眠る熱帯魚

 くるしくて、淡い息を、みじかい間隔で吸って、吐いてをくりかえしているあいだに、もうろうとする意識のなか、おわりのない夜をみた。肺に、秋の冷気を感じて、それはすこしだけ、あの日の化学室の冷たさに似ている。おとうさん、というなまえのいきもののことを、思い出せるかときかれて、ぼくは、よくわからないと答えた。おとうさん、といういきものは、ぼくに、かんけいのあるひとなのだろうかと、逆にたずねると、レムはどこかさびしそうに、目を伏せた。試験管の底、綿のベッドの上で、植物の種が芽吹く頃、生物室の水槽のなかで、まるまってねむっているきみが、熱帯魚の夢をみている。孤独はいつも、傍らにあって、だれもしらない惑星のことを想像するときは、ぴたりと密着するように、そこにいた。
 レムがいう。
 おとうさんがいて、おかあさんがいて、ぼくらがいるのだと。それがあたりまえなのだと、レムはいうけれど、ぼくは、おとうさんというひとのことを、しらない。おかあさんは海になったというと、レムは、蛇口をひねり、じゃあじゃあと水を流し、手を洗いながら、おかあさんはもともと海なのだと言った。では、おとうさんはなんなのだときいても、レムは黙々と、手を洗うだけだった。

眠る熱帯魚

眠る熱帯魚

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-10-12

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