第二話【星を詠む人/大人なライオンの日】

Tanakan

第二話【星を詠む人/大人なライオンの日】

私は宮原 紡(みやはら つむぐ)と言う。
これは私が色んな人との出逢いを紡ぎながら前に進む物語。
それはまるで星の繋がりのように。

第二話【星を詠む人/大人なライオンの日】

私はその日に処理された書類の束を纏めてファイリングする。
視線を滑らせその端っこがしっかりと揃えられている事を確認してそれを綴じる。
業務の終わりはこうであるべきなのだと私は一人で、ふふん。と満足気に息を吐く。

「何ていうか・・・そういうとこは几帳面よね」

マグカップを片手に山下沙耶(やました さや)はため息まじりにそう私に声をかける。
このクリニックで医療事務として働いている私の先輩である彼女は、ちょっとだけ吊り目の整った顔立ちをしている。だからこそ一見厳しそうには見えるのだけど、実際の所はとっても面倒見が良くて所々乙女な部分が垣間見えるからとても可愛らしい。まるで本当のお姉さんみたいだ。

「これが拘りってやつですかねぇ」

私がそう答えると、どうだか?と笑みを浮かべて私の肩を彼女は叩く。

「そういえば明日は休みだけど、紡(つむぐ)は休みの日には何をするの?」

紡と呼ばれたのは私の名前で、本名は宮原 紡(みやはら つむぐ)という。
星を詠む事が仕事・・・と言いたいけれど今はまだ駆け出しで、医療事務として働きながら学んでいる最中である。本業は星詠み!そんな風に堂々と胸を張って言えるようになるのはいつになる事やら・・・

「ふふふ。ちょっとだけチャレンジしようと思っている事があるのです。」

そんな答えに沙耶は口も目も大きく見開く。

「まさかあんた・・・ウチを差し置いて彼氏なんか・・・」

目を丸めて驚く沙耶に私はゆっくりと首を横に振る。それにホッとしたのか再び表情を柔らかく肩の力を抜いた。
まさか彼女はこんなにも自分の感情が表情や態度に出ているとは思わないんだろうなぁ。とやっぱり可愛らしい先輩だと私も笑みを浮かべた。

その日の帰り道は太陽は夕暮れ時のオレンジ色のまま辺りを照らしていた。帰路に付きながら伸びた影が私の細やかながらの愉快な動きを、几帳面に真似をするのをぼんやりと眺めていた。
休みの日をいかに過ごすか!
それは学生の頃から私にとっての一つの大きな課題だった。それほど友達も多くない、というか大勢の中で生きていくのが苦手な私にとっては、周りの友人のようにやれキャンプだ!やれ旅行だ!そんな風に休日を過ごす事は出来なかった。
もちろんそれが嫌いという訳ではないのだけど、何だか苦手でもあった事は嘘ではない。
そういった事よりも、近くの公園でのんびりしたり、図書館でどこか古びた本の香りに包まれながら過ごす事が好きだった。
日々の生活の中ですり減っていた心の中のエネルギーのような、潤いのような、そういったものをゆっくりとまた満たしていく。漠然とだけどそれが私にとってはとても必要な事だと考えていた。
そんな時に出会ったのが星詠みに関する本で、そこには夜空に浮かぶ星たちの意味、そしてその星と人の繋がりが描かれていた。
その本を読み終えた時、なんだか自分の世界が広がった気がした。
何気なく存在している周りの人達も気が付かない間に何かに導かれるままに生きていく。そういう風に周りを眺めていると私もまたその世界と人とが不思議な縁で紡がれている。そう思うと普段は何気なく眺めていた辺りの景色や人や、星々が不思議と色鮮やかに見えた。
多分それが紛れもなく今の自分の始まりだったのかもしれないと今更ながらにそう思う。
逆に言うと、すぐに独りの世界へと閉じこもって、その心地良さに囚われてしまう私が唯一世界との繋がりを持つ方法。それが私にとっては星詠みなのかもしれないと思うと、これもまた星の力なのかもしれないと考えずにはいられなかった。
そんな私は明日の夕刻にも近い時間に少しだけ挑戦をしてみる。
他人から見たら本当に当たり前のような事、それでも誰にだって初めては有って、それはその人にとって重大な挑戦でもあるかもしれないのだから侮れない。ワクワクとドキドキは歩幅をちょっとだけ大きくしてくれる。
その歩幅に合わせて私の影法師もまた愉快に歩幅を大きくするのであった。

