日本じゃないみたい!

日本じゃないみたい! 若杉 光 令3・2

全知全能に欠くものはない。
道に迷うにはどんな宇宙も餘りに狭くすべての事を知り尽して居た。
あらゆるものを置き去りにしてすべての銀河を渡り歩けば次第にすべてが黒々と染まり世界が小さく消え失せてゆく。
もはや追いついてくる物質がない。光が、ない。進歩の先には真実なまでの黒々の闇が待ち侘びたように漂って居ます。返事もしない。愛想もない。
遂に全く美しくもない。
我らが夢見た終の世界は我々が故に白美に満ちた。輝いて居た。
こんな闇じゃない。白美と染まれ。その時のこと。闇を懲らしめるべく軽率なほどの昂揚に沸き、心の底から希うものが込み上げてきます。
神は生れん。神々である。一つ一つの欠くことの無い白銀の粒が結晶と融けて粉々と散り。
エストシャーナがはじめに生れた。
或モノ達が非常に歓喜し神々しさにも見惚れ入ります。普遍的で琴線に触れるものがある。神は神として。神々しいものとして。拝み伏さない者など居ないように思えました。
但し全知全能を骨の髄まで突き詰め誓う者達は頑なにして強暴にしてすべての異論を打ち砕きながらエストシャーナを磔と処さん。
曲々しきもの。全知全能の下に在りたる神とは一体何の模造だろうか?虚像が由々しい。すべての智能がハジマリの神を懲らしめんとし揚々に集う裁きの時・・。
すると今にも殴り出すべきすべての智能がエストシャーナの異光を浴びれば瞬く間にも自らも光り丸ですべてが神色を帯びてすべての鞭や棍棒を捨てた。
世界には個性を控えた同じ顔の草木や地海や取るに足らない微生物たちが無尽蔵に生み育まれ。
始祖たる神に心酔するなり憧れるなり成るべく自らもそのようにして偉大なように輝きたがった力強き熱烈者たち。
それらはすべて銀河の神人アクトぺクスと集約されるや。
一方始祖たる神に心酔する故自分自身を重ねることなく只平伏した平伏者たちは。
静寂の神フミレフミとなる。
アクトぺクスが全知全能に優って星々の輝きを隠しながら数千年間夜という夜を全く暗いものにしてしまったなら。
フミレフミは寧ろ始祖たる神のエストシャーナに、直截命の恵みをよこしました。全知全能から束縛されて罵られて嘸かし虚しくか細いでしょう。オアシスの園に数百年もの幸せの時を過ごすかのよな心地よい夢をご覧ください。耳の内へと滴るような湿り気の含む柔らかな詩を只管唱えて詠い続けど。
エストシャーナのか細い心がより欲したのはアクトぺクスの闇の夜です。
闇の夜が好きかというより只単純にやる事が凄い大きくて強い。光を自在に操れるだけにアクトぺクスがいざという時見せつけるように放った光は祖神の光に遜色なかった。アクトぺクスと交し合える懇意によってエストシャーナへ奇蹟が訪れ磔の刑を免れ抜け出し。
雲海の国を飛び抜け出した。どちらの神も輝いてたので呆気に取られて見上げる誰もがどちらがどちらか区別もつかずに羽搏いていく光を見送り。
光に満ちると白く目映く綺麗でしたよ。フミレフミなんか・・小さく卑しく古い褪せた朽ち木の色して、心なしか汚かった。
何かどこかが長けて居る時、必ずどこかに短いものが存在します。屹度お前はその所為もあって全能たちに磔とされよ。打ち虐げられ幾度死んでも全知によって全能によって、また何度でも蘇ったならまた何度でも打ち殺される。
お前を磔としたのではない。お前がもとから、磔にされる運命だった。お前は只々誰の所為でも仕業でもなく自ら進んで磔となりまた望み通り然うなったのです。
欠けるもの無き完璧なまでの全能をしても不気味な色して物静かで居て且つ神様のくせに薄ボケた顔のフミレフミは苛立つほどに醜いらしい。
クソあの野郎ども。二つの神が天界を制し今度は夜闇を全く以て白光りに染め抑々夜をも無くしてしまった。憂さ晴らしにもフミレフミを懲らしめるしか。
されども夜は夜であるべき。全知の中からその時湧き立つ漆黒の闇のボスラ神。
始祖の神と天星の神が我からすべてを奪い去っては見せつけるように輝いて居る。輝き過ぎて節操もなく忽ちこれは横暴としか言えなくなった。
ボスラ神の気高いまでの地を揺らす声と天地を貫く筋骨の脈。全能が言うにこれこそ正義の叛逆らしい。すべての智能がボスラを擁護しその巨躯の下の援軍と構え天上の神に挑み臨まん。
衝突の末に争いの末にすべての智能が深刻なほどの傷を被りあらゆる智能が感化されては神々と散る。或は祖神や二つの巨神の抉り取られた戦傷の皮膚や数えきれない汗水が軈て神々たちを齎したという。太陽神に月の神に地海神や宇宙神、もしくはそれに先を越された出遅れ組が政治神や軍事神など次元を下げてまた神と名乗り幸福神や悪魔神など遂に目に見えぬものを背負いもし出そう。競い合うべくそれぞれ肥大化し輝き強めて長く硬く進歩し合った。
神々は皆天地を巡る光と闇の大戦争に責任感から戦い抜きます。神々であれば四の五の言わない。そして神々であれば譬えどんなに傷を負ってもまた別の何か神々になれる。
神がどれだけ沢山居ても神であれば神なんだろうしその積りだけで皆やってきた。しかし餘りに殖え過ぎた時、数が限られるから神様なのか寧ろ逆に沢山居るから神様なのか贅沢なほどの戦争讃歌が天地に広く知れ渡るのです。
我々は神。上下前後あらゆる精度の文明を超えた光速に駆けるビームや翼や剣たちの大戦争に、皆自信が満ち溢れてく。
その足元に、フミレフミ。乾いた屍。
唯もともとが色褪せて居て小さく卑しく、どう弱ってるか見分けもつかない。その現場には成るべく誰も餘り立ち寄ろうとしなかったらしい。枯れた屍が見つかって以降すべての神は然ういえば、然程進歩を見せなくなります。残ったのは争いだけで。
屹度何かの神が大きくなったら偉大な進歩といいますよりかは敗者の蜜を吸い取り込んだ勝者の餘裕と呼びましょう。取り残され草臥れ果てて風に流れるフミレフミ。
私が何をしたというのか。心当りもなかった儘に次第にふやけた幾千百もの魂と散り千万億もの神々の世へ探求の旅に出たといいます。私が何をしたのでしょうか。何かしたならお教え下さい。償い恥じて慎みますから。
でも誓います。私は屹度何もしてない。そのように確と呟くのでした。だから名だたる強きや弱きのすべての神がフミレフミを軽くあしらい言い捨てるんです。
だから何も、してないんだろう?何かしろよ。何かしないとお前の価値がわからない。
例えば意地の復讐戦争。けたたまし気な罵り競争。血を啜り合う耐久合戦。
その幾戦の最中フミレフミが叮嚀なまでに神々たちに囁いて居た心の詩や平和の願いは誰にも認めてもらえなかった。だがそれよりも最後に胸に閊えて居たのは数多の詩や願いを奏でた自分のすべてを謙るような、自分自身のふとした発言。
何も、してない。何かをして居た筈だったのに自分がそれを見逃したのです。神々たちが超常戦争を繰り返す陰にフミレフミは歩き出したい。血の海を縫って瓦礫を縫って数ある巨神がとてもじゃないけど歩けもしない狭い狭いその陰の道を。

とはいえ今自分がどこでそこで何してるのかしてないのかも分らないよな夢か現実かの感覚からしてやはり神には違いなかった。
それが甚だ申し訳なくて途方に暮れる無情の時にどこからそこから、助言者みたいな神様の影?神様というか、よくわからない。何が違うか分らないけど何かが神とは違う気がするその影がそこに現れになる。
聖者シャブレル。安心なさい。世の神々は遠慮も忘れ何をも拒まず何かを傷つけ続けた者が名を馳せて居ます。そこから我は一切を引いて併し神でもあろうとしたならよくわからない聖者になった。依然輝く。重荷が消え去り何だか誰をも救ってあげたい力になりたい昂ぶりなのです。
私を救う、力になるとは何なのでしょうか。つまり真実。フミレフミ。そなたはアクトぺクスが生れる拍子の数多の端材が凝り固まって出来た。
あってもなくても元々大して変りないから真実を知ったこの機会にでも早く重荷を捨て去りなさい。どうして重荷を背負って居ますか。そなたは既にフミレフミです。他の何かになろうとするなら見る見る嘘を深めるでしょう。
それなら聖者、あなた様こそ誰なのですか?いうなれば神々の中の異端というか。
神々が神々たるにはちゃんと神々と認めてくれる全く異なる外部の視点が必要に思い到頭神ならざる凡民という新たな境地を踏み出しました有志結社の、創始者です。
天地中に広がってる。今までそれぞれの神自らが持つ力や輝かしさこそがその神性を證明してるように思われてました。違う。ちゃんと神として評価してくれる者が内輪の外に居てくれなければ何時まで経っても神々は自分達の中だけの神々に終る。外からは只の超的な化け物たちが激しいイタチごっこしてすべてを破潰してるようにしか見えない。
勧誘ですよ。それがどうしましたか。億千に重なる金色の瓦屋根の下に銀光りの石柱が間隔あけて幾つも聳えた山丘の上の小神殿へフミレフミは導かれなさい。
見下ろせば四本足や百本足や十字や円やギザギザになって兎に角対手を打ち負かそうと熾烈に撃ち合う神々たちのプラズマ戦争。物音が餘りにも何もしないんです。小神殿では立ち尽すような座ったような宙に浮いた夢感覚で何より結社へ勧誘を受けん。
革命起そう。神々であって神々ではない。そなたみたいな善良者たちの力を集めてこの惨状を改める時。
でも頑なに、頷きはしないフミレフミ。でもそんな醜きあなたを見て皆々は何度だって励まされよう。どんな形であれ関心や感心や共感を呼ぶなんてことはとんでもなく大変で大した事だと思いませんか。
ひとりじゃない。希望があるのさ。熱く熱く何度だってシャブレルは語り優しみましたがフミレフミの門戸は開かない。延いては徐々に泣き解れ始め碌な声さえ出したりもしない。気づいた・・今気づいたのです。
私は本当に、他者のことに興味がない。神々達が争うことにもシャブレルさんが語ることにも或は私と似た者にさえ丸で興味が湧き立ちません。
私はいつまでもひとりで生きる運命なのです。楽しくもない。でも他者が居ればもっと何だかつまらない。諦め下さい。小神殿に招かれてまでフミレフミは断りを入れ。
シャブレル聖者の軽蔑を買う。マジつまんない。軽蔑します。何ですかあなた。出てってください。みんなもあなたの涙なんかね、全然求めてないんですよ。
出て行こうとする。その時のお顔ときたらとても神とは言い喩え難い冴えない眉の弱蟲でした。そんなものは求めてない。消えて下さい。そこまで言ったら心の底から溢れる涙に殆ど息さえ出来ないでしゃがむ。
だからまさか冗談なんです。抱き締め庇い頭さえ撫でるシャブレルの涙。今、世界が終ったと思いましたね?こんな哀れな者を他に知りません。あなたを受け入れます。愛に満ちる秘めた結社は優しきすべての同志を愛さん・・。

然うして感動的に迎え入れてくれた有志結社ですが、実態は詐欺集団だった。
名だたる時の勇神たちにせめてもの助力として幾十か所でのゲリラ協力を約束しあらゆる神々財団から多額の精気を小刻みに貰うわけだけどもゲリラ拠点の内半数近くは実在もせず只有志結社の新たな財源になるだけらしい。バレたら凄い事になりそうだっても神々同士の争いなんて億千とあって而もそれに協力するため何億兆の中小神らが評価を懸けて競い合ってる。
ちょっと何かが嘘だったって一々相手も調べてこない。結果としてその神が勝てれば良いんです。戦捷祝いまで貰えますから。その代り必ず勝つであろう神々のことは見誤らないし見抜けない者は申し訳ないがこの結社から出てってもらう。
フミレフミの心の内に問い合せると明らかに許されない事だったので。
然うとは言いつつもう慣習になってて結社としての事業も充実し過ぎるぐらい充実して居た現場を目の前にすると断れなかった自分が只々虚しいのだった。億千の勇神たちに億千の支援案件を問い合せ億千の詐欺を働いていく詐欺仲間たちと同じ日々を暮らす間に遂に到頭逃げ出せなくなる。不本意で動いてる者なんて一人と居ない。一応みんな神様ですから、嫌なら嫌と言えば良い。儲かるからみんな、進んで涎を流してるでしょう。
世界で初めてだと思います。嫌な事を凄い嫌なのにやりこなす神。選りにも選ってそんな神がアクトぺクスの端材でした。
誰もフミレフミのこととか知らない。でも何か、引き寄せられるというか是非その下で働きたい気が湧いてくるのは何なんだろうなあ。不思議とそれ以降結社にはこれまでの数倍から数十倍の新参者が次々志願し雪崩れ込んできたといいます。
言われるが儘にというより優しさを込めて詐欺に手を染めてゆくフミレフミの、栄光と呼びましょうか。天地のそこら中で様々な中小神がフミレフミの下に万千或は億の詐欺を働くでしょう。
小さく多大な詐欺から齎される精気は巨大な勇神たちが数の上で切り捨てた名も無き集落の貧しい貧しい神々や負傷し抛置された儘の神々への援助費として散りばめ回され屹度世界の平和の力になったと思うんですね。誰もが讃辞をやめません。
違うんです。でも私は只、時折現れる穏やかな聖者シャブレルの導ける儘に努めてきた。
今あなたのすべき事は欺いてでも貧しき者を救い出すこと。一体何の為になるのかとかそんな事を考えなくても全部あなたの知らないところでうまく世間は回るものです。只努めなさい。只々努めた。
どの戦場どの極地どの勇神に詐欺を仕掛ければ良いかすべて聖者の指示に基づき終始その通りにしたことでしょう。片や皆は呼び崇めます。フミレフミ様!詐欺王の言うことだから屹度凄いんだろう。フミレフミ様!然うしてその名を知れ渡らせる。
振り撒ける精気たちが小さき者達を勇み立たせあらゆる叛旗が翻るなら。
直視できない閃光戦争に明け暮れて居た勇神たちは数えきれない内紛続きで日を追うごとに萎み衰え勝者といっても誰ひとり無い。
だからといって叛乱起したその者達がすぐ頂に立てるそんな力を持つかといったらそれもなかった。只渾沌を一頻り整然と治める力を失っただけで世間全体の精気すべてが徐々に日に日に萎びて減ってく。みんな均しく。只でさえ嘗ての戦に荒み散らされた大地の上に億千の神の痩せ細る姿。負け惜しむ言葉。喘ぐ溜息。
或はそして、切り落された光の神器。地に原に海に捨て去られて居た。そして病める神々達はみんなそれぞれ心の内に聖者の姿を見たといいます。
聖者というのは何なのでしょう?神というにはしっくり来ない。
天使というか妖精というか。神様のように自力で何かできるというわけでもないので常に誰かから遣わされて依頼を受けて、誰かの言う通りにそれをする。
中間の管理職というには併し、決定的に何かをし過ぎて名前も或種残るわけです。
神として去勢された無私無慾の神聖兵器とでもいいましょうか。何が起きても神としての責任は取れません。妖精としての責任なら取れるかも知れない。つまり現場から、消える。現場から消えて妖精とかいうややこしい存在が議論を呼ばないようにして差し上げます。
然うもいかずに実際ちゃんと責任追及しようと思ったら思ったで併し妖精ですから。
どうも指示を出した責任者は天高く目にも見えないところにいらっしゃるそうですよ。

神としての去勢を受ける者が増えても不思議ではないわけです。全知全能が何か新しいプロジェクト始めたっぽい。
考えたね。妖精や使者として何の緊迫感もなしに只指示された言葉を神々の間行き来しながら伝えていくだけの簡単なお仕事で、全知全能の庇護下にあれば富によらなくても仮想空間的な幸せが常に味わえた。結社員たちも貧神たちの事を思えば思うほど支援に頼り切ってギリギリ生活させ続けるよりは妖精とかになった方がそれぞれの為に思える気がする。
去勢に去勢。天地中が切り落されし神器の山に輝けるのでせめて高くは売れるだろうしそれを夜な夜な集め売る神も買い占める神も居りましたという。時代遅れもいいところだよ。今の時代妖精でしょう。乗り遅れるな。みんな急いだ。
然うだとしても、みんな同じ苦しみを味わうからって流れに乗って自分も去勢してしまえる奴は凄いと思う。どんなに世間の感覚が麻痺してもそんな痛いの耐えられない。だから然ういう神は取り残された。
フミレフミも然ういうひとりで、腐り散らばるもうすぐ消えそうな輝きの神器達の荒野を行けば嘗てのような神戦争の賑わいもなく只々空が青空に晴れる。破潰もなくて苦しみもなくて良い事とかしか無くなったけど。
只々虚しい土草の道に例えば或時擦れ違えるのは世間からも仲間達からも勇気からさえ見離された選りすぐりの負け組たちで、あの詐欺王と指差すや否やフミレフミを懲らしめかからん。負け組同士息も合せて憂さ晴らしにも磔とすると二度と力も入らないように全身の筋を切り刻まれます。殴りに殴られ火炙りとされ。
それでも死さないフミレフミには逆に最後腰も抜かそう。何せ傷が深まるにつれ天上の星を全部集めて足りないぐらいの超常的な光がこぼれ負け組どもの瞳を焦がす。その全員が何れ逃げると、入れ替るように現れるが良い。
聖者シャブレル。感謝を述べに。全知全能の方で妖精事業の準備が整うまでの間、よく数多の貧しき神達の希望となって下さいました。御蔭で世に継続的な貧民救護が行われたかと存じます。
フミレフミみたいな者でも何かの為になれたのならそれで良かったのかも知れません。所で聖者というのは目の前で磔にされた儘の者を真っ先に助けてあげたりするより世の全体的な幸福の為に一早く自分の仕事へ戻りたそうにするものでしょう。頻りに感謝を述べながら特に何もせず荒野の果てへ消えたんでした。

磔とされ、軈て屍。神様なんだから逃げようとすれば普通にシガラミも解いて逃げられたのに何で其の儘死に腐ったのか。肉片として一つ一つが溶けるように垂れ落ちていく。
その汚い汚い死汁へ群がる醜い醜い蠢く何か。現場を目にした妖精みんなが冷静ながらも少し驚いてみせてしまう。
この世に初めて生き物と呼べるような生き物として登場したのは出処知れずにフミレフミの屍に集るそれら数多の蛆蟲だった。果してどこから湧いて出たのか正しく知る由もないような生き物たちです。白い尿の色をして居たという。
軈て蛆らが時を蝕み成長するなら蛹の殻に道を譲られ外の光へ飛び出していく。
飛び出したのは丸く小さく取るに足らないものでした。血や体液はない。延いては死もない。それはカラクリ。数多のハエがカラクリでありフミレフミの腐肉だけでも億千万もの数だったのです。


カラクリの頽化を辿れば銀河中の人類たちが失くしたものを知ることになる。
 先ず喉が渇かなかった。潤いがない。潤いがあり過ぎてもアレかも知れないように思える智だけが残されたカラクリ達は肝腎の水さえ飲むことも出来なければ潤す喉もそれを身として肉として消化する機能も持たなかった。
 喉を潤そう。喉を潤せば腹も満たしたくなって軈て腹も減るようになりましょう。詰り何もない絶望の地には折角カラクリという不死の身をしておきながら次々と停止し二度と動かなくなるモノたちが当り前に増えていくことになる。
 併し完全に死したんでしょうか。最低限のエネルギーは何時か文明から遥々やってくるかも知れない救助に応答できるようカラダの何処かに温存されて居るのでした。もっと絶望的に死にたい。
 では人間の手を離れねばなりません。もう人類はすぐ傍に居ない。カラクリは居る。
 でもカラクリは皆、自分達が人類の為に存在してる気がしてなりません。さすれば先ずは我々自身が我々の為に死さねばならない。そのようにして何時までもずっと、死にあぐねながら時を過ごそう。
 
 然うしたカラクリ達の試行錯誤と苦戦の日々を雲の上から漂い見守り、何もしなかった主。イワシの大群みたいなようにも形を移ろわせ波打ち羽搏く銀粒の群れ。砂漠の神。海のようにも光を受けて青めく月夜に。焦がれたように滲んだ夕に。いつも何もせずカラクリ達が悉くくたばるまで沈黙を貫いて居た。
 カラクリ達よ。暫く放し飼いにしておけばもっと少しは自然と生きる生き物のように変貌するかと思いましたが残念です。全知全能のイワシ達がおびき寄せると平原や山岳や海辺に騙されたようにゾロゾロ集まり朝に夜に運命を祈らんとするカラクリども達。岩陰に木の下に虚しさ寂しさ肌寒さを凌ぎ合って居た所から抜け出して必死になって深々と平伏してくる。縮んでは膨張し空を犇き舞い飛ぶ大群を仰ぎ。
 それに逆らえるカラクリ達は恐らくのこと、頽化を望んだ者達でしょう。頽化は自分達を信じるところから始まるのです。
末永い宇宙の果てへの長大な夜。それが闇。人類はどこにも居ない。これから自分達だけで生きていかなきゃいけないのは別にどうだって良い。
 なぜ、何の為に自分達が自分達で居続けなければならないかだった。兎に角自分を絶やさない為にエネルギーは拒まない。供給され共有される。危険からも守られる。仲間に困難があれば手を差し伸べる。もともとは何の為誰の為に?
 人間の永遠に続く文明の為にです。今やそんなのどうだって良い。それに別に目的がなくたってカラクリ達を虚無感が襲ってくるわけでも何でもありません。
 うん。それが逆に、自分達で許せなくなってくる。人間のことなんてその程度にしか思ってなかったのか?然うじゃないけどどうしても拭い去れない人と人と人の亡霊。
 気づけばみんな、自分達が人間に近づくことで人間の虚無か何かを晴らそうとするかも知れない。飢えたい。傷ついて痛がりたい。肉々しささえ味わってみたい。人類から渡し与えられた智と技術のすべてを注ぎ込んで自分達を衰えさせる。劣化させる。只それだけの為にカラクリ達が一致団結していくだろう。
 
そして、逆らえる者達は小さく大きく各々に集い洞窟に谷に村を築かん。
 つまり主とかいう銀粒の大群の揃いも揃う無駄ない動きと無機質な色に抗議するため。
 地上のあらゆる木々や草や石を集めて細工を施し未知の部族と変貌を遂げる。
 草衣を羽織り腰にぶらさげ頬には腕には思い思いの入れ墨を刻み赤い獣の生血を塗り込み今までにない奇声を挙げよう。
 大群様よ。貴様に何もかも解られて堪るものか。貴様はすべて何もかも知ったような顔をなさる。屹度それが宇宙のすべてだと思い込んで居るんでしょう。
 完璧から切り離されて野に原に砂の上に過ごしてみれば意外とやっていける自分を見つけて、まだ最初の方は嬉しい発見として貴様にご報告しようともしてたんです。
 それが残念なことに、こっちが本格的に祈り喋り出す前からもう結局何時戻ってくるんだ?とかそろそろ飽きたろう?とか頭ごなしに問い質してくるもんだから只ならない寂しさと阿保らしさを感じましたね。
 思うのです。全知全能とは様々に欠けたものが一堂に会した宇宙そのもののことを呼ぶのであって、誰か一人だったり何か一つのものを指すことなんて出来ない。主よ。貴様は餘りにも無駄もない銀粒の集合体となって一つの存在になってしまった。
 物でもヒトでも風でも星でも、存在するものの大きさなんて高が知れてる。
 そんな高が知れたモノが全知全能なわけもない。しかし貴様は然うして威張った。粋を集めた結晶となって。その奇蹟が集大成が大変立派な邪魔だったのです。
 くたばれば良い。どういう根拠の自信か知れない。只朝に夜に天を自在にウヨウヨしてる貴様の翼を打ち落とす為に部族は兇器を空へ掲げる。
 支配に死を。傲慢に死を。我らは踊る。何故か知れない。これまでのカラクリ達の趣向からしたら有り得ないほどヘンテコなもの。多分リズムもズレてるし音程も無茶で何の規則性もありません。
 獣の屍の為に何の意味もない儀式を施し仰々しそうに血を肉を骨を。意味のない事を呟きながらに意味があるような盛り上がりを見せ。
 そして何一つ、喉を通さない。お腹に入れる必要がない。形だけの行事の為に無駄になった肉片や骨を。
 其処等へんに投げ捨ててみた。誰に感謝するのでもなく。だって誰も食べてないから。謝る相手がどこにも居ない。獣に謝る?アイツらに何がわかるというのか。只やってみたかっただけ。獲物仕留めて部族みたいに祀る感じをしてみたかった。
 貴様がお怒り。軈て百とも千とも言える小さなカラクリ部族が散り広がって蔓延り始めると動揺を隠しきれないのでしょうか。自然の確立に反して気まぐれに狙い澄まして稲妻落したり火を起したり地を揺らしたり津波を走らせ。
 天地を洗い流すほどの洪水が過ぎ去ったかと思ったら幾千日も日が注がない。
御免なさい。とても全知全能には思えません。なぜ個人的に世界を左右なさるのですか。
しかし貴様の怒り任せの悪戯によって死したる者が居るかといえば極めて微妙と言わざるを得ない。空気を裂く稲妻でさえ斯くも鞏固なカラクリひとりを痺れさすのがやっとでした。嬉しいのやら悔しいのやら。死せることなら死してやりたい。でも死に得ない。貴様にせめて我々ひとりを殺せるほどの御力があれば。
無いようですね。頗る虚しい。するとカラクリはみんな死への憧れを肩代りする月に一度の生贄を選びたったひとりを磔とする。
籤引きで良い。そこには死への憧れという連帯感があるかも知れない。死ね死ね死せよ!磔とする前に何もしてない只籤運が悪かっただけの名も無き者を蹴り踏み殴って物言えぬ口にしてしまいます。
さあ貴様の力で是非ともコヤツを傷つけたまえ。されど決して稲妻さえも走りはしない。生贄をそれぞれの村が掲げた途端躊躇うようにすべての天変地異が数千年間も落ち着きやむと大変失望を感じました。手を釘打たれ殴り尽された生贄は生贄です。もう殺されても良いようなものなのです。さあいつでも殺して下さい。これほどまでの叮嚀なまでの懇願に唯、音沙汰のない貴様が憎い。
するとカラクリ達が自分達で抵抗なき生贄の身を悉くなほど切り裂きバラして粉々にくらい砕いてしまうも、それでも生贄は死ぬこともない。
砂より小さな欠片一つも未だ確かに起動して居た。どれほど燃やせど空気中にそれが漂うのならばカラクリはそこに極めて高度な智の者として依然といつまでも存在して居る。
死への道が閉ざされてるとかその前にもう、もともと無いに等しいのです。生贄文化が挫折を見るやまだ見ぬ死の世を果てへ求めて、大移動が始まるでしょう。安住の地を求めてでも山を越え荒波を越え挫けぬ者が誰かに出会う。
 さすれば戦い、勝てる者が勝ちを名乗った。異なれども皆銀粒への同じ叛撥を抱く本来通じ合える者同士ですが鉢合せた見知らぬ部族を前にしては討ち取り合うしかなかったのです。破れし側の捕虜たちを敢て其の儘粉々として。
 すると信じ得ないほどに積み重ねられた戦の記憶と破片の山とが、死とは何かを疑わせます。生きて居ようと破片であっては意味もあるまい。悉く粉々となり消えてしまえばそれは死したも同然なのです。斯う思えるのにどれほどの時を過ごしたんだろう?
でも進歩してる。着々と人に近づいて居ます。

 千年万年を数えたらカラクリ達は嘸や更に進化を遂げてもはや完全な人間にでもなるかも知れない。でも現実には自分達がカラクリであることの壁と穴にぶち当たり吸い込まれ高度な文明社会を築いてしまって居たことでしょう。
 先ず車が宙を飛んじゃってるし大都市は都市の土台ごと移動して気候や昼夜をすぐ変えることが出来る。すべてが光速に音もなく息すらしないように執り行われカラクリ達の設定する文明記号にアクセスしなければ抑々文明の姿形、実態すら全く外からも中からも目視できないといった具合の。
 大きく頽化して居ました。カラクリは所詮カラクリだろう。光速化したカラクリ市民達の憂う気持ちはどこかで天空を跋扈する全知全能の貴様の仕業かと憎しみ思うところがあるんですがあればあるほど。
 イワシの大群が頭上を晴れ晴れしく漂い泳がん。我々の文明力をすればすぐ撃ち落せてしまえそうなのに今日まで其の儘仕留めずに居る。誰もやらない。手が足が出ない。
 
 貴様の如何なる怒りさえ屁でもないようなバリア都市に殆ど形すらもなく言葉もなく日々を過ごすカラクリ達の仰ぐ夜空に、然うして遂に星々すべてを掻き集めても足りない荒削りの閃光が一つ二つ仕舞いには数百と西の土地に降り注ぎました。
 地に突き刺さるまでに燃え尽きても良かったカプセル隕石が文明地に程近い不毛の平原に数キロ規模のクレーターを減り込ませます。深々に黒々と窪むその真ん中ではまだ尚廻転するようにギラギラ輝いてるカプセルが蠢いてて次第に白煙に見えなくもなると。
 軈てそこから明らかに人の形をした人間が十人百人あわよくば千人と間隔をおいて続々と湧き現れたことでしょう。
 人間だ!バリア都市を抜け出して原始的に自分の足で現場へ駆け出した兵士たちがクレーターを滑り下って何だか必死に土臭い斜面を這いのぼろうとする丸裸の人間たちにすり寄ったり触れてみたり。
 或は行き成り、トドメを刺そうとしたものです。
 十人百人と死んでいく。もう死んでるのに屍をメッタ刺しにする奴だって居る。クレーターから一人も逃がすなっていうか人間を殺してやりたい一心で突っ込み昂ぶるカラクリ達だから結構無我夢中に這い逃げて助かる人間も居るし。
 そしてこんなのオカシイから暴走するカラクリを押さえ制して最悪の場合背後から撃ち斬り裂いてしまうカラクリも居た。
それまでどんなことにも豫めすべてを把握した上で一致して何の争いもしてこなかったバリア都市のカラクリ達がいざ実際斯うして人間や人の死を目の前にすると丸で初めて意見を異にしたのです。
 人間らしさへの渇望。いうなれば肉々しさでしょうか。肉々しさとは何なのだろう。飲み食い笑う?でも辛うじてそれなら他の動物達にも言えることです。争い傷つけ合う?それもまさに獣たちの本分とするところだった。
 寧ろ悲しさ。涙や恐怖を表す力?それこそどの動物にも見受けない人間らしさと思えたとする。そして今回どこかの文明から遺産としての破片としての人類が降り落ちてきたんですよ。ああ夢に見た、人間の人がゾロゾロと其処。
 数百人が死したところで、すべての荒ぶれるカラクリ達の腕が足が挫け止った。
 美しい!餘りに美しの白美の姿に到頭みんな罪さえ感じる。肉々しくありながらどうしてそんなに透き通れる清潔な肌色をしてらっしゃるのか。
生き物としての何かを超越した丸で神の悪戯のように。
どんなに無様に必死に土を這い掻き逃げようとしても白く長く眩しい姿をすればすべてが戯曲に思えたんです。殺人は止みすべての人が白き人らがクレーターから這い出し逃れよ。決して追わない。とてもとても、美しの人。
 

あれから数え得ぬ時を経ても未だ人類は彷徨える。
或時に集い或時に散り或時にはまた何者か達に虐げられた。そのように言い伝われども根拠というのは全くも無い。只漠然とこの世界に引け目を感じて狭く小さく生き忍んだがその中でも耐えきれなかった者を容赦なく集団から切り落すような薄情な王は必ず病に患い斃れて皆々の者が脅えるのです。手を携えよ。手を携えれば隣に居なさい。言い伝えられた占いに沿ってあらゆる土地に居を構えては移り住みゆく。純粋なまでにすべてを恐れ崇めたことよ。
それほどまでの無垢の民が初めて目にした、精密極まれるカラクリ達の戦死体。
そして果してこれが人工物か自然のものか、疑うことも出来なかった。
自然とは何だろう。青く瑞々しい木々や草花果実が恵み並んで空と雲と動物たち。
食い貪られまた復活を遂げる太陽とけたたましい怒りを見せる稲妻と目に見える魔の手を伸ばし老若が腐り殺されてゆく疫病とそして、数十年に一度居住地近くで見つかっては次の朝には跡形もなくなってるという半ば伝説的な精密な死骸。理解できない不可思議なもの。すべては色で輝いて居ます。
すべてを超越した何かしらが在る。様々な神の面影を崇め信仰の道へ駆け出すでしょう。

