私は私を今日しか生きられない

雪水 雪技

私は私を今日しか生きられない

慣れ親しむ立ち入り禁止区

心の中に誰も入れない湖がある
誰の声も届かない静かな静かな湖

私は黄色い船の玩具で、
時々遊んでいる

ゼンマイを巻いて
はたはたと出航する船
この黄色い船は愉快だ

波紋ひとつ立たない
しんとした湖に
ゼンマイの音が
ジジジと響き渡る

水面に出来る曲線

私は愉快になる

最期の一文のために

書き出した時に感じる終わりが
自分の人生にまつわるものか
この命にまつわるものなのか
よくわからないけれど

ひとまず今日はお祭り
やり残しの無いように
露店を巡って遊んでいる

お面をかぶって
りんご飴を買って
終わりの日に
楽しかったと
絵日記に書く
そのために

花火までは帰らずに

人形の涙

雨の中を人形が歩いていた
寂しいネオンの光を受けて
車に水をはねられて
ぼろぼろのドレスに
ブロンドはうねって
虚しい涙を流してる

玩具屋の明かりに故郷を見た
今は誰に抱かれることもなく
寒いアスファルトの上で
孤独に途絶えようとする

あの子は大人になりました
私は忘れられました

枯葉の遺言

木槌の音が天高く
冬に備える人達の
からりとした会話

窓から逃げ込んできた枯葉
いつのものかもわからない
色はすっかりと褪せていて
灰色とも赤錆色ともつかない
しかしとても疲れた色をして
土に戻ることを怖がっていた

暖房にあたる内に粉々になる
泣いた跡が私を寂しくさせた

ブルーライトは心中を貶す

遠くの遠くの
知らない国の
ブルーの汽車
汽笛が聞こえる秋の夜

知らないままに
旅に出る人達を
止める人達で
駅は大騒ぎ

深夜まで続く問答
泣き出す誰かの連れ
ハンカチが線路に落ちて

もう私たちは終わりだと
誰かが叫んで解散となる

秋の夜長に
確かな別れ

泣くのは違った、
そう言った

今朝の黄泉がえり

雀が鳴いて
夜明けの空
そして心に残るのは
飛び立てない歯がゆさ

変わらない空気と色が
混ざり合ってつくるのは
似ても似つかない気持ち

戻ることは無い
指針は不明瞭
風見鶏の困惑
鐘の音が鳴る

朝が冷たく取り巻いて
私は少しずつ息を吹き返す

日常は溶けて文字は蜂起する

目立たない文字が
文章から飛び出して
独立宣言を叫ぶ今朝
何事かと本棚に集まり
文字の演説を家族で聞く
味噌汁を作る時刻になり
演説は打ち切られて
家族は銘銘食卓に着く
テレビに文字反乱のテロップ
父は黙り込んで電源を消した
母は微笑しお茶を飲んでいる
僕は居ても立っても居られない

