イケボカフェに来た紳士が面接を求めた話 (1:1)

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オーナー:あの……

音無:はい。

オーナー:失礼ですけど。

音無:はい。

オーナー:どちらさまですか?

音無:申し遅れました、私こういう者です。(名刺を渡す)

オーナー:ああ、どうもご丁寧に……。なにこの名刺、なんかすごそうな肩書きがびっしりなんですけど……えっと音無(オトナシ)、さん?

音無:はい、私、音無と申します。

オーナー:はあ……

音無:オーナーさんですね、よろしくお願いします。

オーナー:はあ……。(小声)なにこのダンディーなイケメン。どこから入ったのかしら? あの、今日はどういったご用件で?

音無:このイケボカフェで働きたいと思いまして。

オーナー:あなたがですか?

音無:はい、私が。問題あります?

オーナー:問題というか、急に来られて、急に言われてもですね……

音無:それは申し訳ありません。お忙しかったですか?

オーナー:いや、そういう訳じゃないんですけど。あの、失礼ですけど、あなた年齢が、けっこうその……

音無:はい、おっさんですね。

オーナー:いや、そこまでではないと思うんですけど……なんというか、イケボカフェでバイトとして働くような年代ではないような。

音無:求人の条件は、「18歳以上の男性」でしたよね? 上限もあるのですか?

オーナー:いえ、そういうわけでは……むしろ最近、「もっと年上のキャストはいないのか!」ってお客さんに言われることが多いですけど。
   「我らはイケオジからしか取れない栄養に飢えている! 早急に対応願う!」とかなんとか。

音無:では、問題ないですね?

オーナー:いや、でも……

音無:私の仕事のことならご心配なく。私は会社を経営していますが、ほとんど人に任せられるようになったもので、時間はあります。毎日、とは言えませんが、週3くらいならシフト入れますよ?

オーナー:そ、そうなんですか……(小声)なによ、めちゃくちゃ社会的に成功しているエリートじゃないの。なんでこのカフェで働きたいとか言うの? 
あ、新手の詐欺かしら?

音無:いいえ詐欺ではありません。

オーナー:ああ、聞こえてました? すみません。

音無:安心してください。オーナーさん、このカフェをオープンするのに資金ほとんど使ってしまって、手持ちのお金ほとんどないんでしょ? そんな女性からお金をだまし取る趣味はありませんよ?

オーナー:ええ、まあ……なにこの人、やわらかい物腰で超失礼なんですけど。

音無:まあ、別の物を奪う趣味はありますけどね?

オーナー:あ、あはは……何を?とは聞かないでおきますね?
あのー失礼ですけど、ちゃんとしたお仕事をお持ちの音無さんが、どうしてこのカフェで働こうと思われたんですか?

音無:それは……恥ずかしながら。

オーナー:はい。

音無:私、昔から声がいいと言われていまして。

オーナー:それは、否定しません。

音無:なんなら、声が良すぎて話の内容が頭に入ってこない、とさえ。

オーナー:そうですね、私もさっきからそうなりかけてます。なんなら変な声がでそうになるのを堪えています。

音無:ここのイケボカフェの存在を知ったとき、長年眠っていた夢がよみがえったんです。
「イケボで女の子をドキドキさせてみたい」という。

オーナー:うわぁ……

音無:お恥ずかしい。

オーナー:確かにそんな直接的な理由だとは思いませんでした。

音無:そんなわけで、私はぜひともこのカフェで働きたいんです。このカフェの面接ではテストがあるんですよね?

オーナー:ええまあ……え、どうしてそれを?

音無:私にもテストしてください。それとも私では相手として不足ですか?

オーナー:そ、そんなことはないですけど……

音無:よろしくお願いします。では、最初に「後輩風に」

オーナー:「おはようございます、先輩!」

音無:「社長秘書風に」

オーナー:「おはようございます、社長」

音無:「妹風に」

オーナー:「どうしたのお兄ちゃん? 元気ないね? おはよーおはよーおはよ!」

音無:色っぽいお姉さん風に

オーナー:「おはよう、どうしたの? 照れちゃってかわいい」

音無:ふむ、なるほど。なかなか上手ですね。

オーナー:は! ……って違う! 逆逆! 私がテストされてどうするの!

音無:あ、逆なんですか? すみません、間違えました。

オーナー:なんなのこの人、わざとやってない?

音無:まあまあ、そう言わずに、ほら、逆いきますよ、3、2、1、はい!

オーナー:「先輩風に」

音無:「おはよ、なんだ、また遅刻か?」

オーナー:「執事風に」

音無:「おはようございます、お嬢様」

オーナー:「お父さん風に」

音無:「あ、おはよう。ご飯できてるぞ。コーヒーでいいか?」

オーナー:「関西人風に」

音無:「おはようさん! なんや元気ないな? たこ焼き食うか?」

オーナー:「オネェ風に」

音無:「あら、おはよ。まあ、失礼ね。私のお店で酔いつぶれてたから介抱してあげたんじゃない。……ちょっと味見くらいはしたけど、ふふふ」

オーナー:あれ、なんか挨拶じゃなくなって来たような「アウトロー風に」

音無:「よお、やっと目覚めたか? ああ、騒いでも誰も助けに来ねーよ。恨むんなら自分自身を恨むんだなゴミ」

オーナー:「敬語サイコパス風に」

音無:「おはようございます。やっと起きてくださいましたか? では、昨日の続きをしましょうね」

オーナー:「年の差カップル風に」

音無:「おはよう……っておい! そんな格好で歩き回るな。……はぁ、まったく、おじさんには刺激が強すぎるってわかってくれよ」

オーナー:くやしいけど、うう……いい、かも。

音無:ドキドキします?