7月も終わりになってくると、雨の名残こそ残ってはいるものの、空は高くなって日の光は思う存分に私へと降り注ぐ。
正午の時間はとうに過ぎて、時刻は夕刻へとゆっくりと時間を進める。
やっぱり休みの日に空を眺める事は好きだ。
それは多分心の余裕でもあって、空を見上げる事が出来るという事はきっと心もまた広々としている証拠なのかもしれない。
という事は心の余裕が無い時には、空を眺めてみるのは良いかもしれない。それはもう堂々と雄々しくて、雄大な鬣(たてがみ)のライオンさんみたいに。
私は立ち止まって空を仰ぎながら胸を張る。そして一度大きく息を吸って胸を膨らませてみた。それはもう立派なライオンさんみたいに、

「がおーーーー!」

・・・なんて私は叫んだりはしない。私は大人だから。
流石に人の目は気になるし、それが世間一般で認められている行動でも無い事は知っている。
だけども時々私は思うのだ。もしこうやって人の目を気にしないで生きていけたら。それはそれでとっても心は楽なのだろうと。
こんな空のように流れる雲で影を作る事も無く、時折雨を降らしたり大荒れの天気にもならず平穏無事で、生きて行けるのではないのかと。
ふむふむ・・・なるほど、そう思うと何だかちょっと更に勇気が湧いてくるのではないか!
そう考えている内に私は目的地へと辿り着く。
『café&BAR ライオン』
そう掘られた木造りの看板は、静かに揺れる波のように誂えられていて、黒にも近い茶色の同じく木で作られた重いドアの上でユラユラ揺られている。
なんとも落ち着いて飾らず、それでいて何とも’大人’ではないか!
きっと大人な人が集まる落ち着いた雰囲気の場所。
私は再びライオンさんのように胸を張り、そのドアを開ける。
誰かにとっては当たり前の出来事でも、今の私にとっては確かな挑戦であるのだ!

木造りのドアは私が思ったよりもずっと重かった。
それは私が少し二の足を踏んでいるからかもしれ無いけれど、思い切ってドアを開けると、カランコロン・・・と古めかしい鐘の音が鳴り、その音と同じくらいの速さで辺りはコーヒーの心地良い香りに包まれた。
住宅街の中で、アパートに挟まれて存在するこの店はそれほど広くは無い。窓際に並べられた木製のテーブルは二つほど、椅子は四脚きっちりと揃えられている。店の奥には一枚板のカウンターに五脚ほど少し高めのカウンターチェアーが置かれていて、どれも落ち着いた黒にも近い茶色の色で出来ていた。明るい町並みとは相対したその色彩は、夕刻に近いこの時間帯でも夜の空気を纏っている。
私の通退勤路から少し外れた場所にあるこの場所をある日遠回りした帰り道に見つけてしまった。その日からこの大人な空間へと脚を踏み入れるための心の準備に少し時間はかかったけれど、ようやく私はその一歩を踏み出したのだ。

