斬るえむグランプリ4

斬るえむグランプリ4との出会い

斬るえむグランプリというワードを初めて聞いたのは、3年目のコロナ禍の8月も半ばに差しかかったとある夏の日だった。

(ふーん、そういうのがあるんだ)というのが率直な感想で、その存在を教えてくれたDJ仲間が「参加してみなよ」とほんの少し挑発的な目をしていた事だけは覚えている。

正直言うとそのグランプリに興味があった訳ではない。
その当時、オーディオインターフェースやら何やらの存在を全く知らなかった無知系DJの私は「録音や動画撮影した自分のDJプレイをネット上に掲載するためにはどうしたらいいのか」について日々情報収集を重ねていたところで、斬るえむグランプリ4への応募方法であるTwitterへの1分間の動画投稿というのはちょうどいい自分への課題だったのだ。

「このグランプリがどんなもんか知らんけど結構すごいDJさん達が参加してるし私が選考通過するわけないし、いっちょやってみっか」と通販サイトで録画機材や変換端子を購入。ついでに後で買うリストに入れていたアルコール類を何本かカートに入れる。

ハッシュタグをつけて他の人がどんな動画を投稿しているのか探してみると、まぁバラバラでひとつも参考にならなかった。
イベントでお客さんを盛り上げている動画、シンプルなDJプレイ動画、TikTokの動画、DJグランプリへの応募であるのにも関わらず一切DJをしない動画などなど。

各DJさんたちのアイデアやプレイや編集能力に関心しつつも、私の目的・課題はあくまで「自分のDJ動画をネット上に掲載してみる」ことだったのでシンプルなプレイしている手元の動画にした。
なんとなく機材と一緒に買ったお酒も並べてみる。いま思えばオリジナリティの出し方の方向性を完璧に履き違えていた。
思ってもない言葉を書くのもポリシーに反するし、本気で取り組んでいるDJさんたちに失礼なので「なんでもやります」とだけ動画に文字を連ねる。


そしていよいよ斬るえむグランプリ4の動画選考の結果がツイキャスにて発表されると告知されていた日、私が何をしていたかというと


近所の公園をお散歩してました。


グランプリにそこまで興味はないにせよ結果はそれとなしに気になっていたのでツイキャスは見るつもりでいた。が、しかし、結果発表の日程が変更される前の画像を見ていた私は盛大に日程を勘違いしており、しっかりツイキャスを聴き逃し、DJ仲間からのLINEで動画選考通過の結果を知るというなんとも間抜けな幕開けとなったのであった。

斬るえむグランプリ4 までの日々

完全に予選通過する未来を想定していなかった私はハチャメチャに動揺した。リアルに膝が笑った。

憧れのDJさんや名だたるDJさん方が敗退しているDJグランプリ、どんな血なまぐさい戦いが行われる場所なんだろう。しかも開催地は名古屋だ。


ここでかなり話は変わるが、斬るえむグランプリに全く関係の無い私の名古屋にまつわる話をひとつさせてほしい。

初めての名古屋遠征

2021年の年明けもそこそこに、とあるDJの知り合いから「名古屋のイベントでDJをしないか」というお誘いが舞い込んで来た。

このお誘いにはまあ驚いた。僕DJデビューしてまだ2ヶ月ですけど大丈夫ですか?
正式なオファーの前にそれとなくお誘いを受けた時、私はかなり酔っ払っていたこともあり二つ返事で快諾していたことがLINEの履歴から分かった。その当時も「もう二度とお酒飲みません」とツイートした気がする。


その知り合いは私のDJデビューの現場を作ってくれた人でもあり、DJにかける熱意や行動力はすごく尊敬していた。質問や相談にもよく答えてくれた。それについては本当に感謝している。


話を戻そう。
その名古屋でのイベントのコンセプトは「バーチャルキャラクター(Vtuber・VSinger・メディアミックス展開を主体としたキャラクターIP)を後軸とした、サブカルチャー主軸のDJイベント(実際のオファー文章より抜粋)」とのことだった。

しかもあのkleemLOさんとバーチャルトラックメイカーのミディさんがゲスト参加、後援にはOTAIRECORD、Pioneer DJ、HYPLACE NAGOYA、Reverse Realだ。マジですか?