オーナー:え、べつにドキドキはしないけど! ええ、全然! 一般的に! 一般的な、大人な男性が好きなお客様には受けが悪くないんじゃないかしら? ええ、私はよくわからないけど!

音無:顔赤いですよ?

オーナー:だまらっしゃい……。 では、次は台詞審査ですね。この台詞を読んでください。

音無:はいはい、これですね、えっと。
「なぜここに……ここはお嬢ちゃんの来る場所じゃない、ささっと帰んな。
……そんな顔するなって、お嬢ちゃんに笑っていて欲しいから、老体に鞭打ってるってのに。頼むよ、言うことを聞いてくれ。最後くらいかっこつけさせろ。
……やれやれしかたない、よっと! (当て身を食らわせる)
おやすみ、お嬢ちゃん……」

オーナー:う。

音無:台詞なんて初めて読みましたけど、こんな感じでいいんですかね?

オーナー:うん、悪くないと思うわ。わりといいんじゃない、かしら?

音無:もしかして、何かを堪えてます?

オーナー:はー? 何言ってるのー? そんなわけないでしょー? 私はオーナーよ? 冷静に客観的に判断させてもらいますから!
では、次はこの台詞お願いします。

音無:これですね、えっと……
「なんだよ、また振られたのか? ほら、飲めよ、奢ってやるから。
は? なんで優しくするかって? なんでだと思う?
あるに決まってるだろ、下心。ひどいな、そんなに警戒するなよ。
お金もあるし、精神的な余裕もある、そろそろ気が付けよ、いい物件だろ?
なんだよ、こんなおっさんが変か? 俺にだって欲はあるさ。相手があまりにも鈍いから進展しないだけ。
……その反応。よかった、男として見られてないわけじゃなさそうだ。
今日は朝まで口説くから覚悟しろよ?ん?」

オーナー:え……あ、朝まで? ……むしろ、鈍いのそっちじゃない? 私だって、そのずっと……

音無:ずっと?

オーナー:ずっと……その……は!

音無:我に返りました?

オーナー:私は何をしていたの?

音無:おかえりなさい。

オーナー:ただいま。じゃなくて! 今のは、その……なんでもないの忘れて!

音無:はぁ。

オーナー:じゃあ最後の台詞行きますね。

音無:これですね……ふむ、なかなかいい台詞ですね。では行きますよ。
「待たせたね。最愛なる私のドロシー。退屈だったかい?
待ちくたびれて眠ってしまったのかな。狸寝入りのままでいいから聞いて欲しい
私と不幸になりましょう。幸せになるのは誰とでもなれるから
手を取ることをどうか恐れないで 傍に来て
夢の続きは私と紡ぎましょう
砂時計の砂が事切(ことき)れるその刻(とき)まで
オルゴールの薇(ゼンマイ)は私が掛けるから
美しい私のドロシー
お目覚めのキスは必要かい?」

オーナー:「いいえ……! 私は美しくなどないドロシーなのです
貴方様が王子ならば、私は鏡に美貌を問う卑しい女王
貴方様が人魚を助けたならば、私は人魚の歌声を奪った魔女なのです
麗しい髪を伸ばした娘の自由を奪い
月に帰る姫の羽衣(はごろも)を隠して閉じ込め
硝子(がらす)の靴欲しさに足を削るのです
どうか貴方様は私の心に触れないで、悪役はちゃんと演じられるから
インク一つで物語は終わる
私はドロシー 貴方様の夢では眠れないのです!」

音無:……?

オーナー:ああ……振りほどけない弱い私を……どうか、許して。

音無:よく分かりませんけど、許しますよ?

オーナー:あ……

音無:おかえりなさい。

オーナー:おかえりなさいじゃないのよ……。これはなんというか……飲まれたというか? 釣られたというか?

音無:はいはい。

オーナー:あ! しまった、これから経営コンサルタントの人と打ち合わせがあるんだった! 時間過ぎてる!

音無:ああ、それなら問題ないですよ。

オーナー:え?

音無:それ私ですから。

オーナー:え? ちょっとまって! 確か名刺が……(手帳から経営コンサルの名刺を取り出す)あ、お、同じ名刺……気が付かなかった。えっとじゃあ……

音無:はい、経営コンサルタントの音無といいます。

オーナー:ちょっとまって、理解が追い付かない……

音無:イケボカフェのコンサルの依頼が来た時に、思ったんです。
「いいなぁ! 俺もイケボで女の子にきゃーきゃー言われてみたいな!」って。

オーナー:あ、それは事実なんだ……

音無:なので、ここでバイトしながら、コンサルもしますよ。効率的でしょう?

オーナー:え? まだ採用するって決めたわけじゃ……

音無:不採用ですか?

オーナー:いや、それは……えっと、その……

音無:いいですよ、では結果はまた後日聞かせてください。

オーナー:そ、そうですね、追ってご連絡します。

音無:ところで、オーナーさん?

オーナー:はい?

音無:私、恥ずかしながら独身です。

オーナー:へ、へえ、そうなんですか……

音無:そうなんです。

オーナー:そうなんですね……

音無:ふむ、なかなか鈍いですね。では言い方を変えましょう。オーナーさん?

オーナー:なに? えっと、なんで近づいてくるの?

音無:(とっておきのイケボで)私は音無ですが、いつも大人しいとはかぎりませんよ?

オーナー:え……?

【完】

イケボカフェに来た紳士が面接を求めた話 (1:1)

≪スペシャルサンクス≫
台詞提供 ぽめちゃん

イケボカフェに来た紳士が面接を求めた話 (1:1)

イケボカフェシリーズ イケオジ版 上演時間 約15分

  • 小説
  • 短編
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-11-20

CC BY-NC-ND
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CC BY-NC-ND