ノベルバー参加作品集

彦田礼人

ノベルバー参加作品集

特別な開店

 今日も店を開ける。このドアを開けるのは鍵を持つ客人のみ。興味本位のお客様は要らない。冷やかしは要らない。心からこの店と、私の提供する料理やカクテルを楽しんで頂ける客人のみが、このドアを解錠する資格を持つ。
「いらっしゃいませ」
 私は喜んで客人たちをもてなす。甘いカクテル、酸っぱいカクテル、度数の高いカクテル、温かい料理、冷たい料理、つまみになる料理……。全て私一人で提供する。適度な笑い声と希に訪れる静寂が、私にとってのスパイス。
 今日も私を知ってもらいたい連れ人に鍵を渡す。限定されたコミュニケーションは、狭く深い繋がりを作るのだから。

紙ひこうきのラブレター

 どうしても忘れられない。脳裏に焼き付いたそれは僕の心を一生苦しめる。
 学生の頃、僕には好きな人がいた。一方的な片想いで、その人がいるだけで僕は普通ではいられなくなる。その時は偶然、二人きりで屋上に上がり、演奏練習をする予定だった。しかしその人は珍しく不真面目になり、練習をサボって好きな少女漫画を読んでいた。
「あ、あのさ……」
 咄嗟に渡した白い封筒を渡す。その人は興味も無さそうに留めていたシールを剥がし、僕が書いた拙い文章を黙読する。
「ありがとう。でも私はあなたに特別な感情は湧かない。ごめんね」
 そういって僕の心の内側が書かれた紙を紙ひこうきにして飛ばす。
「あなたとって素適な人が現れますように」
 そんな呪いのような言葉とともに、紙ひこうきはどこまでも飛んでいく。

パンプキンスープの隠し味

 妻の作るパンプキンスープはどこの料理店とも比にならないほどとても美味しく、寒くなる頃には必ず食べないと冬が来たという自覚がない。平日の仕事から帰ってきてドアまで漂うその匂いに釣られて、靴を脱げばキッチンへ直行する。
「あら、お帰りなさい。もう少しで出来るから」
「早く食べたいけど、ゆっくりでいいよ」
 洗面所で手を洗い、寝室にあるクローゼットで部屋着兼寝間着に着替える。スーツのジャケットとパンツは消臭剤を目一杯振りかける。またキッチンに戻れば、食卓には綺麗に並べられた料理が食欲を唆る香りとともに妻が座って待っていた。
「今日も美味しそうだ」
「あなたの好きなパンプキンスープも用意したのよ」
「ありがとう。いただきます」
「いただきます」
 けれどスープは最初の一口だけ啜って、残りは最後に取っておく。これは最後に味わいたい。
 冷めても美味しいこのパンプキンスープにはきっと秘密があるのだろう。そう思って今日こそ訊ねる。
「そういえばさ、このスープに何か使ってる?」
「隠し味ってこと?」
「そう」
「それはね……」
 妻はそれ以上言わなかった。しかし顔が語っていた。頬を赤らめて恥ずかしそうに笑っている。きっと隠し味は物理的な物じゃないことは確かだった。

夢は空に飛んでった

 小さい頃はよく公園の広場で、紙飛行機を飛ばして遊んだ。
「夢はパイロットになること!」
 特に父親は自分が小さい頃の話をよくする。なんでも、当時は何事も一生懸命で、挫けずにやり通したらしい。月日が経ち、自分が社会人として自立すると両親は自分を見て哀れむ目が向けられている。その事に自分は腹立たしくなり、ある日一人暮らしを始めた。
 今の仕事は自動車整備士として完璧なメンテナンスを熟す毎日に精を出す。機械いじりが性に合っているのか、それ自体に苦痛は感じない。接客やメンバーと話す時は嫌になるが、孤独に作業する分なら仕事は捗る。地に足が付いた仕事が出来て満足なはずなのに、実家を出る直前の両親を思い出すだけで憎悪が湧く。そんな気持ちを晴らすように、休日は巨大な吊り橋から海に向かって紙飛行機を飛ばす。

至福

 秋の夜長は読書に限る。この透き通った空気の中、大好きな活字と作り話に没頭できる時間が何よりも至福である。ベランダに無理やり組み立てたハンモックに寝そべり、ガスランタンに揺らめく炎がとても心地良い。心安らぐ環境を手に入れた私は、もう何もいらない。しかし妻は私を気遣ってか、コーヒーを淹れて、何も言わずにテーブルカウンターに差し出す。コーヒーの匂いが至福の空間を邪魔しにくることがとても憤慨であり、煩わしい。けれどこのコーヒーを飲まなければ匂いはずっと漂い続け、ストレスが溜まる。
「ありがとう」
 その一言だけを妻に告げ、早々に飲み干してはマグカップを袂に隠した。秋灯の下に置いていいのは、大好きな活字と作り話だけでいい。

