春を待つ

 桜のきせつがおわり、けれど、きみはいつまでも、桜の木をみあげている。はだか、といえる、いまの姿を、慈しんでいるのか。細い枝が、すこしだけ、骨のようにみえる。テレビのなかで、うたをうたうひとたちが、うたをうたう以外のことをして、わらっている。スマートフォンの電波が、ちょっとわるいだけで、世間は、おおさわぎする。そういう時代なのだと、きみはいって、春をまちわびている。ぼくがいいと思うものを、まわりのだいたいのひとはみんな、よくわからないという。情緒が、うまれるよりもさきにおとずれる、あれは、とまどい。
 土にまみれ、黒くよごれる、きみの手指。
 星がとりこぼした、もの。
 ときに感情。
 ときに生命。
 ときに、なまえすらつけてもらえなかった、なにか。
 たいくつだから、バウムクーヘンをたべているあいだに、きみがぼくの好意に一ミリでも、ふりむけばいいのにとか、雑なことを想ってる。ちょっと前の流行りの曲を、なつかしいと感じながら然して重みもない甘やかな年輪を、はがすようにたべていく。
 ベランダで、たばこを吸いながら、きみが、ながめる景色には、いまはまだ、秋と冬をこえるために眠っている、彼がいて。

春を待つ

春を待つ

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-10-15

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