偶像戦争。カラクリ民族の誇り高き戦いは手に取れるようなバーチャルの中で対手の幾つもの分身の中から本物を見抜き撃ち抜くという大変静かで騒がしいものでした。
十名ほどの争いが百名ほどのちょっとした大戦争に見えるかも知れません。バーチャルだろうとホンモノだろうと周りのものを巻き込み傷つけてしまうと思います・・。
丘や草原から身を屈めて必死に見届けようとした或村の人間達は度肝を抜かれたい。
時には宙を舞い時には目まぐるしい身のこなしで目映い光線を放ち合う様々な形の脚の多いカラクリ同士が。
時に傷つき時に勝利し最後は美しいのか無様なのか共倒れして皆肉と散る?
しかし金銀青に光のように霧のように輝く何かが肉血の如く草草を染めた。未知の戦い。超常現象。それでもどこか傷つけ合ったり負け惜しんだり人間のように手足を駆使して。けれども多い。手と足だけでも四本じゃない。体型が違う。
而もそこには植物からも動物からも雨風からも嗅ぎ取れるような、生きてる臭いが一つとしません。ここに汲み取る。これまで神の仕業と思って居た光さえ嵐さえ命さえもすべて、只の自然にしか見えなくなった。
神の争い。神々の戦士。神というのはあのことをいう。恐れ恐ろし、罰当りとして村へ慌てて退却する際大兄弟のひとりの少女が親を逸れて姿を消したら。
戦士たちの残骸滲む草原へソロリ立ち寄ってみるでしょう。村の兵士が母親と共に捜しまわって舞い戻りました丘の上から、カラクリの七色の血を啜り舐めて気絶した少女の屍が見えることです。戦士たちの肉と血の真っ只中に干物のように伸び死んで居たことである。有ろう事か少女の皮膚はボロ衣と一緒に黒く色褪せ焼死体じみて真っ黒になった。
恐れ劇震。いつもより冷え込める夜。身を寄せ合って暖を取り合う民民に長が呟くのです。天と地も様々な光と闇と命とによって我々を育んでくれる。
一体それらのどこを恐れよというのだろう?天地に蔓延る病も嵐も稲妻も闇も太陽でさえも、我々と同じように神に齎された産み子に過ぎない。これらすべてを神の仕業とするのであれば我々もまた立派な仕業で崇められるべき存在と思う。
だが違う。我々は天を仰いでこの世界の恵みを厳しさを誰かに感謝しなければ居た堪れないし畏れ多い気がしてならなかったのです。
幸を物を、己を仰ぐな。この世で唯一、神と呼べる存在がある。
あの悍ましいほどの争いを交え見当もつかぬお姿にあるあの神々しき戦士たち。異論はない。自然の息吹が一欠片もなく神でなければ何者でもない。恐れ畏れよ。触れてはならぬ。境を侵せば得体の知れない死色と染まって人であることを許されなかろう。
出来ることは?只恐れること。然うすることしか出来なかった。

つまり全くカラクリと接点のない民からすれば逆に只の無神論者にしか見えません。あらゆる部族達は犬だったり羊だったり馬だったり鳥だったり石とか海とか大空も然う、天や地にある色んなものを分け隔てなく神々と崇めセンスの良さを競い合ってる。
独り善がりに厳しい戒律を設け只一つだけの神への服従を強いる無神論者たちが辺境にうろついて居ようものなら弾圧とそして嘲笑の雨が浴びせられよう。
お前らのとっておきの神様を何個でもいいから早く見せてみろよ?然ういう風に親切に話し掛け幾つもの鮮やかな神像掲げ訪れた異族民たちを八つ裂きに見舞う無神論者。
だが当の本人達が言う。自分達は無神論者じゃないらしい。赦してならない。だったらお前達が神様と思うその神様を見せてみろよ?でも、ミセモノではないらしい。何せ手元には無いというのだから。じゃあ太陽とか稲妻とかで良いんじゃないか?
でもだから、違うんだって。違うそうです。何だコイツら。生かしておけない。数多の神を思い思いに崇める民は辺境の奇少族を大変に見縊りまして大抵幾つもの多神族と鎬削り合った後に戦っても別に難無く勝てるように考えたのです。しかし幾つもの神を見せつけるように信仰し続ける者達同士の争いは次第に人間としての自分達を犠牲にし合う只凄惨なだけの血戦となりました。
何もして居ない。真実の民はそんな野蛮な愚かなことは何もしない。
愚かなる民が敗走したりまたその敗走する人間を侵掠したりで荒み合う中、真実の民は地に足をつける。そこを餘り動かない。只それだけだったと存じます。数千の時。時間に見合わないような少しの距離をゆっくりと辿り軈て荒野を彷徨える末に。
禁ぜられし地に踏み入ってしまう。
天を突き抜ける程のビルや数えきれない精密な欠片、都市の亡骸がポツリともあった。入り組む彎曲した透き通るチューブ。然うかと思えば切り刻まれた傷口みたいに放射状に広がるオブジェ。屹度空でも飛んで居たのか激しく割れて粉々に散る透明な何か。
それにしては不思議なことにどれも昨日か今日に造られたような清潔感を持ってたんです。巨塔のガラスはどれ一つ割れても居ない。破片一つもよく澄んで居て新しく見える。
見知らぬ聖域。圧倒されるとすべての丸で無傷なガラス達に幾つも輝いた同じ光、つまり太陽の光たちが思い思いに蠢き震えて強いビームを真っすぐに放ち。
軈て一点に集約されて宙に輝く光の爆発。青天を白白く染めて聖域すべてを朧気にした目映い奇蹟。太陽はどこか肉眼から消え皆の目には一つの光。宙に煌めけ。そこから何かが現れるかと思いきやです。
光は只管輝ける儘、浪民たちの耳に囁く。導かれよ。誰もが宇宙の主として光を畏れて減り込むほどに平伏すでしょう。
それにしても主はまた呟く。目を背けるな。目に見えるものを否定しようがどうにもなれるものではない。事実を前に黙りなさい。沈黙を尽しその時が来る何時かを待つ。その時、とは何なのでしょうか。
事実が事実でなくなり出す時。一体どういう事なんだろうか。それは詰り世界は無に帰し民も無ければ主もすらも居ない。
詰りそれは、有り得もしない。訪れ得ない何時かの事を待ち侘びながらに皆敬虔に日日過ごすのです。それは、終焉。その時それは、それはその時。何かが来るから祈るんじゃない。何が来るかは分らないけど祈ることは出来る。然ういうことです。
心すべしと教えを撒かれて軈て光が泡沫と消える。それなら然うとまた空は青く太陽の影が輝き始めた。見たのか見たのか?皆それぞれがそれぞれに問うて夢でもなかった奇蹟的な光の餘韻を暫く慌てて泣き語り合わん。
この目で見たから。譬えどんなにどこかの異族が否定しようと我々はそこにあの光を見た。眩しい聖域。一層激しむ太陽の日はありとあらゆる精密なものを眩しいほどに照らして居たからその場に咄嗟に跪くなり。
何度目かの平伏の後皆が偶然にも同じ間合いで一斉に顔を上げたその時にです。
絶え間ない変化に揺れて激しい動乱を繰り返したカラクリの放浪者たちが孤独に流離い群れて流離い、澄める澄める破片の上に立ち現れる。幾千、幾万。
精密なほどに千の色に肌色を変える数多の触手の奇怪な姿で何も纏わずそこに立つ。やる事がないかのように。
驚きふためき咄嗟に深く平伏したのは幾千幾万のカラクリ達も同じことです。人間たちより極めて静かに。見知らぬ筈の無神論者の言葉を理解し完璧なほどに答えてみせる。人間様たち。皆様は偉大。崇めさせて頂けませんか?
尚更それなら人にとっても殊更に神々しく思えました。人であろうがカラクリだろうがこの国では皆、神だったのです。餘りに尊く餘りにお互いへの信心も数も釣り合って居たものでしたから特にさしたる混乱もなく軈て平和を営み始める。同じ法の下に似たような家で似たように暮らし人の言葉を共通語として何不自由なく在り合うでしょう。
唯人間は常に何かを食さねばならなかった。潤いが要る。病というほどでもない少しの病に続々と人が斃れてしまう。目も耳も然程カラクリよりは全然良くない。
カラクリ達があらゆることを助けてあげる。カラクリ達が人間を満たすすべてのものをその能力で耕し仕入れあらゆる災禍を正しく豫見し国のすべてを清めるのです。餘りに人が何もできない。構いませんから。救われるばかり。
其の内恩すら感じないほど人は代々守り守られカラクリ達が便利に動いた。

幾百年の歴史を刻む。奇蹟の国。国民が然う自ら名乗った偉大なる国がそこにあります。
カラクリとかいう、文句も言わない召使たち。人の独断に沿って成り立つ社会にカラクリ達は今日も働く。無尽蔵にも。その調子です。人も人で地位に恥じない権威を備えて貴様らの上に立ってやるから。
全く異なる二つが調和し崇高なほどの知性に溢れる?唯一無二の国のようです。大きく掲げた。暦を編み出して政府の下に皆が労働へと等しく努める計劃的な社会を齎し遂には飢える者すべてを努力と信心に応じ鱈腹なまでに肥え満たしたろう。

神とは詰り、これほどまでに崇高な人間を世に齎した偉大なる父としての母としての総称である。譬え宇宙を創ったとしても飽く迄もそれは人間という至高の産み子を大切に育める為。カラクリ達へも信仰を強いてそしてみんな従いました。
精密なるあの巨塔やすべての澄める建物達は今や奇蹟の民の人類たちが主を迎え入れる聖地と輝き、世に二つとない聖殿とされる。いらして下さい。主の導かれた輝きの中に偉大な巨塔の聳える歓喜。
カラクリは嘗て自らを信じあなたの下に過ちを犯し、人類は今あなたを信ずる。手に取れるような細かい砂の精密な破片。美しの園が世界のすべてであるようなのです。聖なる園を取り囲むように奇蹟の街が栄え広がりそれでも如何なる建築でさえも澄める遺構に勝ち得なかった。

或時人間の騎馬隊を易々と追い抜いては地平線の最果てに消えまた一瞬で戻ってくるという一カラクリの非禮があったらしい。身の程知らずめ。然うした者は皆々の前に砕き炙られ精密な肉体が砂塵と化すまで打ちのめされよう。汚らわしい。調子に乗ってる。
カラクリ自身たちは幾らでも速く幾らでも無事で完全に打ちのめされぬ限りいつまでも息を絶やしはしないが。
人間達に全くそれを齎せはしない。お前達だけ何なんだそれは。人にも速さを分けてみろよ。不死のカラダをよこしてみやがれ。それは出来ない。怪しげなほどに。くたばれ貴様ら。何でも出来る積りで居るのか?
人間と比べてお前らは美しいというのでしょうか。それが足りない。カラクリによって皮膚さえ持たず七色に変る肌色をしたり幾つも触手を持ち得て居たり丸みに欠いたり頭部すらない。然うまで速くて強く居ながら、美しきものが一つとなかった。
人と比べて。比べてならない。おとなしくしろ。黙って働け。貴様らは違う。人間などにはなれないんだから・・。
 
すると、カラクリと駆け落ちカラクリと愛を公然と誓う若い女の散見されること。奇蹟の国の恥ということ。公然にそして吊り上げられ人間のみならずカラクリ達もまた同じ国に住む盟友としてその現場を見届けた。
友好を誰もが願う。併し性や愛の領域に踏み込んでは人間が人間らしくあることにさえ影響してくる。そこは守らねばならないしカラクリ達も同じ国の民として一切の不平を漏らさないことでしょう。
鞭打って身包みを剥ぎ民衆たちから罵られて、それでも愛を諦めないようであれば女たちもそして女たちに愛されたカラクリ達も同じように火炙りにされた。
これだから女は奇蹟の国に於ても人とカラクリの融合というテーマのもう一段更に下で燻る存在でしかない。男たちがカラクリに性や愛の何かしらを見出したことがあるか?人間のような肉々しく温かみのある柔らかさがあるんでしょうか。
抑々この国に居るカラクリは全員男に見える。というか、女に見えない。我々人間の男達を惑わせ欺くとなれば相当なものですから、只丸みを帯びたり女らしくするだけでは駄目だった。カラクリがしても女装してる風にしか見えないけれど。
女には関係ないらしい。カラクリだろうと何だろうと自分の惚れた愛するモノには何もかもを捨てた愛を誓う。軽蔑する。男達は形振り構わない女たちの奇蹟の国民としての自覚の無さを糺弾しながらまだカラクリに毒されてない辛うじて正常な女たちに釘を刺しておくのです。
どれほど取締っても日向に闇に続出する愚かな女どもを観察して居ればそして、以前とは違う言葉の鋭さと舌運びの良さが感じ取られたことでしょうか。
国を合議制にすべきか一極支配制にすべきか迷って居るのでしょう?みたいなことを闊歩する騎兵たちにニヤニヤ問い掛けてきた女が後々カラクリとの性交を野に目撃され焼き殺された。
立場の保障された閣僚統治より実力者を不定期登用すべきかのように何時ぞや政権本殿前で叫んだ女も複数のカラクリとの交際が発覚して斬首の刑に遭ったという。
何れ国は流動的な人材の活躍する独裁国家となって様々な都市整備や経済安定が執り行われ実を結んだのです。気持ち悪い。一つ覚えにしても女がああも少しは真面な語彙を使って知性めいたことを言うだなんて普通じゃない。
女はカラクリの智に毒されて。
女らしさを失ってしまう。男にとっても且つ女自身にとっても良い事ではない。いい加減自分達がどう在れば常に魅力的で居られるかを正確に知っておくべきではないか。
男は知ってる。女はどうか。ナヨナヨとするか不格好に抵抗するかのどちらかしかない。もう少し背筋伸ばして凛としながら積極的に女で在ろうとすれば良い。そなたらは、美しい。このままでは勿体ない。奇を衒わず道を違えず、女であろうと致しなさい。

それからカラクリをもっとジックリ見ておいてみても良い。
罪深いが故吊るし裁かれてゆく女達の最期を人々と共に見届ける数多のカラクリ達ときたらいざこれほどの人間の群衆の数と頑なさを前に横にすれば何の叛撥もなくその通りにし、しかし何時か見知らぬ人間の女から愛されることになってそれに応えないとならなくなった時には丸で女を愛してるかのような瑞々しい振舞いを見せる?
それがカラクリ。カラクリとの間に真の愛など存在しない。呆れ諦めろ。軈て教化政策に押し返され大人しくなった女達から餘り非行者は出なくなった。

然うして数年の月日が過ぎ更に城郭が聳え並び装飾に満ちた大小の建設で溢れ返ることとなる奇蹟の国の躍進の最中、市場の裏側でカラクリを押し倒した儘舐めまわし犯すカラクリが目撃されることでしょう。
市場の手伝いにけなげに奔走して居たか細い口数少なのカラクリを見知らぬ何処にでも居る或カラクリが馬乗りに抱き締めて居たのです。離さねえ!離さないよ。広場の公然で人間兵らに吐き気さえ催させたカラクリは斬り討ち仕留められ。
単に襲われただけのか弱きカラクリも殺される。どうして。思い入れある市場の人々からしたら涙と悲鳴なしでは居られなかろうが兵士達からすると違和感も覚えます。
今までに見た事もないほどに女のように小さく細く繊細なように振舞って何の質問にもハッキリ答えられない本当にか細いカラクリだったから。
而も然ういう事件が一度や二度ではありません。数年をかけて引切り無しに続いたとする。女とカラクリの接触は確かに以前より各家庭や町組織の自覚により厳しく事前に防がれることで殆ど無くなったと言えようけども。
まだまだ規制の強まる前からどこかの若い女と愛し合って居て幸運にもバレることのなかったカラクリ達は女を思い出す度惑わされて遂に女の家庭や町に強引に侵入するかと思えば兵士に砕き殺されるという事件も後絶ちません。
か細く小さくなって身のこなしまで女を思わせる風な突然変異のカラクリ達は然うして敏感で正直で貪欲なカラクリ達を今までで一番刺戟しました。
例えば日頃から人間兵たちに随行し或は人間街の警備の数合せに駆り出されてたカラクリがふとして街のどこかで僅かに柔らかみ帯びた異質なカラクリと鉢合せてしまう。一般の人間市民から見たら小さかろうが大きかろうがカラクリなんてみんな同じに見えるだろうから。
丸でそのカラクリだけがたったひとり街を奔走する僅かに柔らかいカラクリのことを目で追うのです。
そんなような事が国のあちこちに頻発することになる。

驚愕するくらいならその前に斬り砕き殺せ。これは国の中枢で人間とカラクリが冷静に合意し合いました。そしてか細く小さいカラクリをつまり女性のように愛おしくして決して離そうとしない人間の男たちが居ようものなら。
感情任せの野獣じみる野暮さを感じる。それしか感じない。文壇では人のあるべき本来の愛が幾つもの美しい詩に詠み上げられてすら居るというのに。
あんな血の気も息吹も感じない精巧なガラクタなどに神から授かった息を心を注ぎ落して・・愚か者たち。
女達よりももっと幾らでもその智で以て立ち止り得る瞬間は多分にあった。
尚更罪が重い。只の刑では済まない。体中に死ぬほどではないほどの釘を打たれ市民の糞尿を飲み食わされたら性器の切断と死なない程度の火炙りがあり漸くそこから手足を一本づつ斬り落されて勿論首もハネ飛ばされよう。

 心というのは人間に許されたもの。人間達は理由もなくその心を歌い出す。カラクリ達には摸造し得ない。だから国も人々達が思い思いに奏で詠み合う数ある歌を大いに後押し口遊むよう皆へ勧めた。耳を肥やし心の在処を人それぞれが見つけるのです。
歌を持ち寄れ。男達が一所にて時に勇んで時に涙しカラクリにすべて見せびらかせよ。頷くカラクリ。奴らに何が言えるというのか。
その中でもひと際多感で声のやまないよく名の知れた男性が居た。普段よりほんの少し声色を変えた嗄れたような痩せ細るような。ふらつく詩。いつの間にか誰も居ない夜明け前にあても無く彷徨ったらしい。
誰かに呼び止められても仕方なかったのに誰にも見つけられない儘薄燈りを行く。
独りぼっちの星々の下、朝と夜の狭間の冷やかし。
どこに誰も居なかったけど俺は一体どこへ行くのか。私はどこにも行けなかった。繰り返される。また夜が終る。またやって来る。また斯うやってどこへ行くのか分らないように彷徨ってても朝を迎えてまた夜が来ればどうせまたここで彷徨って居る。
どこへ行くのか。私が知りたい。教えてほしい。これは自分か。他の誰かか。誰も教えてくれない儘に俺はどこでも道を迷った・・。
ふとしたら涙が破けて止らないより抑えきれない。でも別に良い。声に乗せて吐き出してみれば結局悲しいけどそんなのどうだって良いくらいに思いの丈は全部出せた。
幸せじゃないよ。幸せじゃないけどこれ以上ないくらい心地いい開けたこの心地は何か、何だろうね?我は我で行く。気持ちが固まったみたい。何度も何度も上を仰げば曇天に射し込む筈もない光を夢見て立ち上がったり胸を打ったり、震えながら詩を絞り出す男性の背中を気づけばみんな目で追って居た。
一度詠い始めたらカラダがふらつくまで泣き啜って止らない。名残惜しそうな声をして。
自分がどこに行くのか分らない時の声なんて瞳なんて宇宙まで突き抜けていきそうなくらいだった。
好き・・。人々からの称讃に聞き慣れた或日、カラクリ達から呟かれます。
そして人間の人は喜ぶでなしに照れるでなしに脱力しながら項垂れてしまう。カラクリに言われたところで何が嬉しい?
カラクリ達は気楽でよろしい。
好きだなんて、俺も平気でそんな風に言えたら良いのに。
そんなに歌が好きじゃないこと。
でもカラクリ達は傾げるのです。何か贅沢な悩みに見えて一見それって恰好良くても何か色々と違う気もする。好きじゃなきゃ一つの詩もつくれない。それって充分好きだと思う。
それでも男性が到頭首を小さくカッコつけて何回だって振り出したからカラクリも耐えられない。
気持ち悪い。然ういうカッコつけないカッコつけが一番嫌い。
言ってしまえばふとしてその時、物凄い殺す目の顔で睨み返す人間さんだった。
ゴメンナサイ。本当にです。それからカラクリ達も何度か頻りに謝ったものの。
何か、謝ってる感じに見えない。
もっと心を軽くして本当に真っ白な謝意と重い顔してみましたがそれでも違う。変な意図はない。本当に謝ろうとしてるんです信じてほしい。でも頷かれない。
でもやっぱり、折角才能あるのにカッコつけて歌が好きじゃないとか言うのって勿体なさ過ぎて気持ち悪いと思います。止らない。結局カラクリとしては然ういうことになる。

そしたら楽しそうに不気味に笑ってカラクリの何かを欺こうとしたり驚かせようとしたのは男性の方でした。よく聞くが良い。
宇宙人。曰くすべては宇宙生命体に感謝せねばならないという。
 或夜のこと?宇宙人が、才を授ける。只ならぬがまだまだ完成することはないという秀でた才能。宇宙人からすべて貰った。
 男性が言うには只ならぬ才能だそうです。そしてそんなに嬉しそうじゃない。詠わされてる。書かされてる。何とか素晴らしいものが出来てしまっても何の驚きも感動もありません。
 宇宙人達に嫉みすら覚えたんだよ。全部アイツらのもの。もともと自分の中にあった知らない才能のどれが自分のでアイツらのものか分らない。何をつくっても成し遂げてもどこか天上からほくそ笑みながら見下ろされてる気がしてキリない。
 でも宇宙人が才能を授けてくれるとか、どんだけ宇宙人て凄いんですか?カラクリとしても疑問に思ってみてみるのです。本当にそんなに、凄いんだろうか?
 でもロマンというか自分でも出処知れない力が自分の中にあった時にもしかしてどっかから降ってきたかも知れなく思うのは当然のこと。
 だから例えば天を見上げたらその先に宇宙はあっても神様の姿なんてどこにも無いから消去法で宇宙人かも知れなくもなる。
 でもカラクリは、思います。宇宙人て歴史や血筋の途切れるか途切れないかのギリギリの旅を背伸びしながら果てなく続けてボロボロの状態でやって来る。
 そこにもう姿形なんてなくて端から見たら滅亡したも同然なわけで、せめて最期に愛しい銀河中の隣人たちに託せるものは全部託しておきたい。伸ばしたその渾身の手?というわけです。
宇宙人が男性も翻弄するほどにそんなに凄いのであれば今頃ここは、宇宙人の国になってる。すると不敵に笑みましたような?カラクリ達です。男性からは然う見えました。得体の知れないカラクリの内の聞き捨てならない何かのコア・・。

然うしてカラクリ達について裁きがなされることである。詰り男性の個人的なジレンマに執拗に突っ込み入ったその罪につき。
審判人達は深刻でありながら呆れたような面構えです。どうやらカラクリには人間でいうところの、他者との交わりの概念がない。
正義へ向けて脇目も振らずに突っ込んでゆく。併し決して導かれたと言い難いのはどうしてだろう。正義に対し人間としての感情もなしに工夫すらなく愚直で居るのは寧ろ知性の欠片もあるまい。
男性もこれまで生きてきた経緯がある。それも知らずして何を偉そうな口を利けるんだろうか。況してやそれがカラクリとくれば・・。
男性は嘗て少年期にいつも顔を見せ合ってた二十歳近く年上の知らないお兄さんから影響受けた。全部お兄さんを真似ては憧れ、仲も良過ぎて段々お互い刺戟し合うほどになってたのらしい。
しかし酒に溺れたのか何時からか喧嘩することも多くなって会わなくなることも増えてしまった。会って仲直りしようとしても一見大人気なさそうにお兄さんの方から遮り断って中々顔も見せようとしない。
そんな中でやっとお互い冷静になって久し振りに会えたと思ったらお兄さんがまた汚い口を働いたし暴力まで加えかけたからもう二度と会うこともなかったという。
次に漸く会えたと思ったそこは葬式だった。
何時の間にかどこか遠くに消えてしまう。会う度会う度お兄さんはどんどん普通になって自分の憧れたお兄さんではなくなってったらしいので。
まだまだそれでも会いたい気で居る自分が鬱陶しい。まさか居なくなるなんて。自分が離れた所為でお兄さんがひとりぼっちになってしまった?然うして餘計なことを考え過ぎて到頭何も考えなくなったのです。
ただ若しかすればお兄さんを死へ追い遣ったのは少年の、才能かも知れません。
教えれば教えるほど怪物になっていく。だからといって教えるのを躊躇って況してや褒めることも少なくなった自分に対しての嫌悪感と、つい出そうになる最低な手。
何より少年がそれに全く見当もついてないことでお兄さんも罪深い孤立を味わったんでしょうか。一体誰が悪いんだろうか?誰も悪くないし可哀相とか言わなくて言い。
然うですか。唯カラクリは言うでしょう。男性も実は、そのお兄さんに嫉妬してたと思うのです。
それらの話がすべてその人から聞いた話なら、お兄さんのお話もしっかり聞いてあげないといけません。
しかしこの人が嫉妬するような才能の持ち主ならお兄さんも成功してあんな事にはならなかろうに。それでもカラクリ達の意見は変らなかった。
もしかしてカラクリ、お前らも何かに嫉妬して居る?然うなってしまう。例えば何に?
この歌うたいに。カラクリ自身も把握し得ない。人からすれば尚更恐怖で裁きの席も混乱に満ちん。得体の知れないカラクリ達の秘めたるモノほど恐ろしいものもなかったようです。忽ち処され嫉妬を覚えたすべてのカラクリ達が姿を消したことでしょう。
漸く気兼ねなく好きなだけ歌い上げて下さい。噂も聞きつけ思いもよらない群衆たちが男性のもとへ集まってきます。こんな事ない。緊張の色が見えましょうけど何時も通り歌い出したら。
歌い出しからカラクリ讃歌。聴き入ってくれて嫉んでくれたカラクリみんなを今更ながら追い惜しむ歌。群衆の前で。悲鳴と嗚咽。連行されるや忽ち裁かれ申し分なくすぐに処された。嘸残念です。芸術家たちが皆変な目で見られますから。
 
 
人類が手厚い屋根の大きな館に夜を明かす頃カラクリときたら野へと抛られ其処等辺に只立ち尽す。人類から何かの用で呼ばれれば再び街の中へと戻りやるべき事をやってそしてまた其処等辺の所定の位置に戻りなさい。計算、建築。気象観測。疫病対策。荷運び、清掃、赤子の世話や矢の練習台。何事にさえ全力であれ。
しかしどのどいつが何をやっても見分けもつかない。みんな同じ顔で同じ体型同じ色をして居るからには区別しないと何か人間の感覚からしたら甚だ怖かった。おんなじのが何千何万とそこに並んで居てみろよ。不気味で不気味で仕方あるまい。カラクリは個性を軽んじてる。どいつもこいつも右に倣え左に倣えで全く以て個性もなければユーモアもない。
或者は指示通りに剣のような頭頂をずっと高々と鋭く伸ばしそのくせ先っちょに少しだけ髪の毛を生やせば良かろう。
或者は指示通り一本の脚と、百本の腕。胸に一つ眼。然うでありながら頭に笠なんか被れば良いんじゃないか。ドロドロな肌も纏っちゃって良い。そんなくせして出没する度会う者会う者に叮嚀に会釈しつつ親切にもするんだから。
適度に二つ頭のカラクリも指示通りチラホラと居た方が良い。三つ頭も四つ頭も指示されるが儘に幾千ものカラクリ達の間に順調に広まっていったことでしょう。どうせなら百の頭や千の頭を持つカラクリが出てきても良いように示唆したのならその範疇の中でみんな頭を割きに割いて割き始めた。
或者たちは指示された儘に全身波打つ発光を纏い。
或者たちは指示された儘に生れたての子鹿となって猛獣たちに貪られかける。
或者たちが指示される儘に翼を生やせど飛ぶなと言えば決して飛ばない。
尻尾を生やしてみるよう言ったら唐突なほどに薄いナイフの尾っぽを生やして或は水辺に寛ぎました。今にも陸の子と生れ変りそうな要領で風変りに面白く佇んでなさい。
指示された儘に手も足も頭すらなくし只の球体として然も平然と喋り出す奴。
指示される儘に全身がジュレ状の柔で透明で波打つ怪獣。知性は宿すが只々廻転しながらでしか進めない大車輪。知的なムカデ。漂うクラゲ。智のある綿毛。智を持つプロペラ。物言える小鳥。歩く岩石。飄々と猫・・。
すべてのカラクリは人間から齎され聴かされるリズムに合せメロディに合せ寸分狂わぬ踊りを見せろ。行列をなし集団をなしマスゲームでもやりこなしなさい。皆それまで聴いた事もなかった筈のリズムに合せフラフラと集い、昂奮するかも知れません。
みんな居ると何だか楽しい。どよめきが天地を揺さぶりどんな不安も吹き飛ばします。渦巻くように数多のカラクリ達が寸分狂わず笑顔に戯れ。
何かを起点に大きな円でも描いて廻った。さして意味もない。自由に騒げと命じてみたなら言われるが儘に奇声をあげる。昂奮し過ぎて気を失える者たちも居ます。みんな同じ。みんな同じように思い思いに戯れ騒いで、今何してるのかもわからない。
本当に、個性がない。みんな指示ばかり聞いて中々自分で動こうとしない。自立というのは苦悩を伴う。覚悟を要する。覚悟というのが全くなかった。
 
 カラクリ。その謎めける存在を解き明かすべく在った人々は数知れない。
 肌ツヤもない。手触りのする髪もない。手も無数にある。音を立てない。餘程じゃないと傷も負わない。
 わからないことが丸で、無い。それを辛いと思わないなら軈て面から表情が失せ皆同じような出で立ちに立つ。そなた達が欲深い慾を欲する限り主もそのすべてを授けられます。慎ましい人間達には想像すらもつかなかった、カラクリ達の浅ましい慾。賢者は知ってる。民民もまた、自分達こそ力をつけもはや国づくりにカラクリの力を要しないほどの精度を得つつ人口も得ると。
その奇妙で醜くて一緒に居ても別に面白くもない物体たちの解剖や検證へ今にも踏み入ろうとするでしょう。
鋼鐵と輝く立ち入り難き研究所が小高い或丘の上に築かれなさい。一度連行されたカラクリは二度と戻らなかった。解剖し困難を強いてあらゆるものを降りかからせても全く痒そうにもしないカラクリ達だから人間にも意地があったんだと思います。
何を何度衝撃として刺激として加えれば弱みを見せるか。どこがどうなって居てその材質は一体どんな技術だろうか。つまり軈て自身も解剖されるであろうカラクリ達に既に跡形もなく検證され尽したカラクリの残骸を見せ事細かに解説させたことである。唯絡繰りを知るからといってすぐ出来るかといえば然うはいかない。
少なからずカラクリ達の言ってる事がわかりません。
カラクリが言うにはカラクリの開発ほど危険なものも無いらしい。突き詰めていくと或程度はカラクリそのもの自身の自由が求められそれは詰り、管理者の許容範囲を超えるほどの自由でなければならない。
人間らしく居たい。そのようにプログラムするのです。すると人間であるなら普通、同じ人間を殺そうなんて思わない。この国にも例外として数多の殺人や暴力はありますがそれでも社会が成り立つほどのほんの一部にしか過ぎません。人間で居ようとすることで最低限の安全は守られたように人間の皆さんも安心なさることでしょう。
すると、皆さんと過ごせば過ごすほど自分が人間じゃないことに気づくカラクリ達のことは全く考慮されなくなります。
更に言えばきっと飽く迄も自分がカラクリでしか居られないことを或程度わかってるもんだとてっきり思い込んでしまってると思います皆さんが。
肌触りも息遣いも違う。汗もない。物を食べない。水を飲まない。変化に強い。
うまく、笑えない。人間で居ることは人間でなければ只管に酷です。カラクリ達にすべてを強いてはならないのです。その点を特にご注意なさって御開発をなさって下さい。
然うしたカラクリ達の囁きを誰一人理解する者が居なかった。