羨望と思い出

 双子の姉は私より人付き合いが上手で誰とでも仲良く遊べる。それが羨ましくて姉の傍を離れたことはない。
「ねえ、これ見て! 太っちょのどんぐりさん!」
 丸みを帯びて傘の外れたどんぐりを持って自慢げに見せる。
「そうだね」
 どうでもいい、とでも言いたげに吐き捨てる。でもそんな些細なことが人を繋ぐのだろうと思い、それだけでも羨ましく思う。

 姉は大学生を卒業と同時に、お付き合いしている恋人と同棲を始めた。私も社会人になって親元を離れて暮らすようになった。今じゃ母も「子を見守っているとは言えど、気が休めないほどに心配をする必要は無くなったから安心」と言っていた。父は口数こそ少ないけれど、たまにご飯には連れて行ってくれる。
 暫くして、姉が結婚するという話が持ち上がった。私は忙しいという理由で結納には行かなかったけれど、後日父から画像で送られてきた招待状にはきっちり私の名前が書いてあった。
「お前も家族なんだから、式くらいは参加しなさい」
 煩わしい。ようやく一人暮らしをして初めて自由を手に入れたと思ったのに、家族という縛りがそれを狭める。
 式当日はそれなりのドレスコードで参加した。綺麗な服を着るのは気恥ずかしい。あまり目立たないようにしてその場をやり過ごそうとした。しかし悉く私の望みは掻き消される。姉が披露宴のスピーチで、私との思い出を語る。
「双子の妹はとても恥ずかしがり屋で、よく父に似ているな、と思っています。父も口数は少ないし、大抵は二つ返事で会話が終わります。妹もそんな感じです。でも、妹のことは大好きです。はしゃぎすぎる私と真反対だけど、落ち着いていて、大人びた様子は私の憧れでした。こんなにお淑やかにできたら、私も少しは違っていただろうな。そう思うことは多々ありました。――覚えてるかな? 公園ですごくまん丸としたどんぐりを拾った時、『そうだね』と一言返してくれたこと。きっとうざがってたんだろうなって思って、何も言わずに帰ったこと。でも嬉しかった。だから今でも、その時のどんぐりを大事に持っています」
 スピーチの途中で、姉はどこに隠していたのか、まんまるのどんぐりが入った小瓶を手に持って、参列者に見せた。ああ、思い出した。私は羨ましくて、会話を続けたら姉は泣いてしまうだろうと、何も言わなかったこと。無邪気な姉が羨ましかったこと。そんな心の内に秘めた黒いものを耐えている自分が今、醜く思えて仕方がない。涙を堪えることができなかった。
「そんなに泣くことないじゃん」
 違う。違う。そう思いながら首を横に振る。
「今でも家族は大好きだし、特に妹は一番大好きです。私を育ててくれてありがとう。この人との御縁を許してくれてありがとう」
(私も好きだよ、お姉ちゃん。今でも羨ましいけど、幸せになってね)
 スピーチが終わると、姉は小瓶を持って私に近寄る。
「これ、大事に仕舞っててほしい」
「いいの? 思い出なんでしょ?」
「忘れないでほしいから」
 小瓶を私の片方に手に乗せ、指を折らせては持たせる。
「分かった。お姉ちゃんも忘れないでよ?」
「大丈夫、録画回してあるから」
 指差す方には、会場のスタッフがカメラを持ってこちらを見ていた。
「ちょっとお姉ちゃん!」
「いいじゃない。思い出なんだから」
 そんな恥ずかしい思いをしながらも、少しだけ楽しいと思えた。
 式は無事に終わり、姉とその夫は二次会へと足を運ぶ。私たち家族はそれぞれの帰路を辿る。今日の思い出は姉から貰った小瓶に詰め込まれているだろう。どこに飾ろうか。電車の中ではその事しか考えていなかった。

ノベルバー参加作品集

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  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-11-01

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  1. 特別な開店
  2. 紙ひこうきのラブレター
  3. パンプキンスープの隠し味
  4. 夢は空に飛んでった
  5. 至福
  6. 羨望と思い出