静寂を知らない一晩の夏

静寂を知らない一晩の夏

 この夏、都会では歴代最高気温を叩き出したとお天気アナウンサーが言っていた。それでも、晩夏の今なら夜は過ごしやすい気温まで下がっている。
「とはいっても、まだ暑いよね」
 訳あって同居している友人は、アイスキャンディーを食べながらベランダの手摺に寄り掛かり、ここから見える星を数えている。
「歴代でも最も高い気温を叩き出したんだもの。そりゃ暑いよ」
「今年は暑すぎてどこにも行けなかったもんね」
 小旅行を趣味にあちこちへ出掛ける友人の楽しみは、たかが気温を理由に今年はあまり外出していないように思えた。きっとストレスが溜まっているのだろう。夜はこうしてアイスキャンディーを食べながら夜風に当たるのが日課になっている。
 ドンチャカ。ピーヒャラ。
 不意に太鼓と笛の音がこちらまで響いてきた。そしてドドン、と太鼓の締めの音が聞こえたと思えば、今度は威勢の良い男群衆がぶつかり合う声へと変わる。
「今日だっけ。暴れ神輿祭りって」
「知らない。でも今日なんじゃない?」
 そんなものに興味は無い、と友人の目を合わせることなく返事をする。
「行こうよ、お祭り!」
 そういうと急に腕を持ち上げられ、だらしないタンクトップと薄手のハーフパンツのまま友人と祭りを見に行った。会場には仕切られた境界線から溢れんばかりの人が集まっており、その中心には男群衆の手によって神輿が舞うように上下左右と激しく揺れている。友人は会場の熱と同調してテンションが上がり、仕舞いには何を言っているのか分からないほど叫んでいる。
 暴れ神輿が太鼓の音によって締め括られ、ようやく静まる。男群衆は汗だくで、鉢巻きを取って汗を拭く人もいれば、袖や腕で拭き取る人もいる。熱気は祭りの参加客にまで伝わっていたらしく、友人も汗で額が照らされていた。
「ふー。やっぱお祭りって最高だねー。せっかくだから屋台見て帰ろ?」
「いいよ」
 友人と並んで見るお祭りは、実に小学生の時以来だ。お互いに浴衣を着せてもらい、屋台でヨーヨーすくいとスーパーボールすくいで遊んだ記憶は忘れない。下手くそなのに頑張ろうとする友人の真剣な顔が変で、笑ったことに怒られたことがあった。それを友人も覚えたらしく、懐古談で盛り上がる。
「せっかくだから、なんかすくっていこうよ」
「じゃあ、金魚」
「分かった」
 たまたま金魚という文字が目に入ったから、という安直な理由で言っただけだが、きっと友人は一緒に何かを出来れば何でも良かったのだろう。
「わあ!」
 急に荒げた声の方を見れば、少し大きい金魚が友人の目の前で飛び跳ね、それに驚いていた。またしても可笑しくて吹き出してしまう。
「もう! 笑わないでよ」
「ごめん」
 久しぶりに楽しいと思えた激しい夏を、今日、しかもたった数時間で終わってしまうことに、寂しさを覚えた。

静寂を知らない一晩の夏

静寂を知らない一晩の夏

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-10-29

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