麦畑の幽霊

麦畑に出た幽霊が
野菜畑の案山子と話し込む

成仏できない精神が
この麦畑で育っていく

孤独の先駆者たる案山子
その心をよくよく汲み取る

縞を蜂起させる風が吹いて
幽霊は天高く舞い上がった

秋晴れの今日に白い煙になり
念は吸い込まれてゆく

死にきれなかった熱情が
漸く天に招かれる

幼き日

草を刈り
アメンボが浮かんで
緑色した景色と郷愁
遠くにあった

優しい記憶
引き出しにしまって
戻らない家屋に
背中を向けた

草を刈り
根っこを掘り出す
手作業でなければ
ならないここでの暮らし

畔道を歩いて
バランス崩して
タニシが泳いで
引き出しのこと
思い出したら
アスファルト

幼き日 II

違う顔をする田んぼを見て
心配になる子供時代
水のない春先
土が見えて
稲の茎が見えて
様子が違って見えた

初夏には水がはられる
田植えも終わって
知ってる田んぼになる

水路を流れる水を
美味しそうに思った
真夏の帰り道
寄り道は駄目

水道水が美味しく
がぶがぶ飲んで
テレビを見る夕方

私は私を今日しか生きられない

君が生きる明日に
なんの興味も無い
だから私は今日生きる
君の明後日なんて知らない
だから私は今日のランチを決める

世界中の人間の顔色を見てるのか
それは本当に真実を語っているのか

そんなことより、
君は今日のお昼何を食べたいんだ

私はもう決めてしまった
君の考えなんて知らない

事実

非日常は願望
共感は妄想

私たちが共有できるもの
この広い星でごく僅かだ

感性は磨かれるものなのか
天才はこの世界に存在するのか

そんな疑問は今日で棄てた帰り道
私は今日を生きることに尽力して

ご飯を美味しく頂く
挨拶をきちんとする

闘わない為の抵抗活動
頭を下げて道を譲って

Imaginary

二重三重のプログラムが
一同に行進をはじめて
仮想の現実と幻想が
螺旋状に落ちてゆく

昨日見た夢
明日の予定
今日の星占い
会話、単語、空、顔、顔、顔。
分離して分断して切り離して

自我のその奥に眠るものを起こして

この文字列空間に引きずり出されて
生き抜くことそれだけを入力されて

錦秋の中にてホワイトアウト

本棚の隙間を縫って
誰の背も追わないと
そう決めた神無月

信仰も盲信も代理戦争も
全部一枚紙の中で起こる

かつて答えを求めていた
かつて帰属を求めていた

一切が粉塵となり
晴天のつむじ風に
攫われていった

悲しみも虚しさも
絶望も他人の目も
追越車線でさようなら
限りなく真白の風景へ

月光交信の遺伝子

月の下に集まって
原始の心は交信する

石を集めて積んで
祭殿をつくって
踊りをはじめた

そのうち歌が生まれて
石の笛で音楽が出来た

最初の交信の日に
初めてのお神酒
初めてのお祝い

金のお神輿担いで
みんなで円く歩いて
月の形を体現する夜

原始の心は跳ね続け
今日まで続く交信の喜び

天上紅葉事件

天の果てにて焚き火をする星座

天の梁に黄色いペンキを塗る職人

火の不始末が天を赤く燃え上がらせ
梁から落ちたペンキが広がってゆく

空にまみえる紅葉に驚き騒ぐ下界

慌てて神様は雨を降らせて
慌てて神様は雪を降らせて

空の色は淡くなってゆく
やがて濡れた青空が覗く

吹き返す心

独り向き合う白紙にて
自分の影が浮かび上がる
話しかければ答えるので
自動筆記で書き残してゆく

周囲は走り去ってゆく
私は浮いたり沈んだり
ゴム毬のような日々の中

白紙を埋めた文字や、
ぼやけたままのスケッチに
手がかりにはならないから

厚着して出かけた外は
随分と季節を進めていた

妬ましき情緒不安

切り裂く音が窓から聞こえる
冷たいガラス戸を揺らしている

空が嘆いて騒いで
みんな困り果てた

しかし空はどうしようもなくなり
土砂降りになるしかなかった
稲妻を光らせるしかなかった
海を陸を全て巻き込んで
叫ぶしかなかった

叫べない私は
横たわって
空を羨んだ
否、本当は妬んでいた

太極に佇む

飛ばない烏の話を聞いていた
君はどうする、と問われ
ぎくりとした

おぼつかない足取りで
風景の方が過ぎて行くように
漫然と生きている私のこと話を
烏は静かに聞いていた

天を仰いで言うことには、

私たちは大きな流れの中で
飛んでいても歩いていても
与えられた分だけ
進めるということ

以心伝心

夢の中で出会う人と話す時に、
大事なのは文法じゃないみたい
大事なのは単語じゃないみたい

夢の人に手を引かれ
私の深淵の故郷に立った
その時、大きな声で泣いた

初めて夢の人と通じ合って
涙の海では、鯨と鯱が仲良く泳ぐ

宇宙船が来たらもう行ってしまう

けれども私は、もう大丈夫だった

私は私を今日しか生きられない

私は私を今日しか生きられない

  • 自由詩
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青春
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-10-30

Copyrighted
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Copyrighted
  1. 慣れ親しむ立ち入り禁止区
  2. 最期の一文のために
  3. 人形の涙
  4. 枯葉の遺言
  5. ブルーライトは心中を貶す
  6. 今朝の黄泉がえり
  7. 日常は溶けて文字は蜂起する
  8. 麦畑の幽霊
  9. 幼き日
  10. 幼き日 II
  11. 私は私を今日しか生きられない
  12. 事実
  13. Imaginary
  14. 錦秋の中にてホワイトアウト
  15. 月光交信の遺伝子
  16. 天上紅葉事件
  17. 吹き返す心
  18. 妬ましき情緒不安
  19. 太極に佇む
  20. 以心伝心