ある名医

京都市内にある、京都四条病院である。
そこには、ある老人の医師が勤めていた。
氏は、大丘忍といい、昭和8年、生まれの、88歳である。
88歳で、現役医師をしている、という人は、まず、いない。
氏は、厳しい家庭環境に、育ち、頭が良く秀才で、その上、猛勉強して、京都大学医学部に合格した。
そして、アルバイトで、学費を稼ぎながら、苦学して、大学を卒業した。
その後は、京都大学医学部、第二内科に、入局して、内科医師として、京大医学部の関連病院を、いくつか、回って、真面目に働いてきた。
漢方医学を研究し、名医年鑑にも載った。
世間での、氏の評価は、誠実で真面目な、医師であった。
医師は、大体、70代で、医師の仕事をやめる。
しかし、大丘忍は、70歳を越しても、医師の仕事を続けた。
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現在(令和3年)、になっても、京都四条病院で、医師の仕事を続けている。
「えらいわねー。大丘先生。あの歳で、まだ現役を続けるなんて」
順子という、ナースが言った。
「日野原重明先生は、100歳になっても、医師の仕事を続けたでしょ。それに対抗しているのよ」
美津子というナースが言った。
「そうね。きっと、ギネスに乗る、とか、紫綬褒章を受賞することを目指しているのよ」
悦子というナースが言った。
みな、大丘忍を讃える発言ばかりだった。
「違うわ。あなた達は知らないでしょうけれど、あの先生、自分にあてがわれた部屋で、いつも、パソコンを打っているでしょ。何をしていると思う?」
恵子というナースが言った。
「知らないわ。きっと、ライフワークとして糖尿病とか、漢方薬の論文か何かを書いているんでしょ?」
順子が言った。
「違うわ。私、前に、患者が来て、大丘忍先生が、部屋を出た時、こっそり、大丘忍先生の部屋に入って、パソコンを開けてみたの」
恵子が言った。
「それで、どうだったの?」
みなが、恵子に聞いた。
「それがね。なんと、小説を書いていたの。それを、(作家でごはん)という小説投稿サイトに投稿しているのよ」
「ええー。本当―?」
「本当よ」
「それで、どんな小説なの。すごく難しい真面目な医療小説なんでしょ」
「違うわ。すごーく、いやらしい、官能小説ばかりよ」
「ええっ。本当。信じられないわ」
「本当よ。これを見てご覧なさい」
そう言って、恵子は、タブレットで、「作家でごはん」のサイトを開いた。
「このサイトでは、新しい投稿小説を、200作まで、保存しているの」
そう言って、恵子は、大丘忍、の投稿した、小説を開いた。
みな、一心に読み始めた。
「うわー。いやらしい。あの先生、よくここまで、いやらしい小説が書けるわね」
「うわべは、真面目で謹厳を装っているけど、心の中では、スケベなことしか、考えていないのね」
「まるで、ジキル博士とハイド氏みたいね」
「実を言うとね。私が、疲れて、ベッドに寝ていたことがあるの。その時ね。目を覚ますと、大丘忍先生が、私の間近で、ハアハアと、息を荒くしていたの。股間をさすりながら。おかしいなって、思ったけれど、まさか、って、その時は、気にしてなかったわ。でも、今、思うと・・・・」
「もしかすると、車で送り迎えしてまでも、この病院に来ているのは・・・私たちを見て、性欲を掻き立てようとする目的のためじゃないからしら?」
「その可能性はあるわね」
「実を言うとね。私。以前に、大丘忍先生に呼び出されたの。私が、胸が痛む、と、言っていたら、それが、大丘忍先生に知れたでしょう。それで、大丘先生に、それは、もしかしたら、乳ガンの可能性があるから、触診してあげよう、って、言ってくれたの。大丘忍先生は、真面目だから、私は、上着を脱いで、ブラジャーも外して、乳ガンの触診をしてもらったわ。大丘忍先生は、謹厳な真面目な性格だから、私は、恥ずかしくはなかったわ。でも、何だか、触診の時間が長いし、触り方が、変だな、と思っていたの。何だか、触診されているうちに、気持ちよくなってきたの。そして、大丘忍先生、のズボンを見ると、テントを張っていたの。男の人の勃起は、朝マラのように、必ずしも、性的興奮だけで、起こるものじゃない、ことは、知っていたから、その時は、気にかけなかったわ。でも、今、考えなおしてみると、そうじゃないのかも、しれない、という気がしてきたわ」
「実は私もそうよ。私は、以前、風邪をひいたことがあるわ。その時、大丘忍先生が、口の中を診て、そして、肺炎を起こしていないか、調べるから、と言って、私は、ブラジャーだけになったわ。大丘忍先生は、私の胸部聴診をしてくれたわ。かなりの時間をかけて。でも、何だか、大丘先生は、涎を垂らして、そして、股間がテントを張っていたの。今、考えてみると、確かに不自然だわ」
