硝子盤

青津亮

親友の自殺について数年前に書いたエッセイ、あるいは私小説です。

 僕には現実が、精緻な装飾の施された、表面を冷めたく燦らせる硝子盤のように見えることがあった。そいつには、秩序という名の複雑怪奇なカラクリが張り巡り、しかしそれは虚無と、逆さに振っても落ちるものなき身も蓋もない真実、そいつとどうにも重なって仕様がないのだった。
 それ等の重なる姿、重層象徴、それに僕は奇妙に惹かれていたのだった。その硝子盤は確かに、僕等を産み落した母なる海を内包していた、僕のそれは空翔ぶ鷗の片恋だ、そして、その内部には有機がうごめき、運動する数多の尊き命を宿している。されどその有機的な海、その原始的な象徴は、ニヒリズムに蔽われることによって、忽然と無機的な光りを帯びるのである。それは男を惑わし破滅させる、残酷きわまる「運命の女」の瞳のそれにも似るように思う。かの非情な現実、理不尽のふるさと、これはどうも、いま無機物のそれのような、父なる陽を照りかえし、冷然と取り澄ます硝子盤と思われて仕方がないのだった。
 僕は、かつてはそれを傲然と眺め、されどいまとなっては慄いて、ただ身を竦めるのだ。奴隷根性・自己憐憫、僕はこんな自分を憎んでいた。この硝子盤、その硬質性で以て、きんとわが身を撥ねかえし、すれば茫洋たる母、海のおもてを僕は眺め遣る。波うち踊る海の表層、それは確かに、硝子盤さながらの、鋭く徹るように壮麗な煌きを有してはいないか? それはけっして僕等の弱さを忖度しない、されどそれが理不尽であればある程に、その燦きはさらなる美しさを帯びはしないか?

 僕は全くの落伍者だった、されどそこに、デカダンめいた矜りなんぞなかった。僕は単純に、秩序の網から落ちこぼれた社会的弱者なのだった。幾度も為された過去の責任追及は、どうにかなった部分へ集中し自責を叩き込むよりほかはないという結論に、毎度帰り着くのだった。二十六歳。ようやく一般企業で、障害者雇用として働かせてもらえていた。こんな経歴でも働かせてもらえるのは有難いことだと思い、度々の抑うつ状態に抵抗しながら、ただ目の前の仕事をこなし続けていた。仕事上の夢はなかった。無職になりたくないだけだった。ただ目の前の仕事と将来への不安、そして夜な夜なの、なんの収穫もない読書と執筆だけがあった。僕は仕事を終え家に帰ると、すぐさま睡眠薬を二錠飲んでぶっ倒れるように眠り、0時頃に起き上がるとカフェインを摂って、夜明けまで机に向かう生活をしていた。文章を読んでくれる唯一の人間がいた、しかしある時から彼はいなくなった。
 かつてはその社会的立場に、身悶えするような劣等の意識があった、僕を誰よりも軽蔑していたのは僕なのだった。生き抜く気さえ揺らぐ程の劇しい意欲で、現在の自己の立場、そしてわが人格を否定していた。早く矯正しろと、絶えず自己の人格へ要求した。矯正、こんな言い方がまさに僕の意識に相応しかった。人格に対し「矯正」という言葉を用いるのが、当時の僕の病であったように思う。
 その自己否定に神経が耐えられなくなってきた、それで、僕はしたたかにも、思春期以来自己に意識的に睡らせていた薄っぺらいニヒリズムを呼び起し、更には「人間はみな同じものだ」と思い込むことによって、みずからを救おうとしたのだった。然り、僕はもっとも卑怯なニヒリストだった。蛇のような周到さで、人格における優劣の価値基準からすり抜けるように逃避し、それでもなお生き抜こうとしたのである。社会的価値、それを人格のそれと切りはなしたのだ。これは負け犬めいた、しかも反社会的な考え方なのかもしれない、だが他者に主張さえしなければ、それで好い筈だった。僕はしかしこれに自信なんてなかった。
 どっとのしかかる重たい憂鬱と、蝿のように脳裏で飛び廻る希死念慮への抵抗に疲れ果て、そのなかで、僕はニヒリズムの影響で、生きる意味の一切を見失ったのだった。虚無によって、脳裏からはロマン派文学に与えられた人間賛美の夢想的武装が剥ぎ落され、枷が外れたように自殺への願望がそれへ打ち寄せ、ニコチンさながら脳内をガンと打ち据える、そして、みるみるうちにそいつに蔽われた。然り、ニヒリズムとは、本来そうなる危険性をもつであろう、僕はただの莫迦だった。
 されど生き切ることを、自殺をしないことを、奇妙なくらいの律義さで自己に命じていたのだった。僕は昔から、自己による命令に服すことに悦びをおぼえる。「自殺しては不可ない」、これは昔から、唯一に抱き締めていた道徳観念といってもいいのだった。
 というのも、僕は嗅ぎとっていたのかもしれない、僕は生きたいから、むしろ理想的に滅茶苦茶に生きたいからこそ、その反動で死にたいのだと。ワガママな理想に届かないことへの自責、わが身はそれから逃避したいのではないか。こういう種類の自殺願望をもつ人間は、自殺をしないほうが、本当は彼にとって好ましいと考えていた。苦しくても、理想を目指し生き抜こうとしたほうが面白い生き方になると思っていた。ある種の人間には、くるしみたい苦しみをくるしむ悦びがあるのだと考え、それを少しだけ実感していたところだった。深い欲望、それは理想への渇望でもいい、それに従い、その実現のために、現実・自己の弱さと争うこと。僕はこの生き方によって、自らが生き抜けると期待した。この期に及んでも、楽観的なところがあった。
 僕はわが無気力が憎かった、滅茶苦茶に生きてみたかった。現在と闘いたかった。そのなかで、燃ゆるような鮮やかな閃光を発したかった。

