桟橋で

そろそろカマスも育ってくるかなと今日届いたルアーを持って埠頭へ向かった
午後4時を回った岸壁に釣り人の姿は無く
バイクを停めて埠頭に突き出た小さなコンクリート桟橋へ降りた。此処は二つの巨大な埠頭の合間にある運河が海に流れ込む場所で、海水と真水が混ざり合う汽水域だ。秋にはこの狭い運河にシーバスも入ってくる。もう何年も前、11月の寒い夜に始て其れを釣り上げた思い出の場所でもある。
今日のルアーは届いたばかりのGo phish社を代表するカマサー50mm5.9g #20アラハダレインボーオレンジだ。このルアーは着水させた後カウントダウンを変える事でトップウォーターから中層、ボトムとレンジを一定に保ちながら魚を探れる優れた性能を持ち、発売して20年になるが今でも人気のルアーだ。
さて、何投かキャストしているがあたりが無い
今日は小潮で水位の変化が少ない、魚の活性が無いのか水温も例年に比べて温かい様だ。
ふと、岸壁に一台の白いレジャービークルが止まり
小さな子供連れの男女が釣り道具をおろすと桟橋へ降りて来た。なんとお母さんは赤ちゃんを前に抱っこして、ベビーカーまで引いている
小さな男の子はお父さんに手を引かれてライフジャケットを着せられ、小さな携帯バケツを下げて嬉しそうにこちらへ向かってきた
ここは知られた釣り場でも無く何故此処が分かったのだろう、まして小さな子連れとはと思った
狭い桟橋の端で遠慮する様に釣りを始めたその親子
お母さんは赤ちゃんを前抱っこして、お父さんは少し離れてキャスティングを始めた
タックルはワームでのルアー釣りだ、多分鯵を釣りたいのだろう。男の子は小さなローブ付きのポリバケツを海面に投げ入れて遊び始めた。お父さんは釣りに慣れている様で確実にルアーを海面に飛ばしているが、お母さんの方はキャスティングもおぼつかない。投げてるポイントも潮回りが余り良くない場所だ。私の立っている桟橋の先端の狭い場所は潮回りが良く、餌の小魚も群れていてこの時間は鯵も回遊して来る
「ここで投げたら」と言う私にお母さんが会釈して
側へ来た。背が高くてスタイルも良く、髪をアップにしてお団子に纏めた顔が僕をみて「ありがとうございます、ここは始めての場所なんですが様子が未だ分からなくって」と言った
色白でちょっと女優クラスと言う程美しく整った顔立ちな人だ。
その時アタリがあり私のロッドの穂先がしなった
ルアーを引き込み、横走りする泳ぎは鯖独特だ、引きは強く面白いが本命では無い。取り込むと20cm超えのサイズで「これ、持ってく」と彼女に言うと
「わぁありがとうございます」とバケツに入れた
未だ暴れている鯖を触って坊やが嬉しそうにはしゃいだ
「あっきた!」お母さんの穂先がしなり掛かった鯖が横走りを始めた。ラインがどんどん出て行く
「ドラッグを締めろ」と叫ぶお父さんにも鯖がきた。訳分からずに慌てる彼女の手元へ寄って
ドラッグを締めてあげる
「わーっ凄い、釣れた!」赤ちゃんを抱きながら桟橋を右往左往しなごら鯖を必死に取り込むお母さんの姿が微笑ましい
「始めなんです、海で釣れたのは」お母さんは嬉しいそうに言った。
其れから桟橋の廻りを鯖の群れが何度も回遊して
夫婦は沢山釣り上げていた
正直、カマス狙いの私は少々うんざりしていた
鯖の群れが鯵やカマスの回遊を妨げるからだ。
辺りは日没間近になって夕闇が迫り始めた
そろそろカマスの地合いだ
その時私のロッドにアタリが来た、桟橋から2mもない海中にカマスの魚体が光った
いくら遠投しても地合いのカマスは手前でしか釣れない、カマスは遠目からルアーを追ってきて獲物を岸壁に追い込む様に直前でバイトする習性がある
取り込みに入ろうとする時、水面直前でフックが外れた。この後なんとこれが2回も続いて流石の私もがっかりしたが、良く考えると50mmのカマサーはフックも凄く小さい、未だ小型のカマスがそれにバイトしても強く引き込むパワーが弱い為ラインにテンションがかからずにフックがカマスの口に上手く食い込ま無い。そしてカマスは魚体を振る事でフックを外す事が出来る。こんな時経験あるアングラーさんは「合わせろ」と仰るだろうが瞬間にバイトするのでそのタイミングは難しい、しかしこれも小型のカマス釣りの面白さなのだろうが
しかし今年はカマスのサイズが小さい、昨年この場所では30cmクラスを何匹か挙げたのに、今年は育ちが悪い。三陸の秋刀魚と同じに矢張りこれも温暖化の影響なのかと思う。