コンセプトについては正直ちんぷんかんぷんなのであった。

VtuberもVSingerもほぼ知らない。IPってなんの略?いっぱい?
「かろうじて知ってるレベル」だとバイト先の店長がよく話していた犬っぽい女の子やら猫っぽい女の子やらがめちゃくちゃラップが上手い綺麗なお姉さんやらが関の山だった。

その知り合い(以降主催と表記します)に「本当に私で大丈夫なのか」と何度か念押しをしたのち、このイベントが中々ない機会であることや少しでも実戦経験を積みたかったことから、謹んで出演させて頂くことにした。


当時PC(seratoDJ lite)とコントローラーでプレイすることしか出来なかった私はUSBでDJすることにめちゃくちゃ憧れがあり、名古屋にコントローラーを持っていくのがちょっとめんどくさいなという気持ちもあったので、オファーが決まってからUSBでDJする練習を始めた。
今思えばこれが地獄の始まりである。

初めてUSBに曲を入れ、なんとなくCDJにも慣れ、「こんだけやればまぁ何とかなるやろ」と迎えた当日。
コスプレイヤーの綺麗なお姉さんたち、テキパキ設営をするDJさんたち、全員が各々イベントの準備を進める中私は何をすればいいのか分からず、ただただ隅っこでセトリの確認(をしているふり)でPCをいじることしかできなかった。


設営が無事終了し音出しの時間になった。少し時間が押している。
1番手だった私は最後の最後に音出し確認をすることに。

初めましての共演者の方々に手助けをしてもらいつつ音出し確認をするも、緊張やら動揺で頭が真っ白、CDJとミキサーの操作方法が全部ぜ〜んぶきれいさっぱり飛んだ。
ヘッドホンから音が聞こえない。CUEボタンが反応しない。波形、これ、いま、どこ?分かんない分かんないどうしよう



主催の声が聞こえる。「オープンします!」



ズタボロの45分間だった。



関東から応援に来てくれたお客さん、名古屋の知り合いが見守ってくれていたおかげで気を失う事態だけは避けられたが、DJをしたとも恥ずかしくて言えないようなプレイ。悔しくて恥ずかしくて申し訳なくてステージから降りた後誰とも目を合わせられなかった。

応援に来てくれたお客さんやDJ友達に観てくれたお礼を伝え、フロアの隅っこで他の出演陣のプレイを観る。
全員めちゃくちゃかっこよくて、とにかく凄かった。


手元どうなってんのそれ?
うわめちゃくちゃ楽しそうにDJするじゃん
このキャラクターへの愛が伝わってくるなぁ
こんなリミックスがあるんだ知らなかった


みんなかっこいいなぁ


ちゃんとコントローラー持参して、せめていつも通りプレイ出来るようにすればよかったなぁ

折角のチャンス、自分でダメにしちゃったなぁ

めちゃくちゃ悔しいし来てくれたお客さんに申し訳ない




どのようにして名古屋駅まで辿り着いたか記憶が定かではないが、新幹線の指定席に座り列車が動き出した瞬間、声を押し殺し顔をぐちゃぐちゃにしてボロボロ泣いたことだけは覚えている。
隣の席に誰も座らなくて本当によかった。


これが私のDJとしての、死ぬまで忘れられないであろう初めての遠征だった。

斬るえむグランプリ4までの日々 つづき

といういきさつがあり、私にとって名古屋という土地は何となく縁というかゆかりというか、トラウマというか私怨というか、こんがらがった複雑な感情がこびりついた場所なのであった。

斬るえむグランプリ4への参加が決まった私はこれまた情報収集タイムに入った。
斬るえむグランプリ3.2.1全てハッシュタグを付け検索。とにかくツイートを漁る。
参加者が今池3STARのお立ち台でお客さんを煽ったり、踊ったり、曲に沿って感情表現をしたり、笑顔でプレイしていたりと

みんなとにかく私がめちゃくちゃ苦手なこと、出来ればやりたくないことをめちゃくちゃやっていた。

人の前に立つとか無理。煽るとか無理。普段のDJは基本棒立ちです。最近音楽に合わせて身体を揺らすことを覚えたばかりです。ライブは地蔵になって感動のあまり込み上げる涙をグッとこらえながらアーティストの勇姿を目に焼き付ける派です。こちとらプロの人見知りですが何か?



陽キャの集まりやんこんなん。やっぱ名古屋怖ァ。無理。

斬る'em ALLの人たちもお客さんも誰も彼もキャラ立ちすぎ。無理無理。

同じく斬るえむグランプリ4に出る人たちめちゃくちゃDJ上手い人いるし、何故かDJしてない人もいるし何もかも読めなさすぎるだろ。無理無理無理。

てかそもそも斬る'em ALLってなに?つづきともみさんって何者?
キタヤンは私を選んだ理由ツイートして速攻ツイ消しすんなお前。スクショしたぞ。


調べれば調べるほど謎は深まり、迷走し、斬るえむグランプリ4への不安は募るばかりであった。



実はちょうどその頃、私はDJを続けるか辞めるかで悩んでいた時期でもあった。

「自分が楽しむため」「誰かを楽しませるため」に始めたDJで、自分が傷付いたり心が疲れることがとても多かったからだ。

久々に電話した友人からは「DJやってんの!?チャラいね〜、それって何のため?出会いとか?」とバカにされ、
デカいイベントを運営している(らしい)おじさんからは「俺のイベント出してあげるよ。だからどう?(ホテル行こう)」と援交まがいの誘いを受け、
とある界隈で有名な方の主催のイベントに出させてもらえたと思えば「taroちゃんもしかして主催の人と寝た?」などと言われ