 唯一の友人が、自殺したのだった。僕なんかより、よっぽどニヒリストの人間だった。
 僕は彼から、坂口安吾を教えてもらった。僕はこの矛盾を生涯抱えることになるであろう、「不良少年とキリスト」を、死ぬまで慟哭なしでは読めないことであろう。
 彼の死を知ったのは、彼と連絡を取れなくなって、一年以上経ってのことだった。聞いた話によると、彼の意向により両親は自殺の事実を周囲に隠していたらしく、いったいいつ頃にどう自殺したのかも僕には知れないのだった。
 彼は一端の反出生主義者だった。単なる感情的なそれでなしに、この思想への信念をもつ余人の例にもれず、というのは当事者ではない僕の浅薄な主観なのだけれど、彼もまた異様な思慮深さ、繊細な注意力、なにより論理で以て生と死の問題を突き詰めんとする、ある種破滅的な意欲をもっているように思われた。この追究の意欲は、おそらく生活上の欠点であった、即ち生きる上で、良識的な生活そして幸福をも損なわせる、殆ど悪徳に近い、どうしようもない負の意欲であるように僕は思っていた。
 彼は頭脳明晰だったが──然り、数学と仏語のできる彼の知性は明晰という言葉がまさに相応しかった──その微に入り細を穿ち、筋道を通って理を重ねる優れた思考力を、この破滅的な論理に託して、かの悲観的な結論に捧げたようにも思われた。これをさせたような意欲は、たとい自らの生活上の幸福を損なわせると頭では解っていようと、どうしようもなく自己を操縦させて了う、根深い欲望であるように思う。幸福へのそれをうわまわる、観念的な何かを追究することへの意欲が、ある種の人間にはあるように思う。それを殺すことだって、彼等を屍のようにするかもしれない。
 強調しておきたい。彼はこの思想によって死んだのではない。なぜといい彼等が否定するのは生誕であって、生存ではないからだ。
 僕のそれに反して、彼には肉体の芯に刻まれた死への欲求が強いのだろうと昔から感じていた。死にたいから死にたいのだろうと考えていた。そうならば自殺しても好い、そのように僕は断じることはできない。が、そういった人達がもし自ら死を選んだとして、その行為を否定する自信に充ちた言葉を、僕はなにひとつ持てないのである。否、何度も言うように、僕はそもそも自分の考えに自信なんてないのだ。誰にも見せない文章を書くことにだって、人知れず怯えているくらいなのだ。
 硝子盤は、かの自死を、その残虐きわまる優しい包容力によって、他の悉くと同様に肯定し、そして冷然と、その死骸をおもてに反映させるのみであろう。然り、ニヒリズムには海のような、あるいは娼婦さながらの慈愛があるのである。

