愛されなくていい、愛しても

 すこやかに、いきること。
 それを第一に望んでいるのだと、神妙な面持ちで、アルビノのくまは云う。
 私があの子を縛りつけて、囲ってはいけない。
 愛を与えても、愛を欲してはいけない。
 自分を厳しく律するように、彼は訥々と語る。

 森はつめたい。
 秋は足早に去り、冬がもうすぐそこに来ているのだと、りすの兄弟が言っていた。
 ぼくら人間が時に、生まれた意味を考えることがあるのだと知ると、森の者たちは不思議そうに首を傾げた。生まれた意味を考える理由がわからないと、野うさぎ。生まれたこと自体に意味があるのだと言い切る、鹿。そんなことを考えているあいだにも確実に死に向かっているのだから、考えている時間が勿体ないと言う、グリズリー。人間は実に愉快で興味深いと微笑した、白いくま。

 あの子に愛を注いでいる彼が、あの子からの愛を乞うのを躊躇うのは、結局は、あの子を愛するが故なのだ。
 異種族。
 同性。
 あの子の幸せは、あの子が人間の誰かを愛し、愛され、人間の世界で慎ましくも健やかに暮らすことだと、彼は思っている。子孫を宿し、やさしいあの子の血が脈々と受け継がれていくことを、彼は祈っている。誰よりもあの子を愛していても、自分はあの子を幸せにできないと、彼は思いこんでいる。
 例えばあの子が、彼を愛していたとしても。
 彼はきっと、あの子を諭し、いずれは森から追い出すつもりなのだろう。

 生きているものは、みんな、臆病なのだ。
 臆病は、生きているものなら誰しもが罹る、病だ。
 森に棲まう生きものたちの神さまのような存在である彼にも、等しく発症する。蝕む。

 彼の傍らで眠っているあの子はいま、世界でいちばん幸福な顔をしているというのに。

愛されなくていい、愛しても

愛されなくていい、愛しても

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-10-17

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