第三話【星を詠む人/乙女な夏祭りの日】

Tanakan

第三話【星を詠む人/乙女な夏祭りの日】

私は宮原 紡(みやはら つむぐ)と言う。
これは私が色んな人との出逢いを紡ぎながら前に進む物語。
それはまるで星の繋がりのように。

第三話【星を詠む人/乙女な夏祭りの日】

夏の夜は時に賑やかになる。
私は部屋のベランダから、いつもとは違ってぼんやりとオレンジ色に色付いた街並みを眺める。
視界の下の方で、長々と伸びる通りにはいつもよりも街行く人は多い。
風に乗って控え目に流れる祭囃子を聞きながら、
すっかりともう夏も終わりだねぇ。と私はそんな事を考えるのだった。

それは今日の仕事終わりの事、私の働くクリニックもまた、賑やかな街並みの例に洩れずに、いつもと比べて賑やかだった。

「ねぇねぇ!あんた達も今日のお祭りには行くの!?」

そうドカドカと、ふくよかな身体を遺憾なく発揮し、かつ両手を腰に当てているものだからより立派に見えるその体付きで、藤井さんはいつものようにクリニック中に響きそうな言葉でそう言った。彼女はこのクリニックが創設した時からいる大ベテランの看護師さんで、子供さんも5人は居るという、いかにも肝っ玉母さん!といった人だから、名は体を表すというのは嘘ではない。
そして私もまた彼女にとっては子供みたいに見えるみたいで、何かと世話を焼いてくれる。

「えぇと・・私はまだ何も考えていません・・・」

そう私がぼそぼそと答えると、彼女はあっはっはとその身を更に大きくして笑いながらお腹を叩いた。

「あんたも若くて可愛いのにもったいないねぇ。うちの町内会でさ。唐揚げとお酒でも出そうと思ってんの。良ければ来てよ!」

ふむふむ。お祭りに唐揚げ、そしてお酒だなんて・・・そんなお話を聞いたらこんな夕暮れ時の時間であるからか、不思議とお腹も空いてしまう
今にも鳴きだしそうなお腹をちょっとだけ抑えていると、後ろから現れた二人の女性もまた藤井さんの隣に並ぶ。

「何を言っているの藤井ちゃん。この子達はきっと大切な人とお祭りを楽しむに決まってるじゃない。ごめんね。困らせて・・」

そう言って佐藤さんは銀縁のメガネをかけ直しながら細身の身体を屈めて私にそう言った。この人も藤井さんと同じくらいのベテラン看護師さんで、大胆な藤井さんとは逆にちょっとだけ静かで厳しそうだけど、その分周りの人をよく見ているのも彼女だ。

「そうよそうよ!でも揚げたての唐揚げも美味しいよー。もうほとんど飲み物と同じだよね。」

そのセリフに、もう田村さん!と、佐藤さんは腰に手を当てため息を吐く。二人よりも幾分か・・・と言っても私よりもひと回りくらい年上であるのだけど、田村さんは小柄で丸い身体と、ゆるく巻かれた髪をふわふわと揺らしながら、コロコロと笑っている。いつだって幸せそうにお弁当を頬張る彼女を私は思い出すと、やはり美味しい食べ物は人を幸せにするんだなぁ。と私はその姿を思い出す度にそう思うのだ。
本当にこの人たちはいつだって幸せそうに見えると私は思う。
もちろん色んな苦労はしていると思う。だけどもそれを微塵も感じさせないほど、三人は仲良しでいつだって小さな出来事でも笑い合っている。
それは多分私なんかよりもずっと長い間を過ごした人だけの持つ独特の雰囲気だと私は思う。
いいなぁ・・・そんな事を考えていると、奥の方から一歩ごとに、のっしのっしと足音が聞こえてきそうなほどの足取りで、大田原院長が顔を出す。

「なんぞ?唐揚げとな!もちろんワシが行っても構わんだろうな?」

そう青い水玉が浮かぶ団扇を忙しなく右手で降り続けながら、大田原院長は、ふっふっふと含み笑いと共にそう言った。以前はどこぞの大学病院でお偉い立場だったとは噂では聞いている。だけども今はなんというか・・・良い意味で可愛らしい狸さんみたいな・・・街中で偶に出会う大きな徳利を持った陶器の狸さん。そんな事を失礼ながら私は思い浮かべてしまって、姿を表す度に賑やかな気分になってしまう。