 僕にはしかし、彼の自殺が、なにか美しいとも思われたのだった。
 それは殉死の美化ではなかった。美しきイノセンスの敗北ともいうべく、かよわきものの滅びの美化でもなかった。そもそも行為に対するそれではなかった。
 僕は、彼が死んだという非情な現実そのものが、そのどうしようもない理不尽な事実じたいが、吹雪舞い銀の月照る真白の城さながらに、美しいと思われたのだった。現実、それはいつもいつも、あまりに冷酷なものではないか? 不感無覚ではないか?
 然り、僕は彼に、死んで欲しくなかったのだ。唯一の友人を、喪いたくなかったのだ。
 無償の愛なんて信じていない奴だった。しかしむしろどうしようもなく優しいところがあった。努力家だった。しかし自分の弱さ・怠惰をいつも責め立てていた。自分が与える迷惑を気に掛けていた。しかしこんなに慎ましい人間もそうはいなかった。人を軽蔑しなかった。換言すれば、こいつは劣等だと突き放すことがなかった。いつも注意深く、人の不可視の苦しみや事情を忖度していた。思慮深くて、攻撃的な言葉を使う前に、深く深く考え込むタイプだった。リベラルな思想を持っていた。どうしても悪人になれないところがあった。
 これ等の美徳が、むしろ彼自身を苦しめていたと考えることだって容易だった。
 素敵な奴だったのだ、友人も多く、僕なんかと違って人に好かれていた。彼の受ける好意や尊敬を想い、いやしくも孤独な僕は彼に嫉妬した。喪いたくなかった。死ぬ前に、どうか死なないでと泣きつきたかった、それがある人には脅迫めいて聞こえることもあると知っていた、されどただ死なないでと、彼が身を抱いて泣き叫びつづけたかった。ただわがエゴから、叩き込むように生きることを要求したかった。それすらも僕はできなかった。彼はどこか遠くで、独り死を選んだのだった。僕の手も言葉も、その一切が届かなかった。
 ある種の不幸な人間と違い、心身を憩ませる機会は取れたのではないかと思われた。とすると、おそらく「人生は生きるに値しない」と、彼は結論づけたのではないか。
 衝動に駆られ、刹那のそれのみに従った自死だと僕には思えなかったのだ。彼は不可視の心中で、狂うようにしてある主題と格闘したのだと考えている、然り、その主題を追求する手続きを全身全霊で経てから死ぬ、そんな誠実な男だと僕は思っている、即ち、「果して自殺は許されるか」というそれを。
 そして彼は、おそらく「自殺していい」と結論したのだ。彼の選択を、僕ははや否定したくない、ここにわが信念はない、それが僕とは別個に存在する、彼という人間の、わが格闘の末に得た結論なのであろう、僕はそれを尊重していたいのだ。
 しかし僕は死んで欲しくなかったのだ、ある種のワガママだ、ただ生き抜いて欲しかったのだ。彼が生き抜くことは彼にとって苦しみなのであろう、それを他人が強制するのはエゴだとさえ思う、もしやすると、彼の死が与える苦しみに耐える義務が僕にあるとさえ言えるかもしれない、しかし僕は、どうしても彼を喪いたくなかったのだ。だが僕の願いは届かなかったのだ。いつ自殺したかさえも解らないのだ。
 彼に対してではない、彼が死んだという「それ」、彼が死へ追い詰められるまで苦しんでていたという「それ」、彼が死んでも僕は生の側に残ったままだという「それ」、それ等を含んだ、この「現実」に対し、どうしようもない反発心を覚えた。理不尽だった。非情だった。現実、それはどうにもならぬ、硝子盤さながらであるとやはり思われた。
 この非情の硝子盤は、冒頭で述べたように、冷然と僕を眺めまわし、ぞっと肌粟立つような鋭く透きとおった視線で、僕という人間を軽蔑さながら突き放した。