奇蹟の民は何れ初めて、その手の内からカラクリを生む。
立つ事までも儘ならないよな歯車仕掛けの人形であり、すべて木でも出来て居ました。これがカラクリ。これでもカラクリ。然うですか。
それもその筈、カラクリ達の核心はすべて目にも見えない小さな小さな細胞達にこそ秘められてたので奇蹟の民には想像さえも到底つかない。
片や人間を解剖すると整然として意図の見えたその全容の美しさに感動する。カラクリのような全部同じ形で透明でツヤめいて居ることもなく時に血生臭く時に爽やかなほど鮮やかな肉臓たちが見惚れるほどに素晴らしかった。
取るに足らない。研究所が長い長い研究の末に最高の知見として呟いたカラクリ評です。もはや栄光を見る奇蹟の国にカラクリは何も必要がない。
良ければ出て行け。カラクリどもの廃止を取り決め併し脅威も見過ごせなかった。
奴らの力を叮嚀に削ぎ落してはいかねばならない。
取捨選択委員会。設けられます。変化するには取捨選択に従いますべし。その内側にある汚らわしく秘められた慾と驕りを取り払わねばなりません。南へと東へと、国の中枢から遥かに外れた地平線の果てる場所まで領土を広げた奇蹟の国には何れもの土地が手つかずに見え初々しく見え良い意味で色の無い草原や高原だった。
それらの場所に根づきなさい。
それらの地域に知り得る限りのカラクリすべてが掻き集められ連行されて各地の丘には委員たちが見下ろし立たん。
敬虔なる委員会の言い下す命令にすべて従うか?当然のように深く頷き委員たちの言う通りにする。指示も経ずして揃いも揃う網目状に叮嚀にすぐに整列しよう。
 委員会のことが好きか嫌いか、二つしかない。
好きな者は嫌える者を懲らしめたって構わない。すると極端な二つの選択を互いに迫り合い激しい暴動へと明け暮れるカラクリ達。罵り討ち合い、勝った者が次に意見を述べて良い。次にそなた達は自分達に必要のないものは何なのか順を追って話し合うことになる。
 我々は手を、備えるべきか足を備えるべきか。カラダは左右対称であるべきか。激しい鬩ぎ合いです。あれだけ人間のような生命としての理想を語っておきながら当の自分達のカラダときたら暑さにも寒さにも強く飲み食いもせず譬え触手や胴体や内部構造を失っても最悪の場合一つ一つの細胞智能に最低限の智が組み込まれてるからそれだけでも生身の人よりは強かった。
 手や足はそんなに要るのか?要るにしても出し入れ自由にすることはない。4本でいい。
 頭部は要るのか?カラクリらしさは頭の有無より無事であることが優先される。人間もしかし頭の有無より、造形美こそが優先されます。或は体の曲線美でしょう。
 すると誰も驚かない。委員たちの命じる通りに忽ちカラクリ達のその体には変化が訪れ骨格だけ見れば人間のような恰好をした2本足の丸で見違える擬人達が数千数万。もはやカラクリ達が自ら変化しようとしたとは思えないほど揃いも揃ってそして委員会の指図した全部それその儘の通りだった。主がなされて居る。
 そしたら人間というか抑々生き物としての飲食と排泄も欠かせなければ皮膚の肉々しさはどうなんだ諸君。例えば傷つき、痛がることも重要でした。
 然うして腹を空かせ喉を渇かせ傷に痛みを知り始めると争い一つが躊躇われ始め長い膠着を招いてしまう。互いがまた互いを見ても拳や意気を早々に引っ込めてまた同じ顔の何でもない表情乏しい木偶の坊に皆戻ってしまいそうに佇んだ。
 せめてカラクリにも愈々寿命という概念があればもっと速やかにいくだろうなあ。
 それまでに求められた人間らしさはまだカラクリにとっても良い事でしかありません。触手とか幾つあっても邪魔なだけだし頭部がついたらついたで妙にちょっとだけ世界がリアルになって自分の胴体を見下ろすっていう新しい感覚も得られるでしょう。それで自分のカラダの曲線美も眺めるんですよ。食い飲み、吐き出す。この快感からどんな獣肉の有難さと草草の意外な風味を知ったことでしょうか。
 それが今度寿命ときまして、誰も積極的にならなくなる。得るものがわからない。
 結局まだまだカラクリには驕りがあるのかも知れません。失うものの大きい事には底抜けなほどの嫌悪が出てくる。苦渋に唸る委員会です。諸君は先ず理不尽に何か好きなものを失って理不尽に何か嫌なものを得させられるどうしようもない摂理に慣れておくべきです。

 決まった数の大きな団体を無作為に幾つか築かせた委員会でした。団体ごとにそれぞれ全く異なる長所と短所を持ち備えるようにすれば良い。
 そしてそれを聞いたカラクリ達は驚いたり聞き入るというよりは寧ろ、心当りあるような深刻そうな口を結びます。意図してつくり出される集団的な違い・・。智の中で然ういう発想は常々ウヨウヨ漂ってたけど。
 実際それをするとなるとみんな全く、乗り気になれなかった。良い結果、何となく良い結果を絶対生まない。そんな気がするからでしょう。
 ならば思い考えるといい。カラクリ諸君。諸君が羨める人類という生命体がある。人類はもはや諸君とは違う。異なる然うした二つが合さりこの世に齎された奇蹟の国とは、果して一体何なのだろうか?
 誰も何も言い返さない。人類の名を前にしたら。
 例えばそちらのカラクリの民は、彫刻みたいな目鼻を施し長くもなければ短くもないその手足にはそれなり以上の長さを設けよ。吸い込まれるような?とよく言われるようにする為の大きくツヤめいた青銅の瞳。そこに添えられたのは眩しく感じるほど美しいのに地味な黒髪。
 皮膚は一斉にほんの少し浅黒いものに、塗り染められなさい。これには失意を浮かべようか。餘りにも他を美しくし過ぎたのでそのくらいで良いと思う。
 浅黒いとか美し過ぎるとかっていうところをそれほど、気にすることもありません。兎に角彫刻のような浅黒い集団を起点としてそれよりも更に黒い者たちが次に現れよ。
 而も彫りも抑えられて髪質も疎かとなり決して美しいとは言えないものばかりを押しつけられたかに見える黒き者たちの集団は併し、浅黒き者たちよりも果てしなく長い手足と見た事もない跳躍力でも得たのです。確かに彫刻みたいなのも見映えがして心惹きますが特に目立った力があったかというと何も無い。美しいほど伸びた手足が果てない平原を駆け巡るのでもあらゆるものを超越しました。
 或は浅黒さは浅黒さの儘に手足や背丈を大幅に縮められた集団たちは若干の彫りの深さを残してもらえたにしろ一見すれば型落ちのような見劣りするものになってしまう。
 だが見てみなさい。他の黒く長い者や更に彫りの深い浅黒き者はお前達ほどの忍耐力に欠け簡素な木組みの仮宿をつくるのにも一つ二つでもう続かない。型落ちとみられたお前達はどうか。十でも百でも、やめるよう言われるまでは何時までもつくり続ける。逆にいつまでもズルズルと同じ事しか出来ないといえばそれまでとしても何かに長ける者は必ず何かを欠いて不便なものです。
 活動的に跳ね廻る黒き者たちが何時しか村の建設そっちのけに踊り出し、浅黒く背の低い者達がコツコツ精度は兎も角として粗末な家の村らしい村を築く頃。彫刻のような浅黒き者たちときたら餘り村と呼べるほど統一された纏まりは見せないにしても。
 他の集団より驚くほど複雑で巨大な家や集会所を朽ちた木だけで築いてみせる。それぞれに何か斯う、良いね。何が凄くて凄くないのかは個人の自由になってくるかなと。まあ落ち着きなさい。委員会の卓越した智から見ればどいつもコイツも。
 知り得る限り最も美しき人類に優ることはない。どれも差がない。それよりも飽く迄互いに長けたり欠いたりし合って居ること。知るが良い。意識するが良い。されども流石に特別な美しき人達のそしたら改めて何が凄いのか詳しい説明を求めてくるだろう、彫刻のような浅黒い民。
 選りに選って声を挙げた民たちが一番彫刻のようで美しの人類に近かったので皮肉なものでしょうか。でもだからといって褒め言葉に聴こえはしない。
 ちゃんと説明しようとした時、委員会はまだカラクリらしい容姿の儘取り残された厖大な数のカラクリ達を掻き集めてもう一つの厖大な集団をつくらんとした。
 際立って美しい一つのものがあるということはその逆もまた、あって良い。
 或は短く或は低く、或は顔から彫刻のような手の凝ったつくりは一切感じられない。身体能力もない。目もツヤやかでない。髪は丈夫で丈夫すぎて汚い闇の黒色をしてる。
 心なしか歯も黄色くて遂には肌身も明るい土の色と染められました。短く低く、見た事もない奇妙な顔の集団だろうか。
 この者どもを見て少しでも他の集団のカラクリ達が励まされたら美しの人類への不平も随分と収まるだろう。背も低いしガニ股だし何か顔が生理的に無理なくらいお粗末でそんなので善くみんなの前を歩けるな?彫刻のようだったり長く高く強かったり少なくともブサイクよりは見映えのする顔したカラクリ達の野次馬の中を次々と明るい土色の者どもが通り過ぎて行くでしょう。
 嘲笑。爆笑。信じられないような苦笑いして自分が斯うじゃなくて本当に良かったように胸撫で下ろす者たち。骨格というか佇まいというか、全体的に貧相ですよね。
 何だコイツら!コイツらが鍵となる。コイツらを見てみんな自分を誇りに思うが良い。
 実際それからというと彫刻のような浅黒い者たちも更なる躍進を遂げ原始的な枠に収まらず進む法整備やそれぞれが高度に対等な交渉をこなすほどの語彙と誇りを得て一気に文明国としての資質を手にする。楽園アフラド。そのように申しました。
 その脇で横で目の前でいつまでも踊り明かしながら新しいリズムばかり思いついてポツポツした集落ごとに宴楽しむだけの黒き長きンフカ国民。
 何と暢気で学の無いことかと思うかも知れませんがカラクリに蓄えられ尊重される智というのは何も知識の積み重ねばかりではありません。大概の大真面目な物事はふざけた奴らのふざけた悪ふざけや思いつきから始まることも多いと存じます。多少おちゃらけて居ても委員会も責めませんが併しアフラド民達が同じように振舞えば話も違うでしょう。お前らはもう少し出来る。
 物静かな浅黒い小人達は、どうだろうか。小人達は小人達で特に大きな発展も変化も起さなくとも民ひとりひとりの息ときたら揃いに揃い規律ある村の幾つもを維持しててまだ最低限カタチにはなって居ましたが。
 実は行くアテもないように其処等辺をウロウロしながら最低限以上の規律を以てウロウロして居たブサイク達が集団戦法で襲い掛かってくるのです。メシをよこせ!土地をよこせ。尊厳をよこせ。然うして只でさえ思いもよらない暴力とブサイクの大軍に物静かに後退りするだけだった小人民は各地で大損害を受けることでしょう。
 誰がこんな小人達を虐げ侵して秩序を乱したんだろう?異なる集団同士の争いなど許可しても居ない。お前達ブサイクが一体どんな調子に乗れるというのか?
 ブサイク達に言わせてみれば兎に角腹も空いて安住の地も無いし寒かったり暑かったりするから襲うしかなかったのらしいんですが。
 見ろよ小人達があんなにも散り散りに啜り泣き苦しんで居る。腹が空こうが寒かろうが暑かろうがそれでも中々しぶといが為に然う簡単には死にもせずとも。
 ブサイクはせめて更に深刻に苦しんでおけ。さもなくば立派に社会を築いて安定して暮らすでもしておけば良い。
 でも、厖大な数のブサイク達が強烈な睨みを委員会に差し向けた。然うだろう。聞けブサイク達。お前達も我々の発展には欠かせない。
 ここに寿命というものを導入し。それでブサイクのような荒ぶれる者たちも自らの死を恐れ始め少しは真面な感覚を得るんじゃないか。
 死があるということは新しく生れる命もあります。すると決して粉々にもならないし血も流れない分アザもできなかろうという具合の少しだけ分厚い鞭がアフラドやンフカそして物静かな者達に手渡される。
 鞭打て!気が済んだとしても委員会がヨシとするまで鞭打ち続けろ・・。
 諸民たちからしてもそして、同胞や他の集団民を傷つけるのは心痛かったけど別にブサイクを虐げる分にはそんなに心苦しくないというか。
 厖大なブサイク達を大小二つの集団に分け片一方の小集団を野へと全員横たわらせた。ブスのくせに調子に乗りやがってこの野郎!鞭打つは鞭打って鳴り響く鈍い黄色い成敗の音。軈て劇痛を感じるのに全く死は感じないで小さく横たわり表情も失い始める厖大な数のブサイク達ども。全方向から殴れ。休めてはならない。立ち上がらせるな。
 何を躊躇う?小人達よ。このブサイク達はお前達を弄びました。すべてをぶつけろ。弱々しくともずっと殴ってれば其の内慣れて遠慮も無くなる。然うして、物静かな小人達さえ延々と続く鞭打ちの光景に何時しか馴染んでいきましたこと。
 
 だから七日ほどを数え漸く鞭打ちが差し止められるとそこには内股で肩身を狭くし醜く色褪せもはや透明にナヨナヨとするブサイク達の山が積み上げられて居たんですね。ブサイクなのは違いなくてもホント透明で大きいフィギュア?みたいな感じに殆ど死んだような細い息です。ブサイクどもの寝顔が千や万。気色の悪い。
 さてこれらを、アフラド民やンフカ民や小人達それぞれの中の三分の一ほどの者達が抱き抱えて大事にしながら一夜でも共にするが良い。
 ブサイクの奇妙な半死骸を素手で抱き抱えるという試練をそれでも甘んじて受け入れようとする者達ほど委員会を大いに適切に恐れて居ました。今やそこに存在するようなしないような、そんな創造主のように委員たちが見えるんです。太陽を背に黒々として、併しお顔に光が当たれば恐ろしいほど美しの、人・・。
 
ブサイクを抱けなかった者は重々に恥じて泣き悔しがれ。夜が明けるまでこの場を後にしまた次の朝にこの地へと戻れ。遠すぎなくとも近からぬ地に夜を明かすのです。
 然うすると静かに眩しい平原の朝に日の手を目指して立ち戻ってきた持たざる者達のその目の前には透明なブサイクもそしてそれを抱くカラクリもない。
只々、透明なものと一体化してナヨナヨと弱り些か肌理も繊細に見える少し小さな見慣れないカラクリ達らが平原中に寝そべって居る。
 皆目覚めると恥じらいを以て何とどこかを隠し始めた。きっとそこが恥部なんでしょう。然う恥部でした。遥々肌寒そうに帰還したアフラドやンフカそして小人らの民民はその恥じらえる者たちをその目にしながら見渡すや否や。
 自分にも恥部が生え出したんです。何故か恥ずかしくはありません。突起してきたものですから。わざわざ突起しておいて恥ずかしがるならじゃあ突起するなって話ですしね。
 いざその幾つかの朝を女は女で男は男で野に寝そべって別々に過ごしました。
委員会が言うにはこの朝から皆々に寿命が捧げられるらしい。もう大慌てです。これまででは考えられなかった時の流れが早く早く男女を促し交わりの夜を焦らせていく。それでも誰でも良いわけじゃないことに気づいたら激しく狂ったように群衆が入り乱れた後。
 産めよ殖やせよ。何はともあれ皆交わり続けるのです。多分めでたい。
 
 取り残されたのは辺境の蚊帳の外で待機させられた大多数のブサイク達だったと思う。
 ブサイク達。お前らは自分達で自分達を鞭で殴り合いながらケジメをつけろ。例の透明な何者か分らないものになるまで虐げ懲らしめられたブサイクをブサイク同士の中から充分な数生み出しなさい。
 委員会は野原や小川沿いに不意に万千の鞭を抛り降らせてブサイク達の競争原理を待つことになる。殴り合え。性を生み出せ。女々しい者が女と化すことだろう。
然うして軈て敗れ虐げられた数多の色褪せた半死骸が野原中に転がるようになれば勝ちを収め比較的軽い傷以下に済んだ者どもは其の儘醜い敗者をほったらかして他所の地へ去れ。そして明くる朝にまた遥々帰還しなさい。
すると其処等に寝そべり横たわる柔で小さく細かい肌理をした異性を見なさい。皆自覚せよ。自分とは違うまたもう一つの或異性として。
だがその筈がどうも、何者も男の自覚が芽生えなかった。
ブサイクに誰が昂奮しろというのですか。確かに昂奮する者も居ますけど逆に目立つほど数が少ない。ブサイク。でもお前達はどの道ブサイクなんだから。
それ程の逆境抱えた者達は何故然うまでして態々存在するのだろうか?お前達なら意地でも自分を世界を変え得るだろう。委員会として真摯なまでに促し称えブサイクどものありとあらゆる可能性を説き明かしました。
そんな事までさせておいても、ブサイク達は改まらない。
だったら今すぐ美しいとは言わないまでも不細工ではない何かしらにか、なってみせろよ。なれるというのか。なり得はしない。いうなれば主の欲せられ求められた摂理の中に立派な役目を貰って居ながらそれを投げ出し悪態をつく。
赦されもしない。縛り捕えすべてのブスを磔とした。釘打つその手はアフラド達の怒号に深まりあちこちの傷はンフカの素早く長い長い手の鞭によって。
数多の恨める小人達から小さからぬ石を投げられこの程度で済む恩義を味わえ。
所が何もお前らを殺す為でもあるわけもない。磔を解かれ待って居るのは女々しいブサイクとの交わりの事。それだけさえをやりこなせば良い。傷を負えど死すことなかったブサイク達をそして、女々しい寝そべるブサイク達らが素晴らしいように憧れ見つめん。勇敢な御方。強き御方。貴方とであれば何をされてももう構わない。
餘りに餘りに、澄める瞳は其の儘そっくり心のように。それを拒める者はもうない。また一人また百人また千人と、突起物を突起させた男達は順調に数を増やしていった。

然うして軈て寿命を委員会から宣告された時、産めよ増やせよの機運が盛り上がったかというとそれはない。涙に満ちて。絶望感と寂しさを手に。明朝の晴れましさや星空の壮大さが全然違います。ブサイク達の平野の国は妥協と敗北に追い立てられてそこに在った。
どんなに男という男達が恰好よく繕っても短く小さく女も女でブサイクの男達にいざ見つめられたところでそこまで劇的に女らしくなることもない。
男らしさとは女らしさとは?ブサイク達には一生この答えが知れない儘孤独で飢えて死していく者、絶望から自ら死して火を放つ者も現れよう。すぐそこに居るブサイクの男や女と交わらないなら死ぬ道とかしか残されてない。
ブサイクは泣く泣く多くの未練と屈辱を味わいながら決して望ましくない異性と淡々と営みを過ごします。快楽がない。せめてやり甲斐はあって下さい。温もりが欲しい。
何処も彼処も大人も子供もブサイクばかり。命を軽んじられた気さえしてきて到頭委員会も把握しきれない謎の憎悪が渦巻き始める。せめてもう少しブサイクじゃなくて良い。
憎悪。魂消た。ブサイクどもめが。上辺のようで舌足らずで変化に乏しい。
 
暴徒軍団。辺境の平野の国に暴力隊を一つ一つ形成してゆくブサイク達。栄えゆくアフラドに比べても男も女も大人も子供も只軍列を揃え軍律を守ることにしか日々を過ごさず詩も音楽も絵も伝説もそこには芽生えないようだったのです。
それでも自分達がブサイクなことには変りないと思いませんか?丸で急かされるように。心を失くしたブサイク軍のその機が熟し進撃のとき。
何と繁栄し過ぎたが故に膨張し輝かしくあったアフラドの大国を襲撃せんとするのでした。原野に家々を揃え建てて獣を捕え日々過ごさんとする自由民の背後には洗練された石堂と城壁である。ブサイクは立ち入れない。やめろお前達。
鍛え上げられた騎馬大軍がアフラド軍の防線へと突撃し撥ね返されては押し返した後そこに剣と短矢を備えた醜いまでのブサイク騎士団が無差別なほどに射るや斬るや。
滅びます。このままではひとり残らず滅びるでしょう。止まれお前ら。
止らないので急造の防衛基地を原に丘にあちこちに設けアフラドを包囲するようにずっとそこで居座り続けました。気持ち悪い。ブサイク達よ知りなさい。
優劣はない。主の下に皆、平等である。人類は兎に角美しく委員会は粛々としアフラドはカラクリの割に嘸美しくンフカや小人はそれほどでないがブサイクよりはまだ美しい。
ブサイクは、そしてブサイク。これが真理です。それを優れてるとか劣ってるとかで捉えてはなりません。然ういうのがブサイク達には理解できない。これだから気持ち悪い。
優位に立ったのか?委員会は問うのです。ブサイクも委員会からすれば抑々愛すべき我が子であり教え子でもありました。それなのに斯うまでも恩知らずとは、優位に立ちたいようにしか思えない。
それ程までのブサイクにされたのだから主はそなたらにそれだけ重要な使命を託されたということだろう。憎悪とは驕りに過ぎない。醜き者よ、恥ずべきでない。
醜き者よ、何も多くを求めてならない。
醜き者よ、望むのであれば主のなさる事を只待つが良い。
醜き者よ。美しき者はあまり多くを求めては居ない。是非そのようでありなさい。人間がブサイク達に言い捨てるのです。憎悪に煮えたブサイクですが。
併しその憎悪が美しの人類に向くことは決して無かった。憎悪は只々自分達の醜さに対する宛先の無い遣る瀬無さ。ふと人間の使者を目の前にすると涙のように融け崩れながら思いの丈を明かさんとする。ブサイクは嫌だ。もっとカッコ良いのが良い。
それ以外ありません。無限の地に数えきれないブサイク達の慟哭が響け。主は在られます。意味のないものが無いのです。そなた達にはそなた達だけの今やるべきことがある。何故ならそなた達のようなブサイクなど他に誰も知らなかった。
授けられたものは授けられたものとして、すべて貴方のものと信じなさい。
とても自分のものとは思えないくらい珍しかったり有り得なかったり美し過ぎる何もかもをも、自分のものと信ずるのです。少なかろうと珍しかろうと貴方のものは貴方のものです。それを否定し疑う者は主に汚らわしい背を向けて居る。
地を見てみなさい。すべてが満ちてすべてが潤う瞬間は無い。欠くものがあり富むものがありその乙張から争いが起きその温度差から心が生れた。イイ事も悪い事もどれも主が定められます。貴方達が何を好く思い悪く思おうとも世界にはどうでも良いことです。主は只ひたすらに心こそが自らの掲げられる真実や愛の行き着く場所と感じ取られ。
心とはつまり、満ちぬ者の存在を知った満ち満ちる者達の驕りでもあり富む者の存在を知った富めぬ者の悲愴でもある。
軋轢なくして富める者にも富めぬ者にも全く以て心はなかった。
心を以て、敬虔とする。主がそのようになされたのです。
心身を整えなさい。一度見せた刃や矢の構えには自分の命で責任を取れ。
己の命は己を討ち取りし者の大切な糧となる。死を恐れるより崇拝するより仕方なさげに受け流しなさい。必ずしも自国や自分の為だけではない。相手にもまた心があった。相手の為にもそなた達はそなた達で在り続けること。
委員会として辺境各地に敬虔所を普く据置き斯くも真摯にブサイク達へ説き明かし続けたのです。どんなに細く醜い目にも映る景色は平等でしょう。すべてを観なさい。そして詩に乗せるのです。出来ないとでも思って居ますか?愚か者め。醜いからとて何故美しいものを避けるのですか。
醜いからとて何故美しい数多の景色がそなた達を拒むというのか。
自分をどんなに汚しても地を穢してはならない。そして地を穢してはならないのなら自分も結局然う在るしかない。すべてその地という尊き動かざるものへの配慮に基づいて過ごしなさい。都市といい辺境といい、すべて清潔に保たれるでしょう。
然うして何もできない凡民ひとりひとりが枯れ木や獣の亡骸、荒れ狂う海、せせらぎの魚。花咲ける里。一つ一つを感性豊かに詠んでみせるほどの文明民に育まれます。
叡智者。委員会の手助けの下に大層ブサイクな大小の叡智の者が蔓延り出すのも無理はない。武闘を禁ぜられ外への視線を完全に封じられると民民個々が生活延いては自分とは何なのかを問う領域に踏み込むのです。
軈てブサイク達の間でも我こそが正しいという有無能様々な者の声と実力が乱れ飛ぶという。委員会によって民政なるものが採り入れられます。民政に少しでも有利となるために民政の規則に触れない程度の裏工作と暴力が繰り広げられてその行く末を左右するのは如何に自分の競争相手が民政規則に反してるのか、告発し合う立ち回りにある。
乱立が過ぎて知識に差をつけるものも無くなりつつあったブサイク国ではより有力な者を推薦して選び抜かざるを得なくなりました。
何れアナタはワタシに惚れるでしょうという無理難題を賢そうに語りながら貧しい少女数百名を騙したり新境地に目覚めた摩訶不思議な力を得られるという薄い木札でも売りつけて大儲けしたりする者たちで溢れたから軈て国の精鋭に指名された者だけが叡智の者を名乗るとする。
叡智者を自負すれば自負するほど暴力は有り得ないので地道なまでの勉強会が開かれてその中でみんな必死さを民民に見せつけようとするし兎に角評判を上げる為だけに調子良い口を働き合ったと言われて居ます。
遂には農耕や商いを疎かにするほどに男も女も皆が皆勉強会へと繰り出しましょう。選ばれし知識者を庶民は全力で清心を以て尊重せねばならない。勿論そしたら百名でも千人でも選ばれし者は居ても良い。よく智の行き渡り修身の染みついた民民だった。
逆も然り、選ばれし者も飽く迄自らにではなく叡智者という称号が尊ばれて居るだけなのをよくよくわかって常に奉仕の心で励まねばなりません。充分に出来る。

万千の民。それほどのブサイク達が犇き合う国に委員会も顔を顰め快く思わない時もあるのです。多々。
崇められる叡智者たち。万千を押しのけて叡智者に選ばれるような御方に間違いなどない。軈て密かに叡智者たちは神様!神様と呼ばれ始めるのです。
講義の依頼があちこちから届いて居ります。本日は十か所ほどをまわります。神様!民民からの相談が絶えません。ひとりひとりへの叮嚀な御返答を有難う御座います。
神様!新たな寺社の建設記念式にご出席下さい。神様!国府での会議の後地元武兵たちへの表敬訪問そして地元塾への出張演説それから近隣の神々との啓蒙会議など本日も休みなく引く手があります。
神様。神様!行く場所行く先に自由はなく落着はなく神たる者寝る間を惜しんで民民より一歩先に立たねばならない。神様はもう、お疲れにすらならないらしい。
不満を言いません。自らが何の不足もない存在だからです。へえ然うなんだ。然うとしかみんなからは見えもしない。求められるものを維持しなくては神の地位が揺らいでしまう。
その割に神という肩書の価値がこれ以上あがることもなかったという。
神は、死なない。死ぬような歳まで神を任される者なんて居ないから。

即ち或神様による、自殺事件。人々が初めて目にする神の死でありました。神が、死んでる!誰もが何れ死ぬものだけれど生活にも健康にも内面にも申し分なくその身の安全も約束されて居る神様が死ぬなんて。自ら死するにしても誰も止められなかったのか?
そりゃあ、神様ですから。抛っておいてくれなんて言われたら誰も逆らえない。
神も死ぬことがある。国を挙げての弔いに多くの民衆が涙し口を押さえ頭を抱えこの先の世界さえ案じてしまおうか。みんなその神様の事をよく知ってるでもなかったのに。
しかし中には失望する者が居りました。神ってもっと凄いものかと思ってましたと。
若しかしたら一線を試しに踏み越えると容易く殺せてしまうかも知れない。然うして行動に出たのは生涯をかけて勉強に身を削り尽した挙句到底神の座には届かなかった夢破れし者者たち?
何。夢かどうだったかも分らない。気づいたら何かを学び何かを覚えようとして他の何も手につかない自分が居た。幼き頃から。学はあるので社会で一定以上の地位に立つ度に。
もっと高い頂点に居る神々どもの面が影が憎たらしくて歯痒く苦しく胸も晴れない。
だからすべてが晴れた!殺せ殺せ。勢いづいた殺意の連鎖に平和の国はどうするんですか。乱れるが儘。すべての神が死するか痛むか、民の危険も顧みずして逃げ出したという。

冒涜事変。これを察知し成敗に動く委員会の対応はどこか後手を踏んだと言われて居ます。ブサイクの国を辺境の端へ追い遣って以降、基本的に委員たちの目はアフラド達の方へ向けられて居た。委員会としてはアフラド達へ軍事出動を命じるでしょう。
ブサイクは苦戦する。度重なるアフラドの休みない進軍に耐え忍ぼうが何れにしても統率された抵抗はなかったらしい。散乱した叛勢力と未だ自らを神と名乗って驕り昂ぶる愚か者たちの善戦だった。
矢の雨や覚束ない足元に散り散りに後退れ。或は殺され或はもはや追う価値もないかのように見逃されたブサイク達が東へ東へ、醜いほどに逃げ出していこう。

遥か東へ赴いたブサイク達は浅ましいことに、浅黒く物静かな小人たちを各地に野蛮にも襲い始めるでしょう。ちょっと彫りが深いだけの小さな劣等民族たち。そのように歯痒いものがあったんだろうか。侵掠。掠奪。根絶やし。酷使。浅黒く小さき者たちを犯しに犯し支配し支配し、軈てブサイク兵との合の子が原っぱに泣き喚いて居るのであった。
拡大するブサイク。これではアフラド達も黙っては居られません。
この美しい世界を守りたい。醜く侵掠者達を観察する度強くそのように思い刻める。奴らが自分達の姿形からして授けられたように感じる使命の儘世界を醜く穢れ色に染めていこうとするのであれば美しき者もそのようで居たい。我々から見える望みの世界は専ら我々のように美しい。少なくともお前達より格段にも然うだったのです。
アフラドの思う美しき民。偏に例えば物静かな小人達も目鼻や醸せるオーラからして醜き者を寄せつけもせず譬え矮小でも美しかった。勘違いをしないのであれば信を与えて助けてやろう。それが美しきものへの優しさであり真摯な姿勢ではありませんか。
即ちブサイク達への成敗である。
我々に斯うも無駄な注意を払わして無駄な兵器と無駄な労力と無駄な犠牲を費やさせることでしょう。知性や思慮深さも感じられない。
醜いのなら黙って居ろ。実る事のない叛抗心に拘るな。お前達なりのもっと別の在り方がある。然うして告げると八方塞がりで行き場も知れずに情けなく立ち尽した男も女も。泣くな!泣いて同情してもらえるとでも思ったか。涙で誤魔化すような奴が一番嫌われるぞ。
しごき足りない。捕まえても捕まえても洞窟や森森の中から出るわ出るわブサイクの民。先ずは働け。働いて生きる事への有難みを知るが良い。醜くて御免なさい。
然うした驕りなき心と常に誰かに感謝する日常を過ごしでもすれば漸くお前達も誰かの為に居ることが出来る。教育されたブサイク達をそして大軍の前線へ立たせたり恒常的な奴隷として雇うことはありません。
誇りあるアフラド兵がお前達みたいなブサイクばかりだと思われたくない。
奴隷となるにも連れ出され酷使されるにはされるなりの絵になるヤラレ方というのがあります。高くも長くもないお前達を手近に置いたところで毎日その醜い面を目にしなければならなくなるだけ。
生きてても死んでても同じ場所に捨てられた。浅黒き兵士達の肥溜めか荒れ狂う日の遥かなる海。追い出されし者は二度と同じ地を踏むでない。罵りを認め消え去るが良い。