「あらー院長先生も来てくださいますの?でもダメよ。そのでっぷりとしたお腹を更に育ててどうするつもりかしら?」

藤井さんは賑やかそうにそう語り、

「そうね。先生がもっと健康に気をつけるようにと患者様に幾ら指導してもその身体じゃねぇ・・・」

と佐藤さんは呆れ、

「でもでも先生のでっぷりな身体は必要以上に貫禄のあるように見えるものだからねぇ。」

とコロコロ笑いながら田村さんもそう言っている。
なんか散々な言われようだなぁ、と思いつつもそれが許されるだけの年月がこの方々のすぐ側には流れている。
ほっほっほ。と確かな返答もせずにのっしのっしと大田原先生は診療所の奥へと消えていった。
これはこれでいつも通りの会話であるけれど、今日は特に賑やかなように思える。

「そして沙耶(さや)ちゃんはどうするの?」

その返答に、私の先輩医療事務であり、いつもは毅然としている彼女がうへっ?と普段は絶対出さない奇声をあげて、文字通り身体を浮かせてこちらを振り向く。
その仕草に三人のベテラン看護師さんは互いに顔を見合わせて、あらあらと三人同時にニヤニヤと笑みを浮かべる。

「なんでもないです!」

まだ何も言われてないのになぁ・・・と私はそう思いつつ、幸せそうな先輩医療事務さんの仕草に三人のベテラン看護師さんと同じ表情を浮かべた。

思えばなんだか1日幸せそうだったなぁ。とベランダの下から祭りの陽気がムクムクと盛り上がってきた街並みを眺めながらそう思う。
足取りもどこか軽やかだったり、なぜか給湯室で一人でふわりと回って見せたり、お昼ご飯の時も何かを考えているようでどこか頬を緩めて上の空だった。
彼女はきっと普段毅然としていると思っていても、その実とっても感情が表情や行動に出やすい。
だからこそとっても可愛い先輩なんだけどねぇ。
なんだかこちらまで幸せになるではないかと私はそう思うのだ。
ふと視線の端に、親子連れの姿が見えた。子供は真っ赤に見える浴衣を来て両手を両親の真ん中で広げている。トコトコと駆け回るその右手には、大きな風船のように祭りの世に浮かぶ綿あめを持っていた。
なんだか私も浴衣姿でりんご飴でも買ってみたいなぁ。
そんな事を考えてみて、ふふふ。私にも乙女心らしきものが残っていたなんて・・・少し驚いた。
だけども浴衣を着付けている時間はなさそうなので、私は部屋に戻って簡単な身支度を済ませて街へと出る。
偶にはこういう夜も良いだろう。
そんな事を思いながら。

しかしよくもまぁこんなに人が居るものだなぁ。
と祭りの度に私はそう思う。真っ赤な色で煌々と辺りを照らす提灯や、黄色や緑のグラディーションに彩られた看板の数々。
そして普段の姿とは違うであろう活気に溢れたお店の人達。
それらは街をどこかオレンジ色をセピアに染めて、人をなぜか懐かしい気分にさせる。そんな街並みを歩きながら私は例の藤井さんら町内会が出店しているだろう唐揚げ屋さんを探す事にした。
だけどこうも大勢の人々と、それと同じくらいに数多く存在する出店の中からそれを探すのは簡単では無かった。
ふと、照明に照らされて朱色でテカテカした丸い物体が、まるで出店に咲く花のように存在する麗しき、りんご飴屋さんが目に入った。
これは買わなければならないなぁ。こんなにも可愛らしいんだもの。
そう私はふらふらとその店に吸い寄せられていると、あー!っと小さな女の子の凜とした声が響いた。
なんぞ?私はその声のした方を向くと、真っ赤な、それこそ小さな金魚のような浴衣姿の女の子がこちらに手を振っている。
どこかで会ったかな?と一瞬悩んでみて、私はその子がかつて梅雨の公園で出会った少女という事に気がついた。

