君の口癖

まどろ

君の口癖

大事にするべきものはすぐそばにある。

君はいつもそう言っていたね

昼休みにアテもなくウロウロしていた時に覚束ないギターの音を聞いた。
それは、普段人気(ひとけ)のない音楽室からなっていて、ドアがほんの少しだけ空いていたから聞こえた奇跡の音だった。
こっそり近づいて中を覗いてみると、別クラスの男子生徒が窓に背を向けてギターを弾いていた。
聞き覚えのあるメロディだった。テレビや街でよく流れている気がする。まだ始めたばかりなのか、綺麗になる音と、鳴らない音があった。
しばらく眺めていると、急にギターが止まった。男子生徒は立ち上がり、勢いよく振り返る。僕と目が合った瞬間に、声にならない短い叫び声をあげて、男子生徒は少し浮かんだ。
「おまえ…びっくりさせんなよ…」
「あ、えっと…ごめん…」
僕も僕でかなり驚いていたから、うまく言葉が出なかった。
「入れよ。勝手に弾いてることバレたら怒られるからさ」
落ち着きを取り戻した男子生徒は、いたずらっ子のような笑顔で僕に声をかけた。
「俺は颯太(ふうた)。お前は?」
「あっ……僕は……光太郎(こうたろう)
突然の自己紹介だった。慣れていない僕は吃りながら答えた。
「光太郎……じゃあ、コウだな」また笑う。
「早く入れって。バレたらそれなりに怒られちゃうからさ」
急かされた僕は音楽室の中に入った。
「よし…これで同犯だな!バレたらコウも怒られるぞ」
さっきよりも悪い笑顔だった。それに思わず僕も笑った。
「何年?」
「2年です」
「何しにきた?」
「いや…ギターの音が聞こえたので…」
「え…もしかして開いてた?」
「はい…開いてました」
それを聞いた颯太はふぅっと息を吐いた。
「じゃあいつでもバレる可能性があったってことか…最初に見つけてくれたのがコウでよかった!!」
さっきとは違った顔で颯太は笑った。
「…僕が言うかもしれないよ」
なぜか少しだけ戯けたかったから出た言葉だった。僕の言葉に颯太は驚いた。
「なんだコウ、そんな冗談も言えるやつだったのか!」そう言って目を輝かせる。
「コウもギターやろうぜ!」
「え…できないよ」
「最初はみんなそうだよ!俺もできるわけじゃないけど教えてやるからさ!」
こうして、僕は昼休みにギターを習う事になった。ただ過ぎて行くはずだった学校生活の中に、1時間だけ特別な時間ができた。
14年間生きてきて、初めての経験だった。明日が楽しみになった。

それから僕は颯太と一緒にギターを弾きまくった。いろんな楽曲を真似ているうちに、オリジナルのメロディを作ることができるレベルまでになった。
「颯太聞いて!僕、今練習してる曲全部弾けるようになったよ!」
「え?!まじで!?あとから始めたお前の方が引けるようになっちゃうのかよ!!」
そんなやりとりもあった。いつの間にか僕が颯太に教えられることも増えていった。
「才能って怖いな…」
颯太が遠い目をしながら言った。最近はおしゃれなジャスのコード進行を弾いているけど、今日はどこか寂しさが混じっていた。
「教える人が上手いと…インキャでもここまでできるんだね」
そのコード進行にアレンジをしながら僕も加わる。颯太のため息が聞こえた。
「僕はずっと颯太の真似をしているだけだよ」
「真似すんなよ」そう言いながら笑った。
「まぁでも、ありがとな」
「…急にどうした?」笑ったり、真面目な顔をしたり、颯太はほんとに忙しい人だ。
「いやさ、俺は今までずっと1人でやってたから、誰かと何かをするってこんなに楽しいんだって気付けたからさ」
僕も同じようなことを考えていた。特定の友達がいないわけじゃないが、こうして2人で何も考えずに同じ空間で何かを共有しあえるのは颯太だけだった。
「・・・僕もそう思う。あの日、音楽室の扉が少し開いていてよかった」
「ほんとだな」
それからは、言葉を交わすことなくずっとギターを弾いていた。昼休みがだんだん短くなっていく。時間の流れは一瞬だ。