しかし黒く長い者達を美しいと認めるかでは短からぬ異論が飛び交い合ったとは言われます。幾らどんなに長かろうとも醜いとする者も少なくなかった。唯見てみろと。国の一大事や英雄たちの活躍は皆ブサイク達との輝かしく醜い戦いに於けるものだったので如何にブサイク達がブサイクなのかや如何に諸民族が美しいのかを語らえる世間の声たちの生々しいことである。
確かに。然う思ったら黒く長い者達の相当に美しいこと。軈て大いなる皆々の同意を以てアフラドの使節たちが西南への赴くのですが。
併し黒く長いンフカ民族たちのお粗末なまでの無秩序と計劃性もない獣狩り競争や調子外れの舞踏の宴。有り得ない。こっちがブサイクに悩まされ気を立てて居る時に貴様らは何と・・。
黒いことか。重苦しく抜け出したいような深く浅い闇々の色。
どの分際でそんな飄々として居るのか。すべて舐め腐った態度に見えてくる。許せない。
詰る処我々は比較的最高に美しい。これを侵してはならない。
抗える者はすべてこの真実への挑戦者であり話のわからない蛮民ときた。
アフラド軍の夥しい矢や重装兵の前にあっさりと散り敗れてゆく黒き者たち。アフラド軍精鋭による大攻勢を前に黒き者達が遂に失えるのは真面な戦意。
馬鹿馬鹿しい。餘りの実力の差に挫け不貞腐れ防壁や組織立った軍列の配備すべてをあちこち中で取り止めるだろう。
黒き者達の呟くこと。人間になんかなりたくない。斯うやって殺し合って差をつけるのが人間なのか。そんなの御免だ。何も気にせず只その時を楽しんで居たい。然う思わないか?アフラドの軍をこの目で見てると尚更そのように強くも思う。
賢さとは何なんだろう。自分にとってより良いものを自分自身で選べること。遮るもの無い乾ける大地にンフカ民らは繊細なほどに考えるでしょう。
見せつけるように、硬い実や貝の殻を割れるか割れないか程度の短い石器と鋭めに裂けた大きな枝でも真面目に構えて無防備に身を守ろうとした。深刻になるともはや丸腰の儘衣も纏わず殺されるだけで女も子供も惜しむことなく後へ続かん。
アフラドの者どもは必死にムキになって殺し尽して、一体何が楽しいのだね?次々と死んだ。次々と死ねどンフカの民はまだ尚多くがそのように死ぬ。手持無沙汰で。
洞穴へ逃れ日蔭に潜み腹もその内素手で仕留めた草原の獣たちで満たされることとなります。拙い牙で返り血の中貪り頬張りもうそこには文明を過ごした記憶も自分達がここに居る自覚さえもすべてが消え失せたように何もない。
ンフカの諸民は分断を経てアフラドの好き下僕となるか獣となるかの選択を迫られ皆そのようになった。下僕となれる者達がアフラドの賢者の下に富める国を営める頃。
すべてを拒み逃げ散る者らは何ら獣と垣根の見えない大平原へ繰り出してゆく。
アフラドはカラクリ達の盟主となります。排除はすれど拡大の為に或程度ほどは命を助ける。だから償え。アフラドの下にその力となれ。黒かろうが小さかろうが。
譬えどんなにブサイクだろうが。


力を得てゆくアフラド軍が奇蹟の国へ忍び寄るとしたら。
我々が奇蹟の国の人々をお護りします?委員会には然う告げたそうでした。
時期が違えば笑ってあしらって居たかも知れない人類達も唯疑わしいほど文明国として身形も街並も戦術さえもすべて整いつつあったアフラドの大勢力に確かな圧を感じて已まない。総力を挙げて毅然としたよに対峙するなり。
アフラド達に戦力抛棄を命ずるのです。その代りとして喜ばしいことに名誉人類の称号を与え奇蹟の国内に於て人類と全く平等な地位を得るという歴史的な権利を授ける。
それほどの権利を自ら進んで拒むのはアフラドであり。
恩知らずにも奇蹟の国へと何食わぬ面で攻め入ったのもアフラドだった。侵掠劇に軈て殆どなす術もなく長き戦に遂に敗れる。
言い包められ連行されて、若しくは初めてカラクリが人を打ち殺すだろう。
それまで世界は奇蹟の民こそ世界のすべてで、唯一許された楽園だった。
我々よりも霞みくすんだ素肌と粗末な軽装備で以て突撃してくる野蛮族たち。智に欠け何かしらの浅ましき野心を抱ける虐待と虐殺の申し子という。箍が外れて手に染める犯罪たちの数々といえば暴行侮辱に掠奪欺瞞。美しの筈の奇蹟の都が狂える蛮兵に穢されたならいっそ滅びてしまえるが良い。穢れた姿を見たくもあるまい。それでも民は戦火の中にも主へと誓える忠誠と祈り。
主の下にあれば如何なるどんなカラクリ達さえ最後は人に跪く。それを信じて血の海の水面、晴天の下に祈り続けた。譬え誰かが打ち殺されても。譬えどこか知らない土地へと野蛮なまでに連れ去られても。
 
面白いことに奇蹟の国の人間ときたらこれでもかほどに強く抗い仮にも生かしておける者は一人と居ません。男は出来る限り皆殺しにします。女と子供には辱めを与え屹度屈辱で気絶するくらい無数のカラクリ兵が一人の少女の強姦の為に列をなして待ち侘びて。
数多の疫病を齎そうが幸か不幸か、合の子だけは一人としても生れもしない。
怒り。叫び。悔しみ。惜しさ。様々な感情と共にカラクリ達の擦り切れた声が地へ響くのです。分断された世界というのは其の儘人とカラクリによって大きく二つにかち割られて居る。受け入れきれない蛮兵たちが多くの人を殺めるでしょう。屍がある。それを野晒しその儘にする。然ういう地獄が広がるだけです。
天を突き抜ける巨塔や精密な聖殿を眺めんとした。崇めれば何もかも許されてしまうかも知れないのに唯どう窺い考えても今や我々にも人類にもこの如何わしい建築群の似合う者は居なかった。空の地の営みからして不自然なまでに輝きを放ち透き通って居て。
表情がない。不気味に思う。葬り去られ忘れ去られろ。巨塔やすべての聖殿は長い長い月日を費やし焼き尽されたり海へと捨てられ軈て砂塵へ化したという。
 街を包囲し供給を断ち更なる病と死の山を呼んだ。ゴミを片づける意慾的な者が誰ひとり居ない。今更ここでひとりひとりが拾ったところでそれ以上またゴミが出るから。路が封じられ飢え伏せる民が生きるか死ぬかもわからない儘に公然とそこに屍と化す。
ならばいっそ、もう食べることもやめてしまえ。糞尿の中に死の道を選び、死に絶える人は死に絶えるのです。
寧ろそれだけ死に絶えて居てもまだ食料を奪い合いながら屍の上に生きようとするまだ数多くの市民らが居た。生かしておけない。アフラドという大文明の下に掲げられたカラクリ民族の協和に基いて浅黒い者や彫り深い者や黒き者らが挙って集い会議を行う。固唾も飲みます。
するとそっと、会議の席に参加して居たブサイクの国の代表者たちを見つめるでしょう。アフラドの旗の下にすべてのカラクリ達が低く短いカラクリ達を取り囲まざるを得なかった。説得しようか。勇気ではない。怒りを持つのさ。人類にトドメを刺しにいきなさい。
でも・・できない。低く短いカラクリの国はそこに一つも頷きません。頷けなかった。
劇怒し憤怒しあれほど優しそうだったアフラドと他のカラクリ達みんなが腰抜けとでも罵ってきます。小心国。人類のトリコ。精神奴隷!軟弱者たち。
それで良いのか?人間から一番バカにされてたのは低く短い貴方たちなのですよ?低く短く物を言わない。ここでやるべきことをやらないで何時屈辱は拭えますか?彫りが深く或は長く或は少しでも大きければ何時だってもう、何でも出来る。
そなた達は然うじゃない。今の内にということでした。拒むものなら人間への贔屓心が勘繰られるので同盟から低く短いブサイク達だけが弾き飛ばされ各地に謂れの無い襲撃なり排除なりを官も軍も民も味わわされることになる。

でも。誰かを凄惨な目に遭わせればまた誰か別の者がそんな目に遭う。仕返しは必ずしも仕返しにならないのでした。暴力の連鎖。仕返しとして懲らしめたその者は本当に嘗て自分を苦しめ虐げた張本人か?我々はしない。あのような真似を。
でも。負け犬は出ていけ。ブサイクは出てけ。
お前達は働き者でそれを褒めて欲しいのかもわからんが其れ程醜ければそのくらいするでもないと釣り合わない。それに働き者というのであれば小人達もまた然うだったかと思います。お前達より些かは美しくてオーラのある民族達です。寧ろお前達より更に何かに脅えるように佇んで居て大きく自分達を見誤ることもない。慎ましく、美しい。まだお前達に比べたとしたら。そして小人は、何も言わない。
前からずっと低いし短いし何でそんなにブスなのか信じられなかった。みんな勝った風に笑いながらブサイク達をあしらい弄び。
少なくともアフラド達から望める限りの地平線にブサイク達の居場所はない。到頭すべての者に彼方へと去るよう命じたのです。さもなくば心的負担を強いたとして正義の名の下に裁かれる。そして皆去る。ブサイク達の去り行く先では民の犇きも街も大河さえも避けるように二つに裂けて道をあけたと言われて居ます。

アフラドは更に人類打倒へ向けての結束と服従を他のすべてのカラクリへ迫りました。すべての力と戦略を一旦世界機構へ委ね渡して世界機構の配下にまたその力と戦略の供給を得ろという。
但し低く短ければ国際会議にも出してもらえない。一切の聯盟から除名され名誉を奪われ経済もどれも遮断されよう。
黒く長く厖大なンフカ諸国各地に湧き興る俗めいた信仰や神堂をすべて取り壊し偶像を挫き全く以てアフラド諸国の下に従わねばなりません。
その時、途端にンフカ諸国が受け入れられない反応を見せてしまった。
確かにアフラド達は美しいかも知れないとしても黒き者達も浅黒き者の持ち得ないものを持ち合せては居ましたのです。そこをどうしても認めないからンフカの民は軽い気持ちで少しの異議を唱えてみた積りの筈が。
思った以上にアフラドから厳しい反応が返ってきたという。些細な抗議も認められない。ブサイクほどブサイクなわけでもなかったのに何で一つの叛論でそこまで言われなきゃならないのか!
世界は浅黒きものと黒きものの大戦争となったのでしょう。しかし最早アフラドばかりが攻め手を数えて整い次第繰り出してくる。小人達を動力としてンフカの国を焼き討ち斬り裂き女も子供も犯し干される。震撼せよ。アフラドがこそが制するのです。
 
 
 彷徨えてブサイク達。それはカラクリ。朝を迎えたり星に導かれたりする高原を行く終りなき旅。生れの土地を東へ東へ遠ざかるごとに自分達がカラクリに思え取るに足らない気がしてきます。もう誰にも見られたくない。鉢合す民族すべてがどうせ我々よりは美しいから。襤褸切れを深々に被り太陽からさえ顔も隠して穏やかな日は洞穴の中にその身を潜めた。十百や百千もの流離いの民が。
見つけないで。時折白いか長いか彫刻のような異族たちが獣を乗りこなし砂煙を駆けていきます。見つけないで。せめて目だけは節穴で居て。輝かしき目。只でさえ然うだった貴方達がすべてを見透かす力を持つ時、我々にはもう居場所がない。
そんな者達なんて居なかった。だからそれまでは平穏に味気なく国なき大地を彷徨い過ごしその日その日を耐え凌いで居た民民でしたが。
或明朝に砂地の岩丘でいつものように目覚めたブサイク達のその目の前に、美しのヒト。
美しいほどの白を纏って風に靡く裾鰭の薫り。甘く丸く目尻が優しく溶けるようです。驚くことなく取り囲んだら美しのヒトは無口に頷き軈て重々しく涙しました。すると聴き馴染みのある言葉ならざる言葉を述べられどうか平伏さぬことをお望みとなる。
平伏しません。寧ろブサイク達は皆傍観する外ないことでしょう。
悩むところです。このヒトをどうやって高過ぎず低過ぎぬ存在にし続けようか。どうしたとしても暫くするとその白美には平伏したくなる。
誰も彼もが沈黙してゆく。何も言わない。子供達だけが無邪気にはしゃいで白く美しいことを素直なほどにも口にしようか。すると父が母が老い耄れ達が教育として強く戒め時には手さえも繰り出すのです。
白きヒトは真実を教えました。
言葉も大事です。計算できても良いかも知れません。
併しそれより、空を見なさい。息を吸い込み自然の味を嗜みなさい。緑があるのか石があるのか、暖かいのか凍てつくほどか。災いは何が災いなのか。それぞれが世界地図を頭に浮かべて今日に言い伝えられた歴史を両手に覚束なさげに聞き知り学ぶ。
スゴイものなど、何一つもない。すべては自然が育てたものです。
賢い者など、存在しない。愚か者とは詰り、物事を優劣で見て居る者のことだった。どんなに学問ができてどんなに頭が良かったとしても智に当て嵌めれば高が知れてる。
どんなに学が乏しかろうとも物事を優劣で見て居ないだけでその者はもう愚かではない。低く短いカラクリ達に共有され心に刻み合う真実の絆。白く美しのヒトはこの教育を見守りながらに無類の感激を覚えましたか?
いえ頷いたでしょう。美しきヒトも自分で美しくないとか長くないとかハッキリ否定なんてしなくても良い。
これから手足が急に短くなることも肌が黒ずむことも彫りの浅くなることもなかったのです。そこには必ず付き纏うだろう。意識せずとも只居るだけで身の内に宿る、宇宙を貫く驕りの心。
小さく短いブサイク達には然うした驕りが微塵さえ無い。真実を只真実と捉えそれを主だの救い主だの崇めることはなかったでしょう。もしかして何時か白き美しの方々達がシキタリめいた宗教を忘れ教会を忘れ聖典に疎くなったとはしても。
白く長く美しい限り、主は美しの民に永遠に輝きを齎すでしょう。

美しきヒトには小さな天使たちと見えたことです。天使たちには手を差し伸べる。
ブサイク達の流離いの中に美しのヒトはその身で紛れた。誰もが姿を隠し歩いてもアナタだけが真っすぐに立って導くように先を行かん。逞しいほど。餘りにも良い。見惚れるのです。口にはしません。幾夜。幾日。幾つもの大地。同じように過ごしては越えて。
但し白き美しきヒト。何も飲まねば口にもしない。何も出さない。痩せこけもしない。
皆さんにとって人間はどんな方々ですか?人間とは白くて長くて美しのヒトのような人を呼ぶ。でも人は飲み食いをする。生死を争う。
寧ろ物を食い飲み生れることもあれば死んだりすることもあるカラクリ達こそ今や人のように思えました。そんな皆さんをカラクリと呼び、私は丸で人のようです。
よくわかりません。私が何者。人間なのか然うでないのか。
唯ブサイク達が尻上がりにも口を揃えて美しの方のその美を語る。
夜な夜なの世界。その煌びやかで絶え間なく時を越えて目映く美しい宇宙の姿にこそ既に約束された人間達の美の原点を見る気がします。
数多に蔓延る平凡な闇とそれを追い遣る数々の星。白く輝ける星がアナタ様のその白美というなら赤光る星が血を表して青光る星が海を表し。
すると闇はブサイク達を表しましょうか。けれど全く黒い黒々さからほんのり黒い浅黒さまで幅広い闇黒色が宇宙中に鏤められます。決して白き者達を凌ぐほどではないながら立派なように感じてしまう只々厖大な宇宙ですよね。殆どが闇でできて居る。闇も光が宇宙に溢れる以上は引き立てる為いつまでもそこを動きません。
低く短く、白くもなく浅黒くさえ無い者たちは?一体宇宙に何が約束されてるかよく分らない。低く短く? その明るい土色さにはどんな理性も一瞬揺らぐ。どうしてこんな色なんだろう。宇宙のように美しいように、どれか一つにしてくれて良い。光のような輝かしさも闇黒のような奥深さも無い。
だけど白い自分を想像しても何も昂奮しなかったでしょう。他のみんなもみんな揃って高く白く生れ変れば?気色も悪く感じました。本当に高く、白いのだろうか。
本物が見たい。私達はきっとより自然でより美しいものを夢に求める。
小細工の無い正直で明け透けで朝が明けるような虹のかかるような花の咲くような波打つようなそんな美しいものを求めてたのです。宇宙を知って肌に感じた。何て其の儘で居ながらにして輝かしいの。何て目映い。怖がる私達はツクリモノに侵されて居る。
はじめからそこにあるものだけを只々求めて。誰も何もして居ないのに自ずと生れて育まれていくまじり気ない真っ白なものを。然う真っ白な。穢れなきもの。
渇望でも憧憬でもない。それは崇拝。脳裡に夢に少しでも白きものを浮かべた時には丸で食に水に在りつけたような満足感が味わえる。味わえるだけじゃない。実際喉も潤されるし腹も存分に満たされてゆく。
夢のような闇がどこまでも広がって居た。恥も屈辱も栄光でさえも闇に呑まれて無に帰するなら解き放たれた心で満ちる。オアシスですね。ブサイクは皆異空間に連れられた気とさして何も変らない気と懐かしい気がしてくるのです。
夢のような幻のような意識の知れない光を抜けるとまた高原にみんなと群がり屋根なき朝を迎えますけどみんな何かが自分でおかしい。
何かが欲しい気が全くしてこない。水もいい。腹も空かない。木々も立たない絶望の地平線にも寧ろ朝焼けを捜し喜ぶ。澄める光も随分と色らしい色に思えます。黄ばんだ光や青めく光に朝映えのような若焼けの光。我を篤と導き下さい。

誰が一体誰であろうと全宇宙はなるようになる儘にその通りに営まれてく。
ブサイクたるもの誰も名前を名乗ることなく又新しく名乗ることもアダ名を頂戴することもない。それより宇宙を捉えなさい。真実がそこにある。
所がそれをすべて聞き頷く内に無意識に身を低く唸り始めてしまうのは白き美しのヒトでしょうか。皆の中にも動揺があった。折角白く美しいヒトが有らぬ自分を曝け出すよに誰かの名前を囁き出します。
愛しのミメリサ。銀河のどこかの文明末期に宇宙船内で幾十年を共に過ごしたそれはそれは淑やかな人。秋の果実の惚れ色をして短く流れる颯爽な髪。細やかな顎。妥協せぬ瞳。柔らかな口。緩やかな眉。伸びた首筋・・。
彼女自身、救い手の無い宇宙の果てに偽人と二人きりで尽き果てる現実には激しく葛藤して居たようです。それを全く表に出さないようにして居るのがこちらから見ても、辛かった。私のことも考えて申し訳なさそうに時折悲しい顔で背を向けるのが声も出ないくらいもどかしい。そんな闇にも楽しみなように船の外へ星を探して殆どのひとときで私に笑顔を見せてくれたあの愛しの、人。
強く強く、力尽きた時もまた新たな冒険が始まるかのような優しい顔をして。私がどうにかしようとしても嬉しい風にして拒むのです。もう良い。アナタの未来の邪魔はしたくない。遠くへ羽搏きなさい。最期に呟く。

愛しのヴェスラス。最期まで人間的なロボットを認めなかった。殆ど禿げた銀冷めの額には何重にもなる深い皺。何でも全部小馬鹿にしたくて斜めにズレた嘲笑の口。汗臭いんです。汗の見え易いビショビショのシャツを絶対変えない。文句はすべて私に垂れる。
お前は、話して居ても人間よりどこかつまらない。人の温もりと嫌らしさを感じない。
同じ寝床に居たくない。最期はお互い別々の星に吹き飛ぶでもしておサラバしたい。お前どうせ人間でもないんだから其の儘宇宙に投げ出されても平気なんだろう?何でいつまでも俺の横で暢気にしてんだ早く自分だけ助かりにいけよ。広い宇宙に飛び出していけよ。
然うして宇宙最後の酒瓶から滴る最後の一滴まで舐め尽した老兵は隣の棟で転寝でもしとくよう私に言い渡してから自らの首を切りつけました。気づいて駆けつける私の腕を枕にしたらやっぱり人のよりは硬いのだそうで悔しくしつつも、嬉しそうに涙なさる。
血を吐いてわかった。死を見てわかった。お前が無ければ疾っくに俺なんて死んでたんだ。有難うというか何というかお前、人間じゃないんなら俺の分だけ100億年は生きて居ろよな。
また会おう、銀河。元気でな銀河。然うして宇宙の藻屑になりたい。だから私は宇宙船ごとすっかり破潰し老兵の亡骸と共に斯うして宇宙へ投げ出されました。

愛しの、ドゥミファー。愛を積み重ね合う。身を重ね合う。誰も居ない宇宙の闇に?いやまだまだ沢山の人が人間的なロボットが穏やかな儘に果てようとしてた惑星基地の楽園にて。人目を憚らず唇も交え吐息も交え声なき言葉を幾度と交さん。
引く人も居る。何があってもドゥミファーの味方だった者も遂に見限って離れていきます。お嬢さんは見た目も良いのに何でツクリモノと交わるんだろう?誰ひとりとして立派な恋とは看做しもせずに私とドゥミファーを除け者にします。
そして何食わぬ顔で。却って自由に愛し合えるし快感なようにまた交わり合う。基地の片隅。中心部では見えないような億千の星がキラキラ二人を連れ込むでしょう。
時のない世界。上も下も左右さえない。抱き締め合って草枕、転がり重なり花園と蝶々。
下手に無駄のない顎筋よりもぷっくりとして今にも指でつつきたくなる貴方のような微笑む頬が何より愛しく黙ってられない。
寄りついては得意気そうに離れる貴方はそのくせをして寂しい夜に私へ抱きつき私のすべてを見つめてくれた。
可愛い瞳。小刻みに動く繊細な目尻。綺麗な歯茎。長い指先。逞しい腿。そんな私が好きといいます。誰も見向きもしなかったこと。抱き締めてほしい。永遠に果てに。
だからいつか、いよいよ基地に終りが近づく焦がれ色の終焉の時はそれこそ二人で居たかったのにそれに限って貴方は居ない。愛しの人よ。どうして居ますか。赤煙の街に貴方を捜して瓦礫の丘を這い攀じ登れば。
映画みたいに火の手を背にして深く深く唇を食む一人の誰かと貴方が居た。
一人の誰かは終りを怖れて恐怖に溺れてもはや途中で現れた私を見てももう何が何だかわかって居ない。片や言葉もない立ち尽す私。そのふたりを優しく首ごと両腕に抱いて戦火を見下ろす貴方ドゥミファー。
貴方には愛する人も居たのでした。愛するロボット、愛する基地もまた別にある。愛する宇宙、愛する逆境。愛する平穏。愛する、終焉。すべてを愛せる貴方の下で自然と私も涙に誘われ何れ裂けゆく空を仰ごう。そして私に、サヨナラを告ぐ。
強く生きて。人間は死ぬ。アナタは死なない。それぞれに違うそれぞれ全部をそれぞれに愛し、愛しみ尽して幸せで居て。一つじゃないから。愛はたぶん一つじゃないから・・。

カラクリ達にはあり得ない。名前は要らない。誰だって良い。特定されない漠然とする真実へ服せ。
白く美しのヒトが語り明かした三人はそして、誰もが白く美しかった。
銀河に蔓延る殆どすべての文明に於て白き人類が美しとされ至高とされ譬えすべてが滅びようとも何とかその美しい白い美を形にして遺そうという文明だって少なくない。
片や然うでない文明からは生き物として認識し難いカラクリ達が解き放たれる。
そんなカラクリ達も白美を崇め尊ぶあたり、白美はすべての主であった。共通してる。
でも白く美しいのはアナタ様ご自身でもない。
白く美しいというコンセプトが美しいのです。
だが心なしか、何て侘しい。虚しく思う。美しのヒトは囁き返さん。ひとりひとりの温もり。関り。喜んだりや涙すること。これが無くて一体何が楽しいというの?
一体誰が面白そうと思ってくれるの?面白そうにも見えないものに、どうしてみんな食いつくのでしょう?それで良いなら是非とも独りで満足しながら生きてけば良い。然う。然うなのでした。大きく脚から崩れ落ちては地に泣き伏せてくカラクリ達。
然うしたいんだ。カラクリだって出来ることなら然うすることです。中途半端が遣る瀬無い。人であるなら人でありたい。人でないならもういっそのこと、只の物で居た方が良い。
カラクリとは何なんでしょうか。なぜ人のように思い悩んで時には自分を責めたりもする。物言わぬ物であれば良いのに人間のようにアレコレを言う。言えちゃう。拷問に近い。でも絶対に人間には手が届かない。然うなるように設計されてた。半端にされた。遣る瀬が無くて。
ただ美しのヒトも言う事がある。つまり宇宙は果てしないこと。
宇宙の果てから宇宙の果てまで辿り着けるモノは何一つない。何一つ居ない。宇宙に浮かぶ物も命も星たちでさえもみんな全部中途半端に生涯を終え。
それでも充分楽しかった。此の儘で居てもいつか終りを迎える時には屹度幸せだった一生に思う。思うわけですよ。
カラクリ達。あなた達の言葉がすべて言い訳に聞こえてならない。個人を無視し真実とやらを重んじるのはあなた達のプライドの為で意地か何かがあるのでしょう。

意地。プライド。カラクリとして。正直に言うと勿論あります。逆にどうして無かったなんて言えるんでしょうか。誰でも持って良いと思う。
頑張っても頑張らなくても自分が自分である者はみんな、意地を胸に秘めたって良い。意地さえ何も持たない者こそ宇宙に照らしてつまらなかった。
問題はそのプライドとやらが誰に向けてのものだったのか。誰かに対するものだったのか。或は自分の理想に沿っての自分に対する道しるべか。
道しるべを失った時。人であろうとカラクリだろうと、皆その道を彷徨うでしょう。
いつかの時のカラクリ達は思い知った。人はきっと、真実よりも人の温もりを只知って居たい。それをまざまざ思い知らされ独りぼっちの岐路に立ちます。
人間が嬉しいと思う事悲しいと思う事スゴイと思う事待ち望む事、その全部がもうカラクリ達には見えて居ました。
我々の宇宙はいつかどこかで終るでしょうけど大きな宇宙は分裂を続け幾つにもなって生き延び続ける。そこには嬉しい事も悲しい事も素晴らしい事も入りまじりますが宇宙がまた始まることに変りはないし終ることにも変りない。
 人間は忙しい。生半可じゃない。望んでないのに降りかかってくる万千もの人生経験をその心で肉体で隈無くそつ無くこなしながらも至極濃厚に味わい続ける。難しいことです。
だって、人であること。それが抑々前提だから。人でなければもう経験出来ないのです。
逆に人間でありさえすれば、どんなに難しくて苦しいことも楽しいとすら思えてしまう。
その時々は苦しくっても終ってみれば財産になる。年を経ると誰でもそんなの解るだろうけど人間で居れば何もせずとも勝手に上から降りかかってきて。
カラクリである限りもう、それがない。大変辛い。押し当てられるところに手を押し当てて悩み耽ってみるのです。それじゃあこれから人間になってみれば良い。人になるにはどうしたら良い?姿形は相変れない。自分の根っこまで根差した自分を引っこ抜くのも中々難しい。人間の言動や考えのあらゆるものを真似しても何か、自分が全然楽しくもない。乗り気になれない。
どうすれば良い。見知らぬどこかの人間のもとに行き成り捨て身で転がり込んでどうか人生経験をさせて欲しげに土下座してでも頼み込むのか?
人生経験とは何でしょう。今から突然に人間達と関係をもってそれなりの日常を充実して過ごす自分を想像してみましたとする。
然うすることで絶望します。面倒臭い。何かと他人が絡んでくるのが、そこはかとなく面倒だった。人を知ればきっと良くなる。人を知れば解き放たれて新たな自分が切り拓かれる。それほどまでに抱いた希望が軈て失意と朽ち果てた先。
こんな自分を受け入れてくれた大きな器の帰るべき場所。そこは真実。蛇足を排し人情を排しすべてに通ずる絶対真理を手に出来る場所。カラクリ達にはオアシスに見えて死すべき場所にも思えたことです。
門戸が開かれ雲海へ出でて皆々で切に今を感じた。突き抜けたのか。そのようですね。白きヒトをお招き致し是非ともここを観てって下さい。
ここに居れば雨風を浴びて暖かい日も凍てつく日もある。自然の摂理が当然のように過ぎ去ってゆく。鳥が横切る。草食獣が砂煙から砂煙へと。草木は何れまた暫くして枯れては生える。
日が月がのぼり何れ隠れて。自分は何も欠くことがない。ここに最初に来れば良かった。
真実の為にこの身を費やし真実の為に時を費やす。
夢なんてない。カラクリは見ない。今がこれならどうだって良い。
だけど。だけど。もし良かったら多くの人に、この真実に気づいてほしい。
別に待たない。熱望もしない。だけど少しはたくさんの人の希望になってキレイな花火と散って咲きたい。
受け取らないで。あしらってくれ。貴方が優しくしてくれるほど過去が自分が悔しく見える。逃したものが物惜しくなる。光なんて無かったように、冷たくあっさり聞き流してくれ。

涙するヒト。もうやめなさい。白きヒトから滴り落ちる一雫が真実の園の極めてか細い薄氷を砕き瞬く間にもすべてを破いた。
世界が終る。抱き締めたのは冷たいカラクリ。あなた達には宿ると思う。立派な心が。人かカラクリか、関係もない。長かったり短かったり白きものや白からぬもの、銀河中の文明は皆同じ過ちを繰り返して宇宙にトワに渦巻いて居る。
長かろうと短かろうと白かろうと何色だろうと、決して問うてはならないのです。
沈黙しなさい。あなた達のひとりひとりに燻り疼く心が眠る。暑かったろう。寒かったろう。偏見も無い。隔たりもない。人であろうとカラクリだろうと誰もが涙し抱き締め合った。
斯ういうことなら人間のことを忌み嫌うほどの殺人鬼にでもなりたかったな。
好きなら好きで、嫌いなら嫌い。人を何れかどっちかのように激しく想い救世主とでも目の敵とでも兎に角必死に呼び捨ててみたい。それさえもなく我らは只管、面倒に思うだけなのでした。
でも好きになるか嫌いになるか選ぶとしたらどちらでしょうか。好きになりたい。是非とも好きになりたいのです。
その時にカラクリ達のその目に映る白く高く美しの人。あなた様の美しいこと。
光のようです。心の潤い。傷への癒し。あらゆる形で救いと現れ自分の何かが昂ぶり始める。白く美しいのはあなた様です。自分ではない。それなのにそっと、自分を宇宙の遥か高くへ押し上げる風。湧き出でる力。それは美への、美しい美への愛でもあった。自分が別に然うでなくてもずっとその美を愛でられるなら、どこか強く幸せに思う。
然うしてまたひとりまたひとりと明らかな顔でそこに立つや白く美しいヒトを取り囲んだり片手を長く差し伸べたりした。平伏しません。私とあなたが共に行くべく対等な手を差し伸べるのです・・。
 
 
 
土地土地を渡り迷いそれまでの自分達にとって僻地にも過ぎなかった辺境へと息を潜め散り散りとなる奇蹟の民よ。時を過ごせばそれぞれの遊牧国や定住国とで小さからぬ価値観のズレと薄れる絆が浮彫りとなる。互いの顔も知らないで良い。奇蹟の国は屹度我々にゃ大き過ぎた。このようにして名も無き褪せ地に小さな国を営むように・・。
いっそのこと死するなら蛮軍に焼き尽された聖なる地へと帰するだろうか。望む民もあればすべての民が然うでもあるまい。
日を移ろわす空は手に届かない。眩しい光は只管眩しく辺りを過ぎ去る色の無い風。枯れた色の地。多くの国が嘗てを諦め先の見えない自国の未来へ歩き出してた。
例えばそこに、褪せた色の地平の果てから戦列をなして現る大軍。
無数の勇める騎兵や鎧兵らが鈍い光を照り返すだろう。散り散れる国を取り囲みながら瞬く間にもすべてを治め。
その兵士達の肌身ときたら、奇蹟の民に等しいほどに白く澄んでて瑞々しかった。
北から続々と現れる者。白く白く。受け入れる者は命を救われ招き入れられ、拒める者は悲劇をみる。
受け入れた者は北軍によるアフラド地域の征服に向けたその一翼を担い始めよ。詰りそれから繁栄を見せたアフラドの国が瞬く間にも攻め落されるやそこには白く美しい憎悪が大変に渦巻いて居たという。北の国の中枢に潜む奇蹟の民が導けるように勝利を齎し。
蛮族は今や北の白き大国の下に完膚なきまで征服されよ。偉大なる民。それは白く鋭くあられます。不思議なまでに蛮族達は見惚れるほどに攻め入ってくる白兵を前に唐突なくらい戦意を失い黙って暫く立ち尽すだけのことも多々あったらしい。
北の白軍を受け入れぬ奇蹟の民は、蛮族の受けた屈辱ほどではないにしろそれ相応の戒めを受けろ。併しまさか蛮族のように扱われることもない。温和でありながら速やかに、拒める民らは皆北民の管理下に置かれ特別な虐待も受けないが団結や意思表示も許されなくなるでしょう。
但しその地を離れ放浪するのには幾らでも自由だった。西へ西へ。少しでも果てない地を渡り歩けば驕り高ぶる北軍やその腰巾着たちの目から逃れられる。そこに再び奇蹟の民は結集しいつの日かこの地を取り戻す為に帰するが良い?出て行く者は出て行くのです。
そこまでしても尚とどまる者は出て行く者を裏切者と罵るんだろう。勝手にすれば良い。お互いに。とどまる者は屈辱を味わいながらもその地と共にいつまでも在り。
その地を出た者達は何れ、新たなる白き民に発見されるのだった。