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「実はね。私。大丘忍先生、と、一緒に往診に行ったことがあるの。長く、大丘忍先生が診てきた患者さんだわ。それでね。診察が終わって、帰りのタクシーに乗った時、(静江。食事していかないか?)って、言ってきたの。私は、(えっ)、と、驚いたわ。大丘忍先生は、私を死んだ妻、と思っているんだわ、って思ったわ。ボケ症状が出始めているんだな、って、可哀想になって、一緒に食事したの。食事中は、私のことを、(静江。静江)って言い続けたわ。可哀想になって、私は、(うん。うん)って、聞いてあげたわ。そして、その晩は、大丘先生の家に連れて行かれて抱かれたわ」
「実は私もよ。大丘忍先生に誘われて、先生の家に行ったの。そして、料理してたら、後ろから抱きついて、(静江。好きだよ)って、言ってきたの。あと2、3年で死ぬ、先の無い、老いぼれジジイだから、私、先生に抱かれたわ。でも、先生。ちゃっかり、バイアグラを飲んでいたわ」
「みんな同じね。私もよ。仕事の後、(静江、家に帰ろう)、って誘われて。私は、先生と一緒にお風呂に入って、体の洗いっこ、をしたわ。そして、一緒に寝たわ。先の無いジジイだから、可哀想だと思って。でも、こう聞いていると、大丘先生、って、その手で、私たちの、肉体を楽しんでいるのよ。つまり、ボケ老人を演じて、同情させて、私たちを弄んでいるのよ」
「今度、先生に問い詰めましょう」
こうして、大丘忍に対する、ナース達の疑惑は、募っていった。
ある日のことである。
いつものように、大丘忍は、京都四条病院に出勤した。
歳なので、病院の車が、大丘忍の送り迎えをしていた。
「おはようございます」
「おはようございます」
と、ナース達は、大丘忍に、笑顔で挨拶した。
その度に、大丘忍は、
「やあ。おはよう」
と、挨拶を返した。
午前9時から、診療が始まった。
大森順子という、ナースが、大丘忍の診療についた。
最初の患者が来た。
腎臓病の患者の、70歳のAさん、だった。
大森順子が、「はい。先生」、と言って、A氏のカルテを、大丘忍に渡した。
「ありがとう。大森君」
と笑顔で言って、大丘忍は、カルテを受けとった。
「Aさん。具合はどうですか?」
大丘忍は、カルテを見ながら言った。
「先生。このところ、どうも、何もやる気がしなくて・・・・」
「BUN、クレアチニン、の値が高いですね。食生活は、どうですか。減塩はしていますか?」
「それが・・・。どうしても、塩分の味つけ、が、少ない食事をしても、美味しくなくて。つい、味つけは、濃くしてしまいます」
「それは、よくないですね。塩分を捕り過ぎると、血圧が高くなって、腎臓に負担を増やしますからね。腎機能の低下をまねきます」
「それは、わかってはいるんでが、生活に、食べることくらいしか楽しみがなくて、つい」
「その気持ちは、わかります。私も、厳しいことは、言いたくないのでが、やはり医者として、言わなくてはなりません。肉はやはり、食べてしまいますか?」
「え、ええ。つい、焼肉を食べてしまいます。食べることしか、楽しみがないので」
「そうですか。肉、は、タンパク質ですからね。タンパク質も、腎臓に負担をかけます。低タンパク、ある程度のカロリー食、が腎機能を、悪化させない食事です。運動はしていますか?」
「それが、先生のアドバイスで、ウォーキングを始めましたが、やはり、つまらなくて。3日坊主で、やめてしまいました」
「そうですか。つまらない事をやっていても、長続きしませんからね。アスレチックジムに入って、太極拳、とか、自彊術、とか、あるいは、社交ダンス、とかを、やってみませんか?友達も出来るし、女性の方とも、つき合えますよ」
「ええ。先生がおっしゃるなら、試してみようと思います」
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大丘忍の診療は、こんな具合に行われた。
午前中は、10人の患者を診て、午後は、8人の患者を診た。
午後5時に診療が終わった。
「はーあ。やっと、終わりましたね。先生。ご苦労さまでした」
ナースの大森順子が、大丘忍に言った。
大丘忍は、じっと、大森順子を見つめた。
大丘忍の目が、急に、トロンとなった。
「静江。病院に迎えに来てくれたんだね。ありがとう。一緒に家に帰ろう」
大丘忍は、大森順子に抱きつこうとした。
「先生。私は、静江ではありません。大森順子、というナースです」
大森順子は、キッパリと言った。
「何を言ってるんだ。だって、君は、僕の妻の、静江、じゃないか?おかしなことを言わないでくれ」
「先生。先生は、その手口で、痴呆を演じて、女を抱いているんでしょう。わかってますよ。もう、その手口にはのりません」
「僕は痴呆なんかじゃないよ。静江、おかしな事を言わないでくれ」
そう言って、大丘忍は、大森順子に抱きつこうとした。
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「みんなー。出てきてー」
大森順子が叫んだ。
すると、診察室の戸が開いて、ナース達が、どどどっ、と、入ってきた。
みな、大丘忍に、抱かれた、ナース達だった。
彼女らは、大丘忍の前にズラリと並んだ。
「先生。先生は、以前、私のことを、静江、と言いましたよね。私は、静江なんですか?」
「私もそうですよ。先生は、以前、私のことを、静江、と言いましたよ。私は、静江なんですか?」
