祝日のファミリーレストランにて

(部屋も、しぬのだ)
 すてられた、とわかったとき、ふしぎと、ぼくは、平然としていて、ネルに、ぎゃくに気が狂ったのかと思ったと、そっけなく言われた。だいすきだったひとにすてられるって、どんな気分なのかと、たずねてくるミドリを、けれど、うざったいとは思わなかった。恋は何度でもできると、ネルは言って、わたしは何度もしたくないと、ミドリは答えて、あのひとがきみの運命のひとではなかったのだと、安田さんがやさしくも、どこかさびしそうに微笑んだ。平日のあいまの、祝日のファミリーレストランで、ネルはステーキ丼を、ミドリはミートドリアを、安田さんはヒレカツ定食を、ぼくはデミグラスソースのオムライスをたべていて、となりの座席には、ちいさな子どもを連れたおかあさんたちが、たのしそうにおしゃべりをしていた。つぎの恋がはじまるまでは友情を育みましょうと、ネルはひとくちサイズのステーキをおおげさに咀嚼しながら言い、もういっそのこと安田にしなよと、スプーンを安田さんに向けながらミドリはあやしく笑い、おみそ汁のお椀を落としそうになりながら安田さんが、いっそのことってそんな罰ゲームみたいにと、焦った調子で言い返した。デザートにはレアチーズケーキを注文しようかなと、ぼんやり考えていた、ぼくは、その思考のかたすみで、きみがいたときの部屋の記憶が、じゅくじゅくと化膿をはじめていることに、すこしばかりの吐き気をおぼえていた。

(あかるくて、あたたかくて、なにをしていなくても、きみがいるだけでしあわせだった)

 となりの席の、ちいさな子どものひとりが、コップをたおして、ジュースがこぼれた。
 おかあさんのひとりがあわてて、ほかのおかあさんたちが、いっせいにタオルだの、おてふきだのをさしだす。ジュースをこぼした子どもは、コップのなかが空になったことがかなしいのか、それとも、ジュースをこぼしてしまった罪悪感からなのか、めそめそと泣き出した。ネルが小声で、あららと言って、どんまいと、ミドリがつぶやいて、おかあさんは大変だねと、ほんとうにそう思っているのかわからない様子の安田さんが、小皿の漬物をぱりぱりと食べていた。
 ぼくは、なんだかひとり、透明な壁に隔てられている気分で、ファミリーレストランの喧噪が、ひどく遠くのできごとのように思えた。

祝日のファミリーレストランにて

祝日のファミリーレストランにて

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-11-03

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