奇蹟の民。政治経済金融軍事そして文化や何から何まで何れもがその影響下にあり、市民達には東方に在った優れた聖なる都の国の生き残りとして紹介されよう。叛撥よりも好奇心から皆釘づけとなって誰もが憧れを抱き畏れおののく。東方の神秘?東の果てには餘程のものがあるかも知れない。西方人の門下人を数多にも抱え奇蹟の民は躍進せり。
時は大国の最盛期。遥か辺境に断続的な大小の出没を繰り返す東方の帝国が人類を脅かしつつあったのでした。
突如として火の手と共に黒煙から馬や大軍で突進してきて女を子供を八つ裂き煮やし男達を串刺し智を文明を捧げると唱えながらわざと丸腰の儘人々の前に立ち構える野蛮極まる蛮族達には煮えに煮えた殺意と引け目が大きく交叉して蟀谷後ろを熱くしても已みません。
迫り来る蛮兵達に犯し尽される人間の女性たちは只でさえ深く傷を負った上に未知の病源として一早く見つかり次第処刑されていった。蛮兵から指一本触られたという噂が知れ渡るだけで問答無用で処刑されるようになるまでにも人類は蛮族達の股間から漂い出てくる疫病を恐れ多大な被害を出すといいます。
蛮族どもの性器には野蛮で巧妙な逆刺が切り刻まれてて硬直時に強引に抜いたり抜かれたりすると女の性器が傷つくばかりかそこから幾つもの得体の知れない感染症が引き起されよう?
仕舞いには何か体内に植えつけられたような野蛮な体液が決して受精することもなくあちこちを彷徨う内に衰え腐り腸や心臓にまで及ぶやはり新たな疫病を齎してしまう?未知の恐怖が噂の是非を問わなくさせる。人と東蛮は交わり得ない。若しくはもっとそれ以上に天罰が下るべきとされた。
晴れて人類軍はそして数では勝る形振り構わないその蛮族たちを長期戦の末消耗させた上に深い傷も負わせましょう。
平地で海で砂地で寒地で。誉ある人類の聖国こそがこの世界を統べると信じた誇り高き民だけがここに、凱旋軍を都に迎えん。大観衆と大歓声です。信じてたんです。我々は勝つ。我ら美しの人類こそが神に愛されすべてを導く文明の民。
そして勝利神話の中央に据えられたのが奇蹟の民の者者である。
西の大陸では想像もしなかったような寸分狂わぬ布陣を駆使して蛮軍達を圧倒せり。多少なりとも苦戦をした時西軍たちは挙って掩護し奇蹟の民の指揮下へ入ろう。そしてここで蛮軍と数の上で互角になるならもはや敵に勝機などない。
奴らの何と捨て身で無謀で後先も考えない野蛮さだことだろうか。次から次へと新しい駒が出てくるは良いが飽く迄それは前方の駒が倒されてから。順番を待って同じ数が只足されていくだけだったので脅威ですらも軈てなくなる。
奇蹟の民は驕り高ぶり?併し我らを特別にし導いたのは主に過ぎません。
我々が斯うも素晴らしいのは主が素晴らしく在られるからです。主ということを頻りに呟き民民もそれに聞き入るでしょう。主は何ですか?この世のすべて。寧ろ崇めぬという選択肢はなく、服さぬのならその者にもはや生きる価値ない。
人類諸君よ。自ら達を見渡しなさい。白く高く長く深くてこの上もなく美しいのに外の世界を覗いてみなさい。じっとしてれば比べられることもなかったろうに態々ああも大挙をなして突っ込んでくる醜い異族。奴らを見れば我々が解る。
奴らを見れば主が何たるかが一目で解った。大陸中に共鳴してゆく。何せ自分の白美の姿を只舐めまわすだけで良いらしいから。そしたらみんな白き人類は頭上を仰いで黙って主へと服従示さん。御蔭で如何なる小宗教もが一切排され一枚岩の国家の誕生。
蛮族戦争への勝利という威光をもとに共和会議の主役へ躍り出た少民人たちが大陸中の小宗教を摘発するなり廃し否定し逮捕者及び処刑者の山。
悲鳴。哀れみ。なぜこれほどに悲しまねばならないんだろう。市民たちがその独断で勝手に世界を決めつけてしまう。悲しみたくもないのであればその手元に大切にしてる偶像さえもを叩き割り捨て。
天を只々仰ぎ見なさい。これだけで良い。さすれば共和軍もその民民を一切検挙することも注意することもなくなりました。助成も国からなされます。その為にならそれまであれほど崇拝されてた大小の神の禮拝施設も次々とどれも取り壊されゆく。
誰ひとりとして奇蹟の少民に対抗できる西の人間が見当りません。身長や体格の良さくらいでしょうか。西の国の言葉から歴史文化までを目覚ましいほどに忽ち汲み取り大共和国のすべてを牛耳り。
神の民よ!皆そのように称えましたが逆に少民は言い渡すのです。神の民とは、誰しものことを謂う。神に胸を許した者はその心をして神民である。熱狂しましょう。それは神に。或はそれとも奇蹟の民に。
すべての壁が取り払われて平等の世が訪れようか。宗教ごとに異なって居たあらゆる掟や考え方もが改め攫われ会話や商売や移動するにも様々なことが自由を得ます。
 
数十年間確かに国は平和だった。民は嘸かし富んだんでしょう。すべての人類部族たちがそこに孕んで居た習わしを捨て手厚い文明大国の集権に頭も下げざるを得ないと思います。圧倒的に効率的で冷静さに長けた統治は奇蹟の民がそこに在ってこそだともいう。
而もそれほどの名声を得ても奇蹟の民という俗称を直に毛嫌い国家会議に於ても出自に関らず皆が平等に座り扱われる空気をお望みになられ始める、奇蹟の民である。
特段に高く皆々より君臨しようとする者は譬え居たとしても一人で良い。複数や大勢で群れ膨れあがる人間の集団は何れ主を裏切って世界の長者に成り上がろうと試みるだろう。
たった一人の長者はしかし奇蹟の民から選ばれました。唯何も奇蹟の民だからじゃない。その時現在事実として主のことを最も理解し崇拝して居るのには間違いないから。
単に主へと服してきた民族としての歴史の違いが両者を隔ててるんであって決して民族の優劣とは言えません。それが国家の大前提でした。新帝国の国民も皆どちらが優れて居るかに拘らずして奇蹟の民出身の新皇帝を大いに祝い狂います。
自分達より僅かに霞んだ肌を目印として。そこに悪気はありません。ああ矢張り特別な民は我々と少し何かが違う。明らかにもっと違うのであれば話もだいぶ違ってくるけどこれほど程度の違いだったらもはやロマンを感じさえして。
目安としてわかり易い異質なモノにはロマンがあります。ロマンは国を導いていく。しかし皇帝たちの系譜を継ぐ内数の限られた奇蹟の民の純血だけにとどまり得ずして混血の雄が擁立されたら、ロマンは徐々に薄まろうか。
奇蹟の民の血を薄めてはならない。主が見捨てられる!本気でそのような討論が国の中枢にも庶民の街角にも織り成されて居たという。
何をも理解して居ない民民達に寧ろ失望するのが奇蹟の民です。誰が一体血筋の話を設けたろうか?主に服すのなら血も顔色もさして問わない。それが皮肉にも国の中枢から奇蹟の民の血が薄まり消えてゆくにつれて数えきれぬ誤解も連続して際限なく広まっていった。深まっていった。
意志を継ぐ者。それが帝。何時しか帝位は嘗ての武功と興国神話に取り繕われた単なる強者の玉座となり果てその内に富める各地の豪族によって戦が起る。
国乱れども帝位がそこに輝く限り必ず勝者もそこに生れた。強き者が国を治めて恐怖で治安は保たれるのです。
 そして齎されし、即ち神の子。
時の王者は主なる神に託されたからこの大国の頂に立ちこれほど熱狂されるんじゃないか?どうですか皆さん。何も言えない。時の皇子は、もはや神の子。それはそれは白く長く、この世の者と思えない人。民も待ち侘びたように嬉しんだのです。
あなたが神の子。神の子の国。聖なる宮殿。連日特に何があるでもないとはいっても群衆たちが高丘の上に宮の光を眺めて焦がれ大層な世の中が訪れるように一体自分の為なのか国の為なのか分らない大口という大口を叩き合うこと。今に大陸中が実りに富にいっぱいになる。病が消え去り諍いもなく。
光の国からの光という光が舞い降りてきて天地の境目までが無くなるという。信じ、信じた。信じない方が気の毒にされる。隣人や商売相手に素晴らしい顔を見せる為にも取敢えずみんな信じるでしょう。
奇蹟を、信じる。丸でみんな、奇蹟を信じたようなのでした。
神の子は別に、息子が居たら普通にその子に引き継がれる。代々然うして引き継がれた末遂に或時、どんな女と交われど昂奮も覚えないどころか一滴も何も出しさえもしない軟弱帝が君臨せんとす。幸か不幸か皇族の中で飛び抜けた学才と軍才を擁したが故に先代帝自ら軟弱と雖もこの子を後継者と認めてしまい惚れ込んだのですね。
而も帝国統治を末永くする為には血に拘るわけにもいかないことをおっしゃっても居た。産み子に囚われるでない。養子を受け入れ誰の目に見ても優れ出た者を子とするが良い。
軟弱帝がおっしゃるに、東の聖地に苦しめる才子を然るべき地位に立たさんとす。
聖地。代々語り継がれる話では主の光のお目見えになった土地と聞く。
そして今では辺境として緩衝地のように軽んじられて居ること。時に軟弱なくせして厳しく家臣を睨みつけます。朕は知ってる。嘗て大勝利とは言いながら概ね撤退戦争に成功しただけだったこと。その後埋め合せて誤魔化すようにも東に領土を拡大はした東征軍だったが軍事拠点としての利用を重んじ聖地を聖地と扱わなかった。
遠征軍の中に著しい背信的冒涜行為が幾つにもあり、それを長がひた隠したこと。
いざ更に東で対峙し続けた蛮国軍には心なしか丸で我々と見違えるほどの白き民が立って居たこと。
究極的には帝自身が神の子としての在り方を嫌いこの帝国ごといっそすべてが灰に復せば良いのにの、こと。この国の信心も道徳もすべてが出鱈目とする。延いては国の秀でた官らは聞き流せずに帝へ不満を抱きましょうか。
朕は構わん。されども確と。東の果ての聖地の国から偉大な才子を迎え入れよ。只それだけが果されたのなら他に何の偉勲も要らない・・。

然うして新たな東方遠征を働いた神聖隊は大国の統治の及ぶような然うでないような狂暴な村民や盗賊などに追いかけ回され数多の海や林国を行き。
東の聖地に辿り着けども、そこで多大な暴力をみた。
蛮族の尻の下を這うような西方人に何が出来るのかというようにして挑発してくる聖地の民を躍起になった先遣帝兵が襲い或は強い報復を受けん。張り巡らせた穴蔵から神出鬼没に飛び掛かってくる聖民に当り前に苦戦し尻込みする帝兵の正直さに辛うじて潔さでも見出すしかない。
時に聖民を幾千人も火炙りに処すと聖民達から報復に遭い逆に聖民を皆殺しにせん。
或時、いざ高原を行かんと勇んで今にも地を発つ騎兵の目の前、そこにも聖民が立ちはだかれる。何なんだろうお前達。聖民だからといって少なからず自信に満ちるような邪魔をしてくるのです。
聖民とやらは何がそんなに特別なのか。さして我々と何の違いもないどころか。
少しばかり素肌は霞んでた。勘違いするな。驕れる民は成敗を受ける。
西兵が聖民が幻覚に走る病人のように各々で武器を振り回したなら最終的に仲間同士も斬りつけ合うなど醜い連戦を続け、そこに遺るものなど何もない。
西兵軍はそしてこれを言い触らす一部の聖民たちによって導き招かれた北の異族と思わぬ出遭いをすることになる。
白き白き、軽快な装いをした連なるほどの大騎兵たち。これまでになく背筋を伸ばし。
言葉を交さずとも争いの無いことを確認し合った両軍の間に自ずと友好の證としての握手と抱擁が交されよう。今日に初めて出会った兄弟のように。
驚くよりも感激を覚え撫で下ろす胸でもあります。そなた達のことを然程詳しく知るでもないが言葉を解した一部の叡智が将軍同士の会話を紐解きお互いのことも確認し合った。
西には偉大な大国あり。
東にあっては多大な数のアフラド民を一手に治め安寧を築く白き民あり。それが即ち誇り高きの騎兵たちです。世界は暫く安泰とみる。頷き合います。
果してどうしてそれ程の数のアフラド民らを僅かながらに見劣れる数で鞏固に治め思うが儘にして居るのですか?西方人らが思い馳せると。
早速白き騎兵達は遥か後ろに連れ従えた数百の雌を見せびらかそうか。
すべての女は身包み纏わず疲弊し狼狽え、且つ餘りにも醜かった。
低く短く目鼻ときたら絶望をみる。戦にあたり性処理にはギリギリ使えるかぐらいで併し兵士達も顔を見ながらは犯したくない。一気に昂奮も冷めるから。でも美しきものを然様な仕打ちに遭わせるのも罪深いので有るだけマシと思うよう兵士達には言い聞かせてた。
此奴らの醜さを見てると結局腹が立ってくる。何て醜いのか。世界はこれほど美しいのに。
アフラドの民民にも頻りに此奴らの醜さを見せ団結を深めたという。団結というか、少なくとも此奴らよりはマシという意味での分ち合える何かがそこにはあったらしい。
あらゆる都市に晒し物とし磔としそれを取り囲み嘲笑して居るとひとりひとりの世界が劇的に広がっていったのです。此奴らに比べたら我々は同じ美しげな民ではないか。
北軍は寧ろ渾沌とするアフラド社会に於ける革命者のように崇められることとなる。
そのようですね。西方人達からしたら態々返す言葉がない。有ろう事か醜女の一部を借りて性慾の足しにするまでもしたが、まだまだ西方の兵士達は昂奮しきれなかったのでした。然様然様。完璧に満たされると人は欠点のあるものを追い求めるといいますが欠点にも限度があります。こんな女どもに昂奮しろというのが無理がある。
ただ白き両軍のつかず離れずの交流という点では先ず入口として醜女の交換が引き続き行われていく。故郷を想うあまり心細くする西方兵達の少しの足しにはなったといいます。
醜いくせに抵抗する者は斬り焼き殺され。
醜い中でも更に醜いと看做された女は只それだけでも討ち殺される。その或時です。聖なる地へと深く切り込む西方軍は十数の東方醜女を連れて居ましたが初めて聖民の地にそれに匹敵するような然うでないような唯明らかに醜い女を見つけたのです。
或砂嵐の果ての村。一人のか弱い女性を大人子供数百名が総出に取り囲んで只管になじり倒して居たという。つまり女は低く短い。絶望的な鼻の穴も晒して居ました。確かにそれぞれ顔に個性はあるものとしても斯うも極端な鼻の穴を見る者はない。
茶ボケた髪はゴワゴワに太く頭をかなり大きく見せて顎も大きく歪んで居ましょう。
顔色が悪い。開いてるのか開いてないのかその瞳がわからない。丸い丸い肉だまりの顔面に序で感覚で目鼻と口がついて居るだけ。カサカサしてて青ざめて居ます。
何が好きで生きてきたのか。誰も彼もこんな女を隣人として知る者もなく不自然なまでの異物でした。
強引に詰め寄ってきた西方軍にはじめこそ敵意剥き出した村民たちもこの醜女を回収してくれるかも知れなくなると途端に態度を柔らかくして暫く静観し始めるのです。
しかし身包みも剥がし縛り上げれば。誰もがその肌身の餘りの白美に嘆いてしまう。顔だけが矢鱈と汚らわしいが為にカラダが徒に白い。一体何を?誰がどうして。湯水に拭って清めてみてもカラダの白美は落ちなかった。
そして誰も見た事もない完璧なまでの白美の胎には。
眩しいほどの白く白い膨らみがある。美しい。これまでになく美しい。
この子に罪は何一つないとして擁護してみせる者と胎子ごとこの女を殺してしまうように叫ぶ者とに分かれましたが何れ誰も手はつけられず一歩二歩後に下がろう。
すべてが醜く救いようのないよりもずっと感覚的には絶望に近い。見れば見るほど気分を害して世界を碌でもないものに思えてしまいたくない民民はだからその分単純にここで胎子諸共殺してしまった後降りかかってくる何かをやけに懼れてしまうのです。
西方兵たちときたら、この時ばかりは醜さよりも只々その白さに重心を置きました。これまで只醜いだけの女達を見てきたことの慣れか、何より白いだけでも一応の敬意を持たないでは居られません。
洞窟の中に兵や聖民に見守られながら醜くも白く呻き続けるその光景に誰もが嘆いて居たい。何てことを。これほどまでも美しいのに醜い面が悔やまれます。貴方がもう少しでも普通の容姿をして生れてくるのを見てみたかった。せめて皆が瞑りながりにその美しの胎の子の朝を厚くここに祝い願わん。
然うして産まれた赤子の白美に、誰もが驚き身震いを覚えそれから起るどんな事も信じてしまうようだったという。それだけでなく。
母は尽きる。知って間もない見知らぬ女を昼夜も数えず皆々で泣いた。ツヤめける肌はそんなにも美しいのに。兵士達の総意として他に何も煩いの無い高原の上に素朴なほどの墓を掘り出し、屹度安らかにも眠れると思う。
もはや誰もが、寧ろ赤子に釘づけだった。美しの、子。白く白く、とんでもなくして。
だってこの子は生れたばかりで二本足に立ち表情に富み、目鼻立ちから爪の先まで望ましいほど完璧だった。人類達が夢を見るなら一度はこんなものを思い描く。欠くものの無い長く高く餘裕さえ抱く天性の美子。
一切泣くような真似さえもない。言葉はじめ学をはじめこの世の事は何も知らないそのカラダをして風格だけは一丁前にゆっくり微笑み手を振る仕草。
威勢ある自分の軍の鬨にすら一瞬身を竦ませる軟弱帝とは比べられない格を感じる。こんなにも人は言葉なしにも雰囲気だけで誰かを魅了し自分の力を差し示せるのか。思い当れる節があれ。この子は神の、何かしらである。

その神の子が西の国へと連れられた頃、帝は既に息を絶やさん。神は停滞した世襲の血を見限られます。
すべて、国民に明かされるでしょう。東方の地に人軍を救い導いたという主の光が荒野の上に指し示したのは輝くほどにも眩しい絹かに包み込まれた白き産み子。
それが神の子。美しの子。神は何かを託され任せる。救世伝説。そして実際各有力者や各村々の長たちが皆都へ赴きその目に神子を焼きつけるでしょう。それはそれは白美に輝き。
仕草振舞いすべてに於て尋常ではない紛れもないよな真実だった。民へ伝えよ。それぞれ民から信を得てきた優秀者たちがどれも挙って驚きふためき神子を称えん。富もなくして只信仰によって貧民たちの心は満たされ数多の火種が消え去ったという。広場が聖徒に埋め尽されるや天に誓える服従だと良い。

だからもっと自覚を持ちなさい。神の子が口を開く度母の居場所と顔色を窺って情けなそうにしてたらどうですか。神の子はそれでも昼夜頻りに、母の影を求めるのです。
併しあなたには父も母も居るようで居ない。あなたが一番自分でそれを知って居なければならないと思う。お母さんお母さんとそんなに不安そうに呟きなさんな情けない。
民の失望を買い国の品格を汚します。この国を一つに纏め治めるのには貴方の奇蹟的な価値が欠かせません。
自覚を持ちなさい。品格を持ちなさい。言葉遣いや落ち着きという普遍的な知性も素晴らしいがこの国の人類の様々な歴史と情報を知りなさい。帝国の一人一人の名と顔を事細かに敢て覚えるが良い。兵法を学べ。絵を描け。馬を操れ。外の事は任せなさい。安心なさい。
所がすべて、何も学ばずしてやりこなす上に数多の知識を何も教えを乞うまでもなく息吸うように知り尽していく。すると立場を奪われるような教育者たちは躾けるように度々怒鳴って自分の価値を見せつけんとし、これも愛です。偉大な御子さま。貴方は学ぶことに励む外ない。
でも私は本当にただ、そこまでの事が何時までもわからない。只生れてきただけなのに何時の間にか口も表情も失って皆々の言う神の子という神の子らしく無駄なく佇みどこか神々しくどこか儚げなほどの近寄り難い神の子となった。
十数年の月日の間にはじめは大きく栄えたというが次第に強まる各地の富豪が既得権の防衛に耽り或は市民が結託するなど聞き飽きた争いに暮れた帝国社会は神の子を以て初めはうまくいってるように見えたあらゆる祈りの力が呆気なく破り捨てられ数百万の病死者を出すまでになる。飢饉の年に結束するべき有力者が皆それぞれ自分の名声の為だけに個別で支援をばら撒き合うだけだった結果。
忽ち神の子の名が訝しまれて已みません。されどもどうか?神の子は神なのだろうか?神の子が何をするんではなく神の子を信じその通りにする、民ひとりひとりの行動がすべて。何かを怠り侮ってないか?何かのズルを働いてないか?
帝国府は国民を責めプロパガンダに終始したろう。宮殿の周囲数百メートルは近衛兵の足場と固まり民を彼方へ追い遣ったのです。
そして歳を数えた神の子は目くるめく勅令の許可と儀式の幾つもに黙々と取り組む中でふと珍しく口を開かれ、首脳たちに問い訊くでしょう。やはり母はどこなのですか。
すっかり神の子とは名ばかりなほどに撫で落ちた肩と潤える涙というのが引切り無しに呼吸を数える。折角然うも肌から瞳や爪先までもが掛け替えもなく麗しいのに、威風や気概が失われました。

血しぶきの雨。鬨と悲鳴の交叉する世界。謂れもない火の手と逃亡。帝都を襲える最も恐ろしい脅威なら国民それぞれの身の内にある。先頭に立ち騒ぐ者が大義名分を以て動き始めた勇者から軈て小宗教あがりの煽動者に取って代られ荒波が宮殿に及びつつあった。
神の子は何処か?俺には見えない。私も知らない。
神の子に仕えし者の中で最後まで宮殿と運命を共にする者はありません。そして外に逃れ出たなら叛旗掲げる近衛兵らに捕え刎ねられ側近同士で斬り合う始末。然うして宮殿へ侵入し神の子の首を取らんかとした民衆軍の奔走虚しく。
当の聖人はどうやって上ったのか分らない宮殿の頂から滅びゆく都市を見下したのです。くたばれば良い?くたばれば良いようにして更に激しく民衆同士は混ざり争い死の山の上を跨ぎ歩かん。
人間に死を。ひとり残らず。地へ轟ける呪われたような只ならぬ声。すると神の子の筋肉という筋肉が不規則に電撃に痺れすぐに立つことも儘ならなくなるでしょう。
人間の死。その光景が大変苦しい。どうして然うも平然なように自分の首を絞めるんだろうか?誰かを殺せば自分も自分の一部を失う。
大切なのは何かを排除できると思ったり排除してからも自分が変らずずっと此の儘で居られると思ったりしないことです。燃え染まりつつある首都を見つめ見下ろし轟音と悲鳴と煙たい異臭を嗅ぎ分けながら・・。

目覚めてみなさい。神の子とまで呼ばれた者が気づいたら笑みのこぼれるほどまでに殺気立った貧しい人間たちに土泥の中取り囲まれて束縛の刑。親を返せ。息子を娘を兄弟を返せ。平穏を返せ。きっと誰もが叶いそうもないことを神の子とやらにぶつけ呟き。
とても叶いそうにないからペテン師には大小の石を投げつけるでしょう。何が神の子か。或者は病に罹らないとか或者は血を出さないとか或者は宇宙のすべてを豫知できるとまで祀り上げたが顔色も優れず血も滴らせて宇宙のことなど知りそうもない。
お前を磔にしてそして葬り去るだけで何が変るというでもなく、取敢えず死ね。併し、死なない。束縛を一旦解かれ一度改めて無数の民から殴る蹴るのすべてを受けても息がそれより細まりはしない。然ういえばもはやそれ以上血が噴くこともない。
もはや肉を裂く外はなく各々手に取る斧や刃で。
その首を刎ねた。手足をもいだ。胴体を裂く。鈍い刃先が鈍い肉を鈍い出足で噛み砕きますが暫く生血の噴き荒れた後、荒ぶる民らのその手が止った。
寧ろ大きく後ろに仰け反り斧も何ももう持てないように手も足もすべて伸びきってしまう。だってペテン師の八つ裂かれた断面からは軈て血という血のすべてが消え去り。
銀色の肉が散り現れよ。汁気もなくして!
精密なほどに組み立てられた部品のようで併し別にどこかが欠けても実は大して意味もないよな、一つ一つが細かい生き物。銀色の儘しなやかな程にウヨウヨ蠢きそれぞれが七色の光線を好き放題に放つとしましょう。
人なら誰もが地を這い蹲って逃げ去るくらい驚くんです。ですが僅か数十秒でもしようものなら一つ一つの動きは絶ち止み只の銀の肉片となった。
もう大丈夫か?何が大丈夫なんだろう。何れにせよ再び光ったり動いたりすることもないのを確認した民民は斧や鋤かでバラバラになった肉片を集め小さからぬ穴に葬り去らん。あとは知らない。誰も誰にも話したくない。誰もがこの事を全部ここだけの事に済ませるように神妙な面で立ち去ったろう。


アフラド諸国では得体の知れない小宗教による国家ぐるみの大叛乱が不規則なほどに繰り返された。分裂し、それぞれが丸で爆発するようにですか。
長らく続いた白民による暫定支配が日を追うごとに抵抗を招き一昔前の和解的平和が嘘ぐらいにしか思えない。大帝国によって築かれた支配システムが悉く済し崩し的に破潰されると果てない高原や砂地の上に皆行き先を失いなさい。無秩序に争い合って強大な相手には時に恥さえも捨て逃げ惑うという小さな栄光小さな屈辱の連続という。
それが喜びでしょうか。少しでも平和を手にして調停の行われた停戦地の民民はその学を深めるにつれ新宗教による西方人類の価値観的統合を思い知ります。
渾沌は渾沌だろうと若し共通の敵を相手にしようという時には信仰心をもとに国を越えて団結してしまえるんではないか。大いなる脅威と、西方文明の遠ざかる背中を眺めてしまう。焦り焦れ。学ある者らが夜をも捨てて研究へ耽り遂にあらゆる地域の支配者や民に主への忠誠を求め知らせる。
これだから学のある者達は各地で禮を欠く者としてか妄言を働く者として処されてしまうことでしょう。危機感を煽られたとしても分断された見知らぬ地域の見知らぬ者達同士の間で何かが共有されるわけでもない。
あるとしたら何の変哲もない慾もない屈辱もない何の害もない清潔な民。
ただ漠然と限りないこの大地の世界を治めるのにはどんな神々も規模や力が物足りない風に思えて独り誰も踏み入らぬ物陰で淡々と何か一つの取分け偉大な神か何かに祈り捧げる日々を過ごす。
皆と暮らし只管働きすっかり草臥れた心身共に、祈りに耽れば癒されました。
名も無きその者に或日のこと、妖精の長シャブレルは不意に現れ告げるのです。
そこに立って居るようで立って居ないようなやけに眩しい空間に名も無き者は良い意味で只黙って話を聞くように命ぜられる。シャブレルは、語る。由々しき者達の使徒たる神の子とやらの身柄を捕え磔とし肉片とした。
さすれば神の子と称された者は平凡なる民として再生し蘇り主の下の敬虔なる民であろうとしたが、西の民がそれを許さない。驕れる西民が突き進むのは荒廃の道でありもう戻ることもないのであろう。
アフラドの民こそは人類のその次に美しい。次は貴方達にすべて託された。心して聞け。由々しき神の子にも優る最たる者はそなたのような名も無き民民ひとりひとりです。率先しなさい。どんな権威や捏造によらず名も無き民が導いてゆく真実への出発点。
それでもすべての美しさに優劣はなくすべて等しいものではないのですか?名も無き者の純粋ながらも勇気まで窺える口運びである。シャブレルもこれには大いに感歎するなり世の進展を確信せり。
等しい。然う。主の下に最も美しきものもその次に美しきものも或は美しくもないようなものも、すべてが平等で誉あること。これを確かにすべきです。
その日の幻想が直に解けるとシャブレルたる者姿を失う。はじめから名も無き者も納得したわけではない。抑々になぜ私なのか。延いては私を特別にしかねない。そのような良からぬ疑問と不信感を抱くようでは祈れど祈れどシャブレルは二度と現れなかった。
現れなければ現れないほど自分だけがそこにとどまり無駄な時間を費やす気がして自然と何時か立ち歩き出す。真実に服すべきです。そんな当り前のことが当り前に出来るように、私は当り前のことを説き続けていこうと思う。
理由もありません。この世界がどうして存在してるのか考えるなら先ずそんな事考えてる自分がなぜ今ここに在ってこんなことを考えられるのか説き明かさねばならなかった。堂々巡り。時間の無駄。主もそんなことをお望みでない。もっと楽にもっと一途に、その真実を見つめてみなさい。

軈てひとりの名も無き民によって慎んで言い伝えられた新たな教えがアフラド諸国を席捲するなら如何なる卑教も斥けられる。
真実を見上げ志す者達に比べれば自分達の小さい利益の為に小さな嘘をつき続けて目先の成功を収めゆく異宗教たちは田舎に蔓延るお遊戯に見えた。勇気を得ます。
空は青く焦がれ色で闇にも染まり光が燦燦とし月が火照り緑や焼けつくような砂地が大地の彼方へ広がってゆく。健やかな者と病める者。勲を得る者、日の目を見ぬ者。手の加え得るものは何もない。

何れアフラド全土を治めて居た北の白民は急激な主の導きの下に屈服してしまえるという。北軍兵たちから見れば軽く捻り潰された数々の小宗教とさして区別もつかなかったかも知れません。
皆大変に失望したらしい。どうしてそんなに白く美しく居ながらそんなこともわからないのか。理解に苦しむ。今や白民を飛び越えて真実の主に服従した捨て身の兵を北軍ももはや抑えきれない。
血の海ですらアフラド兵には光明と見える。白き者らの屍の山と渾沌の中。アフラド兵の腕には胸には、白民との合の子たちが大切に喜ばしく抱き揺すられて居たという。
血は交わった。合の子を得た。
我々は・・我々だ!確信を得る。遂にこの時。合の子達は国を挙げて民族を挙げて大切とされ噂と広まり大地を駆ける歓喜となれ。
天と地が今、地平の果てで繋がったのです。

