親子と言えども聞いてはいけない声もある (1:1)
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母:天然で、思い込みの強い性格。悪気無く娘のプライベートを踏み荒らしては、怒られている。反省はするものの懲りない。
父:きわめて温厚な常識人だが、妻の突飛な行動には慣れて来ている。
英子(英子):名前のみ登場
◆◆◆
母:お父さん、お父さん、大ニュース!
父:なんだ、急に。
母:それがね……な、なんと!
父:うん?
母:うーん、だめ、こんな重大ニュース普通に言えない! そうだ、お父さん、ドラムロール!
父:はあ?
母:いいから!
父:(しぶしぶ)デュルルルルル……デン!
母:なんと! 英子に彼氏ができましたぁ!!!
父:……
母:あれ? 驚かないの?
父:いや、驚くこともないだろう。英子にだって彼氏くらいできるさ。
母:ははーん、さては……お父さんたら、やきもちね!
父:いや、そういうことじゃ
母:もうーお父さんたらー! 仕方ないわね、娘離れしなさいよー!
父:……で、相手はどんな男なんだ?
母:うん、それがね、タケウチ キヨフミさんっていう会社の人なんですって! 若くして課長に抜擢されたエリートで、趣味は、山登りと読書、お姉さんがいて、両親は今でもラブラブで、好きな食べ物は、茶碗蒸し!
父:随分、具体的だな……英子はお前にはそんなことまで話すのか?
母:いいえ、話しませんよ。あの子、そういうところ秘密主義だし。
父:……ちょっと待て、じゃあなんで……
母:えっとですね、まず、英子の部屋の前に行きます。
父:すでに嫌な予感しかしない。
母:床に這いつくばります。
父:やめろ、それ以上言うな。
母:床と部屋の扉の隙間に耳を当てます。
父:アウトー!
母:こうすると、あら不思議、英子の声が手に取るように!
父:母さん!
母:再現VTRスタート!
「あの、うん……えっと……私、好きな人がいるって話したの覚えてますか? 誰だか、わかります? そうですよね、はい……その通りです。やっぱり隠せないですよね。ははは……はい……好きです!
え……? 嘘? ホントですか? そ、そんな……! こちらこそ! よろしくお願いします!(照れたように笑う)」
父:母さん?
母:ですって! やだもう甘酸っぱーい! どきどきしちゃう!
父:母さん!
母:はい!
父:親子とはいえ、プライバシーは守れと言ってるだろう! こないだも英子の裏垢をこっそりフォローしていることがバレて、危うく親子の縁を切られかけたばかりだろうが!
母:ごめんなさい……
父:もうしないこと!
母:……自信ない。
父:やれやれ……
母:そうよね、母として娘の恋は、見守らないとね。
父:そういうこと!
母:うん、わかった、がんばる!
父:大丈夫かなぁ……
(間)
父:三ヶ月後
(短い間)
母:お父さんお父さん! 大変! どうしましょ!
父:今度はどうした。
母:それがね、大変なの!
父:だからなんだ。
母:えっとね、やっぱり再現した方がわかりやすいと思うから、お父さん、VTR振って!
父:は?
母:いいから早く!
父:VTRースタート!
母:「え、どういうこと? そんな、だって……でも、私……それはそうだけど……ごめん、謝るから。……嫌、私は嫌! 別れたくない! 悪いところは直すから! どうして、そんなにあの子がいいの……? ねえ、お願い……もう一回チャンスをください! ねぇ! ……いやぁ……」
父:なるほど、つまり英子は振られたんだね。
母:ひどいわ。なんてかわいそうなの。英子はちょっと変わっているところはあるけど、いい子なのに……
父:振られた以上に、振られたことを母親にリアルタイムで聞かれている事の方が、ずっとかわいそうだと思うよ。
母:え、そうかな? 大丈夫よ、ちゃんとバレないようにやってるから。
父:そういう問題じゃない!
母:ああ……ごめんなさい、つい……
父:まったく……
母:そうだ、今日は英子の好きなものをたくさん作ってあげましょう。
父:いや、やめておきなさい。
母:どうして?
父:英子の問題だ。俺たちにできることはない。普段通りでいい。
母:うん、そうよね。わかったわ。英子が立ち直ってくれるのを信じて、今度こそ見守るわ。
(間)
父:さらに一か月後
(短い間)
母:お父さん! お父さん! 大変! どうしましょう!
父:今度はどうしたんだ、また英子の話を盗み聞きしたのか?
母:うん!
父:……(呆れる)で、またVTRか?
母:お父さんふざけないでください!
父:母さんにだけは言われたくない……
母:とにかく聞いてください! いきますよ!
「ふふふ、今日も綺麗よ。あ、ごめんね、縄、ちょっと痛かった? でもこれ以上緩めるのはなあ……。
あ、首輪、やっぱり赤にしてよかった。すごく似合ってる。ふふふ、大丈夫。もう大丈夫だからね。邪魔者は誰もいない。
ここでずっと、一緒に居ましょう? ずっと2人きり……愛してるわ」
父:ふむ。
母:どうしようお父さん!? 英子はまさか……あの部屋の中に……!
父:まあ、落ち着きなさい。
母:どうして落ち着いていられるんですか!
父:実はな、部長から聞いた話があってな。なんでも部長の息子さんの部屋から、なにやら変な声が聞こえてきたらしくてな。
母:変な?
