幻の楽園(九)Paradise of the illusion

幻の楽園(九) 初恋 オリーブの島へ 
Paradise of the illusion

苺のショートケーキ

僕が、小学三年生の話しだ。
その年の秋に、一人の可愛い女の子が転校してきた。

ほら、あなたのクラスにも一人はいたでしょ?
優等生で、柔らかく綺麗な長い髪。可愛いくて、二重の瞳が印象的なマドンナのような女の子。
そんな雰囲気が彼女にはあった。

僕は、たちまち彼女が好きになったんだ。

初恋なんて言葉を知らない子供の頃さ。
僕は、彼女の近くにいくとバツが悪くてさ。
自分の気持ちを上手く言葉で表現出来なかったんだ。変に意地を張った様になって気軽に話しかけれなかったんだよ。

毎日、毎日。
彼女へのもどかしい気持ちだけが僕を支配していた。

そんな僕にチャンスが訪れた。

ある日、彼女は風邪をひいて学校を休んだ。

その日の給食メニューに、苺のショートケーキが出たんだ。

給食にデザートが出たら、欠席している児童の家に給食当番が持って行く決まりがあった。

そう、その日の当番は幸運にも僕だったんだ。

僕は、はやる気持ちを抑えながら苺のショートケーキを彼女の家まで持っていたんだ。

僕はドキドキしながら震える指先で彼女の家のブザーを鳴らした。

ところが、誰も出てこない。

もう一度。誰も出てこない。

「あれ?留守かな」

念のため、もう一度だけ押してみる。相変わらず誰も出てこない。静かな家の佇まいに人の気配はない。
シーンと静まりかえっている。

「病院に行ったのかな」

僕は彼女の家の前で座り込み、帰るのを待つことにした。

だって、彼女の喜ぶ笑顔が見たかったから。

どれくらい時間が経過しただろうか?
僕は、お腹が空いてきてしまった。
ふと、持っていたショートケーキの箱に目がいく。

ハッとして目を逸らす。

「いやダメだ。ダメダメだよ」

しばらくしてまたショートケーキの箱に目が行く。

「見るくらいなら大丈夫」

僕は、自分自身にそう言い聞かせた。

ショートケーキの入った箱をそっと開けた。のぞくと、真っ白いホイップクリームの上に大きな赤い苺が乗っかっているショートケーキが見えた。

とても、美味しそう。

僕は、不謹慎にも思った。

一口なら大丈夫だよ……。

いや、食べた所が凹んでバレてしまう。

横から少しずつ寄せて穴を埋めてしまえば判りっこないさ。絶対に。

僕は、そんな甘い誘惑に負けてしまい。
とんでもない判断をしてしまった。

箱の中の大きな苺ショートケーキをそっと取り出して手のひらに乗せた。

震える人差し指で、イチゴのショートケーキのなるべく目立たない場所の生クリームを掬って舐めたんだ。
口に入れた瞬間から甘いホイップクリームの味が口一杯に広がっていく。

どうしようもなく、甘く美味しかった。

一度、気を緩めるとどうしょうもない。
食べたい気持ちが心の良心を上回り決壊させた。

もう一口くらい大丈夫だよ。
と、続けて掬って舐めた。

美味しい。なんとか誤魔化せるさ。

もう一口、美味しい。なんとかなるさ。
もう一口、美味しい。なんとかなるんじゃない。
もう一口と……。

欲望は加速していき無我夢中で味わっていた。

気がつくと、手の中のショートケーキは、なんとかなる状態ではなくなってしまったんだ。

どうしょう。つい……。解っていたのに。
欲求を我慢できずにしてしまった事を後悔した。

困った気持ちになる事で、解決するわけではなかった。

困り果てた僕は、仕方なく帰宅して事情を母親に話した。

母親は、みるみるうちに鬼婆のような形相に変身。

その後は、母親にこっぴどく叱られて平手打ちをくらい。泣きべそさ。

結局、同じ様な苺のショートケーキを買って彼女に渡す事になった。勿論、彼女にケーキを渡すまでの一部始終を、母親に監視される事になるだろう。

母親は、僕をケーキ屋さんに連行して似たものを探させた。
しかし、苺のショートケーキは何処にも見当たらない。

「すみません、苺が飾り付けてあるケーキを……」

「苺のショートケーキですか?あー、すいません。先程、売り切れました」

「仕方ないわ。あの、すいません。お勧めのケーキはありますか」

「そうですね。こちらのフルーツケーキが美味しいですよ。最近、よく売れてます」

「それを一つください。それと、そこにあるチョコチップクッキーの箱詰めも一つ」


僕の母親は、フルーツのたくさん乗ったケーキとチョコチップクッキーを買って僕に持たせて彼女の家にお詫びに行ったのさ。

玄関先に出てきたのは彼女の母親だけだった。
彼女は、まだ熱が下がらず寝ている様だ。

結局、母親が一部始終を説明し謝罪。僕はフルーツのたくさん乗ったケーキとチョコチップクッキーを彼女の母親に渡したのだった。

その時、僕はこう思ったのさ。

"ちぇ……。苺が一つしか乗ってなかったのに。
フルーツの沢山乗ったヤツに化けた。
それが食べたかったのに……。損したな"