冬休みが近づくにつれて、クラスの雰囲気は柔らかく澱んでいく。悪巧みをしている人達もいれば、遠出をする計画立てている人たちもいる。
きっとこの冬休みでみんなが少しだけ大人になってしまうんだろう。
僕にはそんな成長はなさそうだった。
「光太郎くん」後ろの席から僕を呼ぶ声が聞こえた。
「光太郎くんは冬休み何するの?」
「今のところ特に予定はないよ」
「そうなんだ」
「そういう中西さんは?」
「あ、え…私は…私も、特に予定はないかな」
なぜかは分からないが、中西さんは少し驚いていた。そんな中西さんの回答に僕も驚いた。
「中西さんもないの…?」
クラスの中心人物の人が予定がない…?中学2年の冬休みに…?あれだ。もはややばすぎて言えないんじゃないだろうか。
「みんな何かした企んでるから、てっきり中西さんも何か企んでると思ってたよ」
「企んでるって面白いね」そう言いながら中西さんは口を押さえて静かに笑った。
「私は何も企んでないよ。確かにみんなからいろんな誘いがあったけど、全部断った。みんな浮かれすぎだよね」
「しょうがないよ。今の僕らってなんでもできるかもって錯覚しちゃうじゃん」
「ふふ、そうだね」そういって微笑む中西さんはどこか嬉しそうだった。
「なんか…光太郎くん変わったね」
目を細めていう中西さんにドキッとしてしまった。
「変わった…?それはいい方に?悪い方に?」
うーん…と中西さんは考える。その間に、さらにドキドキした。
「いい方に変わった!」
目を輝かせて笑った中西さんが文字通り眩しかった。
「よかった…」
「最近に教室にいないことが多いけど、どこ行ってるの?」
「え…?あ・・・ちょっとね」
「ふーん…」内緒なんだ?っと中西さんはシーっとジェスチャーした。
別に内緒にしなくてもよかったけど、クラスメイトの事を少しいじった挙句、自分は昼休みに音楽室でギターを弾いているなんて言えなかった。

「もうすぐ冬休みだな」
音楽室に入るなり、颯太が言った。
「そうだね。颯太は何するの?」
「俺は特に何もない。とにかく家でこいつの練習だ」
「え?颯太ギター持ってるの?」
「持ってないよ?」
「買ってもらうの?」
「買ってもらわないよ?」
「え・・・じゃあ・・・どうするの?」
「どうすると思う?」
颯太はいつものように笑った。
どうするんだろうか…。ただ、とんでもないことを企んでるに決まってる。ギターを持ってないのにギターの練習。新しいものを買うわけじゃない。いたずらっ子のような顔を見る限り、誰かから譲り受けるわけでもなさそうだ。
「・・・・・・・・!まさか!」
「うん、当たり。多分、あたり」
僕は急いで室内にあるギターの数を数えた。
「・・・・・・1本ない!!」
「そういう事。もうすでに隠してある」
「いやいや、流石にやばいよ。やめたほうがいいと思うよ」
「そうだよな。そういうと思った」
「なら…」
「でもいいだろ。最後くらい悪いことしたってさ」
「え…?颯太って悪いことする生徒代表みたいなキャラじゃないの?」
「馬鹿野郎。俺は教室では静かなやつで通ってるんだぞ」
その言葉に思わず笑ってしまった。
「何笑ってんだよ」
「いや、全然イメージが湧かないかと思ったけど、案外湧いたからさ」
「珍しく馬鹿にしてるな」颯太はそういって冗談まじりに睨みつけた。それにまた笑う。
「でもね、颯太のおかげで僕は少しだけ変われた気がするよ」
「変わった?」
「そう。僕は少しだけ自分を好きになれた気がするよ」
「それは…めちゃくちゃいい事だな!」そう言いながら颯太が笑う。
「颯太からはギター以外にもいろんなことを学んだ気がするよ」
「え?俺そんなにコウに教えまくってた?」
「うん、教えまくってた。ずっと颯太の真似してる気がするよ」
「おいおい、ギターはいいけど、他のことは俺の真似なんかするなって」
颯太は真顔でそう言った。たったそれだけだったが、心の奥底で何かが引っかかった。
「大人に怒られちゃうからな」
感じられた小さな違和感は、颯太の笑顔にかき消された。