「おねえちゃーん!」

精一杯に声を張り、蟹座の女の子は私へと駆けてくる。そして一歩だけ遅れて両親だと思われる男女もまた私の目の前に並んだ。

「お姉ちゃん!お姉ちゃんもお祭りに来てるん?」
「そうだよー!かわいいね!ちょっと誰だか分からなかった。」

そうかなー。と女の子が両手を後ろに組んで身体を揺らすその仕草もまた非常に可愛くて、私は無性に頭をナデナデしたいという欲求に襲われる。

「すみません・・・娘が・・・」

ちょっとだけ息を切らした白いぱりっとしたシャツにカーキ色のチノパン。そして丸メガネをかけた癖っ毛の男性は軽く息を切らしてそう私に声をかけ、伸ばしかけた右手を私はそっと引っ込める。

「急に走ったら迷子になっちゃうでしょう?あ・・・もしかしてこの人が魔法使いのお姉ちゃん?」

うん!そう!!と女の子が、私よりちょっとだけ目線の高い落ち着いた女性にそう返す。長い髪はまっすぐと腰辺りまで伸びていて、柔らかな物腰からは私よりずっと大人だなぁ。と思わずにはいられない。
きっとこの二人はこの子の両親なのだなと私は思う。どことなくそんな穏やかな空気が三人の中に流れている。しかし魔法使いとはなんぞや?と私は首を傾げる。魔法を使う女性は魔女と相場は決まっているのだけど、まぁ魔女と呼ばれるよりも語感は良いかな?と私は一人納得をした。

「ねーねー!すごいんだよ!このおねぇちゃんが色々話して、カニさんの話をね!それを聞いてから何だか頑張れるの!お友達も沢山出来て・・・」
「はいはい。そのお話はもう何度も聞きました!何時ぞやは娘が大変お世話になりました。ありがとうございます。」

そう静かに母親は私に頭を下げて、私は慌てふためき、いやいやと両手をバタバタとさせる。

「滅相もございません!」
「そんなことはありませんよ。引っ越してきたばかりで僕たちは共働きですからあまり構ってもやれず・・・それに素敵な人がいる街だと知れて何だか嬉しくなりました。」

父親は癖っ毛でもやっと伸びた髪を整えながら照れ臭そうにそう話した。
ねー!と女の子は父親を見上げて満面の笑みを浮かべている。
その時、言いようもない気持ちが私の中に浮かぶのを感じた。
それは夜空に浮かぶ蟹座のお話をしただけだった。星詠みの端くれたる私としても彼女の心に寄り添い、彼女のための言葉を探すのが本来であるのだろうと思う。だけども・・・それでも・・・ふわふわと形容し難い何かが心の中に浮かぶのだ。

「あっせめてものお礼に!ちょっと待っててください!」

そう父親は言い残すと、どこかへ駆けて行ってすぐに戻って来た。

「今はこんな事しか出来ませんが、せめて娘の代わりにお礼を」

そういって差し出されたのは朱色でテカテカと光るりんご飴であった。

「あー!私もー!お姉ちゃんと一緒が良い!」
「わかっているよ。はいどうぞ。」

そういって私と同じりんご飴を手にした少女は、やったー!両手を挙げて喜んで、こらこらと母親に窘められている。
その目尻を和らげた視線には愛おしさが込められていて、こちらまで暖かな気持ちになる。多分、日常のとある街並みでこのやり取りをしたとしても、こんな気持ちにはならない。
柔らかなオレンジ色の光がフワフワと浮かぶこんなお祭りの夜だからこそ起こるのだと思う。気持ちの変化は周りの環境で容易に変化する。梅雨に降る雨の合間に出会った少女が、両親の真ん中で嬉しそうにちょこまか動くそんな姿を見てふと私はそう思った。
遠慮するのも何なので、私はそのりんご飴のお礼を受け取って、その家族を見送った。
何気ない一瞬でもこんなにも繋がった気がするのは、きっとそれがこれがお祭りの夜だからだろう。そんな事を思いながら。
りんご飴はどこか気持ち良さそうに、お祭りの中に浮かんで見えた。