愛しの彼女の心配はそっちのけで、心はフルーツケーキの事でいっぱい。

その彼女は、小学校の最後の歳まで好きで想い続けるものの、一度としてうまく話しかけられずにその距離は乖離したままだった。

小学校を卒業したあと、彼女は別の中学校に入学してしまった。

結局、僕は恋する気持ちさえ告白できずに失恋て訳さ。

この出来事は、後で映画を見て思い出したよ。
そう、ロバートデニーロの禁酒法時代のアメリカのギャング映画だ。
哀愁漂う年齢の主人公が回想する。
切ない恋。

少年時代の主人公が、彼女に気づかれない様に隣の納屋に忍び込み。見つからない様に、覗き穴から彼女のダンスを覗き見る。流れる曲のアマポーラが印象的だった。

その映画のワンシーン。彼女に持っていたケーキを、待っているうちについ食べてしまうシーンは、僕の体験をそっくり思い出せるきっかけになったんだ。

情熱のラテンナンバー マンボNo.5

小学生の頃の僕は、大人への好奇心が旺盛だった。

時々、父が留守にする時を狙い。コッソリ父親の部屋に入って中を物色していた。

なんと、おませな子供だったんだろうか。

カメラ雑誌のヌード写真に興奮したり。

置いてあるウィスキーの蓋を開けて、香りを嗅いだり一口舐めたり。

音楽を聞いたりもした。

当時、小さな辞書ほどの厚さの市販のカセットテープを眺める。
演歌や歌謡曲。ハワイアンミュージックや映画音楽。エルビスプレスリーのベスト。いろんな音楽のカセットテープが置いてある。
その中でも、お気に入りのラテンの演奏のテープは、よく聞いた。

ドキドキしながら専用の再生機に電源を入れる。
耳をすっぽり包む大きさのレトロなヘッドホンを耳に装着する。
ヘッドホンの端末を再生機のヘッドホンジャックへ差し込み。カセットテープを差し込むようにセットしてからプレイボタンを押す。

熱い夜のラテンナイトクラブ。そのステージで、演奏している様な雰囲気の曲が流れ出した。
薄暗い広いスペースの中央にダンスフロア。その奥は演奏ステージ。ライトが当たるとバンド演奏の始まりだ。
ミラボールの光の中で、時折りライトが照らされる。ダンスフロアで密着して踊る男女のペア。
隅で酒を飲んで談笑している人々。
みんなダンスフロアを眺めている。
曲が進むにつれて、ダンスフロアの熱気が伝わってくるような演奏だ。

中でもマンボNO.5はお気に入り。

子供のくせに心はラテンの熱気と共に舞い上がる。

露出の多いドレスを身にまとった女達が集い。
ドレッシーなスーツで、洒落込んだ男が女性に群がる。

子供の頃のイマジネーションとは素晴らしいものだ。と、今になって思う。

音楽を聞いて、ステージの上ではバンド演奏が熱を帯びてくる。
広いダンスホールでは、セクシーな衣装の女性と男性が密着して踊る想像する。何故か、南の島のイメージが突然割り込んでくる時もある。
子供の私は、曲を聞いて想像を楽しんでいた。

後に、二十代、よく夜遊びでディスコに入り浸った事は、こんな子供の頃の妄想が影響されていたように思う。

あの頃の、ラテンの陶酔感は半端なく記憶に残っている。

マンボNO.5が、後になって私に強烈な影響を受けたのは確かだった。

フト、物音に気がつく。どうやら父親が帰ってきたようだ。
引っ張り出した本やらカセットテープを元に戻す。ヘッドホンも、元の場所へ寸分の狂いもなく戻して父親に気づかれないようにした。

そろそろ父親が部屋に来そうだ。

慌てて、部屋に入ってきた時の同じ状態になったか確認する。
ヨシ。見つからないうちにトンズラだ。
僕は、音を立てない様に、ドアをそっと開けて外に出た。
静かにドアを閉めると、何食わぬ顔をして父親の声のするリビングへ階段を降りて行った。

