月曜日

ワカメ

 徐々に波が引いていく。
 家の前の交差点。満たされていた水が、栓がしてあった排水溝に吸い込まれていくみたいにスーッと引いていって、波が打ち寄せては返していくみたいに、行ったり来たりしながら、徐々に消えていく。
 空の空き缶が、乾いた音をさせながら、その波に押されて行ったり来たり、道に真ん中まで押されてきては、隅っこまで引き返しを繰り返している。


 これは、ドクの予想が外れたのか、それとも、これは所謂死後の世界で、僕は本当に、エリシオンまでたどり着いてしまったのか、でもエリシオンって、もっと綺麗な世界なんじゃないのか、もっとこう、暖かくて、美しい花々で満ちていて、妖精がそこら中を飛んでいて、そうでもないものなのか、どっちにしても、僕の目の前には、行ったり来たりする空き缶と、途方に暮れて人の前なのに堂々と道に真ん中をうろつくカラスと、街路樹のエメラルドグリーンの葉っぱ。それから、気持ちのいいくらいの太陽の日差し。


 雨上がりみたいに、雫が一つ垂れて、額に落ちる。冷たい。それから、北風が強めに吹いて、ハンバーガーの包み紙が宙を舞い、僕はその寒さにクシャミをする。

 生乾きだった。何でもかんでも、ドクは一人、浮かない顔をして、そこら中水浸しになった街を、当てもなく眺めていた。

 「ねぇドク、ここって、現世なん?」

 ドクは自分の服を絞っていた。意味があるのかないのか、はっきりわからないけれど、そこから水が滴って、地面が暫く水色に染まって、乾くと消えていく。

 「現世であると信じたい」

 かっこいい外車のタイムマシンでも出して、こうなる前の世界に戻してよ、と言いたかったけれど、車はどこにもないし、何より、僕自身がびしょ濡れで動く気力もない。

 「寒いね」

 僕がいうと、ちょうど波が満ちて、僕の踝ぐらいまで濡らして、また引き返していく。水色のハチドリが、僕の周りを滞空して、それから、流れてきたコンビニ弁当の空の容器をつつき始める。

 「ドレミファを探さなきゃ」

 道端で注射を打つ女の人が見えた。薬なのか、なんなのか、聞きたい気もしたけれど、その前に、僕はドレミファを探して、元の世界に戻らなければならない。

 誰も待ってはいないと思うけど、そこには僕の日常があった。とりあえずそこに戻らなければ、どうにもならない。
 コンクリートでも打って、水の流れを良くするか。良くしたところで、僕は現世に帰れるのか、怪しいものだけれど。


 僕のすぐ横で、ダイオウイカが死んでいる。
 さっきまで生きていたみたいに、ツヤツヤしているのだけれど、不気味で触りたくない。
 やっぱりここは、来世でもなければ死後の美しい国でもない。地続きで繋がっている現世なのだとその時理解して、横転した軽トラックの、荷台と運転席の間をくぐり、ドレミファを連れ戻すために少し遠出をする決心をした。

月曜日

月曜日

  • 小説
  • 掌編
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-11-21

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