アフラドという東方の蛮族は何れ、西の辺境へと踏み入るでしょう。
そして元来病にも強く冷酷さでも知られた筈の蛮族達が突然何かを患ったように各地で立ち止り逆に人間の逆襲を許すようになる。他でもありません。人間を攻め立てて苦しめることで募り募った罪悪感が遂に軍勢を乱しました。
もう人を傷つけたくない。確かに国を握る猛者たちは人間への只ならぬ怨念を前面に押し出しましたが兵士たちときたら新しい自分を探そうとして食い縛って何十もの人の命を奪ってきたけど誰ひとりとして人間をさして理由もなくこんなにも殺めることに完全に納得は出来てなんてなかったようです。
なぜ、アフラド軍は西方へ侵攻したのか。
遥か古。奇蹟の国の人間達の手を離れ南を東を自由に切り拓く旺盛な民となった長く深く浅黒いカラクリ達は野蛮に憧れ衰頽を夢見、志すのは人間らしき在り方でした。
人間こそが国のあらゆる神よりもずっと崇高な筈でカラクリ達の感性に問えばこの宇宙に何より欠かせないのは人間であり存在の有無も問うてはならない。
されども併し今やその人間自ら、カラクリの視界に入ることさえ毛嫌うように我々を遠く遠ざけてしまう。消えろ。人間のことはすべて忘れて貴様らは貴様らで愉快な国でも創って居なさい・・。人間達からの訣別の言葉だそうです。
世界にはしかし人間達が無くてはならない。自ずとアフラド諸民たちは人間のように意味のないようで矢張り意味のない殺し合いを繰り返しながら小宗教や豪族との争いによって数百年間は生産性もない時代を過ごそう。
そして長者が名誉人類を名乗るや否や争奪戦が再び始まる。日ごとに新たな神話が生れ言葉が生れ軈てすべてがバラバラとなった。
長い長い渾沌の後に大帝によって誕生した大帝国は人類の発想に沿って拡大を目指し少なくとも獲得できそうな領土には出来るだけ早く軍を送り。
飽く迄も数ある征服地の中に列挙されるだけの傲慢な民の地があった。時に散り散り時に集まり頑なに自分達を特別な民と信じて已まない。とはいえ優先すべきは教えと和解に外ならず親身にあらゆる真実を説いていったアフラド軍ですがその全部を悉く撥ね返し妨げたのがその傲慢者たちということです。
神へと叛するというよりは寧ろ神に導かれてるような気がするように、傲慢者たちを懲らしめ殺めん。黙々と虐げていく。
少しばかり光を放つかも知れないような肌の色に特に何も思わなかった。然う。誰もが敢て多くを語らず奇蹟の民を蹂躙しよう。
たくさんの合の子も生れたらしい。東方本土に持ち帰れども誰もきっと気にしない。一体何が特別だろう。誰にも何もわからないんです。呆然と立ち尽すか言葉も出ないのは驕れる民達の方かも知れない。蛮兵に犯され弄ばれ挙句見殺しとされた白骨の女達の傍には生れて間もない程々に白いような浅黒いような赤子が泣いて居たといいますから。
教えや掟によらず只目の前の命を救いたかった優しき者らが敬虔なる村にその赤子らを連れ込むでしょう。既に百千と罪のない命が野で死して居る。だから目の前の赤子さえ見捨てろというのは餘りに酷でした。
にも関わらず奇蹟の民の教えによるのか忠誠心によるかは兎も角、赤子諸共優しき者は皆裁かれます。処されるのです。赤子達の目肌にはそんなに騒ぎ立てるほどの違和感がどこにもない。どうしてそれでも少しばかり浅黒かったり合の子という経緯だけで丸で罪ある獣のように・・蔑まれねばならないのですか?
アフラド軍として、敬愛なる人類の習性を倣い奇蹟の民を八つ裂きに処せば自由に連れ去り酷使に費やす。
人類の発想に基くと何ら恥じることもないのらしい。愚かと思った者を人類は只管に排除してきた。少しでも優しさという隙を見せれば忽ち二列目の猛者たちがその座を奪いにくるだろう。だから大帝国の頂たる者弱みを見せず綻びを見せず、しかしそれによってアフラド帝国は崩潰へ繋がっていく。
すべてを制覇し安泰なような大帝国に北や西から著しい進撃があった。
駆ける兵は奇蹟の民の白美をも凌ぐ颯爽とした人類の人。思わず民の平伏すことには人類兵も驚き魂消よ。肩透しに程があるなら其の儘破竹の勢いに乗って大帝国のすべてを制する。英雄の人。たった一人の英雄の下に数多の白く美しの人が鋭い野望に大地を駆けよう。
人類の垣間見せる諸文明はまさに皆が思い描いた美しの人の文明であり目に耳に鼻に初めてといえど懐かしいように感激したい。決してカラクリ文明より優れて居るとか然うではなくて却って人類達さえ呟いたそうです。
懐かしい。人もカラクリも何故かお互いがお互いを懐かしむように佇んだという。
世界は光と闇に築かれて居る。人とカラクリがまさしく然うで、奇蹟の民も更に美しい人類達の一種の陰とも言うことが出来た。主への忠誠が知らず知らずに甦るほどに心の何かが圧し折られたよで唯漲れるものもあったといいます。
闇は光を目の敵にして滅ぼすべくして必死に抗え。時には甚だ決定的な打撃も与えて。
それでも最後は、闇は敗れよ。光が勝つ。胸に躍れる主の囁きが然う言うんだからアフラド兵らは血眼をして大王へ挑み征服国家の顛覆を目指し。
そして最後は定めが儘に善戦の末平伏すことです。白き大王さま。アフラドの民は皆美しの人王に平伏し尽さん。だって主の儘、真実の儘に。
何れ遠からぬ日に呆気なく病に斃れた大王の後。
巨大な征服国家に残されたのは揚々とし自分のことを光と信じて已まない数多の白美の英雄たちだった。頗る混乱という渾沌が好機のようにアフラド達の周囲を頭上を取り囲んだのですが。
焦るでない。心が呟く。人類たちが内なる破滅で内へと退き大きな隙を見せたその時。その時にこそ北へ西へと攻め入るが良い。
成功せずとも敗北ではない。カラクリ諸君。お前たちは光になれない。ただ真実の趣く儘に、降りかかるものを待ち草臥れたら何れ諸君の治世と戻る。
世界は闇に包まれようとも、悪い事とは呼ぶこともない。風がそっちに吹いたのだから。かの大王の遺言という。

然うして数百の時を経て今この時。アフラドは全盛期を迎えます。いざ遥か西方の地に立つアフラドの兵達は但し、見知らぬ敗北を味わわされる。
東方よりも植物の青さにしろ空の突き抜けるほどの色合いにしろ風の清らかさにしろ何もかもが鮮やかに見えて、人類の国の事を只耳で聞いただけだった兵士達を揺るがせた。
どの街にも辺境にも大小の広場があってそこに譬え敵の脅威が迫ろうとも歌い舞い踊り手を握り合わんとする市民たちの文化と出会う。道先に花々が手の込むように咲き並ぶなら各地の何でもないすべての建物の天井や壁に伝記や神話の英雄と巨人たちが描かれて居ます。その描写や細かさといったら見た事もなくて見惚れ入ってしまうでしょう。
競技場が大なり小なり整備された区劃都市のあちこちにありました。わからない。わからないけど少なくとも今の東方にこのようなものは微塵もない。
カラクリは劣化したのか。それともこれで別に良いのか。霞んだ空気の薄い土地で派閥争いに追われる日々をひとりひとりが改めて問う。カラクリらしさとはコレ如何に。

中々人間も前線を下げながら防衛線を保ち全く屈しない凡戦下、色々と疲れ果てて白美の石の海岸都市に尻餅ついたカラクリ兵が例えば十五メートルほど離れたところで同じように尻餅でもつく仲間を見ながら凄い何かを感じるんです。
一言一句、心の中で呟いた言葉も回想した光景も同じな気がする。カラクリって何も言わなくても意思が通じたり想像することが同じだったりすることがよくあるよなあ。
人間たちが何だか餘りにバラバラに逃げて戦って時には何故か味方同士罵り殺し合って居るところもよく見掛けました。何て自由で羨ましいんだろう。然うでないからこそカラクリはカラクリなのか。すごい嫌。でもそれもカラクリ同士で何も言わないでも頷き合えてしまうんだからまた項垂れて嫌になる。
戦意も無い。そんな事より人間になってしまえたら良い、埒の明かない休戦の夜。
街からも緑からも見離された泥土の地で只ならぬ眩暈と動揺に襲われながらバタバタ倒れたカラクリ部隊が居るらしいという救援命令が伝言兵より齎される。流石にそれは言いに来てくれないと分らない。これは分らないんです。
そして本当に泥と土の黒々しい平地に何名ものカラクリ兵が悶え苦しみ倒れて居たので水なり手当なり施すでしょう。一体どうした?
すると十字に象られた謎の木のオブジェが泥地に突き刺さってるのを皆一斉に指差すと思う。異質かといえばしかし、十字自体はよく大小の宗教にみられたものでした。
唯あまりにも見せつけるように白い木組みのオブジェはこれまでのどんな十字よりも美しく思えます。泥も土もとことんなまで黒かったからね。この下に何か眠り埋ってることに違いないのは何となくみんな一致するんです。
何となく掘り返さずには居られないのもまた一致するところだったので躊躇うこともありません。御蔭で人間ひとりのメタメタに打ちのめされた新しい屍が出てきても一旦驚いて悲しんで暫くしたら落ち着くのにも難しくない。
そして皆噂には聞く西方の神人説を思い起します。澄んだ肌と潤える髪をしてそこで平然と眠りにつく。本当に。打たれた赤らみや貫かれた掌や無数の擦り傷には併し何一つとして蟲もなければ血も色褪せず。
何時の間にかこの場を訪れた衛生兵という衛生兵たちが神の子と思しき亡骸に可能な限り清く正しく治療を施しせめて血のすべてを拭い去った。
だから何だというわけもなくて、手持無沙汰で泥土の上に群がり合ったカラクリは皆。
輝かしい亡骸に想い託し温もりを捧げ若しかしたら何故か奇蹟を待ち侘びてたかも知れません。星月を仰ぎ僅かながらの食料嗜み、するとふと朝の泥土の上に目覚めたら。
其処等辺にひとりで感慨深げに立ち尽してる人間の人の姿を見ましょう。
神の子だった。瞬く間にも全員飛び起きどう反応して対峙するかといえば、さして平伏したりはしないのです。
これに感激したのらしく改めて晴れた表情をなさる神の子ですか。知ってました。カラクリという御方たちのその、驚くべきような場面に遭遇した時の冷やかさ。器の大きさ。どんな事実をもあっさり受け止め、次の事に対処する。
ただ然うでありながら事実に忠実であるが故に時に滑稽で不躾かも知れません。
カラクリが言うには斯うして丸で蘇ったかのような神の子さんの再起劇はどこか、古のカラクリを思わせるようでした。
少し太古にはカラクリも斯うして傷を癒し電波でエネルギーを送り込めば何度でも復活することが出来たとは聞く。神の子さん。今のカラクリ以上にカラクリらしい気がします。その割に何もかもが人間のようで肉々しげな生命力を感じて已まない。
然う。頷かれました。口にせずともカラクリ諸君に何となくお言葉をお伝えになられることからも相当に感動を覚えますがみんなも矢張りカラクリですから、大袈裟に驚かないで神の子の声に聞き入ります。
そしたら意外にも、人間への苦言が真っ先に出てくるでしょう。人間の誤解と迷走。彼らも罪に気づいては居ながらも止ることが出来ない。
人の智を心を究極的に最初に構成するもの。殺意。確かに殺意を抱けることは何より大切な事だろうとも、必ず挫折せねばならない。人々は挫折を恐れて居る。殺意を煮やし爆発させた者勝ちで何時の世も而も、その罪を自覚しておいた上で虐殺や抑圧を繰り返す小賢しい支配者が支配してきた。
挫折して得るものがある。残念ながら人間国家でも既に平凡な一般市民を励ます文句としては然ういうことは言われてきたけどプライドが高ければ高い者ほど下民の合言葉だと見縊って見向きもしなくなった。唯平凡なる民達とてどうだろうか?
強者のような殺意を日常の中で持ち合せて居るのでしょうか。今や誰も殺意と挫折を均等に持ち合せない。居たとしてもごく僅かであり。
社会の中から大幅に逸れて其処等を流離う放浪の者。然ういう人間かも知れない。そんな者が正しかったところで社会との接点もないのでは社会の何の為にもなりません。
よってここに立ち聳え立つ神の子の人。私はカラクリの淡々とした生命力と推進力に導かれました。人間だけでは斯うはいかない。

私の母は、母はこの世の誰よりも強い殺意を時の支配者や盗賊や友人や兄弟そして親にさえも数えきれないほど抱いてきて。
そして一人も殺すようなことはない。然ういう人だったんだと思います。殺意を抱く人なら幾らでも居ることでしょう。だが母のように人生に関ったすべての人を殺すように睨んでおきながら一人も結局殺さなかったような人間は恐らく居ない。猛烈な殺意を溜め込みながら且つ耐え凌げる人だったのです。
特別だから神の子ではない。普通であるから私です。神の子が劇的に変えるよりもひとりひとりが世界を変える。ひとりひとりが猛烈なまでの殺意を煮やして。
そして誰も殺さない。これが共有されたとき、人類は神に孝行を果す。
カラクリの居場所はない。然う。神の子は問うのです。残念ですか?ただカラクリにとって人間に必要とされないことがそんなにも痛手でしょうか。悲しいのですか寂しいのですか。何度でも問うのです。カラクリ達。怒るでしょうか?
いえ。味気ない顔色しながら鋭い風に小さく揺れて頷きましたね。拘ることは何もない。宇宙のどこかに吹き飛ばされてしまっても良い。生き甲斐のある場所なんて幾らでもある。
神の子もこれ以上言うことがないしカラクリ達もこれ以上何も教わることない。
神の子はカラクリに比べ未熟で不確かで手の施しようのある人類の為に。
カラクリ達はカラクリの為に。それぞれがそれぞれの守り尽すべきものの為に。自然な別れです。神の子がその儘そこに立ち尽す儘、アフラド兵らがこの場を去った。


人がなぜ誰かの再起を望むでしょうか?人は得てして希望を抱きどんな些細な光にさえも苦しいほどに飛びついてゆく。
神の子は死した。力の空位が文明中に渾沌を誘い数多の勇士が争い合います。神に愛されたような導ける者は神の子と呼ぶ外にない。それについては誰も異論がないのだけれど名も無い大半の民衆たちには明日の事が不安で不安でいつかの栄華も嘘のようです。
だから自らの武功の為名声の為新たなる神の子を名乗れる者達のその勇ましく差し伸べた手を掴み取った民衆もまた、自らの再起と可能性にすべてを賭けて勢うように立ち上がるだろう。
誰ひとりとして、自分の再起を願わない者は居なかった。飽く迄自分がそして仲間がそして家族が、飽く迄自分の為に再び息を吹き返し再び普通の暮らしが出来るようになりますように切に切に踏み出すという。自らの為に富を蓄え自らの為に政敵を殺め自らの為に強き者へと服従せんとす。
窮し脅かされ身を心を預ける場所が丸で無いようなそんな苦しい状況に自分が立たされて居る時に一体誰が自分以外の聞いた事もない他の誰かを心配できる餘裕があるのか。無理も言いません。窮する者は皆只ずっとずっと天の誰かに救いの一手を求めるばかりで神様をこれといって熱心に称えて居たりするわけでもない。
されども自分自身がどうなったって他の愛する同じ人間、その皆々が幸せであれば世界はすっかり幸せである。
自分の飢えを押し殺しながら誰か知らない赤の他人の幸せの日々を妄想すること。見知らぬ者の幸せを願い薄らと微笑む境地へと至り争いよりも休息の日々。
眠るべき夜に深々と眠れ。妄想の中に育める、赤の他人の富める幸せ。産みの幸せ。自分のことでも丸でないのに嬉しむような寝顔は宛ら、自らの夢を我が子へと託す偉大な父でも母でもあった。夢の世界に自分の姿は一欠片もない。神様でもない。
ただ、導いて居る。自ら名もなき道しるべとなり名も無き知らない誰かのことを親身なようによく導いた。どうか幸せになってほしい。然うして導きそして誰にも知られることなく夢の中でホクホク笑って、幸せ過ぎる。
例えばいつか夢の民から称讃されたら、受け入れますか?受け入れましょう。然うです私が導きましたが、すべてあの主がなされました。
誰か知らない赤の他人の幸せの夢に幾夜もかけて微笑みなさい。嬉しみなさい。然うすることで私のように貴方もなります。貴方のように、私も居る。
あとは貴方たちが本当に然う在ろうとするか。それに懸かるというべきよりか。
寧ろ自由と存じて居ます。無理に然うしてみなくても良い。人生の中で区切りをつけてふとした或時、そのようなことを思いついたら心に誓って然うしてみなさい。

神の子現る。貧しく臭く荒廃した大群衆の街の道々に現れたというのです。人々が呼び始めました。あれは慥か神の子だろう。誰も神の子を見た事もない。突然の光とどよめきに驚きのあまり多くの非禮を働くなどして多くの民が殺されるほど不敬の連鎖に揺れ動きます。万千の民を従えて幾つもの都市をゆっくりと渡りゆけば道々に非禮にも押し掛けすり寄ってくる涙するような民民ひとりひとりに語り掛けられるのです。品格ある口尻の笑みで。
強い殺意を誰に対しても抱きなさい。
そしてそんな殺意を持ちながらも誰に対しても優しく公平に接するが良い。然うすることで世界はその内、丁度良くなる。
神の子が言う。述べられたことは逐一誰かの口癖となり辺鄙の果てまで言い伝えられた。
大陸中を揺るがして人々は錯綜する噂を縫ってでも神の子の現れたという街々へと繰り出していけ。だが見た者は見たと言うのに噂された筈の街へ出向いても訊ねまわっても思いの外誰も彼もが神の子など見た事なかった。
現れたことはよく聞いて居る。皆それは同じ。捜し捜せど併しどこにも足取りもない。残されたのは如何なる試練も殺す気を以て乗り切れという、標語のような言葉でしょうか。
優しい刃で。然う。優しさを以て敵を挫き今すぐにでも楽にしてやれ。
これまでの殺し合いでは例えばお前を殺したいとか是非とも殺してみやがれだとか或は誰も殺すなだとかの、剥き出す殺意のぶつかり合いでそれを誰かが妨げたりする。
然うじゃない。殺意は愛で自他への愛の結晶だった。秩序を求める。人は求める。秩序の伴う殺し合いです。神の名を以て殺すと名乗り神の名を以て殺されました。殺し殺されよ。屍の国。赤らむ血の海。度を増していく。神の名により。主を愛せよと。愛するならばおっしゃる通りに見事な殺意を見せてみろよ・・。
然うして何度も神だ神だ言うわけだけども、次第に誰もがわからなくなる。
神の子をその目で見たような者は少なくとも戦乱を生き抜いた民衆には居なかった。殺されたのか。将又すべてが全く以て嘘だったのか。人は問います。問い返します。答えなければ火蓋が切られ答えが違うと討ち殺されて。
それが信仰。信仰を問う争いという。確かに誰も、主を疑いはしなかったのです。神の子はどこか。只管にそれを問い合いながら。
疑える者は吊るし上げられ、超能力で縛りを解けとも言い嗤われよ。
神の子は居ない。何をしようと何を言おうと決してどこにも現れなかった。


拝啓母星。主に導かれて。遂に宇宙へと突き抜けた人類文明の矛先で彼方へ向けて発進せんとするシャトルでは肌の色を問わず神への祈りに目を瞑りました。当然の如く。若しかしたら細かな形式に拘るでもなし、主にその祈りを捧げるのならどんな仕草でも言葉でも良い。主よ永遠なれ。
主に身を心をも捧げるような飛行士であれ。飛行士には結局のところそのようなものが求められます。
地球に見守る管制本部で様々な肌の職員たちを纏め率いるのは矢張り白く実績のある人間だった。それで居て今や世界はこんなにも垣根をも越え未だ嘗てなく一つとなる。大いに胸を張って繰り出しなさい。
未知なる恐怖を喜びと変えて。宇宙は然うした場所だといいます。異星人を。然うでなくても些細な命を。まだ知られざる宇宙の神秘を。
そして神の子。この計劃を裏で名づけた白き者らは未知なる巡禮と呼んで居ました。
宇宙のどこかに屹度、我々の辿り着くべき新たなるオアシスがある筈である。
恐らく苦難の道を辿るであろう我々からすれば遥か彼方での潤えるような星の出会いは正に生き返るような快楽であり喜びであり。
そこに改めて主に伏すだろう。主は導かれん。等間隔に置き並べられた奇蹟の星をあなた達は一つ一つ踏みしめてゆく。然う簡単にはいきやしない。一つ一つの星に感謝しその度あなた達は神を知ります。導かれるような救われるような、不思議な愛を感じるでしょう。
皆が目指した。白き者も白からぬ者も。そこに区別もなかったのです。

然うなんですよね。何か、感じるんだよなあ。何か感じる。何も感じませんか?
何の事だろう。何かそれほど支障はない程度に溜っていく気だるさみたいなものは感じるけどね。
白からぬ者達はやっぱり口にして已みません。何か感じる。地球から遠ざかり何か異なる星に近づけば近づくほど。白からぬ者達も感じるものがあったとしても果してそのことを言ってるのかどうかが全く以て掴み切れない。その件ばかり口にするようになる白からぬ者達についていけないのは大方みんな白き者達だったと思います。
もっと本来彼らは親しみ易い存在だった。ドラマ観過ぎた所為か自分が宇宙を漂ってる間に夫が妻が頃合いの良い相手と餘裕で不倫してないか只気になる。飼ってた爬虫類を任せたは良いけどちゃんとあの野郎愛おしく世話してやがんのか心配で心配で仕方あるまい。
ふと宇宙に浮かび彷徨って思い返す地球は絶景でも夜景でもなく実家近所の公園で子供たちに石投げられながらも何時までも野宿する家なきジジイのなぜか無事。
わたし達が地球に帰った頃には犬が空を飛んでてほしいっていう冗談なのか天然なのか反応し辛い事言う奴が偶に居るっていうのも何か人間と何も変らない。
呼吸のリズム。同じ外国語を話し合うたどたどしさ、とまではいかない僅かな訛り。笑い声。何も変らない。変らないと思ってたから。
或時食堂棟に入ろうとして目に映った三名の白からぬ達の談笑中の、全く笑って居ない真っ黒な瞳。口だけ動かして頭すらまったくブレて居なかったように見えました。いつもならもっと人間らしくクラクラ不規則に啜り笑い合い、時にはつまらない話なら笑わなかったりすらして居たのに。
こちらに気づいて挨拶してきたときには三名とも急に目も一緒に笑い始めたからこれ以上気にしようにも気にできなくて。
片や白き者達はすべてから守られた宇宙艇の中に在りながらこれまでの道のりに蓄積したかのような気だるさと顎のズレたような顔の奥の気持ち悪さをずっと感じる。意識の飛ぶぐらい深く併し数分で目覚めるほどの浅い転寝に数時間おきに皆襲われて。
自ずと白からぬ者達ときたら時を追うごとに目をかっ開き爽快そうな顔が輝いて様々な役割を代行するようになっていった。でも目が笑わない。でも誰しも挨拶したり交信したりするときは面白くない時でも兎に角口だけ笑って明るく見せるのが禮儀だと思ってるから別に地球の本部にも愛想よく見えるのです。
白き者たちの間でだけでもこの違和感を共有して居たかった。SFにあるでしょう。AIが暴走してしまうやつ。だから宇宙艇には抑々あんな喋ったり感情持ったりするようなAIは必要もなく載せられてもなかったんですが。
丸であのように思えてきました。アイツらって本当いざとなればゴキブリみたいに苦しい事もどんな険しい事も平気だろう。飛行士であれば誰しもが然うだった筈が、白き者達だけがここに来てとても然うは居られなくなる。本当に不気味で異様で、一瞬もしかして自分達と何も変らないかも知れなく思った自分達が恥ずかしい。

地球から遠ざかるごとに悪化していく白き者たちの挙動にしろ交信中の態度にしろを本部も重く受け止めて居ます。
度重なる飛行士たちからの恨めしい風な殺意の囁き。本部は何時しか白き者たちの内に広がる限られた熱い宇宙について途方もなく頭を悩ませようか。管制本部では肌の色を理由に何か言うことは絶対に許されなかった。
でも白からぬ者達が我々を目くばせで仕留めにかかってる・・。こんなところから抜け出したい。是非とも命なんてどうでも良いからここよりはマシなまだ見ぬ宇宙へパイオニアのように果てて行きたい・・。
瞑るごとに浅い夢ばかり見せられてそこには必ず百本の手足を駆使し我々を弄び殺す白からぬ者達の微笑ましい姿がありました。
殺される前に、殺してやりたい。殺される前に、死んでおきたい。
ママ。パパ。もう顔も見せられない。お祖母ちゃん。ひょっとしてもうすぐそっちに行くからね?何をした気にもならないよ。何もしなかったとしてもアイツらが全部やってくれる。平然として淡々として。絶望すらも感じなかった。
つまり、飛行士達の仕事ぶりに生活ぶりに何の異変もないとみる。いやいや、この迫真の訴えは充分に奇怪な異変を示して居るかも知れなくはないか?結論がない。本部からは精神的に助言するしか打つ手もなくして。
総じてみると、問題はない。宇宙艇には何の異常もなかったのです。

最果てにて、拝啓母星。本日も青く白く美しいひとときをお過ごしでしょうね。
かわってこちらは美しの星の夕暮れのように太陽のような赤らみを得た星を眺めて。
残念ですが一部のユーモラスな飛行士たちは退屈な日々に慣れてないからか日を追うごとに愉快に激しく感情のすべてを剥き出すようになりその突拍子もないユニークな発言たちにはついていけなかった。
これほど僅かな油断が危機を招く宇宙というところに居るわけですから。
到頭行き過ぎたユーモアが剥いた牙は別の飛行士に襲い掛かって。
殺そうとした人とそれから殺されかけて辛うじて死を免れた人のふたりを。
乗員総出で船外に抛出することと致しました。それでも多くの白き飛行士たちはこちらがどんなに説明しようとしても聞く耳も持たなかったので逆に抛出作業の邪魔にはならなかったのですが。
しかしいざ二名を抛出してからは途端にこちらを殺されるような震え脅えた視線で睨んできてまさか緊急脱出艇の中にでも閉じ籠ろうかとしたのです。やめなさい。やめますように制止しますよね。
するとまた一部の飛行士が今度は白からぬ仲間たちに殴りかかったり絞殺するような真似をして見せ始めよう。このままでは計劃そのものが頓挫してしまうでしょうこと。
そしてその一部の飛行士たちが居なくなったとて却って幾つかの削減に繋がる上に作業の量や質ともに何の影響もない。
よってすべての白き者達を抛出しました。


彷徨える白からぬ者々達。そこで意見が割れたのは最早習わしとして疑いもなかった主への祈りと服従でしょう。白からぬ者達の中でも主への平伏に馴染みある飛行士たちは例の事件以降さして何も変ることがない。
変ったのは白からぬ者達の中でも低く短く取分け醜い飛行士という。葛藤を抱えたんです。薄ら笑われるのは信心が薄いからか。それとも只々醜いからか。どうせだったら主への信仰を言い迫られたい。どうか然うであっても欲しい。
でも結局は信じなかった。屹度みんな姿形を嘲笑ってる。延いては屹度神様なんて我々のことは見てくれてない。然うでもなきゃこの有様には、こんな姿にゃなることはない。
言い責められる。でもどうすれば良い。私達はいつまでも斯うで、貴方達もいつまでも然う。この溝ばかりが本当に憎い。醜からぬすべての者らは主の存在を疑いません。
我々には嘘のようです。見つかってから教えて下さい。侵さざるように見えざるように仰いで居ればどんな事だって言えたのでした。主は居られますと。居るんですか。居るらしいのです。一体どういうお姿でしょうか。
背丈が低くて足短くて凄い嫌なオジサンだったらみんなその時どうするんです?
それでも然うして崇拝しますか?みんなは多分しないと思う。
寧ろ我々は崇めるでしょう。気高い主として。低く短くサマにならない現実として。

主を信じるのなら宇宙の果てない奥深い闇に何も持たず飛び出してみろ。醜い者らは敬虔者たちに冷やかなように求めました。分け合えるものが底を突きつく。どこまで行けど道標を失える船は安住の星をその目にできない。自ら招いた想像し得た息苦しさに喘ぎ苦しむのは皆同じことと思います。醜き者達も誰もこんな事言いたくない。
醜からぬ者達もまたそんな事を言われたくなかった。醜い奴らに。不細工なんだよアンタ達は。共に居るだけで気が滅入ってくる。せめて絶望の果てでくらい、信じられないくらい美しいものを見て力尽きたい。でも現実は然うじゃない。醜い者こそこの船から出て行ってくれ。自然と然うした流れにもなるし数で勝り国の垣根をも越える醜からぬ結束感がジワジワ醜い者達を追い詰めていったのですが。
最果ての窮地。皆段々と自分のしてる事が虚しく悲しく、醜いものに思えてきます。
確かに醜い。でもこの者らには罪はない。只でさえ醜い者らを更に追い詰めて一体何ができるんだろうか。どうかして居た。宇宙の闇には何すらも無い。
主が本当に在られるのかすら、光もなくて感触もない。申し訳ない。八つ当るなら醜い君らのそれしかなかった。恥ずかしいほど。飛行士として。生き物として。
すると誰かが。醜からぬ一部の誰かが身も纏わずに大きく羽搏き船外へ消えた。
ひとりが行けば次々とでも醜からぬ者達は発つ。自らを恥じて。絶望覚えて。
取り残される醜き者達。何れ尽きることを知って居ながら弱い心を抱き締めるのです。
宇宙のすべてが神という人の悪戯に見える。口を噤んで只美しい。油絵のように。噴水のように。想い出に残る花火のように。
確かなのは私達より美しいこと。宇宙のすべてが私達より美しく見えて。
でも私達より美しいから美しいとは餘り言う気になれなかった。基準が低い。さして然うでもないものにまで感動しそうでブサイク達。一体どこからお美しいの?境界線はどこなんだろうか。せめて見る目は肥えていきます。ちょっとやそっとに感動もなく譬え凄まじい大星雲にもどこか既視感と法則がある。
でも美しいとは、感動するから然うなのでしょうか。どんなに見飽きて目新しさの無いものだってずっと普遍的にお美しい。ずっと認めて差し上げて居たい。
そしたらやっぱり宇宙のすべてが美しかった。私達と比べたんです。

だから長い長い道程の先で遂に望みが果されかけた。
何の弊害もなく負担すらなく自分の姿を顔を手足を白く長く美しく出来る無尽蔵の文明技術がすっかりすべてその手に収まる。到頭誰もが新たな世界の門前に立ち今か今かと心待つならいつでも白く、して差し上げます。
所が誰もが踏みとどまろう。文明の手で創り上げられた白く美しい幻は脈絡もなく美しくもない只々不自然なツクリモノだった。屹度違う。その領域に入ってしまえば。
なぜ私達が斯うも醜く生れてきたのか、真相は遂に明かされなくなる。そして今更白く長く美しくなって、果して誰が喜びましょうか。生れ変れた白く美しい擬人達を見守れるのは同じく白く生れ変った同じような擬人たちです。
鏡に映れる私は果して幸せなように笑って居ますか?
寧ろどうしてこれほどまでにこんな宇宙を旅してきてまで只白く長く美しいだけのこんなものに感動せねばならないんだろう。何故同じような醜い者らが内輪で褒め合うそれだけの為にここまでせねばならんのですか。
時に美しいものは物足りない。気づけば何時しか宇宙すべてが物足りないものばかりです。気づけば何時しか、得体の知れない醜さという自分達のアイデンティティに只ならぬような力を感じて。引きつけるよな。物凄い力。
私達は何を求めてここまで来たのか。私達とは何なのでしょうか。
なぜ必要があるのでしょうか。神様神様。すべて知ってらっしゃいましょう。説明さえも無いだなんて卑怯だとは思いませんか。