冬休み。
なんだか今年の冬休みはいつもとは少し違った。ただ家にいるだけでよかったはずなのに、どこかそわそわした。
そのソワソワを見失わないうちに外に出た。慣れていない寒さに体が動くか心配だったけど特に問題はなかった。
僕は一通り街を街を回った。自分が生まれ育った街を。小学生の時に遊んだ場所だったり、歩いて帰った通学路だったり。
あの頃と少しだけ相違している部分がある。公園の遊具の色とか、舗装された道路とか、シャッター通りとか。時間の経過を物語風景を僕はノートにメモしていった。

みんなと同じように生きているんだ。そう思った。

3日後、僕は両親にギターをやってみたいと伝えた。あまりそう言う事を言ったことがないせいか、2人とも喜んで買ってくれた。
赤を基調としたアコースティックギターだ。学校に置いてあるのはクラシックギターだったから最初は苦戦したが、アコギの方が引きやすいと言うことに気づけた。
1人でギターを練習している時間は物寂しさもあったけど、自分自身がどいう音を出すのかに向き合えた。冬休み明けに颯太に披露するのが楽しみだ。
そういう思い出ひたすら練習した。
街で見たこと、感じたことを自分なりに歌にもしてみた。気恥ずかしさはあったけど、颯太に聞いてもらいたいと思った。
僕の中で何かが確実に変わりつつあった。颯太を通して、音楽を通して、僕は生きる喜びを見つけた気がした。

これからもずっと一緒にいるんだと思った。
高校に入っても、大人になっても、颯太は日本のどこかにいて、音楽をやっていて、僕もやっていて。そんな未来を確かに描けた。
思えば、あの日の違和感を言葉にしたらよかったのかもしれない。会えて言葉にしなかったわけでもない。言葉が口から前に出なかった。
それぐらい小さい違和感だった。
冬休み明け、颯太が音楽室に来ることはなかった。

後日談

僕は小さなライブハウスにいた。4人組のバンドがギリギリ入らないぐらいのステージと、20人でパンパンになるホールだ。
僕はステージに1人。余裕だ。こだわって選んだ大きめのスピーカーと、足元に3つ置いてあるエフェクター達が相棒だ。

「みなさん、いつもありがとう」
僕がアリーナに向けて言うと、いつも見にきてくれる謎のパーカーを着た男がイェイイェイとヤジを飛ばし、数人が拍手をした。
「今日は久しぶりのライブで、めちゃくちゃ緊張してます。何回やっても慣れないもんだね。こればっかりは」
僕は少し笑った。
「さて、今日は僕の昔話に付き合ってもらいます」えーっと数人がヤジを飛ばす。
「嫌がらずに聞いてほしい」そんな言葉を言わなくてもみんなが聞いてくれると言う事を僕は知っている。

「僕は…生きることがつまらない人間だった。そう思っていたピークは中2の時だから、今思い返すと本当にただの厨二病だったのかもしれない。
でも確かに、生きることはつまらなかった。毎日同じことの繰り返し。何が楽しくてみんな生きているのかをずっと考えてた。
そんな何気ない日々のある日、僕はフラフラと何かに誘われるように学校を練り歩いた。図書室に直行するはずのルートを外れて遠回りしたんだ。
そうして僕は彼、颯太と出会った」