流石にこれだけ人が居ると何だか酔ってしまうなぁ。
私はふらふらと人並みから外れて、見知らぬ公園に辿り着く。
普段から人混みを避けて歩く私にとっては、お祭りの中を歩くという事はとてもエネルギーを消耗する。
それに祭りの熱気というものは、なぜこうも楽しい反面体力を奪ってしまうのだろうと改めてそう思う。
それに意外と人混みの中でりんご飴を頬張るというのも周りに気を使う大変な作業であった。
ちょっとだけ涼んでみよう。
そう思って辿り着いた容易く見渡せるほどの広さの公園には、どうやら先客が居たようだ。
白い百合をさせる藍色の浴衣は、夜の中に随分と映えている。
綺麗に整えられた少し茶色の髪の毛には、そっと煌びやかな蝶々の髪飾りが添えられていて、祭りで出会った蟹座の女の子とは随分と違う大人の浴衣がそこにはあった。
そしてその浴衣の主は、真っ赤な鼻緒の下駄をベンチの下に揃えて置いて、膝を抱えて空を見上げている。
その横顔にはとても見覚えがあって、それは働いている時には毎日眺めているその横顔だった。

「沙耶さん・・・?」

私がそう声をかけると、その白百合の浴衣の女性は一瞬だけ私を見た後、その弱々しい瞳のままで顔を膝へと埋めた。

「格好悪いところを見られちゃった・・・」

そうポツリと零すと、静かな沈黙が辺りへ流れる。
今では耳を澄ませなければ聞こえないほど遠くに祭り囃子は流れていて、風が木々を揺らす音が大きく聞こえた。
私はそっと先輩の隣に腰を下ろす。
こういった時にすっと素敵な言葉が浮かんで来たのなら苦労はしないのだけど、と昔からそう思う。
でもそんな時に必要な言葉はすぐには浮かんでこない。
いやむしろ浮かんでこないモノなのではないかと今の私はそう思う。
心からの言葉を話す瞬間という時はいつだって沈黙もまた同じように存在する。それはきっと心が言葉を創っているからで、感情でしか存在しないモノをこの世に言葉として残すための大切な時間なのだと私は思う。

「あのね・・・ウチには幼じみがいてさ・・・」

話し始めた先輩の言葉に、私は静かに耳を傾ける。

「別に恋愛とかそういうのじゃなくて、長くずっと一緒に居てさ、大人になってからは殆ど連絡はしなかったんだよね。それでも何処かには確かにいて、このままずっとこのままなんだろうなぁ。とそう思ってたの。」

うん。と私は頷く。先輩は静かに続ける。

「それで久しぶりに地元に帰ってきたから会おう。みたいな話になったの。柄にもなくこんなにオシャレもしてさ。そしたらアイツ今度結婚するんだって。別に好きだった訳じゃないのに、すごく寂しくなってさ、なんなんだろうね。本当に子供みたいだ。」

そう話し終わり先輩の頬へと涙が伝うのが私の視界に入る。
変わらないモノが変わってしまう時、それは酷く寂しいモノだ。
それはすごく私には分かる。ずっとずっと大切なモノ。大切だった事。それは年月によって容易に姿を変えてしまう。
どんなに望んでも、気が付いたらどこか手が届かない場所に行ってしまって、それすら望む事が出来なくなってしまう。

「アイツ・・・すごく幸せそうでね。そう思うとウチは何なんだろう。そう思ってからもうダメで、逃げ出しちゃった。別にそんなに大きな夢を抱いている訳じゃないのにね。ちょっとだけ幸せで、誰かと一緒に居たいだけなのに。ごめんね。情けないね。」

先輩は顔を上げて、膝を抱えたままで弱々しい瞳のままで笑みをつくる。それでもやっぱり好きだったんだなぁ。と私は思う。好きという言葉は言葉にしない限りは、酷く曖昧なモノだ。
それでも、言葉に出来なくても心の中には確かにそれは感情として存在している。ただ言葉にならないだけで、只々存在している。まるでお祭りのオレンジ色の灯火のように。

「ふーむ。やっぱり先輩は乙女ですねぇ。」

私がそう口を開くと、先輩はかもね。と口元を緩める。
これは乙女座の話ではあるけれど、今の先輩には必要な言葉だと私は思う。だからこそ、先輩に伝えなければならないと思うのだ。