 されど僕は、この非情の冷たい燦きこそ、果して愛するにあたいするのではと訝ったのだった。なぜといい、この冷たく硬い硝子盤、こいつが、ぞっとするほど美しいからであった。さながら水晶の透徹した青い瞳であった。はや神秘の涙音と硝子の反響の綾織る壮麗な絵画であった。無神論者どうようになった僕は、あたかもかつて神を愛したように、それに焦がれたのだった。
 かの現実。
 それが、はや美しかった。すればそれを、僕は愛した。
 僕は幾度も抱き締めんとした、彼の幻影をではない、「彼が生きていて欲しかった」という希いを胸に抱いて、「彼がもはや無いという現実」を抱き締めんとした。毎度冷めたい、きんと氷れる硝子の反響でもって撥ねかえされた。はや立ち竦むよりほかはないのだった。
 然り。理不尽を理不尽であるがゆえに、冷たきを冷たきであるがゆえに、虚無と姿の重なった非情なる現実、僕はそいつへ、遂に宗教へのそれのような愛を持ったのだった。冷めたい残酷な恐怖に美を視るのは、いわば僕の趣味であった、そしてここで、初めて現実へ抵抗する気力が湧いたのだった。硝子盤、その絶対的な冷めたい硬質性に対し、「貴様この野郎」と、肉食獣さながらの、粗野で凶暴なエネルギーが沸き上がったのだった。
 それはおそらく、親を泣きつくほどに愛するがゆえにグレて了った不良少年さながらの、クソガキ染みた心情であった。僕はかんがえる、心に高貴なんて在るものか、これは心理の意味において、たいしたものである筈がなかった。社会秩序との折り合いという意味において、やはり低劣であった。幼稚であった。しかしその分、根深く、ある種の根源的な暴力衝動にも由来した、あたかも堕落の重力に従うような、甚だしく強い感情なのではないだろうか。僕は自らが、家系的に凶暴な血を引いていることを想い起こした、僕はこの血の気の多い体質こそ、カラクリの歯車の一つとして利用せねばならぬと考えた。
 現実への抵抗の意欲、これはつねづね僕の欲していたものなのだ。なぜといい、この反逆の意欲が不在すると、僕という人間はすぐさま破れかぶれになり、理不尽に対して奴隷さながら屈従し、やがては自己憐憫に浸って、消極的な弱さのなかに閉じこもって了うから。これだけは全力で避けていたが、ともすれば強い人間を逆恨みするようにもなるから。僕はそれを拒みたいのだ。そう生きていると、それこそ死んで了いたいという意識に蔽われるのだ。
 僕はしかも二十六になっても身の程を知ることを拒む、空白なぞ満たされなくていい、知れば大人らしく利他的になれるかもしれない、ひとにも好かれるかもしれない、また友人ができるかもしれない、精神的な成熟だ、しかしありのままの現実・自己を認めないワガママで幼稚な生き方を、僕は選ぶ。なぜといい、その生き方は人格者になるよりも、僕には面白いと予測されるから。そう思えるということは、僕が怪物のようなエゴイストであることを説明しているようにも思われる。

 なぜ虚無の非情の現実を、硝子盤の無機的な燦きへ変貌させたことによって愛せるといい、それはかねてより僕が偏愛していた水晶の光り、「死」の蠱惑にも似ていたからでもある。フロイトの例を借りるまでもない、僕にとって、有機への嫌悪は生きることへの拒絶感で、無機物の有する蠱惑は昔から死のそれを意味していた。僕はしたたかだ、狡い、誰かのように夭折にふさわしい繊細な慎ましさなぞない、生き抜く為に、自己へ歪で粗野なカラクリを施したのだ。これは殆ど、生き切る為のコジツケなのである。わが体質との相性を考えた上での処世術なのである。

 僕は信念を持つことを恐れていた、それはともすれば排他的な思考へ導いて他者を傷つけ、しかも僕を更なる孤独者へ仕立て上げるから。然り、僕の根源的な病は、臆病であったのだ。
 しかし一個の信念を、僕はようやく獲得したように思った。いや獲得ではない、石橋を叩いて渡るような、わが念入りにして臆病な批判の鞭のなかで、いまこの観念だけが、信ずるに値すると見做され、残ったといったほうが正確なのだった。
 人間らしい可憐な美は、焦がれる道徳観念・美的観念の為に、現実のなかで自らの弱さと抵抗する過程にある。くわえて、その為にわが秩序を構築し、それへの貞節の為、現実と自己へ抵抗する姿にも、それは発見され得る。
 そこに在るのはやはり他への愛ではない、しかし一種の、自己犠牲である筈である。観念の為に、わが弱さを打ち据えるのだから。
 他者との比較によって得る自尊心を膨れ上げさせたくない、その為に、僕はこの心の運動の継続による自負のみを許し──愛する中也よ、それぞ矜持ではありませんか──それのみを、少しずつ積み上げようと考えた。生活上では、自尊心はこころの励みとなるように思う。それがないと、経験上であるが、ひたすら破れかぶれに、そして無気力に堕するように思う。
 最後に友人を批判しよう。敢えて死者に唾を吐きかけよう。僕の考えでは、自殺こそ人間らしい可憐さの対極にあるのだ。賢すぎるのだ。「苦労するまでもない」と気づいてしまった賢人のゴウリテキな行為なのだ。愛すべき愚かさがないのだ。それゆえに、僕はこの行為を否定する言葉をここまで持てなかったけれど、それをぜったいに、愛せはしない。
 僕は生きる人間の可憐さを信じる。たとい無意味な生であろうと、いや無意味だからこそ、それを燃え上がらせることで、生に美が立ち昇るのだと思う。

硝子盤

硝子盤

  • 随筆・エッセイ
  • 短編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-11-23

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