ナース達は、みな、そう言って、大丘忍に詰め寄った。
大丘忍の顔が困惑した渋面になった。
パッ、と、大丘忍の顔が、変化した。
大丘忍は、真面目な表情になった。
「あっ。君たち、ズラリと並んで、一体、何の用かね?」
大丘忍が、真面目な口調で、ナース達に聞いた。
「先生。私は、静江ですか。それとも、大森順子ですか?」
大森順子が聞いた。
「何を言ってるんだ。君は、ナースの大森順子じゃないか」
大丘忍が言った。
「先生。私は、静江ですか。それとも、佐藤京子ですか?」
佐藤京子が聞いた。
「何を言ってるんだ。君は、ナースの佐藤京子じゃないか」
大丘忍が言った。
他のナース達も、異口同音に同じ事を聞いた。
「何か、君たちに、悪い事をしたのなら、謝るよ。すまない。認知症の、起こり始めの時はね。ラピッド・サイクル・チェンジ、と言ってね、認知症、と、正常、の状態が、交互に起こることが、あるんだ。そして、正常の状態の時には、認知症になった時のことは、覚えていないんだ」
「随分、都合のいい、病気なんですね、認知症って」
ナースが、当てつけがましく、口を尖らせて言った。
しかし、医学の専門知識を、持ち出されては、ナース達は、だまるしかなかった」
ナース達は、スゴスゴと引き返して行った。
大丘忍は、その後も、ナース達を、静江、と言って、家に誘って、セックスし続けた。
・・・・・・・・・・
ある日のことである。
その日は、大丘忍の、診療の日ではなかった。
しかし、後輩の指導のために、病院には、出勤した。
その日は、京都大学医学部卒の同じ第二内科に所属している、大丘忍の、後輩の、40歳の山田誠一医師が、来ていた。
山田誠一は、大丘忍が面倒を見てやった、後輩である。
今は、京都市内の、京都大学医学部の関連病院に勤めている。
二人は、病院の中の、カンファレンスルームで、話し合っていた。
「先生。先生が、時々、痴呆になって、ナースを、亡くなられた妻、静江さんと、思ってしまって、セックスしている、という噂が、広まっていますよ。本当ですか?」
山田誠一医師が聞いた。
「ああ。本当さ。しかし、ナース達には、(認知症の、起こり始めの時は、ラピッド・サイクル・チェンジ、というものがあって、認知症、と、正常、の状態が、交互に起こり、正常の状態の時には、認知症になった時のことは、覚えていない)、と言っておいたからね。ナース達は、医者が、医学を、持ち出せば、黙るしかないさ。だから、女とは、やりたい放題さ。あはははは」
「先生も、随分、アコギな人ですね。前からそうでしたけれど」
「私は、死ぬまでに、女千人切り、は、やりたいね。また、やるつもりさ」
「先生は、根っからの、スケベですね。若い頃は、遊郭に出入りする医者、ナンバーワン、として、名を馳せましたよね」
「女とセックスしてきから、私は、長生き出来たんだ。体に溜まった、モノは、出すに限る。それが、長生きの秘訣さ」
「そうですか。では、僕も、歳をとったら、認知症のラピッド・サイクル・チェンジ、を使って、ナースと、セックスしまくります」
「おお。その意気だ。女は男が気持ちよくなるためのセックスのための、道具に過ぎないからね。おおいに、やりたまえ」
二人は、「あっははは」、と、笑い合った。
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その時である。
ガラリ。
戸が開いた。
大丘忍に、犯された、ナース達が、ズラリと並んでいた。
「大丘忍先生。聞きましたよ。認知症のラピッド・サイクル・チェンジ、なんて、ウソだったんですね。隠しカメラを設置しておきましたから、もう、言い訳できませんよ。これは、強姦です。強姦は親告罪ですが。警察に訴えますよ。今の会話の動画の確実な証拠があれば、先生に勝ち目はないですよ」
ナース達は、強気に言った。
こと、ここに至っては、もう、大丘忍は、言い訳することが、出来なかった。
「す、すまん。君たちの言う通り、認知症のラピッド・サイクル・チェンジ、なんて、ウソだ。何でも、償いはする。許してくれ」
大丘忍は、ナース達に土下座して謝った。
「わかればいいんです。私たちも、ことを荒立てたくはありません。先生は、自分の非を認めたのですから、許します」
「ありがとう。君たちには、本当に悪い事をした」
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これで、一件落着となった。
大丘忍は、京都四条病院を解雇されることなく、病院勤務を続けた。
大丘忍は、患者の診療と、それと、セックスが出来ない、さびしさ、を、紛らわすために、エロ小説を書いて、(作家でごはん)の、小説投稿サイトに、書いたエロ小説を投稿する、元の生活となった。



令和3年10月3日(日)擱筆

ある名医

ある名医

  • 小説
  • 短編
  • サスペンス
  • ミステリー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-10-11

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