父:ああ、「死ねぇ!」とか「殲滅(せんめつ)しろー!」とかな。それで、上司が心配になって息子さんを問いただしたところ、こう白状したらしいんだ「実は声劇(こえげき)にハマっている」と。
母:こえ、げき?
父:俺も初めて知ったんだがな、なんでも声だけで演じる劇のことらしい。つまり、その息子さんは、部屋で台詞を言っていたわけだ。
母:はぁ、今時の若い子は、そんなことをやってるのねぇ。あ! そうか! 英子も!
父:ああ、おそらく……部長の息子さんは急に「防音室が欲しい」とか言い出したそうなんだが。
母:ああ! 英子も、防音室を作るとかで、緩衝材(かんしょうざい)だの、防音シートだのを通販で大量に注文してたわ!
父:だろう?
母:はあ……なんだ……。あれ、ってことは、彼氏ができたって言うのも、もしかしたら。
父:そうだな、ただ声劇をしていただけかもしれんな。
母:なんだー、残念! 結婚式の前日に、母から娘に贈る言葉、ばっちり考えたのに!
父:あのな。
母:孫がいじめにあった時、どうアドバイスするかも考えたのに。
「どんなことがあっても、親が子供の一番の味方であることが大事で……」
父:よしなさい。まったく、母さんはいつも先走りすぎなんだよ。
母:ごめんなさい。そうよね、もっと遠くから見守らないとダメよね。
父:そうだぞ。
母:ねえ、その声劇って面白そうね。私もちょっとやってみたいかも。
父:おいおい……そういうのは親に聴かれるのは、死ぬほど恥ずかしいものだぞ。今度こそ親子の縁を切られるぞ。
母:わかってるわよー! バレないようにするから。
父:母さんには反省という機能はついてないのか?
母:で、声劇ってどんな風にやるの?
父:うーん、部長が言うには……
「いくら持ってきた? え、30万? 嘘でしょ、そんな少ないわけじゃないよね? 300万だよね? ……え、じゃあ、なんで来たの? 俺のこと、好きじゃないの? ……だよね、じゃ、もっと稼いできて」
とか?
母:お父さん……
父:ん?
母:うまいじゃない! お父さんにそんな才能があったなんて!
父:え、そ、そうか?
母:他には、どんな台詞があるの?
父:え、そうだな……なんかよくわからないけど……朝の挨拶をいろんなパターンで言ってみたり……
「(後輩風に)おはようございます、先輩!
(執事風に)おはようございます、お嬢様!
(オタク男子風に)おお、おはようございます的なことが言いたい気がするんだな。
(関西人風に)おはようさん、なんや元気ないな、たこ焼き食うか?
(王子様風に)おはようお姫様。おはようのキスは?」
母:ああ! いい! いいじゃないの! 今まで気が付かなかったけど、お父さんの声っていいのね! ああ、初めてお父さんでときめいたかも!?
父:ん? ちょっと待ってくれ、それはどういう意味だ?
母:ねーねー! もっとやって! もっとやって!
父:もっとか……そうだな。(咳払い)
「お目覚めの時間だよ、哀れなドロシー。
俺は口付けで目覚めさせるほど優しくはないんだ
硝子の靴を見つけれなかったから拗ねているのかな。
でも硝子の靴じゃ走れやしないだろう?
舞踏会の一夜も楽しいだろうけど、キミは結局、灰被りに戻るんだ
もう誰かが愛したつまらない御伽噺は捨ててしまって
俺が代わりに魔法を掛けましょう
王子様は醜い獣に変えて 嘘をつく鼻は伸ばしてしまおう
ドロシー、愛しいドロシー
目を開けて 素敵な恋をしましょう」
母:「嗚呼、貴方はいつも欲しい言葉をくれるのね
私が俯(うつむ)けば虹の見える空を教えてくれて
蹲(うずくま)る背中に背中を合わせて
夜空の星を数えてくれるの
悲しい気持ちは金平糖に変えて
楽しい気持ちは心の宝箱へ
やさしい貴方、とても素敵な貴方 愛しているわ。
だから私目覚めたくないの
貴方の優しさに溺れてしまう日が来るのが怖い
私はドロシー、誰のものでもないエンプティ
壊れてしまってはもう遅いのよ!」
父:……?
母:「ああ、どうかもう私の心に触れないで!」
父:なにやってるんだい母さん。
母:あ……つい。
父:まったく。
母:なかなか楽しいわね! 私までハマりそう。
父:まあ、母さんに趣味ができれば、英子を監視したりもしなくなる、かな……?
くれぐれも、英子とは被らないようにな?
母:わかってるってば! 私を信じて?
父:よく胸を張って言えるものだと感心するよ……
(間)
父:1週間後
(短い間)
母:お父さん……大変。
父:今度はなんだ?
母:怒らないって約束する?
父:怒るようなことをしないわけには、いかないのかな?
母:怒ってもいいわ、あのね、私! 英子の裏垢をフォローしたら怒られたけど、少しでも英子の事を知りたくて、英子の同僚のアカウントをフォローしてたの。
父:また、母さんはそんなことを!
母:あのね、英子が好きな タケウチキヨフミさん……1か月くらい前に失踪したんですって……。
父:え……?
【完】
親子と言えども聞いてはいけない声もある (1:1)