「いらっしゃいませ」

カウンターから少し低めの良く響く声が聞こえて、私は思わずお辞儀をする。その姿を見てその声の主は柔らかく笑みを作った。
まるで映画の中のようにシワ一つ無いシャツと真っ黒なベスト。藍色のネクタイは少し細めでもある。真っ白の髪の毛をオールバックに綺麗に整え、細身の背格好には銀色で縁の薄いメガネがよく映えている。
その初老のバーテンダーはどうぞと左手をカウンターへと向けて、私は穏やかではない心の中を必死に隠しながら、誘われるままにカウンターへと腰を下ろす。
テーブル席がこんなにも空いているのにカウンターに当然のように腰掛けるなんて!
そんな私の心の中を知ってか知らずか、その初老のバーテンダーさんは私が腰を下ろすタイミングに合わせて暖かいおしぼりと、縦長のメニューをそっと差し出す。
あまりに自然に静かな仕草に、私は辺りを少しキョロキョロしながらそれを手に取る。おしぼりの暖かくどこか柑橘系の匂いを感じながら芸が細かいと一人満足していた。
昼でもなく、夕方でもないこんな時間だからか店内には私一人しか居らず、ウッドベースの音がよく響く音楽は心地良さそうに店内の空気にその身を任せている。

「ご注文は如何しますか?」

私がその音楽に心地よく身を任せて体を少しだけ揺らしていると、初老のバーテンダーの声がその音楽に合わせたように響いた。

「すっすみません!えぇと・・・ブレンドコーヒーを下さい。」

不意を突かれた私は、大人の雰囲気は何処へやら、両手を膝の上に置いたままにドギマギしながらそう答える。そんな仕草もまるで気が付いていないかの様に初老のバーテンダーさんの振る舞いは整然としておりとても静かだ。

「かしこまりました。」

そう答えた後、後の壁に備え付けられた棚から幾つかのコーヒー豆が詰められた瓶を取り出すと、手慣れた様子でそれをブレンダーの中へと入れていく。その後一瞬だけブレンダーがコーヒー豆を砕く激しい音に私は身を固め、その音が余韻を残したまま消えていくのに従い私の気持ちも穏やかになる。
ブレンダーからは細かくなったコーヒー豆がサイフォンの中へと投入されて、火に掛けられたフラスコの部分がボコボコと音を立てて沸騰する。
縦長の砂時計にも見えるサイフォンの形状を間近で見るのが初めてで、私は目をまん丸にしたままそれを覗く。
フラスコの中でボコボコと沸騰する水は、そこから上へと昇りながら砕かれたコーヒー豆へとその身を任せる。
時間を置いて再びフラスコの中に戻ってきたそれは、すっかりとコーヒーとなっており、それは白く私の顔が反射するくらいに磨かれた陶器のコーヒーカップへと注がれた。

「おぉ・・・」

目の前で丁寧に作られたコーヒーを見て私は思わず小さく歓声を上げる。私はハッとそれに気がつき顔を真っ赤にしたまま俯かざるを得なかった。

「私が退屈でもありましたので、ちょっとゆっくり作ってみました。ご迷惑ではありませんでしたか?」

そんな私の挙動を笑うでもなく、変わらぬ穏やかな声で初老のバーテンダーさんはそう私に声をかけ、滅相もございません!と私は答える。
良かったです。と笑みを返すその方の姿に私もなんだか心が休まるのを感じた。
そしてそのコーヒーを口へと運ぶと、底が見えない程に真っ黒でわずかに回転する茶色の泡が弾ける度に、ホロ苦く甘い香りが漂ってくる。
その私の心の中が店内に流れる音楽と共に、大気中に流れてしまったのかどうかは分からないけれど、カウンターの奥で初老のバーテンダーさんが軽く会釈をする。
穏やかに流れる店内の空気とコーヒーの香りに身を任せつつ、あぁ大人だなぁと私は今回の挑戦に関しては大成功だと満足していた。
きっと多くは語らず必要最小限の言葉だけで相手に情報ではなく感情を伝える。なんとも全くもって大人である!
と思ったのも束の間、ガタガタと店のドアが揺れて、私がドアを開けたのとは違う激しい音色で鐘が鳴った。