などなど。ここに書ききれないこともあるが、割と限界であった。
なんで趣味の世界なのに楽しいだけの気持ちでいさせてくれないんだよ。
私が悪いんか?(親友からはお前に隙があるのが悪いとは言われた。)


こんなに消費されなきゃいけないなら、こんなにしんどいなら、DJ辞めちゃおうかなぁ
と毎日考えていた。


DJしたい気持ちとしたくない気持ちの狭間でグダグダ考えに考えたがしかし予選通過した事実に変わりはなく、どんなイベントなのか知らなかったとはいえ応募した責任は自分にある。これはこれで何か掴める良い機会なのかもしれない。DJをやめるにしても1回くらいバカみたいなことしてからでも遅くはないんじゃない?

自暴自棄も相まっていたが準備を進めることにし、何パターンかセトリを考え悩みに悩んだ。私にはあまりにも斬るえむグランプリについての情報が少なすぎた。何が正解なのか全く分からなかった。うちこんなんはじめて。正直あのセトリの組み方はもうやりたくない。



セトリ決めに難航した私は敵情視察も兼ねて、斬るえむグランプリ4の2日前に池袋Admで行われるマタイチさん主催のロックDJパーティ「RealandReality」さんにお邪魔することにした。

グランプリ決勝進出者のとわさん、同じくグランプリ4予選通過者のちゃんてつさん、たーさんが出演されていたためである。

印象操作のために普段ほとんど着ない綺麗め清楚な女性らしい服装で会場へ向かった。



たーさんはその日いらっしゃらなかったが、とわさんとちゃんてつさんのDJを拝見して正直なところ「絶対勝てねぇ〜!!」と思った。

とわさんはとにかくめちゃくちゃ楽しそうかつ綺麗に曲を繋ぐし、ちゃんてつさんはフロアとステージを縦横無尽に駆け回りお客さんをバキバキに盛り上げていた。あとめちゃくちゃエアギターしていた。
僕エアギターしてる人生まれて初めて見ました。


会場内にいたSadakickさんの計らいでれべる・SPOTに初めましてをし、斬るえむグランプリについて色々教えてもらう。めちゃくちゃありがたかった。

当時この2人に対して
(おとなしそうないい人たちだ…こういう人もいるんだな…安心した…)
という第一印象を抱いていたのだが、後に大どんでん返しが起こることになるとはつゆとも知らずなtaroなのであった。それはまた別のお話である。

この日はとわさんとちゃんてつさんにご挨拶をして会場をあとにした。

(とわさんとお話したとき、前回の斬るえむグランプリの動画を見せてくれたり色々アドバイスを頂いてかなり助かりました。
ちゃんてつさんとはあまり話さないようにしてました。エアギターの印象が強すぎて何話したらいいか正直わからなかったし私自身ボロが出たら困るので。)

何やかんやで迎えた2021年9月25日。
名古屋駅周辺にホテルをとり前日から到着してはいたのだが、セトリの確認や演出のおさらいや緊張で一睡も出来ずに当日を迎えた。

身支度を整え会場へ向かう。控え室に入ると斬るえむスタッフの方々がステージの準備をしていた。
当然の事ながら雑談出来るような知り合いは1人もいない。唯一女性参加者の鯉ちゃんくらいだった。

自分のDJタイムで行う演出のためなるべく口数を減らし、みんな騙されてくれと願いながらお淑やかに大人しく振る舞う。慣れない伊達メガネが曇りとにかく邪魔だったが我慢する。

出順はしろぽんとたーさんの後だった。
自称他称プロの客のしろぽんは堂々とした安定感と情熱を感じさせるプレイで観ていて清々しくカッコよかった。
応募動画の中で1番「この人凄いな」と思っていたたーさんは選曲が被りに被りまくり、私は(たーさんのDJめちゃくちゃ好きなんだけど今日だけは嫌いだ…)というジレンマを起こしながら控え室でマッハでセトリを変える羽目になっていた。


