焚き火
焚き火
「フンショコウジュ」と呟きながら、私と集めた秋の枯れ草や拾った枝を燃やす火の中に大事そうに置いて、大好きな本を焼く。泣きそうな顔ばかり浮かべて、いま現在の痛みの原因になっていると思えるぐらいに歯を食いしばって、売りに出さなかった本を焼く。トイレットペーパーの代わりに使ったり、メモ用紙のように使ったりしないで、その数を減らすために本を焼く。折角だからこの私に贈ってくれたらいいのに、大好きな君から貰った物として何よりも大切に保管する気持ちでいっぱいなのに、読まない君に贈ると本が悲しむからってどうしても処分しなきゃいけないものを泣く泣く選び、とっても重そうに部屋の中から順番に中庭に運び出して、身体から引き剥がすみたいに苦しそうに手を離して、本を焼く君。贈ってくれなくてもいい、君のために預かっておくよって私が何度言っても聞く耳を持ってくれない君。はあーっと大きなため息を吐いて、じゃあ仕方ないって声に出して君が本を運び出すのを手伝い出した私を見て、止めもしなかった君。その全部を部屋から運び出した後、本を焼くための火をつける媒介物としてマッチに火をつけたとき、アリガトって私に言ってくれた君。ぜーんぜんって弾けるように答えて屈み、君が火をつけるのを見つめ続けた私。火は、小さくついて落ち葉や枝を燃やした。煙がまっすぐ伸びていって、真四角な中庭の空に吸い込まれていった。日差しが強い秋の空、腕を通した長袖を捲し上げて、大好きな本を焼いていく君と屈んだまま君の側に居続ける私。君が火の中に置く本のタイトルを見つめて唱える、その本を読んだことのない私が務める記録係を君が信じてくれる。本を焼く君はその本のことをよく知っているけど、その本の名前を覚えることだけは出来ないからこうして、一冊ずつの形を奪っていく。そんなこと、心の底からしたくないのに、こんなこと二度としなくて済むように懸命に覚えることを頑張ったのに、君を君たらしめる君らしさが君から離れることは無かった。私の大好きな君は、大好きな本の名前を覚えられない。君のことが大好きな私は特に本が好きじゃないから、君の覚える痛みを知ることが難しい。でも、君が信頼してくれる私は本でも何でも名前を覚えることが何より得意だから、君のお願いに応えて君が大好きな本の名前を覚えてる。不思議なもので、覚えている本たちの名前が私はすっかり好きになっている。君のことが大好きな私だからじゃないよって、言っておくね。堂々と胸を張って言える私ではないけれど、覚えることが嫌いじゃない私の中で覚えている本の名前を口に出したときに感じる私の気持ちは本物だよ。他でもない、この私が言うんだから、君がそれを行うのは自由だとしても君の疑いは私の本当を晴らせやしない。それにさ、私が口に出した名前の本を聞いて、君がどんなに日を跨いでも最後まで話してくれるお話を聞いている私の顔を、大好きな君が知っているんだよ。息を整えながら私を見て、私の目の前で君が浮かべてくれるあの表情を見るのが大好きな私が君に見せる顔を君が覚えていて、君が後から話してくれる。たくさんの本の名前を思い出して並べて、忘れないように口をしっかりと結びながら君の感想を聞いているんだ、私。君に燃やされる本の代わりにぱちぱちという音を出す私が君の近くに寄り添って、本に代わって君を覆う。緑陰を失いつつある落葉樹の下で二人で屈んだ秋の中庭に立ち上る、紙の煙。その匂いを吸い込んで、また君の内側からお話が生まれる。そんなお話を君と二人、こうして過ごす度に私は考えているんだよ。ぱちぱち、としか言わない私の外面(そとづら)からは分からないだろうけどさって呟く私の心に触れられるのは君だから、こうして気持ちを伝えてくる。それに応えられる力が私には無いから、途切れ、途切れ。今も君が手にして火の中に置かれていくあの本に書かれた台詞みたいに、君の気持ちを動かして、君の意思を蹴飛ばして、君の口を開かせて、君の声が震わせる。君が好きっていう私の心からは漏れやしない、そんなところが嫌いって言える裏返った私の小さな声で唱える。「フンショコウジュ」の意味をきっと正しく知らない、とっ散らかったみたいにまた本のことが好きになる君の未来に手を伸ばして、いまの季節に接続する。瞬きするごとにセピア色になっていく時間を惜しんで、体重をかける。
君のことが大好きな私が寄り添う君の手がまた、伸ばされる。吹いても可笑しくない風の流れが認められない、秋の中庭の奇跡を見つめる私の気持ちが好きって言われる、そういう幸せが他にあるとは思えない。
焚き火