「よー!ライオン!久しぶりだな!元気だったか!」

静かな店内の音楽と不協和音を奏でながら、嗄れた声の決して若くはない男の声がした。私が思わず店のドアの方向へ視線を向ける。
その男は、赤いハイビスカスのアロハシャツに真っ白な短パン。そしてビーチサンダルのままに、右手を上げて、今まさに活気で溢れる砂浜からやってまいりました!そんな格好であった。
アロハシャツの男性が慣れた様子でライオンと呼ばれた初老のバーテンダーの前に腰掛けると、その横顔には年相応のシワが刻まれているのが見えた。髪は真っ黒に染められているけれど、多分ライオンさんと同じくらいの年齢ではないのだろうか。私は肩を竦めて目立たぬようにその身を小さくしてそう思う。

「ライオンって呼び方は流石に恥ずかしいですよ。そういう歳でももうありませんしね。」
「なっはっは。すっかり丸くなってしまったなぁ。昔はあんなに視線も鋭くて、笑顔なんかも見た事なかったのにな。」

照れ笑いをするライオンさんの笑みはさっきまでとは少し違って、どこか無邪気っぽく口角を上げている。
なるほどライオンさんも若かりし時にはやんちゃだったのだなと、私は頭の中でそんな事を考える。真っ黒なスーツに黒く染められたオールバックのままで、拳銃を片手に街角でタバコを燻らせる・・・多分違うだろうな。と私は首を左右に振る。

「それは兎も角、ご注文は何に致しましょうか?」
「そうだなぁ。あれある?えぇとロールドパー?水割りで頂戴!」
「いつものOldParr(オールドパー)ですね。しかしシゲさん・・・こんな昼間から、良い身分になられましたな。」
「まぁ仕事も定年を迎えりゃこんなもんよ!年がら年中仕事に明け暮れ、定年した途端に家には居場所がないからなぁ。」
「それは残念でしたね。これからは家族サービスでも考えてみては?」

日曜大工でも始めるかなぁ・・・そうカウンターに身を預けながらそのシゲさんと呼ばれたアロハシャツの男性は独り言のように呟いた。
なんだか私の思っている大人の姿とはちょっと違うなぁ。とぼんやりを私はコーヒーの香りに身を委ねながらそう思う。
いけないとは思いながら会話にこっそりと私は耳を傾けながら、確かにそうなのかもしれないなぁとも思った。
だって今までは日中は殆ど仕事で家には居なかったお父さんが、急に一日中家にいるようになったら、正直どう接して良いかは分からない。小さい頃ならそれは両手を上げて喜んだ事でも、年月と共に人の気持ちなんて容易に変化する。
それはきっとシゲさんだって同じだと思う。仕事を生きがいにするのは悪くはない。楽しんでやっている分それは十分に生きがいだ。
私は本当にやりたい事の合間で仕事をしている訳だけど、本当にやりたい事がその仕事だって人は沢山居る。
急にそれが奪われたとしたら、きっと私ならどうして良いか分からない。
そうこう考えている内に、シゲさんの前に薄い琥珀色をしたロックグラスが静かに置かれる。氷が揺れて乾いた音が響いた。

「しかし家に身の置き場がないってのもなんだかぁ。嫁は兎も角、娘も来年就職だってよ。早いもんだねぇ。なんだか俺が家に居ない間に勝手に時間だけが進んでしまった感じがするなぁ。」
「まぁ仕事終わりに毎晩ここに遊びに来てもらってましたからね。」
「そう考えると俺は家族と過ごしている本当の時間なんて些細なものだったのかもな。むしろ職場の人間やライオンと一緒にここで過ごしている時間の方がずっと長い気がするよ。」
「それは私としては有難い話ですけどね。シゲさんには売り上げにも随分と貢献されておりましたし。」
「ならもっとサービスしてもらっても良い気がするけどなぁ。家も買って自分の帰る場所はちゃんとあるっていうのに、居場所がないって言うのはなんとも言えない気持ちになるよ。」

その言葉を最後に一度だけ口に含まれたOldparrの水割りは徐々にその色を失っていった。帰る場所は有っても居場所が無い。そんな言葉がすっと私の心の中に沈んでいくのを感じた。