日没と共に鯖の群れが去り暫くすると夫婦には鯵が
かかり始めて「わー鯵、鯵」と子供も一緒に狭い桟橋を飛び回っている。ライフジャケトを付けているとは言え照明の無い桟橋で子供は危ない
スマホのライトで照らすと「ねえおじさん、お魚は暗くなると寝るんじゃ無いのですか」と僕の顔を見上げて言った。その言い方に育ちの良さが出ている
「邪魔しちゃダメよ、今おじさんは真剣なのよ」と
お母さんが言った。
「大丈夫だよ、何処からきたの?」と彼女に尋ねると「世田谷からなんです、お友達にこの場所を教えてられて」と彼女は笑顔で答えた。赤ちゃんはいつの間にかカートの中で大きな眼を開けて私を見ている。「へー世田谷からこんな所まで」と私は驚き
「お子さんは何歳?」と聞くと「上の子が三歳で下が一歳ちょっとなんです」と答えた
ご主人は背も高くハンサムでどうやらハーフらしい。こんな場所で出逢うのも不思議と言えば不思議な話だが。おそらくご主人は外資系の会社なんかに勤めていて、世田谷の素敵なマンション住み、彼女は元外国のエアーラインのFA、知り合い恋愛して結婚は10年以内の二人は共にまだ30代、ご主人は今はリモートワークでワイフと子供を連れて遊びがてらと自分の趣味で奥さんを巻き込んでここまで来た、そして奥様がルアーフィッシングにはまる
「いーじゃないか、幸せそうで」なんてそんな事を勝手に想像しほくそ笑んだ。
その時又ロッドに感触がきた、カマスだ!
とロッドを煽った時、いきなりラインのテンションが無くなった、リーリングするとルアーの感触も無い、切られた!がおかしい?ラインの先には12ポンドのショックリーダーを付けてあり、そう簡単にカマスが切る訳が無い。ラインを巻き上げるとなんと
リーダーの手前でラインが切れている、ラインも変えたばかりの細くて強力なPEラインでそう簡単には切れないのだか、岸壁で擦った覚えも無く、恐らくフックにかかったカマスが身を反転させて逃げようとする時に鋭い歯がラインを切ったのだろうか
太刀魚ならまだしもカマスにもそんな芸当ができるのかなと唖然とした
「こんな事ってあるんですか!」と其れを見ていた彼女が驚いた
「魚のパワーでラインが切れる事はあるけとね
こんな事は百回に一度くらいだよ」とややオーバーに言うと「凄いやり取りを見せてもらえました」
と嬉しそうに言った
少し小雨混じりになり、泣き始めた赤ちゃんを抱いてお父さんとチビは車へ雨やどりに向かった
お母さんだけ未だ仕切りにルアーを投げている
「主人と代わりばんこで」と言った
「あっおまつりした」と彼女はお父さんの置いたラインに絡まった自分のラインを手繰り寄せた
かなり絡まっているので「一回切った方が良いよ」とスマホライトを彼女の手元に当てた
「あっすみません」とラインをハサミで切ると
リールを巻き上げた。
「私、不器用でおまけに目が悪くて」
彼女のアップにした後髪がライトに浮かんだ
綺麗にブラッシングさ」た薄茶に染めた髪に小さな金色のピアスと白いうなじが私の目に入った。
「やった」と何度もやり直しラインとルアーを結び直すと彼女が言った。「どうしたの」懐中ライトを持ったお父さんが近づいてきて言った。

「そろそろ私達は引き上げますので、今夜は釣りたての鯖と鯵を食べれますね、ありがとうございました 又お会いしましょう」と僕を見て小さく手を振った。
「そうだね、又いつか此処でね」と私は言った
釣り道具を纏めたお父さん、重そうにバケツを両手でかかえたチビ君、娘を乗せたカートを引きながらのお母さん、三人はかたまって埠頭に停めた車へと向かった。やがてベットライトが灯り、赤いテールライトが埠頭の入り口へ消えていった。
「釣れて良かったね」と其の後ろ姿を見ていた私は、もう何年も前この桟橋で寒い夜に初めて釣ったシーバスを持ち帰った日
「ジイジ、凄い!」と小学校に上がったばかりの孫が驚きの顔をみせた、得意げな私だった
其の孫ももう大学生になってしまったが
あのお父さんもいつの日か此処で息子と一緒に
ルアーを投げる日もあるだろな
一人になった桟橋で暗い海面をリーリングしながら私は想っていた

桟橋で

桟橋で

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-10-06

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