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楽園、と呼ばれるのは、あの、海のむこう。遥かとおくに、あるのだという。船や飛行機で、何時間くらいかかるのだろうと呟くと、時間なんて単位でははかれないくらい、とおくにあるのだと、あのひとは言う。
月がみえる。
今夜の月は、やけに白いなぁと思いながら、こわいことなど一切、かんがえないようにする。
まちあわせをしているホテルの、ルームナンバーをあのひとは淡々と告げて、ぼくは、ただ、うなずく。きょうのひとは、だいじょうぶ、やさしそうだったから、という、あのひとの主観は、あまりあてにはならない。やばそうなひとが、ひどくやさしかったり、こわそうなひとが、ほんとうはかわいらしかったり、おとなしそうなひとが、残酷だったりする。ぼくの首輪の、チャーム、ちいさなペンタグラムが肌にあたって、つめたい。おねえちゃんのともだちが、にんげんではない生きものと交わって、この街から追放されて、でも、にんげんではない生きものと交わるひとはひそかに、増えていて、そのうち、ぼくのところにも、にんげんではない生きものがまわってくるかもしれない。それはふしぎと、こわい、とは思わない。こわいのは、求められなくなること。ぼくを選んでくれるひとにも、あのひとにも、おまえなんかいらないと捨てられたら、もう、しにたいくらいだけれど、にんげんではない生きものでも、ぼくのことをひつようとしてくれるのならば、それはすごくうれしいと思う。からだだけでも。こころが、ともなわなくても。
遅れないようにしなさいと、あのひとはおだやかに言って、たばこに火をつける。
夜の海は、黒い。じっとみていると、すいこまれそうになる。
ぼくはルームナンバーをくちのなかでくりかえして、わかりました、と言う。
楽園はきっと、天国だと思う。
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