「それならば、そこのお嬢さんにご教授して頂いてはどうでしょうか?シゲさんの娘さんと同じくらいの年齢でしょう。」
「うへぇっ!?」

急に話題を振られて私は文字通り少し体を浮かせて身を固める。
確かにカウンター同士で見知らぬ者同士で会話を交わす。それもまた夢見た大人の姿ではあるけれど、むしろ聞き耳を立てていた事がすっかりとバレていた事の方が恥ずかしかった。

「いやぁ。すまんねお嬢ちゃん。こいつは昔から時折無茶な事を言い出すから気にしないでくれな。しっかし残念なおじさんの姿を見せてしまってなんだか申し訳ないなぁ。」

あっはっはと気楽に笑うシゲさんの笑い声はどこか自嘲している様にも聞こえた。自分の居場所が家にも自分の心の中にさえも無い。そんな感じだ。

「えぇと・・私は格好良いと思います。」

二人は目を丸めて私を見た。その言葉に店内に流れる会話は止まり、ウッドベースのリズムだけが小気味よく流れる。しばらくしてシゲさんが口を開く。

「それは有難いね。だけども、もし君のお父さんが昼間っからこんな所で、偏屈なおじさんと酒を飲んでダラダラしていたら嫌だろう?」
「それはそうですけど・・・でもお嫁さんや娘さんが見ているシゲさんの姿はシゲさんが今思っている姿とは多分違うのかなぁと思います。働かれていた時の素敵な凛々しいお姿とか、自分の理想を胸に秘めたまま、何が起きても強い姿を、それこそラインみたいな姿を思っているのかなぁって。」

ほう・・・とシゲさんはさっきまでのニヤけた表情はどこかに消えてまっすぐと私を見つめている。背筋を伸ばして足を組み、口元に手を当てて。
カウンターの奥のライオンさんは僅かに笑みを浮かべるのが見えた。

「ライオンはもしかしたら本当は弱いのかもしれません。百獣の王なんて呼ばれて、周りから囃し立てられたとしていても、それはあくまで周りから見える自分ですから。まっすぐと自分の理想へと向かうライオンさんですから時には我が儘だとか、自分勝手だと言われる事があるかもしれません。落ち込むことが有っても、人知れず涙を流したとしても、そんな姿を見せる事は出来ません。誰かが望んだ理想の自分の姿、雄々しくて理想に忠実で何が起きても常に胸を張っている。多分そんな風に周りから見られるからこそ、そうでなければ自分の居場所が無くなってしまうと自分で思ってしまうのだと思います。本当はそうで無くたって大丈夫なのに。」

シゲさんの話でもなく、ライオンの話でも無い。これは獅子座の人の話ではあるのだけどと私は思う。だけども星は不思議と人へ想いを繋ぐ。人は星の下で生きていて、その言葉や紡がれた想いは例え獅子座でなくとも人へと紡がれる。そう私は思うのだ。
そして長々と語り終わって私は急に自分の頬が上気するのを感じる。

「すっすみません!失礼な事を言ったかもしれません。それに纏まりもなくて・・・」

いやいや。とシゲさんは手をフラフラとさせる。しっかりと背筋は伸びていて、砕けた表情は随分と整いスーツ姿がよく似合うのだろうなぁとそんな事を私は考えた。

「働いていた時は確かにそれが虚構であったとしても、背伸びして格好付けてちょっとだけ褒めてもられるように毎日頑張って、時には自分にも嘘をついて・・・確かにそんな人生だったような気がするなぁ。」
「それが大人ってもんでしょう。シゲさん。」
「ライオンに言われちゃぁなぁ。そういや今でもお前はそうだもんな。」
「えぇ。自分にも周りにも嘘を付いて、格好を付けていますから。」
「それが大人だな」
「ですね。」

二人の言葉の数は段々と少なくなっているのに、その言葉に含まれる想いの数はどんどん増えていっている。二人の昔に何が有ったのかは知らないけれど、それは確かに今まで生きてきた、格好を付けて背伸びして、そして今でも理想の自分を演じている。いつか本当に理想の自分に近付くために。
二人の姿は語らずともそう語っているように見えた。