「彼は陰気だった僕に音楽というきっかけをくれた。教えてくれたと言っても、颯太も始めたばっかりだったから僕たちは2人でゆっくりと成長していった。颯太から手渡されて初めてギターを弾いた感覚をまだ覚えている。感動した。うまく音が出るとか関係なく弾きまくった。
颯太の真似ばかりしている僕に『真似するな』ってよく言われていた。そう言う時に颯太はいたずらっ子みたいに笑うんだ。
暖かいその笑顔が、僕を優しく照らしてくれた」

「中2の冬休み前、颯太は学校からギターを盗んだ。家で練習するために盗んだらしい。颯太らしいと思ったが、颯太はそんな大胆なことをする人じゃないらしい。その時も言っていた。真似するなって。できないよね。普通そんなことは」
右目からの涙が頬を伝う。ステージ上に落ちた涙はゆっくりと透明になっている。

「そんな颯太に遅れを取らないように親にギターを買ってもらってこっそり練習したんだ。一心不乱に弾いた。颯太に負けないように弾いた。弾きまくった。自分の中から溢れてくる音と自分の伝えたいことを詰め込んだ曲まで書いた。感謝の歌を颯太に作った。コードもめちゃくちゃだし、歌詞もストレートすぎて照れ臭くなるような歌だ」

「でも…それ颯太に聞いてもらう前に、颯太は死んだ」
会場から音が消える。数分前からヤジを飛ばす人はいなくなった。

「飛び降り自殺だった。学校の屋上から颯太は飛んだ」息を整える。涙は相変わらず右目から溢れ出る。

「なぜ颯太がそんなことをしたのかは誰にも分からないらしかった。僕は颯太のことを明るくてクラスの中心にいるような人物だと思ってた。でも颯太は本当にどこまでも普通の生徒だったみたいで、全てのことを普通にこなせるいい生徒だったらしい。
遺書も何も見つかっていない。両親さえなぜこんなことになったのかはわからない。だから殺人かもしれないと思われてたみたいだけど、その日学校には生徒はおろか先生が出入りした記録もなかった。颯太は1人で学校に向かって、1人で死んだ」

「これは…これは本当に僕の推測なんだけど、颯太も僕と一緒だったんだと思うんだ。なんで生きているのかがわからない人間。颯太と僕が仲良くなれたのはそれなんじゃないかって。何も確証はないよ。ただ、誰よりも颯太のそばにいたであろう僕が出した答えがそれなだけだ。颯太にはなんらかの影があった。いつか話してくれるだろうと思っていた。なんでそんなに大人びた考えを持っているのか、僕の事が理解できるのか。全てが疑問だったけど、颯太が僕と同じようなことで悩んでいたんだとしたら、全ての辻褄が合う」

「僕は………正直今でもわからなくなる時がある。なんで生きているんだろう。なんのために生きているんだろうって考える時がある。僕もふと、この命を投げ出したくなることがある。けど、僕は死なない。死ぬことはできない。颯太にずっと言われていたから」

“真似するなって言われたから”

 

「思いを背負って生きるとか、そんなことが僕にできるかはわからないし、背負い方もわからない。でも、僕がこうして必死に生きて、歌を歌って、どこかの誰かの胸にそれが残って、1人でも多くの僕を楽にさせられればそれでいい」
気がつけば、涙あ両目から溢れ出していた。僕は精一杯の笑顔を会場に向けた。颯太。これだけは真似させてな。

「今日は本当にありがとう。最後の曲です。聞いてください」
 
“君の口癖“

君の口癖

なぜ人は、後から気づくんでしょうか。
よく考えればいいのに、その時は考えない。
あとからしっかり考えて、間違いに気づく。
なんて効率がわるんでしょうね。

君の口癖

君のおかげで僕は今を生きている

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-10-27

Public Domain
自由に複製、改変・翻案、配布することが出来ます。

Public Domain
  1. 君はいつもそう言っていたね
  2. 後日談
  3. “真似するなって言われたから”
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