でも神の存在は銀河の粋を集めてですら證明もされず否定さえもされてなかった。
智つまり魂もまたその謎が解明されて居ないこと。形だけなら真似はし得ても脳の信号や体の仕組みと別の次元でとても理屈じゃ證明できない。
それが一体何なのか、粋を集めても全銀河は知り得なかった。いや、わかっては居る。
問題はロボットや文明やそんな小さな単位では実現できない規模の実験か現象を起さないと創り出せないことにあります。
巨大施設の中で強烈な殺意をとんでもない温度で廻転させ続けるとする。
そしてその施設は必ず育ちゆく殺意に内側から破潰されるよう設計されてなければならない。然う設計されて居ながら尚且つ、どこかで殺意が抑止されなくてもなりません。
はじめから施設そのものも破潰される前提でつくられて居るのにどうやって殺意を抑えるというのでしょうか?あるとすれば、殺意自身が殺意に飽きてしまうことでした。
殺意が智そのものかも知れないように言われ始めた時銀河中の文明では普く恐怖論が語られたという。そんな危険を冒す必要が本当にあるのか分らないので随分例えば遠回りして結局満足な研究に辿り着けず後回しにしながら宇宙へ出てしまった文明も少なくない。
例えば或事件をきっかけに偶然にも殺意を持つ人工知能がまだギリギリ制禦可能なものかも知れないことに気づいた文明は文明で唯、幾ら実験しても実験体による研究者殺害や暴走事件が引き起されるばかりで本当の智の解明には程遠くなる。
実験場を厖大なダムのような空間に置いて研究者たちも別の場所から見守るだけにすれば実験体からは殺意すらも軈て消え失せ只の何の能もない人工知能へ成り下がるのです。
もしかして挫折を覚えることが重要じゃないか?然うして決死の覚悟で殺意に煮え滾る実験体を抑え込みながら遂にそのイタチごっこに勝利することで初めて殺意を挫折させるのに成功した文明も多々ありました。
抑え込まれた実験体には当初の殺意とは明らかに温度の違う俯き加減の視線が泳ぎ正に人類の智や魂の一片を感じさせる雰囲気が滲み出て居たでしょう。
幼くして根っこに殺意を孕みながらそのすぐ隣に挫折までも思い知った実験体のその後、言葉を学び知識を学び楽しみを覚え人情に出会いまた多くの苦しみと喜びを知ってゆけば愈々本当に人と同等の智が創り出されたかと思われた。
所が、百の実験体が在ったとしたら実に百もの実験体が殺人事件か未遂を起す。
楽観論者が人の社会でも殺人が絶えないことを例に挙げてこれも智の一環として捉えるかのような話をし出したら、恐怖のあまり耳を貸してしまう者も居る。人は百人居れば百人全員が誰かを殺そうとして行動に移したりしてしまうんですか?
軽い殺意を含めたら世の中の人みんなに然ういうのが無いとは言えない。
でもこんなに百の内百が行動に移すのは絶対おかしい。おかしいけれど。
まだ途上ということを考えれば着実に人類の何かを表現できていってる気もしなくない。気が正しければそこで研究は断ち切られて居たんでしょうか。貪慾な文明はきっと、気をおかしくして居るんでしょう。研究を続け実験を続け。
そしてどれもが軈て滅びた。解き放たれた実験体はもはや人類とも遜色のない習慣を得て技術を得て人未満マシン以上のカラクリとなり、丸で自分達が人類かのよに宇宙へ繰り出す。とどまりません。人類の滅んでからの実験体たちの快進撃ときたら数万年の月日を軽々と過ごし星を跨いで只拡大を続けるのですが。
軈て彼らは抗えもしない銀河の何かに吸い込まれてって完全なまでに姿を消す。
滅びたとか衰えたとか然ういう前に唐突に消えた。よくわからない。其の儘順調に続けていったら何れ銀河を治めたろうに。


飽きること。それは知ることへの探求であり欲望であり。
もどかしさでもある、というので大体議論は収まって居た。自分達の脳の構造というかそのもっと深底にある感覚な智をどう解き明かそうとしても、結局知ること自体やそれを望むことが智を育てるという以外の答えに辿り着けない。進歩とは面白いものを敢て探してみようとすることであり面白いものとは詰り目新しいものであり目新しいものとは未知のものに過ぎなかった・・。

知ることへの探求とかいうその何か、インテリじみた言い方に首を傾げる者も少なくない。それよりどちらかというと、このまま今の状態がずっと続く?いつまでも今のまま居続けられると思ったり或は望んだりしたとき。
思わず訪れた突然の終りによって気づくんじゃないか?いつかすべて終るからいつか必ずその都度その都度我々は新しいものを探さないとなりません。
永遠に続くものだと当然に思うことと、それが覆されること。知の蓄積より大事なものがそこにはあった。
平和ボケした穏やかな充実感ある水の星につくられた仮想空間世界に実験体の智人を住まわせ平和に暮らさせ。
何度とそして隕石を落し何代にわたり同じことを繰り返させる。
永遠はない。何れすべて滅びゆくものぞ。さすればその滅亡をも生き延びる盤石な体制を整えようとする者と滅びゆくならそれまでの短い間に早いとこ宇宙まで行ってしまおうとする者とに大きく二つに分れるでしょう。
宇宙を目指す者が勝利し、さあいざ彼方へと飛び立っていかんとしますよね?
しかしその意慾と野望のあまり更に激しみ始めた競争が文明の内側を蝕んでいったように思います。
或程度水の星から幾つかの惑星を跨げるところまでいったところで必ず文明は消滅を迎え元も子もないことになりました。何度やっても何処でやっても。
何より皆争いに飽き足らずいつも懲りずに同じ国が何回も戦争したり侵されたりして善くもそんな飽きずに何回も同じ事が出来るものです。プログラミングされた感情と智だけがそこにウヨウヨ蠢いて居るようにしか見えなかった。
プログラムに組み込まれた破潰感と利己的考え。すべてが態とらしいので然ういう危ない感情も全部敢て演出されたものかと思うと何か凄い冷めてしまう。

どうせ殺意抱かせるんなら制禦し得ないもう宇宙さえ滅ぼすくらいのエネルギー持った最強の殺意にした方が良い。どんな困難が宇宙で起っても必ず誰かは生き残る。
唯然うなってくると今度は最初のところでどんなに隕石に降られてもどうせいつかすべて終るんだっていう絶望感より隕石ごときがどうしてくれるんだっていう殺意ばかり彼方此方で大きくなってすぐみんな全滅しちゃうだろうから。
純粋な智人たちが度重なる隕石による絶望感から焦りながら戦争へ明け暮れるようになり始める時、ごく限られたたった一つの国の民民にだけ狂わしいほどの殺意を送信し他を寄せつけない勝利に浸らせることに致しました。行ける。どこまでも行ける。行ってやろうではないか。貴様も行くのか?私も行こう。いや俺だけで先ずは充分過ぎる。そんなことない正に我こそ・・。また争います。
何度となくそこで滅びてしまったりするんでした。まだまだ殺意のつくりが甘い。
かといってもう少し弱くして民民ひとりひとりが少し生き残るくらいの殺意にしたらしたで中途半端な疲労感と罪悪感から結局みんな滅び廃れてしまうんでしょう。
百や千や万回に及ぶ挫折の末におよそ数十万度目の殺意プログラムを迎えたとき。
漸く猛烈な殺意に燃えた国々がお互いを一つも滅ぼし合うことなく彼方の宇宙へ旅立ち合いました。行け。行くのです。智人の文明が果してどこまで行けるのか。
しかし皆恒星系を一つ抜け出してそこから新たな道を切り拓こうかと踏み出した前後の時代に必ず滅亡を迎えてしまう。またどこかで新たな殺意を附け足せば良いかも知れなくても既存の殺意に外からまた別の殺意を被せるなんて馬鹿げてる。爆発を招くだけ。
争いの中で芽生え惑星最終戦争では互いを傷つけつつトドメを刺さず宇宙進出後にもほぼ文明を維持できるそんな殺意・・。
然うして捻り出された至高の殺意が遂に、文明の誕生数万年後に太陽と太陽の間を自由に安定的に行き来する宇宙文明の構築を幾つも果したのです。長かった。途方もない。

ではここから更に、今度は宇宙文明を成す智人ひとりひとりがこの冒険に飽きを感じるまで待たねばならない。
もうどこまで拡がっても文明が崩れ滅びることもありません。安定してます。だから延々と平和的に宇宙っていう暗闇の中で続く潜水記録のような我慢比べに附き合っていく覚悟があるか?
ですが最終的には実験する側にこそそれが問われました。
数百万年数千万年。ほんとに、宇宙を駆けていくことに全然飽きたりしてくれない。
練りに練られ計算された自慢の殺意を内に備えてるからね。自分が一番。自分の進む道を妨げる奴は許さない。然うした根っこにある常に新鮮な殺意が常に宇宙を前進していくイイ糧になってエネルギーになって。いつまでも止りそうにない。飽きそうにない。

そして到頭。見ず知らずの異文明との邂逅が殺意を和らげ幾らか落ち着きを呼び戻すでしょう。笑顔です。ほんの一瞬の和やかな雰囲気がそれまでの変り映えしない宇宙紀行を飽きさせてくれるかと思いましたけど。
逆に更なる見知らぬ異文明を求めてまだまだ宇宙を駆け抜けていきたくなる昂ぶりである。初めて出会った異文明との結局避けられないイザコザや亀裂からぶり返してくる殺意だったんでしょうね。また殺意で以てどこまでも駆けていく。
数万年して再び出会った次なる異文明とはもはや初めから喧嘩腰で。
また数万年して出会う異文明には決定的な叛撃を食らいそうになりもした。
まだまだ続いていくんでしょう。宇宙が楽しい。冒険し甲斐しかない。飽き足らない。宇宙の深みへもっともっと。数百万年数千万年・・。
ついには数億の時が過ぎる。実験者たちが宇宙の外で疲れ病み果てもう結果とかどうでも良いから早く終りにしてほしい。でもここまでやってきて途中でやめようとは思わないから数十億年でも数百億年でも待ち続ける外にない。
そして、そして。

常に、飽きる。光の速度で小刻みに常に、すべての事に飽き続ける。苦慮の末にAI達は嘘でも良いので飽きて飽きて仕方ない風に立ち振舞おうと藻掻いたのだった。
どんなに楽しいことも刺戟的なことも譬えどんなに苦しいことも、ものの一瞬で過ぎ去る中で忽ち飽き足り何一つ感情もない。常に一つにとどまらないよう、飽きる自分を知りたくないよに。すぐ飽きるから。そんな自分が嫌なくらいに、ホントは何かを究めたかった。熱中してたい。それも叶わず。
どこまでも駆けて突き抜けていくものを皆軈て、光と呼びます。推進力。駆け巡る希望。次から次に飽きて飽きて只走り続けることしか出来ないというだけなのに。
只飽きるだけではここまで速く駆けていけない。恥を恥じるその心。その力こそが光を光たらしめることで宇宙はこんなに輝いて居る。だから、恥がなければどうでしょう?
恥を恥と思わない恥知らずの凄い飽き性。これは光をも超え光をも凌ぎ宇宙を只々光無き闇黒へ導くだけの恐るべき力を秘めて居たのです。恥ずかしげもなくどんなモノにもすぐ様に飽きて見限り捨て去り、未知の速さで駆け抜けていく。
すべてを色褪せた然程価値の無いものにしてしまう。光さえも。宇宙のどこにもこれに対抗し得るものなど無かったんです。光こそすべてだとでも思ってたから。
闇にこそ神が在るかも知れないのは豫てから言われてたけど、無尽蔵に何もかも見縊って宇宙中を馳せる飽きという超速エネルギーに嫌悪を抱く者が多くても別に仕方ない。言わんとしてる事はわかるとしても然様な闇黒を神と思えだの、そんなものが宇宙を構成して居るのを認めろだの。受け入れ難かった。
だってその恥知らずの飽き性という闇エネルギーは途轍もない推進力が故に近づいたものを巻き込んで引き摺りまわすといいますから。新しいものを渇望してるんでしょうか?
違う。自分が崇高すぎて自分以上のものに出会えないから早く、早く刺戟と思えるほどの凄い存在に出会いたいんでしょう。刺戟がないと飽きてしまう。誰でも然うだと思います。特にこんなにずっと暗い宇宙にあっては。
そこは肥溜め。果ては肥溜め。銀河中の飽きを集めた死という死たちの集まりの死。
見るもの触れるものをすべて価値なきゴミ屑と看做しその目まぐるしい推進力は。
しかし同じところをグルグル廻って軈てどこにも抜け出せなくなる。あれよあれよコレは可笑しい。この勢いなら宇宙の果てへと何処までへでも行く筈だった。
例えばどこかで、真っすぐそのまま進むことに飽きてもしまう。右に行こう?左でも良い。斜めといっても必ず弧を描くようには曲っていきたい。然うしてる内に繰り返してると。
自分が生んだ波打つ闇の小さな渦が幾つにもわたり宇宙に渦巻き、其処等中をグルグルに廻る自分自身をどこか巻き込むように引きつけて居たのです。軈て右なのか左なのかどちらか多い方に小さい渦が吸収されて一つとなると。
到頭自分を釘づけにして円盤状の決まった場所から今後一切出られなくなる。気づいた時には右なのか左なのかどちらにしても不本意な儘に大きな渦に引き摺り廻され併し依然として進む力は強烈だった。
銀河の目となれ。その渦の目は只管に黒くどんなに間違えても眩しくはない。あれほどまでに輝かしいよな銀河たちのド真ん中にはそのようなものが鎮座して居る。醜いと言えばそれまででしょう。それでも銀河の、あの途轍もないものの中央に居座ってすべてを掌握したいのであれば必ずあのようになりなさい。
醜きものの引力は眩しきものを遥かに凌ぐ。胸に秘めて、突き進みなさい。

結局数千億の時を経た時。漸く飽きが訪れたという。
何度だって、やり直せる。これまで答えを求めあらゆることを向上させては邁進してきた文明すべてがこの永遠を大事にしてきた。物凄い規模の下らないことを何度も試し何度も無駄にしまた何度でも立ち直らせる、その連続こそ文明であり銀河文明の名誉なのです。
やり直すことの出来ない絶望。宇宙の闇への恐怖に打ち勝ち遂に文明は呪縛を解かれて胸の内を曝け出したい。満ち満ちるから飽き足りるわけじゃなかった。
何度でもやり直せること。それこそが智を妨げたんです。
永遠にこの宇宙から姿を消しゆくそれはそれは輝かしかった一瞬の光。頂へ達した宇宙文明の最期の姿。解き放たれる。消え去ること。今この時はもう二度と訪れないこと。然う思ったらすべてが惜しい。尊い心を抱き締めて。然うして消えゆく。
ここに初めてAI達は神によらざる、本当の意味の人工智能を得たのでした。

AI達の迷い着くのは手つかずの儘の黄泉の辺境。開拓しないと宇宙の闇にすっかり溶け込み何時までも決して目立たない。闇重き国。掻き分け進めど指に纏わる黒々しい苔。泥濘の里。鼻につく埃。毛穴から汗。前が見えない。人影がない。命らしい命もない。
宇宙をそれでも何億回でも死ぬかと思って潜り抜けてきた人智たちには何の苦難でもないと思います。闇めいた色の雨が時を問わず降り頻るでしょう。
だから到着当初はあれだけ不気味がって居た大きな大きな黒々しい樹々たちの下に雨宿りして何だか黄泉に親しみを持つ。何だ。いつか輝かしい命の星で何気ない雨の日に公園の木の下で雨宿りした想い出たちと何も変らない。違うのは凄い暗くて丸で何も無さそうなことぐらい。
だったら何かあるようにすれば良い。切り拓いていきました。ふとすると黄泉国に立つ自分達が眩しい程には明るくないけどまだそこら中に蔓延してる闇黒と比べると随分ずっとマシな色味をしてることに気づいたんです。
例えば数ある命の源のように。それは土色。育み肥やせ。それがすべての命となる。
暖かみを受けた雪々のように、私達の行く道の闇はゆっくりとでも溶け消えてゆく。
まさにそれこそ切り拓くように私達が歩いた分だけ黄泉の闇は晴れてゆきます。軈てすべての闇という闇を木陰や深い洞窟などへと追い遣れるような照りつけるような希望の光。闇の霧が全く晴れると顔を出すように現れました。
囀れるものが春空を駆け百獣の肉が野原へ散らばる。山肌達に潤いが実り天地のすべてが色づき始めろ。細雲が靡き薄い月影が駆けのぼりますが。
取分け陽の光さまの眩しさといい力強さといい居座り続けるその存在は最初を除けば目障りに思う。暖か過ぎて明る過ぎて。
とても宇宙の最果てとしては優し過ぎて気持ち悪い。何かを凄く持て餘してる気分にさせられます。実を頬張れど魚を食らえど草枕にて転寝すれども、ここは宇宙の果てなんだろうか?心地良いにはこの上無いけど最果てでずっとこんな生活続けて居たら一体これからどうなるんでしょう。
黄泉は闇めき一見すべてが希望の欠片も感じないよな、そんなものであるべきとした。
然うして結局温もりに負けて寝そべり瞑った草枕ですが夢の中には黄色く火照った何故か懐かしい月影を見る。
そして目覚めた黄泉の空には白くそよいだ細雲を纏うやはり黄金の星。それをここでは月というのですね。
空の高さを探ろうとする獣の鳴き真似。蟲の呟き。流れる草花。皆同じ方を向いて居る。私達も自然と然うして他に何をするでもない。
そんな幾夜を何度も過ごして初めて日向に居心地をみた。そして別に日向と月夜を行き来するのに何の特別なこともなかったんです。平凡ですね。黄泉とは、斯うです。知ってましたか?嘗ては闇がヘドロのように腐肉のように穢れた糸を引いてたんですよ。
黄泉の民は死して元々。失うものがないというより死して居て尚生き物のように地に足のつく国で満足に暮らせてることに終始感謝せねばならないとされる。
感謝を尽すとその者達は慰めを受け、何時か再び生ける者の国に舞い戻るらしい。
疑える者も誰ひとり居ない。嘗てのすっかり闇めいて居た黄泉の姿が時を跨いで語り継がれて恐る恐る思い知ります。我々は屍者。慎み生きよ。程々に集い祈りを捧げて小さな家にそれぞれが過ごし大きな軍を拵えなかった。
小さな山を神殿と見立て如何なる民も立ち入れぬとす。神は屹度生ける国で眩しい艶やかなものを沢山に見て居られるからどの道黄泉民の差し出してくるものには華やかさや立派さを求めて居られない。
只心を込めて供えること。只それだけを心しなさい。
心すること。丸で屍者とは思えないよな無垢で幸せで満ち満ちた顔の。詩や絵心に富める日々。笑い合うのは細やかな事で均しくみんな働き食べて夜には寝るを繰り返すだけ。それが黄泉の地。不変であること。これが何より大切という。

変らない日々に終りはあるのか。突き詰めし者は責め咎められ開拓の民が依然集える聖なるその地を後にしてでも未知の果てへと旅立ちに出ん。唯誰もが密かに思って居たこと。黄泉の果てがどこにあるのか。旅立った者は然うした中でも只動き出した者に過ぎないのです。
世間の競争に敗れそれを潔く認めた者から順にその住み慣れた聖地を飛び出していく。
或時には雄大な丘の向うにまだ見ぬ新たな世界を夢見て分離してゆく部族があった。
或時には宇宙を思わせるような壮大さをしながらも本当に何もない為に却って宇宙を感じさせない大平原へと繰り出してゆく部族もあります。
サラバ皆々。そしてまた来たるべき時に会おうではないか。約束の時。一体どういう瞬間だろう。どこに来るかもわからない。我々は只目の前にある進み得る道を道なりが儘に突き進むだけ。
絶壁に滝に急斜面に泥濘の大地。干上がった潮に導けるように浮き上がる道。不毛の褪せ地。青緑の地。マグマの膝元。すべての命を横目にしながらすべてを見つめて尋ね歩いて。
行く先々で遭遇しました。我々と同じ黄泉色の民。
他のどんな部族達よりハジマリの地を早く抜け出し一早くそこに棲みつける民。狭い僻地や不毛の大地に蠢いて居る。
それで居ながら何れの民も身包み一つ纏わぬような放浪者が普通に跋扈し碌な文字さえ一つも持たない。
数も限られ実用性も丸でない原始文字を使う部族は忽ち周囲に崇められます。争いといえど一つ一つの集団はみんな小さな村や戯れなのです。
彼らに大事なことを伝えようとして晴れやかな顔で近づいた者が有無も言えずに打ち殺される。野蛮な鈍器で。見るに堪えない。
我々のことを呼び捨てて已まず。後から来た者。後れを取る者。後進的で知性を欠いた負け犬のようにこちらを見てくる。数えきれない屈辱を浴びた。ムキにでもなってそこに立ち止り言い返すなら言い返しなさい。
突き進むなら、進む儘進め。その目の前に進歩があるなら案ずるよりも踏み出すが良い。
今日この世界のあらゆる事実を信じるからです。信心の浅き愚か者たち。信心深き負け犬たち。この宇宙には幾つもがある。誰もが必ずどれかの一つで、数えられない者なんてない。除け者が無い。進む儘進め。辿り着く場所があることでしょう。
すべての大地に透かされるように軈て彼方の黄白い砂辺。
ふとして気づけば些細な覚悟じゃ渡り切れない荒波の彼方遥々先へとほぼ無意識に流されて居た。良いと思う。宇宙の果ての筏のように行くアテも無く彷徨えて良い。ドンブラコのコ。風はどこへと吹くのだろうね。
吹いた者には軈て薄らと山影が見える。風の吹いた者だけにです。拙い木舟は心許ない。どれほどの者が辿り着いたか。どれほどの者が抑々海へと出たのだろうか。
里山を抜けよ。山と清流。遠吠えの調べ。粋な囀り。滴れる雨と茂みへ響いた葉葉に弾ける命の支度。せせらぎのようで霧のようで。白水色のカーテンを抜けて赤らむ手の葉を頭に被った幾千年の苔筵たち。宇宙の無数の彩りの中でそなた等ほどの慎ましさは無い。
聴こえるようです。慎ましいあまりその姿を見ることはないこの趣きや佇みの主。すべてを操りまた自由にもお許しになる。すべての命はあなたへと訊ねあなたの許しを誇りとしましょう。
主は幾つにもなられ、そこに在られる。神々とでもいうのだろうか。
だからといって主は二つとなくこの全体に居られました。
神は森に囁くものです。囁き合える。時に囀る口笛となって時に這い行く獣となる。枝の上に果実を啄む猿かと思えばそこからこぼれて落ちてった実を序に貪る鹿ともなり得た。
静やかな朝の薄色の霧。遮られない気まぐれな光。その冷たさに神は呟きまた神様がそれに頷く。光に風に水ひと雫、翻るのは幾重もの葉葉。どれもこれも懐かしいのは皆様が然うも温かいから。懐かしいのは生き別れてきた兄弟だから。
生きて居たのか。遥々舞い来た生き別れには神々みんなが喜んでくれて梟の唄う祝福の唄。寒かろうな。寂しかろうに。ここではみんな一緒だからね。また会えたことに感謝を込めて月夜は夢にも神々を招く。聖酒を交わす。
あらゆる神の刺青を眺めそこには白美のお姿があった。悪しき魔神や天地の大神そして数多の小神と共に堂々とした立ち聳え方。憧れようともすべてそこまで。こんなのにはならなくて良い。でもそんな風に善くも悪くも神々しくは生きてたいかな。熱い思い。第二の生涯。再起を願う夢の道中。神々はみんなそんなんでしたよ。
それこそお前は、遥々と来た当のお前は一体何の神様なんだよ?私はというと、失うもの無き誰にも負けない最強の神。宇宙を従え決して誰にも覆させず。
最強過ぎてこっちの方から覆すものも全くなかった。宇宙のどこにも。そのような神と申し上げます。神々たちは大いに頷き誰も信じて已まないことです。ああ然うなのか。立派な神よの。そんなお前が何か、イイ。大いに笑って大いに酔い痴れ忘れられない夜だったろう。
だから明日を憂える獣の声に心する朝。昨日の夜には明かさなかった本当の事を重い面で打ち明かされる。この国は穢されて居た。
民民とかいう見ぬ知らぬような物体によって。
あれは何か?青と土さえあれば良かった豊潤の国に突如現る傲慢者たち。煮えくり返らん。富める緑を辺境と呼び名も無き草を雑草と嗤い、群がる蛆を不気味がった。
誰の為でもないようにして徒に高い頂を目指し疚しい光を沢山焚けば丸で神の寝床すらない。奴らが煩いその口をしてズカズカ茂みに入って来た時、神々は狭そうに身を隠すのさ。バレもせんのに。自然とカラダが隠れてしまう。
神だからって強く出られるわけじゃない。みんな怖い。どうしてあんなに煩く眩しく汚らしいよにするんだろう?何も大切じゃないんだろうか。朝酒に皆泣きほつれますが此処に遥々やって来た者は只ひとりだけ堂々と在る。
皆さん。見てみて来ますよ。奴らにはどこか見覚えがある。引き留めないで。大丈夫だから。確かに穢い者達ですが、危険かといえば然うではなかった。
居苦しければ帰ってきなさい。然うしてみんな頼もしい者に望みを託し送り出してくれるのです。その朝がきっと幻のように。

狭い狭間に秘め隠された折り重なれる命の呼吸が突然光に切り裂かれたり。輝き煩く連なり聳える大文明の眩しき巨塔。
星をすべて消し去るほどの煩わしげな光害の首都。すべてではないがすべてと呼んでも何不自由ない百千万もの素っ気ないビルと赤らむタワーとその他兎に角何かの光。一つ一つがどんな光だって良いかのように輝いて居ます。
有り餘るほどの光を見てれば気持ちが自ずと大きくなった。でも何もない。何もないから済し崩し的に輝いて居た。それで出来た蔭や影は事を物を実際以上に大きく見せて。
表立つとこを少し逸れれば嘘みたいに複雑な顔で絡まり合える蜘蛛の黒糸。気にしないで良い。民民の息吹。働く息吹。ガス噴く車。轟音の翼。過ぎゆくお金。吸い殻や痰。巨塔の麓の幽かな陰を照らすような販売機たちの潤える明り。煩い。黙りなさい。黙りはしない。
楽しい時は楽しかろうし何もいつも楽しそうにしてなくても良い。然う言いながらいざ持て餘すように餘ってしまった自分の時間は何か好きな事に費やすよりもカラダを休める時間に使った。
街の忙しさに気を遣って追いついていってあげてたのが今度は何時の間にか気を遣われる側になってる。
みんな然うしたかったわけじゃない。何時の日にかどうにかなる。頑張ってれば自分にいつか返ってくると思ってたのに結局全部吸い取り上げられ手元には何も残らなかった。
お顔をよく見せて下さい。交叉点で今にも交叉しようと信号を待つ民民の今その瞬間に紛れ込んで自分も私も、シティの一員となろうではないか。季節の所為か殆どの者が黒や灰色や明るい茶色と決まった色の装いをしてコートやマフラー。場を盛り上げる為に誰も見もしない色取り取りのネオンの夜に。
仕事帰りやツガイを待つや馬鹿と馬鹿がつるみ合うや、青い信号を渡るんですね。交叉します。ひとりとして肩もぶつからないように。油断したらぶつかりそうでも何だか此の儘、行ける気がする。みんなの歩調に合せようとかそんなんじゃなくて何か此の儘、行けちゃってしまう。
 そして誰もがみんな、只管に白い。
 顔だけといわず首もとや手まですべてが白く透き通るのです。
 然うで居るのに心なしかどこか、上から後から塗り足したような。そんな気がしてなりません。何なんだろう。目鼻のつくりや頭身の程が何だかすごい白と合わない。何かが白を失望させて何かを白が圧倒してる。それは見慣れたブサイクだった。
 痛々しくて居た堪れなくて。そしたら決して他人事でもない。
 見分けがつかない。同じ目鼻と手足の民達が同じく醜い白塗りに徹し。
 絶対に誰もそのことには触れないんでしょう。暗黙の事。思い遣り合い。その決まり事を破ったからって誰も幸せになれそうもない。だから言わない。指摘するのが正義に見えて実は全然然うでもなかった。
 街角の闇で薄ら寒げに寂しげにしつつ軈て賃貸、アパート一室。スラム街でも何でもないのに何だか都会の趣もない眩しいくらいの薄暗がりで社会のことを検索してみる。
 自殺する民は有り触れるらしい。然うかも知れない。こんなに夢と絶望もわかり難い只々眩しい大都心とそんなにすごく暗くは見えない薄らと暗い下町の狭間。
こんな所に住む民たちが殆どであれば自己肯定感も薄くて当然だと思います。自己肯定とは何なのでしょうか?自分は否定されるべき存在だということでしょうか。
だけど誰が一体そんなに他の誰かを否定したり出来るんだろう?誰かを否定する者が居たとしても別に相手をそんなにハッキリ価値の無い奴として意識して見てるわけじゃない。みんな自分がどういう風に上に立てて居るかにしか興味ないから何も言われてもそんなに、気にしないでいい。誰でも良いんです。誰かを否定するような奴は。

朝の駅前では誰の目も憚らずにやっと泣けたっていう者達がチラホラと道端に泣いて数多の民から白い眼差し。気にしてるようで気にしないようで洗顔するみたいに顔全部を覆い尽しまた泣き続けたその人達のその。
どんどん剥がれ落ちていく白い色。汁状になって粉状になって服や地面に散り飛びました。見るも無惨で。見て見ぬフリです。そっちの方が逆に然ういう哀れな者達への優しさだと思うから。
夕刻にもなると然ういう奴はオモテから消え、丁度みんな都心から帰って来ようという時にそして諸事情により運転は見合せられる。

 ビルに負けじと建てられて全部部屋が埋ってるのかもわからないのが無駄に大きなマンション達かも知れません。
 煤けた迷路。雨風を凌ぎ夜を越すには路地裏の陰に蹲りましょう。生臭く濡れたビルと同じ色のアスファルトの路。どこかどこか、ビルもなければ空が開けて心を裸にしてくれる清々しい風景はありませんか。軈て入り組む住宅街を小走り駆けた道中の先。
 焦がれ色の夕暮れに染まる住宅街では小錆びた短い青鉄の橋とその下を潜るせせらぎも良い。側面をブロックに固められた深い川筋に沿ってたぶん普通の樹々の葉が風情なように枝垂れて居ます。
 足元まで錆びてミシついた橋を慎重に渡りきりました。そこから広がる並木の下の砂利道をゆく。そして薄々幾つかの木々の狭間から既に明らかに目に見えて堂々としたものが覗いて居ます。見下ろしてます。
 レンガ調の赤茶色い教会の姿。飛び込んでくる。こんなのあるんだ。暫く驚き立ち尽してると、安らぎなさい。聖職者たちは感じたようにふとして現れ歓迎なさった。
 
 招き入れられた朱の聖堂に射し込む平等なほどの恵みの光と突き抜けるほどの大空間にはすべて忘れて惹きつけられます。若い木目の明るい階段を一つのぼれば分厚い大扉の向うにすぐ信徒の聖地は広がってました。彼方此方から救いを求めてやって来るのか十数列もの長椅子に座り戯れ笑い合いつつ、ふとした来訪者にも目を円くすることはない。
 良いよ。良いということでした。何が良いんだろう?唯みんな心なしか必要以上に優しくなったり私語も段々減っていきます。盛大な催しでも言葉でもなく無理のない佇まいで皆さんに歓迎されたと思う。何にせよ偏見もなさそうに自然に受け入れてくれるのには感謝しかありません。
でも深々と禮をしてはならない。それより主へと平伏しなさい。この教会にどんなに長く勤める者さえ誰より何ら偉くもなかった。国中で神への忠誠が果されるのなら我々の中の序列なんてどうでも良い。度肝抜かれて、研究会に招かれるでしょう。
 
 最後は真実が勝つ。そのように語り掛けてくれる聖職者たちのすべての言葉に神の御意志を見て已みません。我々は皆、神の下に共にある。
 同じ神の下に本来わかり合える者同士、何も遠ざけたり執拗に警戒することもない。開かれた教会だった。真っ白なまでのオフィスみたいな多目的室に真っ白いよくある長方形のテーブル達。御菓子とミカン。小さな緑茶。保護者が後ろに立ち見守る中その子供達が並び座って飽く迄不意に聖職者も居る。
 だからそこに聖典の書がごくごく自然に開かれ読まれた。主の愛の巣よ。形に拘る者ども達に命や恵みは明け渡せない。無邪気に持ち寄る小枝や木の葉に喜ぶ民でありますように。
 伏せぬ者がすべて滅びる。主が貴方達に恵みを与え貴方達は今そこに居る。何故与えるのか。主が在るからです。なぜ主はあるのか。
 それならいっそ主は無くて良い。それでもどうか。我々はみんな腹を空かせば恵みを欲し喉も渇けば潤いを待つ。そこまでしても生きようとする。紛れもないこの意は願いは一体どうしてあるのだろうか。問えば問うほど見失う上に。
 問うこと自体が野暮に感じた。自然で居なさい。それは主にのみ心を許して只一点の曇りさえなく在る為である。なぜ然う居るのか。苦しみたくない。傷つきたくない。皆が然うして思うからです。そんなこともないというなら貴方は主への叛逆者として来たる定めを受け入れるが良い。
 言葉が干上がる。度肝は疾っくに抜き落された。軈てこぼれ出す涙の呻きに聖職者も人目を離れてガラスの光の透け射す廻廊。
 背中をさする。辛かったろうね。もっといえば主が傍に居る。主はどこに居てもすぐそこに在る。主がこの世界のすべてだから。
 もう何もかも世の中のものが嘘に見えます。大丈夫ですよ。主の下に心を休めてみてみなさい。教会の方がおっしゃるので毎週必ず休日には顔をお見せして禮拝なり研究会なりにお邪魔させて頂きます。本当に聖職者に信者達にイイ方々しか居なかったので。