「しかしお嬢ちゃんすごいじゃないか!占い師かなんかかい?今流行りのスピリチュアルなんとか・・・カウンセラーみたいな。」
「いいえ・・・えぇとこれは星詠みと言いまして、正確には今のお話は獅子座のお話だったのですが。」
「ほう!ならばちょうど良かったなぁ。この格好付けたバーテンダーがなぜライオンと呼ばれているか教えようか?それは・・・」
「ただ単に獅子座だからですよ。このお店の名前も単にそこから貰いましたから。」

それは俺のセリフだろう・・・といたずらっぽく口角を上げるシゲさんにライオンさんはフッと息を漏らすような笑みを浮かべる。
そしてシゲさんは胸を大きく張りながら唐突に両手を大きく上げる。

「がおー!!」

店内へ大きく響く声を上げて、怪訝そうにライオンさんは眉を顰める。今度は私は驚かない。シゲさんもまた今は紛れもなくライオンさんなのだから。

「シゲさん。まるで子供みたいだ。」
「ふふん。たまには良いだろう?さてさて、そろそろ嫁さんにも娘にもまた格好付けてやりますか。今度は仕事ではなくて、家庭の中で。」

そうシゲさんは言い残すと、カウンターに代金を置いた後に右手を上げて店のドアへと向かう。そして扉を開く前にもう一度、がおー!と背中を向けたまま雄叫びを上げた。なんだか思ってた大人の姿とはちょっと違うな。と私はクスクスと笑う。

「すみません。随分と賑やかになってしまいました。」

ライオンさんはそう言って一度頭をさげる。とんでもない!と私は両手をバタバタとさせる。

「それとこちらは、もう出て行かれましたがあちらのお客様からです。後、お代金の方は先に払われていきましたので、ご遠慮なく。」

そう言って私の前に薄いエメラルドブルーのショットグラスが置かれる。そこには猛々しく吠えるライオンの姿が刻印されていた。
その甘い甘い、どこか紅茶の香りをしたリキュールを口に含んで、なるほど・・・流石にこれは大人だなぁ。
ちょっとだけドギマギしながら私は、私の中で広がるコーヒーのほろ苦い香りと、紅茶のリキュールのどこか甘い香りに身を委ねた。
今日は何だか大人なライオンの日だ。そんな事を思いながら。

扉を開けて外へと出ると、まだまだ太陽は高い位置にあって辺りに惜しむ事なくその温もりを振りまいていた。伸びる光線のコントラストはまるでライオンの鬣の様に見える。
ふむふむ。こんなに雲ひとつ無いままに晴れているのだから、今夜は星がよく見えそうだ。
ちょっと帰りにお酒でも買おうかしら。
すっかりと気持ちの良くなった私は、そんな事を考えながら帰路を進む。
星も人も繋がっていて、人と人もまた繋がる。
そうして世界はこうやってまた一つ紡がれていくのだ。

そうして私は星を詠む。

星を詠んで、人を想うのだ。

第二話【星を詠む人/大人なライオンの日】

第一話はこちらから
【星を詠む人/梅雨の蟹の日】
https://slib.net/109286
一気読み用まとめ版はこちらから
【星を詠む人】まとめ版
https://slib.net/108716
映像版のシリーズはこちらから
→【星を詠む人/梅雨の蟹の日】
占い師で理学療法士である深文さんがシンガーソンガーで音楽療法士の藤井恵さんのコラボ作品!Tanakanの原作を朗読し、不思議で癒される世界をご堪能ください。
https://www.youtube.com/watch?v=AJBlxzjtqPg&t=4s

第二話【星を詠む人/大人なライオンの日】

それは獅子座という星を描く大人達の物語。 星詠みという言葉がある。 それは占星術とも読む事は出来て、 簡単にいうと天体に存在する星々の動きから、 人や社会の在り方を経験的に結びつける。事だと思う。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 冒険
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-11-01

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