底面にモニターが取り付けられ、振り子状態で下部に設置された歪んだ鏡面を追い越す。したがって、かかる鏡面を通り過ぎるときに反射するモニターの映像は間延びし、奇妙な鏡像っぷりを見せる。文学作品としての俳句は限られた字数の中でリズム良く行う表現により向こうの景色の雄大さ、心情の限り無さを一挙に把握させる点をその良さとすると筆者は考えるが、決められた振り子のリズムとズレのない軌道、そして奇妙な様子であちらの世界を感じさせる『ヴィデオ俳句―ぶら下がり作品』は確かに俳句らしい。そして手持ちの表現手段を他の表現手段に見立てる遊び心には、かの芸術家の影や形が見当たらない。ひとり立ちしたかのような一作品の概観からは久保田さんならではのセンスを感じる。



 手で千切った折り紙を重ね貼りするかのように山の内部から、また一方で『ナイアガラの滝』と同じように会場の天井に設置されたプロジェクターによってナム・ジュン・パイク氏の故国である韓国を訪れたときの記録を山全体に投影する『韓国の墓』は、色付きの鏡が回転する山に合わせてミラーボールのような華やかさを広い展示会場に生む。記録するという撮影行為に咲く思い出話は、専ら見るばかりになっても悪くない。
 ただ、記録されることが常に幸せとは限らない。脳梗塞で倒れたナム・ジュン・パイク氏がリハビリに励む姿を久保田さんは撮影していたが、ご本人は見たがらなかったという。
 ナム・ジュン・パイク氏もヴィデオ作品を手掛けた表現者であったのに、という記述をここに付けることは筆者にはできない。芸術家ならば何でも作品にすべきなのかという発想はどこまで有効かという筆者の疑問に関連するものとして、愛する父が亡くなった頃、その父と一緒に視聴したかった紅白歌合戦の映像を前に泣く姿を久保田さんは撮影している(『ブロークン・ダイアリー:私のお父さん』)。悲しみに打ちひしがれていた久保田さんに対して、前衛芸術活動を共に行なっていた仲間から「撮影してみたらどうだろう」という助言があったそうだ。
 同様のアプローチは東京都現代美術館のコレクション展、『Journals2 日々、記す』で展示されるサム・テイラー=ジョンソン氏の写真作品にも認められる。氏のシリーズ作品『ある日』は著名な俳優が泣く姿を撮影したものである。その狙いは「泣く」という情動の内にあっても撮影されているという俯瞰的な視点を持てる人の意識と心の動きをクローズアップし、感情的動物と社会的動物の両側面を備えた人間の本質に迫る点にある。氏が語るところによれば、『ある日』の撮影は途中から被写体を観察するというより緊張感溢れる共同作業になっていったという。
 『ある日』に泣く俳優たちの姿、また画面の向こうにいる久保田さんは本当に悲しんでいる(ように見える)。撮られているという意識は垣間見えても、悲しんでいないとは思えない(特に久保田さんについては本当に悲しんでいると筆者は判断した)。それでも「私」は、その姿を冷静に見れる。鑑賞者である筆者と彼らの間で測られる距離感は同情心や共感といった個人の内面の虚実を点滅させる。一方で面白い!と確かに思い、けれど何処かで嫌だな、というさざ波を立てる感情の生起が内面で起きたことを筆者は自覚してしまう。
 二律背反然とした窮屈な感覚、これを知りたかったのかどうか。
 特定の価値観に基づき確立された種々の社会規範を遵守しつつ、かかる規範が補足できず又は取りこぼすものの匂いや気配を掴み取る芸術活動に備わったラディカルさはマルセル・デュシャン氏の似姿となる。この点でこそ現代美術の父と呼ばれるべきであろう、デュシャン氏の影はサム・テイラー=ジョンソン氏の表現活動にも覆い被さっている。
 答えを出す訳ではない。しかし、極めて重要な問題を私たちの前に提示する。前衛芸術から始まった久保田成子という一人の芸術家の足跡は、だから現代らしさを蹴っ飛ばす。こう書きながら今もヒリヒリする、痛くて気持ち良いその衝撃を体感する機会を是非味わって欲しい。



 

久保田成子

久保田成子

  • 随筆・エッセイ
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-11-24

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