「夢見る乙女なんて言葉はありますが、乙女はそんなに単純なモノなのかなぁと思います。だって乙女はただ夢を見る事なんてしませんから。だってとっても純粋ですから、それと同じくらいに純粋に夢を描きます。漠然とではなく誰よりも繊細に、その夢を叶えるための過程を描きます。」
「そうだったら良いけどね。でもその夢が必ずしも叶うなんて事は無いでしょう?」
「確かにそうですね。その高すぎる理想とも言える夢への道のりは、時に途絶えてしまう事もあります。そんな時に自分がとってもちっぽけに見えてしまうモノで、そんな乙女もきっと立ち止まってしまいます。」
「今の私みたいに?」
「そうかもしれません。でも、夢見る乙女は決して一人では成り立ちません。なぜなら自分とその夢見る相手が必要ですから。だから乙女の見る夢は自分のモノの様であって、実は誰かの為のモノなのです。そしてその夢の果てにあるのは・・・誰かの幸せです。自分だけではなく誰かの幸せを祈る限り乙女はきっと再び立ち上がる事が出来ます。」

そっか・・・と先輩は夜空を見上げる。人は何かを想い、前に進もうとする時には必ずと言って良いほど空を見上げる。それが青空だろうと星空だろうと関係は無い。私はベンチからひょいっと立ち上がり先輩と向き合う。

「そして乙女は再び歩き出すのです。何度立ち止まっても、再びその夢と向き合って、自分と他人の為に再び歩き出せるには十分すぎる程の責任感で、夜空に浮かぶ花火の様に、いつか自分の夢を星空一杯に咲かせるのです。」

私は先輩の前で両手を広げる。その瞬間に打ち上げられた花火は夜空に大輪の花を咲かせた。その光から一瞬遅れて、ひゅー・・・どん!と音が響き、私たちは驚いて夜空を見上げる。

「はは・・・アンタって魔法使えたっけ?」
「えぇと・・・心臓止まるかと思いました。」

私がそんな返答をすると先輩はクスクスと笑いだした。それはいつもの先輩の顔だと私は思う。

「それでは一緒に祭りに行きましょうか。藤井さん達の唐揚げ屋さんを一緒に探しましょう。」

私がそう言って、先輩の右手を取る。うん。と先輩は一度頷くと立ち上がり、私に手を引かれるままに祭りの夜へと誘い出された。

「ねぇ。アンタってこんな事するキャラだっけ?」
「えぇと・・経験があるだけです。」

そう?と先輩はいつしか私に並び、そしていつもの様に私の一歩先を歩き出した。
それはもう遠い昔。学生時代の夏祭り。
私が今の先輩の様に、クラスの輪から離れて一人でこうやって公園のベンチに腰掛けていた時、同じ様に手を引いて祭りの夜に誘い出してくれた友達が居た。
それがとっても人を嬉しくさせる事は知っている。
その手がとても暖かいことも、もうそれに触れられない事も、今では十分と知っている。
打ち上げられた花火は夜空に大輪の花を咲かせ続け、街をまるでビードロの中の様な、薄い獄彩色で照らし続けた。


「ねぇ・・アレじゃない?」

藤井さん達の町内会が出店したという唐揚げ屋さん。お祭りの夜をどれだけ歩こうとも見つからなかったそれは、先輩の指差す方向であっけなく発見された。
祭りの中心部からは離れた一角にそれは出店というよりも、体育祭のテントの下でひっそりと開催されていた。
側から見たらそれはどこか宴会をしているようにも見えて、なるほどこれでは見つからない訳だと私は眼を細める。

「それに・・紡(つむぐ)・・・あの看板見える?」
「えぇ見えます。・・・なかなか大胆ですね。」

うん。と二人とも言葉を失っているのはその看板の所為である。

『鶏からの挑戦状!さぁ私を喰らいなさい!』

一見何のお店かはわからないが、並べられている揚げたての唐揚げを見て、ようやくそれが唐揚げ屋さんだと分かるくらいだ。しかしこうも罪悪感を煽る看板があるものだと、私達は呆然と立ち尽くす。