大人は判ってくれない

幼稚園の年長の頃だった。その頃、仲のいい親友の男の子がいた。

ある日の事、僕と親友の二人は玩具屋の前で立っていた。

二人は、ワゴンに無造作に置かれた怪獣やヒーローの人形に夢中だ。
僕は、ウルトラマンが欲しくて欲しくてたまらなかった。
親友は、バルタン星人が欲しくて欲しくてたまらない。
店主は、偶然にも店頭に居なかった。
子供心にどう思ったかはしらない。
ワゴンに無造作に置かれていたのだから、もらってもいいものだと思ったのか。
ついつい手が伸びてウルトラマンとバルタン星人は、その玩具屋から一時的に失踪する事になる。

二人は、僕の家でウルトラマンとバルタン星人を対決させ空想の闘いに耽っていたのだろう。

母親が、おやつを持って様子を見に来て発覚。
驚いた様子で、問いただす。

「どうしたの、この人形。こんな物は家になかったでしょ」

「玩具屋さんに置いてあった」

僕は、素直に答えた。

「もらって来たんだよ。ワゴンに置いてあった」

親友が、雰囲気を察してフォローに回る。

「お金を払って買った訳じゃないでしょ」

母親の怖い顔をして声色を荒げる。

「お金?」

二人は、お金というものが良くわからない。

「ワゴンに置いてあったんだょ」

またもや、親友がフォローする。

「そのまま持って来たら泥棒になっちゃうの」

「いけないことなの?」

幼稚園児のやる事だ。お金というものを渡さずに、自分の持ち物では無いウルトラマンとバルタン星人という人形を黙って勝手に持ち出した行為が、初めて泥棒である事を知る。

二人は、母親に玩具屋へ連行させられ。玩具屋の店主の禿げた叔父さんの前にて謝罪を要求させられる。

「ごめんなさい」

一応、幼少期らしく可愛らしく謝罪した二人。

叔父さんは、子供のした事だからと苦笑いしながら許してくれた。

その時は、泥棒の事は学習したものの。なぜ叱られたのか、訳もわからずになんのことやらサッパリちんぷんかんぷんだった様に記憶している。

泥棒と謝罪。幼少期にしっかりと、罪悪感を教えられたのである。

その後、一年くらい経った頃。
その親友は、家の事情で幼稚園を転移。
何処に行ってしまったかもわからなくなってしまった。
取り残された僕は、子供心に確かな友情ともう会えない寂しさという気持ちを初めて知った。


フリーダンス

あれは、小学校一年生か二年生の頃だ。

朝の朝礼が終わって、教室で退屈そうに担任のA子先生を待っている時に事件は起きた。

僕と悪友の男子二人組は、みんなの退屈な時間を楽しく過ごせる様なアイデアはないものかとくだらない事を企てた。

「やっちまおうよ」

「先生が来たらどうするんだよう」

「大丈夫、まだ来やしない」

「だけどさぁ」

「皆んな、退屈そうにしてるし」

「まあな」

「クラスの人気者になれるチャンスなんだ」

「そうだなぁ」

「やっちまおうぜ」

「やっちまおう」

二人は意を決して教壇の上に、二人でよじ登りステージのダンサーの様にみんなの前で踊り出した。

皆んなは、一瞬だけ驚いたけれどね。

自由に踊るわけだから仮にフリーダンスだろうか。

二人は、クネクネと二人組のアイドル歌手の真似事をやり始めたのだった。

それを観て、皆んなは拍手喝采。教室を興奮の坩堝に誘う。

二人は、ついつい熱がはいり悪ノリが極まり興奮。勢いとはいえ、ズボンとパンツをずり下げて踊ってしまう。フリーダンスならぬフリフリブラブラダンスなわけだ。

女子の悲鳴に満ちた声やら、制する声と賛同する声が一斉に聞こえる。更に教室が熱気を帯びて混沌としてくる。

しばらくそんな状態が続いただろうか。

突然、教室の引き戸が"ガラッ"と空いて担任のA子先生が入ってきた。

先生は、目を丸くして口をポッカリと開けて教壇の上の二人を見た。

状況が予想外だったのか、先生は入り口に突っ立ったまま口を開けて目を白黒させている。
明らかに目は泳いでいる。狼狽したように、どうすれば良いか考えがまとまらずフリーズした顔だったことは言うまでもない。

