円環

安良磨歩子

 存在したくなかった。だから、考えることをやめることにした。
『我思わず、故に我なし。』といったところだ。
 ミノムシのように色褪せた毛布にくるまりながら、私は白い部屋の壁を眺めていた。なんのシミだか分からないが、壁には所々、茶色い斑点が付いていた。私はそのシミを数えていた。
 一、二、三……。
 だんだん私の瞼は重くなってきて、いつの間にか眠りについてしまった。

 意識が戻ると私は冷たい液体の中にいるらしかった。
 はじめは真っ暗で何も見えなかったが、次第に目が慣れてきた。どこかの海のようだ。
 しばらく視界に入る海藻や、泳いでいる魚をぼうっと眺めていたが息苦しくはなかった。どうやら呼吸はできているようだ。
 ふと目線を変えると、沈没した船の船窓があった。そこには私の姿が映し出されていた。ギザギザとした歯に、青みがかった鱗。身体の全容は見えなかったが、私は巨大な魚になってしまったようだ。
 頭の向きを変えて自分の尻尾の方を見てみた。身体はどこまでも続いていて、尻尾の先というのがまるで見えなかった。果たして私には尻尾があるのだろうか。気になった私は尻尾の方に泳いでいった。

 どれくらい泳いだのだろう。疲れはしなかったが、尻尾の先にたどり着く気配が全くない。私は諦めて、元の頭の位置の方へ泳ぎだした。
 海は心地が良かった。何も考えなくて良かった。母親の胎内にいるかのような安心感が私の心を支配した。
 しばらく泳いでいると、ひらひらと揺らめいている何かが目に入った。私は多少お腹が空いていることに気づいた。何かを口にしたかった私は、そのひらひらと揺らめくものにかぶりついた。
 すると、どうしたことだろう。下半身に痛みに似た感覚が走った。
 どうやらこれは私の尻尾のようだ。しかし、自分の尻尾を飲み込み始めた私は止まることはできなかった。どんどん頭の方に向かって飲み込み始めている。
 いつか頭に到達して飲み込んでいる私自身を飲み込んでしまうのかもしれない。しかし、計り知れないぐらい私の身体は巨大なようであるから、いつになるのかは分からない。
 私は考えることをやめたのだ。

円環

円環

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-11-07

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