さざ波
きれいだった。あの朝のことを、ふと思い出すとき、波間に揺れているような気分だった。真夏の、砂の熱さは感じなかった。くだいた宝石をちりばめたみたいに、海は光っていた。こわいのはいつも、じぶんを見失うことで、たいせつなひとを傷つけるよりも、胸が痛んだので、ああ、わたしというにんげんは、ひとりで生きていくようにできているのだろうと思った。百舌の声がして、どこか、遥か遠くにいた気がしていたのに、はっきりした意識で、現実に立っていた。
海岸沿いの線路を、電車が通過してゆく。
おだやかに、なめらかに、はしっている。
つくられた街で、静かに眠れる夜はなかったし、かなしみを払拭してくれる娯楽も、みつけられなかった。夏と共に消失した百舌が、いまでもときどき、わたしに話しかけてくる。わたしは百舌を、たいせつにしてあげられなかったのに、百舌はわたしのことを、肉体を失っても、気にかけてくれているのだ。
やさしい。
やさしいから、こわかった。
百舌のやさしさに寄りかかって、わたしが、わたしでなくなっていくのが、こわかった。
秋の風が吹きはじめた浜辺で、うごけないでいる。
海が笑ってる。
さざ波