さざ波

あおい はる

 きれいだった。あの朝のことを、ふと思い出すとき、波間に揺れているような気分だった。真夏の、砂の熱さは感じなかった。くだいた宝石をちりばめたみたいに、海は光っていた。こわいのはいつも、じぶんを見失うことで、たいせつなひとを傷つけるよりも、胸が痛んだので、ああ、わたしというにんげんは、ひとりで生きていくようにできているのだろうと思った。百舌(もず)の声がして、どこか、遥か遠くにいた気がしていたのに、はっきりした意識で、現実(いま)に立っていた。

 海岸沿いの線路を、電車が通過してゆく。

 おだやかに、なめらかに、はしっている。

 つくられた街で、静かに眠れる夜はなかったし、かなしみを払拭してくれる娯楽も、みつけられなかった。夏と共に消失した百舌が、いまでもときどき、わたしに話しかけてくる。わたしは百舌を、たいせつにしてあげられなかったのに、百舌はわたしのことを、肉体を失っても、気にかけてくれているのだ。

 やさしい。

 やさしいから、こわかった。

 百舌のやさしさに寄りかかって、わたしが、わたしでなくなっていくのが、こわかった。

 秋の風が吹きはじめた浜辺で、うごけないでいる。
 海が笑ってる。

さざ波

さざ波

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-10-11

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