そして私の出番になった。
もちろん緊張はしていたが、仕込みや準備の時間が長かったので「やっと解放される…」という気持ちの方が大きかった。
セトリの後半に向かうにつれて緊張で曲の繋ぎやプレイはズタボロ、音も止めたし初めて挑んだマイクパフォーマンスもてんでダメダメの下手くそだった。後にも先にもあそこまで最低なプレイはないと思う。

それでもとにかく必死だったし、何よりとにかく楽しかった。

私が流した曲でお客さんが楽しんでくれる喜び、笑いを取りに行けば気持ちいいほどリアクションをくれるお客さんたち、一緒に踊ってくれる安心感。

フロアでは皆が対等で、誰も他人を馬鹿にしたり搾取しようとしない「仲間」で。
私がずっと探していた、素直に楽しめる空間がそこにはあった。

自分のDJタイムを終え機材を回収。もたついてしまいちゃんてつさんのMCタイムを意図せず伸ばしてしまった。すみません。しかしむしろファインプレーだったかもしれない。

控え室へのドアを開くとカメラを構えるキタヤン。「(ステージは)いかがでしたか?」と下手くそなフリから始まるインタビュー。アドレナリンドバドバでまともなコメントができない私。ドッキリでインタビューすなよ。



機材を片付けていると「私FALL OUT BOYめちゃくちゃ好きなんだ!パフォーマンスすごい良かったよ!」とつづきともみさんが声をかけてくれた。

その時は負けたくない精神がメラメラと燃え盛っていたことから「決勝進出者唯一の女性枠、欲しいです」とつづきともみさんの目を見据えて言い放った気がする。なんとおこがましい。今となってはめちゃくちゃ恥ずかしい。


結果、グランプリ4の結果はちゃんてつさんと鯉ちゃんが決勝へ進出した。
全員ほぼ初対面だったこの日、自分でも気持ち悪いほどに全員のことが大好きになっていたので結果発表の瞬間はめちゃくちゃ嬉しかった。自分のプライドや「負けたくない」の気持ちはどっかに消え失せていた。



グランプリが終わりバーカン前で出演者やスタッフ陣とわちゃわちゃしている時、たーさん、かどっちょと話す機会があった。


「敗者復活戦、出る?」それとなしに訊く。
「出るよ!」
2人ともほぼ即答だった。
週刊少年ジャンプのようにアツい男かどっちょ、見た目めちゃカワDJめちゃうまのたーさん、2人とまたこの地で戦うことに対してほんの少しの不安と大きな喜びを感じ、「そっか〜」とにこにこしてしまったのを覚えている。


終電の時間が近づいてきた。次の日は自分主催のDJイベントが控えていたので急いで帰る準備をする。

つづきともみさんに挨拶をするためきょろきょろと会場内を探すと「あ!!今日ちゃんとお話してないよね!!」と少し静かな場所へ手を引いてくれた。

彼女ははじめに私の今日のステージでの魅せ方、選曲、パフォーマンスを"エンターテイナーとして最高だった"と褒めてくれた。マジすか。宴会芸みたいなことしちゃったけど喜んでいいのかこれ。

その後「taroちゃんはね、かわいい。だからそれは武器になる。アイドルが自分がかわいいことを自覚してそれをフル活用するように、taroちゃんのかわいさも武器にしたほうがいい。」
と言ってくれたとき、正直目からウロコであった。


ありがたいことに自分の振る舞いや容姿について褒められることは初めてではなかったが、その度に後ろめたい気持ちであったり不快な気持ちになっていた。

私を褒めることで相手が私から何かを搾取しようとしているのを感じたり、実際自分の容姿が恵まれていると感じたことがないためである。これは私の生い立ちにも関係のあるトラウマめいた根深い問題なので一生拗らせるであろう覚悟はしている。

しかし、「それを武器にしろ」というアドバイスは生まれて初めてであった。
コンプレックスを生きる術に変えるそのアドバイスが嬉しくて、私はグランプリに出場するにあたり今回のステージにDJを辞めるかどうかを委ねていたことを話し、また斬るえむグランプリに参加してDJの楽しさを新たに知ることが出来たこと、そしてこんなに素敵なイベントの立ち上げと運営をしてくれたお礼を述べる。

彼女は終始堂々としており、本当にカッコよかった。彼女が多方面からリスペクトされる理由を感じた。


一抹の寂しさと悔しさ、充実感を胸に今池3STARを後にする。

斬るえむグランプリ4

斬るえむグランプリ4

  • 随筆・エッセイ
  • 短編
  • 青春
  • アクション
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-10-27

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 斬るえむグランプリ4との出会い
  2. 斬るえむグランプリ4 までの日々
  3. 初めての名古屋遠征
  4. 斬るえむグランプリ4までの日々 つづき