二月の星

二月の星

随分と昔の話です。
鋼のように固い星の上で、ふたりの少女が話してます。

「ねえ、ユキ。あの人は、なぜ嘘をついているの?」
「わからないわ。ねえ、アキ。なんであの大きな人は、女の子を怒っているのかしら」
「きらいなんじゃない?」
「ひとは、ひとを嫌ってしまうの?」
「さあ、わからない」
 ぽたり しとしと ぽたしとてん
 三角形が、平たい地面の一部になるようにひとりの悲哀は、堕落していきました。
 
 ぽた ぽた とたとたぽたり
 
「ユキ、なんであの大きな人はこわい顔をしているのかな」
「人間にはなれない、ひとなのかもしれないよ」
「かわいそうだね」
「そうだね」
 大きな人の怒りは、さらに空間に響かせていくばかりでありました。女の子の周りにはなんにもなく、ただただ流れていく泡たちがはじけては消えていきました。
「あの子泣いてるよ、ユキ」
「泣いてるね、アキ」
「あんなにいっぱい泣いて、いるのにね」
「……そうだね」
 ふたりの少女は、女の子のために雨になります。ズキズキと鳴る心臓に気づいてもらえないあの子の代わりに、たくさんの雨を流します。星の上から、たくさんの雫を落としていくのでした。
「悲しいね」
「うん、とても悲しい。ねえ、ユキ。なんでこんなにじくじくいうのかな」
「わたしもだよ、アキ。きっと下のほうにある悲しみが音を出して泣いているのかもしれないわ」
「痛いね」
「うん……とっても」
 怒る大きな人は、悲しみでできた雨のことを気にするわけもなく、容赦の言葉を考えないままに、あの子の心を絶えず殴り何度も平たい地面に叩きつけます。
 
バァン ガシャン ピキリピキピキ

数えきれないほどの傷をつけてもなお、恐ろしい顔で繰り返し壊し、可笑し気に見せびらかすのです。女の子の心は、あっという間に人間の顔を映すことさえもできないぐらいに崩れていました。ぐちゃ
ぐちゃの、ぼろぼろで、それを見つめるしかできないふたりの少女は、ひたすらに拭い続けていました。
「ユキ、あの大きな人はなんで何も気づいてないのかな」 
アキは、ユキの手をつかみ、震えながらそう問いかけました。
「きっと化け物なの。ふつうの人間に化けた、弱くて阿呆な化け物なんだよ」
「いじわるな化け物なんだ」
「そうよ。でもね、アキ。阿呆は阿呆にしかなれないの。どうやったって、それ以外にはなれないの。だから弱いの、ああいう化けたひとは」
「きもちわるい」
「ほんとうにね」
数秒の重い沈黙に変わろうとしたときでした。
 
バァンッッ

机を叩く強い音が空間中に響き渡ったのでした。周りに浮かんでいた泡たちも驚いたように、弾けて一斉に女の子へからだを向けます。
ですが、差し伸べようとされるものはなにひとつとしてなく、ざわざわという視線の音は一瞬で、すぐに弾けた音に変わります。原形のない崩れた心は、もはや粉となり、星の上から降ってきます。
少女たちは、落ちてくる心をなくさないように、必死になって受け止めます。
きらきらきら ぽろり きらきら
その崩れた心は、少女たちのいる星のようにきれいで、宝石のように輝いていたそうです。
「なおさなきゃユキ」
「そうだねアキ」
ふたりの少女は、丁寧に丁寧に心をつなげていきます。
道徳をも語る大きな人に壊された宝石のような心をなおしていくのでした。
「あの人の心も壊れたりするのかなユキ」
「壊れることもあるかもね。でもその心はきっと私たちはなおせない」
「どうして?」
「触るだけでケガをしてしまうかもしれないからよ」
「危ないね」
「そう、とっても」
きらきら かちゃ ぽろり
少しずつ元の形を取り戻していきます。
「心ってこんなにもきれいなのね」
「そうよユキ。でもそれは必ずじゃない。どんなに美しく咲いた桜よりも、立派に建つ塔よりも、きれいなのは今みたいに崩れたってきれいなの」
「わたしもきれいでありたい」
「大丈夫よユキは。とてもきれいだもの」
「よかった」
ユキの笑顔は、できかけの心に反射していました。
ふたりの少女たちはゆらりゆらりとなびく月とともに、今日も鋼のように固い星からひとを眺めているそうです。

私の与太話も、これにておしまいになります。

二月の星

二月の星

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-11-16

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