詐欺師と、詐欺られ師
運動場で子どもたちが野球に興じている。
楽しそうにボールを追いかけ、ボールにもてあそばれている。
バットはときどき空振り、ときどき心地いい音を鳴らす。
ときどき、なんて天気の様だけど、
天気予報よりも当たる確率は高い。
詐欺師はベンチで、微笑ましそうにそれらを見ている。
詐欺られ師は、苦々しそうにそれらを見ている。
ふたりはとてもよく似ていて、とても近い。
詐欺師は言う。
今回はどのくらい、取られたんですか。
詐欺られ師は首をふる。
言えません、口が裂けても、のどを切られても、言えません。
そうですか。
おたくはどのくらい、ひとをだましてきたのですか。
詐欺師はしばらく夕陽に眼を細めてから、
さあ、数え切れないほど
と、言った。
うらやましいです。わたしもおたくのように、平気でひとをだませたら、いまごろ裕福に暮らしているだろうに。
いや……ぼくも、あなたをうらやましく思っています。あなたと代わりたいくらいだ。
なぜです?
かんたんに言うと、罪悪感なんですよ。ぼくはそれに、四六時中さいなまれている。はたから見れば、ぼくはそれなりになんの不自由もない生活を送っている。でもね、内心はちがうんですよ。
なるほど、騙りもたいへんですな。
まったく、良心が痛みます。せめてネズミ小僧みたいに、金持ちから奪った金を、困っているひとたちに分け与えられる根性があればいいんですけどねえ……。
それにしても、おたくは何故そのような世界に足をいれたんです?
若いころは、ひとをだましてでも、金持ちになりたかったんです。理由はそれだけです。それで、あなたのほうは、どうして騙され役なんかに徹しているんですか?
ただたんに、わたしは末裔なんです。
末裔?
と詐欺師はふしぎそうに笑う。
詐欺られ師はうんうんとうなずく。
わたしの家系は、どういうわけか、みんなだまされやすいんですよ。借金をかかえて、家を追い出され、結婚相手にも逃げられ、路上生活も経験する。先祖代々みーんな、そんなひとたちなんです。わたしも家内に家を出ていかれた身ですし……。ともかく、そういう人生なのなら、とことんだまされてやろう、だましたきゃだましてくれ、すっとこどっこい、と半ばヤケになりましてな、こういう世界に飛び込んだんです。
詐欺られるというのは、裏を返せば、いいひと、という意味にもとらえられる。あなたはひとがいいんですよ。
いやいや、ただのあんぽんたんなだけです。
そんな謙遜しないでください。
詐欺師は魅力的な笑み――たぶん、それが詐欺師たるゆえんなのだろう――を浮かべ、それからおもむろに空を仰いだ。
雲が赤く染めあげられている。カラスが単調に鳴いている。
あしたはいいことがあればいいですね。
と詐欺師はつぶやくように言う。
いや、まったく。
詐欺られ師もつぶやくように答える。
心地いい音。
高く上がる白球。
邪気のない歓声が、そこらじゅうに満ちている。
あしたも、晴れそうだ。
詐欺師と、詐欺られ師