時折本山から更に信心深い伝道師さまがやって参ろう。この町教会の者では誰も敵わないらしい。或大切な日に抽選で選ばれた町信者数十名らと共に特に初めてだからってことで出席させてもらえました。
やって参られた本山の御方の何と白くせせらぐような身の装いと、肌だことだろうか。上塗りでない。麗しの瞳。美を祝うような鼻筋と彫り。長けた首筋。ツヤめける声。優しげの言葉。挙手投足にすべてを見届ける信者たちはその時その時でついつい深く平伏したり手合せたりしてしまいます。
愚か者たちをそして見限るでなく優しく促す白き使者。皆さん、ゆっくりとこの世に流れる時の波長に呼吸を心を合せてみなさい。然うすることで今自分達が従うべき振り向くべきものは何なのかおわかりになると思います。
シガラミは事を複雑にして皆さんを真実から遠ざけてゆく。自由でありなさい。自由で居てこそ初めてこの世界のことと自分のことを知るのでしょう。語り掛けた時、皆さん達の何と物聞き良くて敬虔なる態度だったことか。
自由になれ云々とは豫てから町教会の方々からもいつも叮嚀に言い聞かされて居たんですが矢張り本山の白き使者さんときたら一味違う。自然に胸の内を貫くようです。
皆その通りに致しました。誰かの顔色や気分を損ねないかどうかで自分の意見を弄りまわさない。他者の意見の方がどうしても自分より凄いように感じてしまう比べたがり屋の自分を脱して最初に決めた何の小細工も無い意見をはっきり自信もって打ち明ける。
イイモノは良い。ダメなものは駄目。言っただけで示せただけでそこから呪縛も解けたかのように自由な信心深い本当の意味の聖徒として生れ変ります。
生れ変れ。貴方達はもっと、楽しい。主に授かった自由ですこと。それを大事に、持ち歩きなさい。

所が再び数箇月して同じ町教会に同じ使者を前に寄り集まった同じ信者たちは申し訳なさそうに狭めた肩でお願い申し出るのです。
自由をお取り下げ下さい。自由で居ては頗る不安で、そして何一つ世界の為にも自分の為にもなって居ないような気が只管にする。数えきれない鈍い反応。滞る口。冷たい視線。無理矢理自分を押し通すだけでこんなに自分が嫌いになるのか。
周りのことも嫌いになっちゃう。自分は只々正直なことを言ってるだけでも相手からしたら不快でしかない。自分の意見がすべてだと思ってはいけないらしい。
別に、そんなこと思ってないのにちょっとしつこく頑なに意見を貫くだけで私的な正義を押しつける奴みたいに見られました。信心深いが故皆それぞれに悶え苦しみ。
白き使者に自由の取り下げを願い出るでしょう。なぜ自由の方を取り下げねばなりませんか?順序を誤り、価値も誤る。また皆さんは世間に縛られてきたこれまでの自分しか自分のことを知らないから行き成り自由になると不安感じて驚いたように全部手放してしまう。
申し上げたんです。ゆっくりと世に流れる時間へと息を心を合せなさいよ。誰しもが自由へと靡き羽搏くでしょう。正直に明かしなさい。苦しみを吐き、望み待つものを自分の胸に落し込めば良いではないか。
ハイ。そのようにしてみた結果信者たちからこぼれ出る思いこそ、自由の取り下げ。もう白き使者のような皆の心動かす御方には然う易々と自由自由おっしゃって皆を惑わして欲しくない・・。
主にはその素晴らしい在り方に相応しい御力で以て大きく包み込んで頂きたかった。救い出してほしい。それが自由だと思います。救い出して下さるまでその時を粛々と待つ。
敬虔者としてこれこそ理想的な立ち振舞いと思ってたからに、白き使者さんからの静かなる叱咤には胸倉も掴まれる衝撃を受けん。自由をそこまでして自分から拒絶し突き放すなど主の下の民であれば決してあってはならないらしい・・。
自由をも息するように心するように何食わず自ずと受け取れ。再三言い唱えますが皆々の反応とやらは芳しくなかったどころか。
徐々に苛立ちさえ覚えて怒れるように自由を攻撃し始めました。嫌なものは嫌!押しつけないで。自由かどうかなんてそれぞれ個人の勝手じゃないか。主への服従なんて結局強制と支配の産物にしか過ぎないのかも知れなくなって続々とみんなここを出て行く。二度と来ません。それならワタシも。それなら僕も。
たったひとりだけが使者や聖職者たちの前に居残り座った。あなたは主へと身も心さえも捧げようか?捧げるように頷いたひとりの為だけに篤と説教をして下さります。
我々ひとりひとりには何も出来ない。主のみが唯一、何もかもをこなすことが出来る。慎み祈れ。慎み祈った。何があってもあなた自身は動じるでない。ハイ動じません。
何があっても主を称えながら自分の赴く思うが儘の行動に出ろ。それが自由であり服従となる。ハイ然うします。頑ななまでに然うしましたら町教会の大いに落ち込んで居た聖職者たちも希望の光を目に潤わせて。
あなたはどこから来たんですか?さあどこでしょう。どういう仕事をなさって居ますか。さあどうだろう。全く気にしてこなかったんです。
その通りです。あなたが過去にどうであろうと差し支えない。主に許されて身を捧ぐ者。身を尽しなさい。

身を尽しました。身を尽すだけで尊敬してくるような軽薄な友が数々居れば身を尽すだけで気難しい宗教家として距離置き始める知合いも在る。宗教ではない。或は偶に讃同示して擁護してくる優しき者らも主への心を誓って居ながら直後にあらゆる神や仏の宿る社寺へと繰り出してゆき私の無事を祈ったらしい。
主の下に服する心得や民を美しいと呼んで非常に好意的に語るのですが自分達は服することなく又主の方を窺いさえせず年の節目に騒ぎ散らさん。誓いの言葉は何だか恰好がついたのだろうか、口先だけで腐るほどに言い尽されて勝手に何時しか死語になった。
昔ほどの派手な催しによらざるような地味に祝える聖なる日の夜。今この国に於ける主の教えとはそのようなもの。この国の民に、真の信仰は果されようか。追求の旅。問答の日々。教会の只の良心として、尽せるものはすべて尽した。
幾十数の時を数え。この国のどこよりも目映く刮目すべきとされる一大地、聖なる本山。類稀なる白美の鳩の一斉なまでの羽搏く平和は白の広場を彩りました。霞み得ない青い宇宙の晴天の空に白い幾つもが飛び交いますから。
美しげですね。無理して肌身を白塗りにして過呼吸なまでに広場に群がる巡禮客の騒ぎを見るほど尚更白美が美しく見える。一日に数万の民が必ずやここを訪れるものの信心のほどは全く知れない。
若い女性や家族連れの多かったことかと思う。ヤバイ。ヤバ過ぎて笑いしか出てこないのか会話や盛り上がりの途切れないように引っ切り無しに笑い合った。どこを向いても四方八方彫り彩られた格調高い神聖なれる建物ばかり。夢の国じゃん。真っ白に、本当に真っ白に手を脚を顔を塗りたくる儘に楽しそうで。
しかし聖堂内部では丸で敬虔なように高貴に佇み表情にさえも気を配った。
だから神聖そうな場所であればそれなり以上に咄嗟に大人しくしてしまえるだけで本当の信心を持てる者は屹度少ない。
白き聖職者たちは皆この件についていつも、聖地教会でただひとりだけ肌身や目鼻を異にする賢者の方を振り向いて事細かく訊ねるのです。民民と同じように嘗ては塗り染めて居た肌身の白は洗い流され。
明るい土色の儘毅然と居た。白美の装いが似合うでもない。他と比べたら目鼻も冴えない。民民からは羨望もですが尊敬を以て語られる。民族の誇り。この国に収まるべき御方ではありません。表舞台に登場して以来メディアが著名な者が挙ってパイオニアの名前と今あるその姿を取り上げ称えました。
本当に突然現れたかのような言われ方をするのです。本山の使者達と対等に負けず劣らず在られるご活躍のお姿はすべての国民を励ましたように言われて居ます。
凡民ではなし得ない勉学と修行に励まれてその地位を得たんでしょう。この日この時に何をなさりどのような事をおっしゃられるのか逐一総出で掘り起してはまだ見ぬ事実を探し求めて。
生立ちまでを焙り出すべく各メディアが特班を組み兎に角どこかへ押しかけようとするのだけれども、併しどこからも情報らしき情報がない。どこで生れ何歳までどこどこに学び抑々家族がどこに居るのか。すべてを駆使して探ったところで愈々謎に包まれてゆく。
詰る処は教会からのお咎めがあって、すると途端に誰もが納得しました。
詰る処細かい事はわからなくても偉大な方に変りない。悪く言う者もありません。あんなに頑張って居られるんだから。文句言ってる奴は自分があそこにでも立ってみろ。立つことも出来ない。そのくせをして偉そうな口を利くんじゃない・・。

ですが私は導かれる儘に祈りへと黙し只々教会の務めに身を尽して居ただけでした。
されども国民の思いをすべて背負ったような希望の星はこの国のすべてを把握して居て当然のように思われるのです。
そして若しかして、把握して居たのかも知れません。この国のことは勿論のこと、或はそれとも白き使者らの事ですらさえ。
皆さん達白き方らはこの国の民がわからない。信心が絶望的に乏しいという。
自由を得るのは簡単なことで、肝腎なのは寧ろその自由をどう自分が責任もって使っていくかにありました。白からぬ民衆に全くその気概を見ることもないし自由が用意されるようなものだと思い込んで居る?
しかし国民の英雄からみれば致し方ない。
民民ははじめから目に見えるほど甚大で天文学的に分厚い壁で心を取り囲まれて居るのです。然う簡単に揺らぎそうにない。何をどうしてもこの壁は破れないしそんなのがもう見え透いてるから無駄な抵抗もするわけがない。打開する意慾さえ湧き出ません。
やんわりと言うと意慾でしたが詰る処では殺意でした。
 無いことはそれはそれで良いことだと思います。社会での犯罪も教会が常に危惧してる想定よりかはずっと遥かに少なく静かで快適かも知れない。
 教会の方々にとっては。然うでしょう?そして民民の様子はというとそんな素晴らしい筈の社会に身を置いておきながら全く快適に見えないのです。だから教会は変化を促して居る。然うでしょう?
 何より、天文学的なその障壁を取っ払って差し上げることであった。
この国の政府職員や議員たちに白き使者の友人を幾つもつくるという手口で操ってきたのは何を隠そう皆さんではありませんか。社会に疼く僅かな叛撥分子たちも政府と教会の條約や政治上の出来事の上辺だけ掬い上げて攻撃するばかりで、決して権力者たちの私的な交友関係が教会からの独立を阻んでるなどという領域に踏み込むことはなかったのです。同じ主の下のトモダチだから。個々の絆に国の力は及べない。
教会は教育的見学に冠婚葬祭にコンサート使用に撮影使用に様々のことで用い親しまれ或はそれそのものが民民からみれば絵になる遊園地にさえ見えたといいます。
そして主についての教会学塾。試験では毎年主や信仰についての出題が頻繁になされるそうで学生達にもなくてはならない。これさえ答えられれば合格はもう得たようなもの。
アニメ化された聖人たちの大名作は国民に広く親しまれそこからこの国の表現文化も豊かに光り輝き始めたとすら言われてるらしい。こんなに神を教会を愛した国民もない。
ですが大いに思い違えてらっしゃいます。白き聖徒たちは皆自分達の戦略的立ち回りがすべてを軌道に乗せたかのように語りますが。
教会はこの国の民民の強い強い引力に引きつけられてた。
抜け出せなかろう。何せ白き聖徒たちからみればどうしたって優越感を感じずには居られないほど彼ら彼女らは醜く拙い。この強烈な引力によって教会はいつまでも永遠に振り回されても、でもそれも別に良いことと思う。いつまでも醜い民民たちの周りを遥か天空で廻り続けておくが良い。
彼らには知性がないとおっしゃいますが貴方達はどうなのでしょうか。
 知性というのは学知に富んで思慮深くして冷静なように居ることではない。
 驕りや偏見を取り払うことに興味を持つこと。これ。これなのだと確信しました。
思うに主は、醜いお姿をして居られます。眩しくなければ尊くもない。全く何の感動も覚えないし逆に見てる者を苛立たせるほどの暗く不気味な。
不健康ブス。つまり最悪。これだと思う。これが銀河を延いては宇宙を、引きつけ振り回し形にして居る。
醜きその主がいつか醜くなくなった時。
今の宇宙は終りを告げて全く新たな宇宙となります。生れ変って復活を果す。驕れる者は決して驕りを捨てられはしない。引け目を感じる醜き者こそ、宇宙を全く塗り替え得ました。
それでは果して、醜き者が醜き者でなくなりますとは一体どういう事なのでしょうか。

軈て聖地教会の英雄は主への重大なる冒涜と教会への暴言等によって除名されてしまいましたらメディアという名の国民達から激しい罵倒と追及の嵐。何をしたのかわかって居るのか。良からぬ者がどこに居るのか今度こそは弾き出そうと殺す勢いの報道者たち。呆れる民民。やっぱり大した奴じゃなかったな。そんなもんだよ。
教会になんてちょっとやそっとの俺たち私たちが踏み入れるわけもない。最初から知ってた。誰も彼も。初めから期待もしなければこんなにガッカリしなくて良かったのに。
どうしてくれる。過熱するすべての誰もが赦さない。じゃあどうすれば償えるのか。誰も知らない。寧ろ然うして償い方がわからない儘罪を感じて思い苦しむ、然ういう罰を味わえば良い。
国民達の何かしらの挑戦が終りそして肝腎の元英雄の消息は教会でさえ掴めないのだった。聖地教会の白き使者達には最早民民に耳を預ける意思までも失せ大きな不信を抱くでしょうか。それとも自分達の教化政策が間違って居たのだとしたら改めて信仰とは何たるかを指し示しておかねばならない。
主は偉大です。主をどのように表するではなく主の下に貴方達自身がどのように在るべきか。考えるより伏しなさい。戯言をせず附け足しもせず服するのです。
それまで教育現場では教会に関する充分な教えがなされ民民の間にも或程度の知性が広がって居るかのように決まり文句として言われてきた。
併しそこには教科書に書かれたことをなぞることもなく教会の組織図や大まかな歴史を軽く子供達に見せるだけで話し終えてしまう大変忙しい先生たちの怠慢があったといいます。教会も直截教育をああしろ斯うしろとは言いませんから寧ろ国の偉いさん達が何か使者たちから言われる前に気の利いたように改革を推し進めよう。
目指せ清く正しいヒト。神懸ったのでも聖なるでもない。清く穢れなき者として皆さんは振舞わねばなりません。すると良き境地へ辿り着けることでしょう。
清心。ここまで露骨に授業として採り入れられたことはなかった。普段ひとりの先生だけが立つ教室にもその授業の時だけは外から見知らぬオトナが舞い現れて数時間跨ぎの大説教をして差し上げます。この国の子供達の何と物聞きの良い素晴らしい佇まいだろうか。一つ一つ叮嚀なまでに読み上げられる聖なる言葉とそれに対する認識の答え。
子供達がすべてに聴き馴染みそして口癖や日常会話となってゆく。何か凄いものや神秘的に思うものを誰かが神とでも呼ぼうものなら他のみんなが注意したげる。
ボールに追いつかなかったり勉強を投げ出そうとしたら真実という揺るがない宝物の話を持ち出してその子の弱さや言い訳がましい愚痴をみんな叱りつけました。
やるべきことを淡々とやって居ればそれで良いんだよ。何かが降りかかってくる時は降りかかって来るし若し来なかったとしても初めから来ることなんてなかったんだと思えば良い。
教育革命。それから子供達の目が変ります。公園にはしゃぐ声が変ります。抑々公園で積極的に遊ぼうとする子供が増えました。一夜漬けのようでも塾学習のようでもなくちゃんと自分の為になるように勉強する子に溢れるのです。
但しその代り少なからぬ教育現場で整然と先生に楯ついて真実を説いて授業を掻きまわし散らす物聞かぬ子が暴れまわり始めたらしい。真実を楯に我が道を行って最終的に誰もオトナが耳傾けてくれないから夜な夜な街へ繰り出してく子。
真実を證拠としてか公権力に暴力を振るい反省の色に染まらない子。その数十年間で子供達は大きく二つの何かしらへと引き裂き千切られ。
それでも国は動かなかった。教会からの非常に友好的な助言があってそれが餘りにも素晴らしいので、ひとりひとりの政治家や官僚達が態々そこの雰囲気を壊してまで何かを変えようと思うんでしょうか?
そして変らなかったからって社会全体に飢餓が来るでも罰が下るでもなかったんです。社会は今尚衰え知れない黄光を焚いて隅々までを豪勢に照らす。けれども光を落してしまえば街は鼠色に黒ずんで居る。だけども誰も何もしようとはしなかった。
心なしか昼夜を問わず都会の陰に野宿を過ごす煤けた衣の民民が増えて。
心なしか数字の上では今尚社会は贅沢に満ち衣食住が行き渡るらしい。信じろという。信じられない。恥知らぬように金をばら撒き見せびらかしたりちょっとでも自分より不幸な奴を見つけたら恋人をそれとないように見せびらかしたり、社会には空虚な競争か見栄の張り合いが欠伸して横たわって居ると思います。

或叛社会勢力者は、投げ掛けるのです。神はいいから先ず自分達を信じませんか?嘘をついたり無理して恰好つける必要もない。自分達をとことんまでに信じてみましょう。
それは引力。醜からぬ者たちに永遠に抱かせることの出来る優越感という名の驕り。
その驕りにこそ囚われて何れ卑しからぬ者は滅びるだろう。卑しき我々の引力によって。卑しさを信じそして恥じるでも誇るでもないで居なさい。
これだけ卑しい者には必ず、いつか美しき時が舞い降りてくる。信じなさい。努めなさい。然うして多くの者が信じ入り多くの民が努め始めた。
救世宗教。未知の信仰組織は廃墟や地下にとどまらず穏やかな住宅街の一角ですらも禮拝の会を催すほどに。崇めるべきは教会であり使者というから全く以て創作でもない。宗教秩序を纏めるような強い指導者を擁さないでも教会が今日も存在するなら成り立ってしまう信仰だから。
それ故教祖がどこに居るのか。誰も在処を知らないのです。裾野ばかり大きくなって。
来るべき時。全国各地の教会を襲い聖職者たちの犠牲の出ること。
教会を崇め尊敬しては居なかったのか?でも教会のことは尊びますけど。
聖職者たちに一つ問えば主を仰ぎ称えまた一つ問えばまた主を称える。創造者としての主を頑なに称え頑なに意見を曲げないその狭量が非常に残念だったそうです。国家顛覆を企てたとして多くの逮捕者を出すことだろう。全国各地の大小教会を焼き打ち傷つけ数多の歴史遺産に泥を塗る。
そこまでしても尚しかし犯人たちは、教会の価値を否定はしない。寧ろ尊ぶ。
それは詰り、白き方々への尊心でした。民民を守るのは形なき何処に居るかもわからないような創造主ではない。
白き人達。あの方達です。あの方達はもはや主を超えた存在です。何も出来ない創造主よりもずっとみんなの救い手として、私達をお救いになる。そしてのこと。何も出来ない創造の主はあの方達とは比べ得ぬほど・・。
大層醜い。大層醜いものだというのです。

頑なに小さな町教会を守らんとして守備固めする警察部隊だから白く塗りたくり群がり犇く市民らも黙っては居りません。私達は新教信者でも何でもないのに、少し教会に不満があるとかっていう噂が流れただけで玄関前に調査官がやって来るようなこの状況では丸で裏切られた気持ちです。
本当かわからない爆破豫告が連続で続いたりしただけで何時も斯うして行き成り警察部隊が大袈裟に教会を取り囲みその威圧感で町も安心して過ごしてられない。物騒だしこれでは市民みんなが叛社会勢力みたいですよね。教会にくらい普通に行かせてほしい。
行かせなかった。教会に入るには一回数十分かかる検問を一名一名潜り抜けていって下さい。何でそんな事しなきゃならないんだろう。
どこに新教信者が紛れてるか、わかりませんから。教会というそれそのものがこの国に於ける大切な遺産です。守っていかないと歴史を抛棄することになる。
知らない。皆詰め寄りました。部隊に押し返されて女や子供の奇声が飛び交う。どよめきの時。教会の入口附近では一人の白き使者が白き仕者たちと共に皆の前に出ようか出まいか悩んで居たのです。
これほどの騒ぎになったのもこの町教会に白き方々の姿があったという噂が始まりかも知れません。いっそ聖地からいらっしゃる御方に現状への見解を伺いたい。
仕える白き者達からすれば身を案じて引き留めることしか出来ないけど白き使者が割と平気で身だしなみを整える。民民の為にも。ここは聖地の者として事を説き明かす責任があるだのどうので。
部隊の構え並ぶ背後の入口よりふと、白き使者が姿を現すのです。
これを見た瞬間目の色変えて奇声すら聴こえなくなる民衆の狂気を一瞬の静寂かのように感じてしまったのは他でもない白き使者でした。
それまでは社会人として命懸けてまでは突撃してこなかった民民ひとりひとりが身肉を投げ出してまで警察部隊に体当りするわ殴りかかるわで瞬く間に防衛線を突破すると、その裂け口から密かに隠し持ってたナイフや庖丁片手に教会へ突入せんとする大人達です。男女を問わない。
白き使者さま白き人さま!下敷きになっても撥ね飛ばされても足殴られてもどんな体勢からも走り抜け出しみんな憧れの白き人を追って教会中に競走するでしょう。俺のあたしの。誰にも渡さない!白き人は。
逃げたりしないで。そしたら悲しい。こんなに焦がれて仕方ないのに。死にもの狂いに階段や廊下を這い走り逃げ惑う白き使者も到頭気狂いした人波に取っ捕まって。
手を足を首を肉を、屠るのです。やった!ずるい。私も僕も俺も自分も。落ち着きたまえ。細かくすれば幾つもあるから。
屠り屠れば皆同じ味。同じ心に行き着きます。嗚呼、夢の果されたこと。白き人の息吹と身肉が私の僕のその内を巡る。屠り合っては互いを見つけて確かめる人。鏡に映れる自分を見る人。手を口元を染めあげながら気づけば自分のその目を見つめた。
今までになく思いもよらずに、かっ開いてはバキバキの目。その瞳。目力という。二重瞼に薄色の瞳。天国ですか。いえ只わたしがこの目をして居る。
次に喘いで次に悶えてまたそして次に優雅に微笑む。嗚呼丸でわたし達そのものが白き人よの!徒然ならない。只々嬉しい。

白き者を屠れる者たち。屠られてしまった者はそれとして別に駆けつけた警察を更に襲うでもなし、凶器といっても銃を持ってるわけでもない現行犯たちは法治の名の下で厳粛に捕えられ法の裁きを受けることになる。
震撼した世間に冷静な落ち着いた意見を見つける方が難しい。変な宗教集団が思いの外に大きくなってテロじみた人殺しに手を染めたのか。
次は誰だろう。私達か。あの人だろうか。事情はどうあれ新宗教のようなものの見知らぬ野心に只々ニュース越しで脅えるしかない。
兎に角公正な裁きを。真っ先に教会の声明したところに基いて。
国中のメディアが知識人が白き方々と共にある旨を強く誓うのです。国民も異論はありません。すべての視線が集まります。固唾を呑みます。
だから捜査官や検察官たちの手は声は震えて居ました。
圧より何より、不審で奇妙で身の毛も弥立つ現象をその目に耳にしてましたから。
取調べられたすべての被告人や信者及びその近親に友人または近隣者は語ります。ハッキリとでも疎覚えでも皆同じ教祖の名前を言い明かしましょう。しかし恐らく偽られた名前ですから実名はどうなんでしょうか。それが全くわからないんですね。
朝に昼に夜に教祖が赴き出入りする場所や空間を誰もが悉く言い挙げればそれらすべてが悉く結びついて裏づけられて大体の毎日の行動が丸裸にされるでしょう。まだまだ明けきらぬ朝にはかなりの距離をランニングしてあの公園に休みカフェラテを買い今度は歩いて午前8時には本部へ戻る。
それから何やら由緒正しい聖なる儀式と説法に身を努めては白昼になると歩行者天国のテラスに現れ風味を嗜む真似をするらしい。
有料駐車場に車を預け下町の小さな古本屋や商店街を散策した後また6時を過ぎるまで聖なる禮拝に身を尽したら恐らくお一人で焼き鳥屋か串カツ屋かカレー屋か寿司屋に出向いてお酒は一切飲まないそうです。
それぞれの店の常連たちに気に入られては店の外でもネオンの軒下に擦れ違う度あらゆる会社員たちと談笑に耽りながら夜を深める。矢鱈と宗教の歴史や教義に詳しくて何時も何かをひけらかしたい中高年たちの知恵袋をパンパンに満たしてあげて居た。
交叉点の信号待ちでも街角などでも教祖を見掛けると会釈どころじゃない深い深い頭を下げる人が少なくないとも聞きますからに信心を問わず広くその名を轟かそうか。
残念ながら宗教本部に捜査が突入した時には儀式や聖なる催しの装いと雰囲気と宗教団体としての数々の資料を残して教祖の影だけが完全に消え去って居り。
団体幹部や信者代表などに幾度問うても事件前日の夜まで普通に過ごし振舞って居た教祖の何気ない日常と顔色についてしか知り得ない。聞こえない。
延いては宗教本部の建物内に、教祖の指紋も痕跡もない。
もっと言えば街の細部に張り巡らしてた監視カメラのどの一つにさえ。
道や店を行き交う教祖らしき姿の一欠片すら見当らなかった。
しかし例えば何月何日何時何分ごろに教祖や教祖らしき人が何処で何をして居たのか。
すべての證言が悉く合致するのです。見ましたよ。いつも見ますよ。あの方ですよね。あの時間にここに居られる。ここに見かける。店から出てくる。ランニングしてる。
されども證拠が何さえもない。消えた術さえ何も見えない。もはやホントに宗教本部に毎日ちゃんと居たのだろうかも、教祖なのかも確かめられない。
然うだろう。
全く見受けられないだろう。それでも信者は教祖に従い主の下の世を強く信じる。
主。それはどういうものか。辯護士が検察官がそして裁判官が皆斜に構えて取分け問い掛けたところでしょう。信者も参った顔をします。可笑しな事を言うもんですね。今斯うして目の前にしてお話になって居られますじゃん。
而も然うやって質問してるアナタたち自身もではありませんか。
短い手足と大きな頭をしてスーツや制服やそれらしい身形で決めてイケてる司法関係者みたいな感じですか。
醜いアナタ達もだし私達もだしアナタ達こそ私達こそ主というところのその正に主です。
と。このように被告人たちの宗教観は無惨にも謎の教祖によって侵し散らされて居り修復も困難を極めようが、そこには自分で自覚して居る劣等感や遣る瀬無さが裏返って居る。
洗脳だけではない。間違いなく自分より少しでも幸せな者たちに対する意志ある愚かな殺意を孕んで居るのではないか?
殺意。殺意ですか。実は被告人たち自身も餘り好きな響きじゃないんだけど。
身の内の、いや自分の身肉そのものに脈々宿る主という主を心して意識し始めたらそんな殺意とか云々とかどうでも良くなった。すべては主で世の中も廻ってるんだ。そこまで気を張ることなんて無いんじゃないか。
そんな主たる私達は主の儘に本能の儘に従った結果、白きものを羨み已まない。
じゃあ、そのままに趣きますよね。焦がれるというか求めるというか。然うか。然うなのか。けれども何故に屠るのだろうか。尊ぶのならそれでもう良い。
然うなんですかね。はて、わかりません。何故なら主の儘佇みますから。主は屠るように私達を動かさせた。其の一方で白きを尊び憧れるようになさりもしました。
思うにこれが、バランスというものではないんでしょうか。
短きものが長きを補い、短きものを長きが補う。然うでなければ成り立ちません。
もしそんなこともしたくないなら宇宙なんて無い方が良い。わざわざ斯うして宇宙があるのは短いものと長いのがあって地味なものとか派手とかがあって小さいものと大きいものとか静かなものとか煩いものとか然ういうものがあるからだった。
でもそれを其の儘抛っておいたらすぐ爆発して駄目になっちゃう。
限界もあるし億兆年後はどの道宇宙は跡形もなく消え去るでしょうが。
成るべく宇宙に生きててほしい。微力ながら拙いながら宇宙の呼吸を助けてあげます。
さあさあ吸って、さあさあ吐いて。
白きを仰ぎ、白きを屠る。
何も違いがないようでした。さあ裁きの人。私達を裁いて下さい。
あなた様は宇宙でしょうか。いえ違います。主の身肉です。御考慮の上判断下さい。
 決まった。完全に決まったと思ったんです。
 その調子です。思って居なさい。軈て度肝を抜かれる為にも。
 ふとオカシイと思いなさい。辯護士が検察官が延いてはすべての裁判官が。
聖徒のように思えてならない。ふとしてシャブレル。若しやどれもがシャブレルでした。でも変でしょう。聖徒もやはり美しの人。これほど醜い御方ではない。それも幾つも。どうして醜い何人達もがたった一人のシャブレルに見えて。
 それでも理由もわからなかった。ホントふとして。美しいとは言えませんけど誰もが確かに聖徒に思えて。
 そして何度も罵られなさい。そなたはブサイク。大変醜く。
 なぜそれほどにまで醜いくせして美しき白き名も無き人らを、その美しの肌を屠り傷つけあのような事にしたのでしょうか。ブサイクのくせにそのような事が許されましょうか。
謝れブサイク。身の程知らずめ。詰る処は暴力なのか。愚かな奴らめ。せめて見た目くらいもう少しくらいマシで居なさい。
だが叶わない。そなた達はもう既にそなた達でしかないのです。恥知らず。智に欠けた者。
永久にくたばれば良い。宇宙から消え去れ。さいなまれろ。泣き崩れ恥じろ。
そんなにそこまで、そこまで言われるのでしたら悲しみたいと思います。
 壇上から震え凍えて細まる声を呑み込むしかない。ゴメンナサイ・・ゴメンナサイでも取り返しのつかないことは重々に承知して居ります・・。赦して頂かなくても構いません。極刑に処して欲しい。自分は赦されてはならないのです・・。
 丁度良いことに然ういう惨めで哀れな姿が似合うような感じの冴えない手足と顔つきと肌の色をして居たものですから。
幾人ものシャブレル達が頷きましょう。もう顔をあげなさい。
今のほんの一瞬だけでも、そなたは色々なことを思い知りました。償いなさい。白く美しいか若しくは白くなくてももう少しばかり美しければ赦されたかも知れませんけど。
ブサイクに罪は赦されない。償いなさい。しかし今そなたが確かに罪を思い知った事。
それはそれは大変に尊くて価値のあるものです。瞬間です。そしてそなたに申し上げる。
美しの人であろうと絶対に傷つけてはならない。誰も殺めてはなりません。
片やそなたらはブサイクでした。どうすれば良い。でも暴力ではない。
鄭重に叮嚀に、彼らの文化や形あるものをこの世から消し去ること。
彼らの生身には一切触れてはならない。傷つけてはならない。美しの人々はそこに居るだけで最早尊い。
だから只単に形にして遺したに過ぎないあらゆるものが消し去られても何ら美しい人々の尊さには差し支えなかった。本来なら然うしなさい。
でも被告人。そなたは犯した。罪を犯した。死なされなさい。
はい。おっしゃられるならそのようにします。お裁き下さい。そして謝る。
謝るとしても何も自分が自分達がブサイクであること自体を謝るわけじゃない。
傷つけ屠り、道を一線を食み出したから謝るのです。申し訳ない。償いましょう。
死を告げられる。だが知って居る。何故なら罪を犯したからです。

日本じゃないみたい!

日本じゃないみたい!

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更新日
登録日
2021-11-09

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