その後、A子先生が僕たち二人の通信簿の感想欄に赤点を喰らわせたのは言うまでもない。
(問題行動のある子は、赤字でその問題の行動を書かれます)
確かソワソワしていて落ち着きがない。
とか何とか当たり障りのない注意事項だったように記憶している。

オリーブの島 初恋

小学校の最後の年。瀬戸内海にあるオリーブの島へ修学旅行に行った記憶がある。

当時、僕には好きな女の子がいた。
可愛い娘でいわゆるクラスのマドンナの様な存在。
思春期の甘酸っぱいような気持ち。いわゆる初恋てヤツが僕に訪れたのだった。

初恋なんて言葉も知らない、子供の頃さ。

僕は、彼女が近くにいると甘酸っぱい気持ちというか、好きな気持ちを言葉で上手く表現出来なかったんだ。変に意地を張った様に頑なで気軽に話しかけれなかったんだ。
あの頃は、彼女へのもどかし気持ちだけが、僕を支配していたんだ。

旅行は、一日目は、御当地の有名神社や大昔の合戦跡地の歴史観光名所を巡り一泊。

二日目は、工業地帯の港から午前のフェリーでオリーブの島に渡り、島の観光地を巡る。
二泊目はオリーブの島で宿泊。
三日目の朝、島を離れ汽車で帰路に着く日程。

二泊三日の有意義な旅は、ものの見事に彼女の一挙一動に気を取られてしまい。
今となっては、どの場所を巡ってきたのか、誰とどんな出来事があったのか、記憶が定かでなくはっきりしない。

僕の心は、彼女の存在だけに支配されて上の空だったのだろう。

それでも、鮮明に記憶している事がある。
オリーブの島の昼食の後、オリーブ園の丘の上の休憩時間だ。

芝生の敷いたなだらかなスロープから、穏やかな瀬戸内の海が午後の日差しで蒼く輝いている。

僕たちのグループに、何故か彼女のいたグループと合流して鬼ごっこをしたんだ。

僕が鬼になってしまい。彼女を追いかけた。

追いかけても、追いかけても。彼女の走る方が速くて捕まらない。彼女の靡く柔らかな髪と甘いシャンプーの香り。それは、僕の心のもどかしさと刹那さをより一層に色濃くさせたのだった。

瞳を閉じれば、彼女の後ろ姿とオリーブ園の丘の風景が、鮮明な記憶として時に鮮やかに浮かび上がってくる。

余談だが、僕はオリーブの首飾りをホテルの土産物売り場で見つけて密かに購入した。彼女にプレゼントするつもりだったが、勇気もタイミングも無く渡せずじまい。
家路に着いて、オリーブの首飾りは母親に見つかってしまい。母親へのお土産に急遽変更したのは言うまでもない。
母親は、素直に大喜びしていたので内緒にしておいた。

ふと、目が覚めた。

「あぁ、夢か」

僕は、独り言を言った。

夢は、色々なエピソードが重なり合い不思議なストーリーの様になってたりして目覚めの記憶に蘇る。

どうやらテーブルにうつ伏せになって寝ていたらしい。テーブルの上の置き時計を見る。
18:00を少し過ぎたあたりだ。

その隣には、ポストカードサイズのフォトフレーム。夏の日の遥が、白いサマードレスを着てこちらを向いて微笑んでいる。
二人で夏の海に行った時に写真を撮ったものだ。

午後の早い時間に、テーブルの椅子に座った記憶はある。
窓の外は、もう黄昏を過ぎて辺りが暗くなり夜が始まろうとしている。蒼の時は、次第に夜の闇に包まれようとしている。
椅子から立ってキッチンに行きコーヒーを入れた。

途中棚に置いてあったオーディオの電源を入れてラジオをつけた。

Welcome to the night lounge. Ocean Bay FM.

みなさん、今晩わ。
オーシャンベイFMの海野 香緒里です。

黄昏が過ぎ去り、蒼い時から夜のはじまりの頃へと時は流れていきます。

慌しいさと街の雑踏の中の時間に音楽を添え

てお送りします。

さて、一曲目は、ラテンナンバーをお送りいたします。

Amapola Werner Muller & seiner Orchester
です。

滑稽なくらい軽快なラテンリズムがラジオから流れ出した。

彼は、ラジオ番組を聴きながらコーヒーを抽出して
お気に入りのマグカップにコーヒーを入れた。

コーヒーのいい香りが頬の辺りをかすめて広がった。

Amapola Werner Muller & seiner Orchester

Songwriting José María Lacalle

幻の楽園(九)Paradise of the illusion

幻の楽園(九)Paradise of the illusion

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-10-05

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