「あー!沙耶ちゃんに紡ちゃんじゃないの!いらっしゃーい!遅かったね!」

汗を存分に掻きながら次々と唐揚げを揚げている藤井さんは割烹着のままにそう声を上げた。なんだか給食のおばちゃんみたいだ。そう思いながら私は手を振る。
その声を合図に、同じく割烹着姿の佐藤さんや田村さんも続々と現れて、いつしかテントの中へと私達は招かれた。

「あらあら。本当にごめんなさいね。でも来てくれて嬉しいな」

そう佐藤さんは笑顔のままに席を用意してくれた。

「そうよそうよ!揚げたての鳥の唐揚げは飲み物と一緒だからバンバン食べて!」

そうやって見る見る内に目の前に積まれる茶褐色の唐揚げ達。
それを眺めていると私の脳裏にはどうしてもあの看板が浮かんでくる。

「でも・・紡ちゃんはいつもと同じ格好だけど、沙耶ちゃん随分とオシャレしてるねぇ。」

その藤井さんの言葉に、先輩は、いやぁ・・実は・・・と事の顛末を話し始めた。最初は笑顔でアラアラと表情を和らげながら聞いていた三人は、話の終わりに近付くにつれて段々と表情を険しくさせる。

「なんていう男!?こんな可愛い沙耶ちゃんを傷付けて!!!」

そう最初に口火を切ったのは佐藤さんで、いつもの静かな落ち着いた姿からは想像が出来ない程の剣幕だった。
同じくコロコロと笑っている田村さんも眉を潜めて、

「そんな男・・・鳥の代わりにカラッと揚げてやりたいわ!」

そんな物騒な事を言っている。
唖然としている私の横で、先輩はイヤイヤと両手を広げる。

「まぁどちらかというと張り切りすぎたウチの方が悪いですから・・・」
「そんな事はあるもんですか!」

ドン!と更に唐揚げが山のように積まれた大皿を我々の目の前に置いて、藤井さんは両手を腰に当てて大きく息を吸い込む。

「そんな事はあるものですか!全く男ってやつはいつもこうよね!!いいわ、今度其奴を連れて来なさい!我々が乙女の代表として成敗してくれるわ!」

うんうん。と佐藤さんも田村さんも同じく頷いている。
先輩はなんだか困ったような、そしてどこか嬉しそうに唐揚げに手を伸ばしてそれを頬張った。
見る見る表情が和らぐのを見て、やっぱり感情が表に出るなぁと私もまた笑みを浮かべる。
私もまたそれに手を伸ばして頬張る。とっても熱くてどこか甘みを感じるそれは、なんだか幸せな味がした。
男とは!?みたいな話から段々と旦那の愚痴大会になっている三人のベテラン看護師さんであり、乙女の代表を名乗る彼女達を私は眺める。

ふむふむ。夢見る乙女というものは中々侮れないものである。
紛れもなく今日は乙女な夏祭りの日だ。

そうして私はもう一度空を見上げる。夢は何度も見る事が出来て、何度立ち止まってもそれが夢を何度も描く事が出来るからこそ乙女は強いのだ。

でもきっと私の夢はもうすっかりと終わっていて、もう叶う事がない。
そして今の私は乙女のように再び立ち上がり、夢を描く事は出来ない。

やっぱり今日の星空が燻んで見えるのはきっと夜空に咲いた花火の所為だな。そんな事を私は思う。

それでも私は星を詠む。

星を詠んで・・・人を想うのだ。

第三話【星を詠む人/乙女な夏祭りの日】

第一話はこちらから
【星を詠む人/梅雨の蟹の日】
https://slib.net/109286
一気読み用まとめ版はこちらから
【星を詠む人】まとめ版
https://slib.net/108716
映像版のシリーズはこちらから
→【星を詠む人/梅雨の蟹の日】
占い師で理学療法士である深文さんがシンガーソンガーで音楽療法士の藤井恵さんのコラボ作品!Tanakanの原作を朗読し、不思議で癒される世界をご堪能ください。
https://www.youtube.com/watch?v=AJBlxzjtqPg&t=4s

第三話【星を詠む人/乙女な夏祭りの日】

それは乙女座という星を描く乙女達の物語。 星詠みという言葉がある。 それは占星術とも読む事は出来て、 簡単にいうと天体に存在する星々の動きから、 人や社会の在り方を経験的に結びつける。事だと思う。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-11-19

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