母性

 六朗(ろくろう)さんは、たぶん、かわいい生きものによわいのだ。じぶんよりも、からだのちいさいもの。かよわいもの。目が、きゅるんきゅるんしているやつ。
 金糸雀(かなりあ)の機嫌がわるい。
 こういうときは、触らぬ神になんとやらだが、こういうときの金糸雀にかぎって、じつにめんどうくさい、かまってちゃんと化すので、ぼくのからだは、いつも、どこかに痣をつくり、わずかな動きで、関節、骨が軋む。ときどき、肉が、痛いようなときもあって、でも、金糸雀のそれは、寝込むほどのダメージもないので、ぼくは、いまはまだ、虫の居所がわるいせいだと、あきらめている。というと、六朗さんは、怒る。きみの態度が彼の暴力を助長させているのだと、まるで、ぼくがわるいみたいに、六朗さんは言うけれど、実際、そうなのだろうなぁと思うところもある。もちろん暴力は、だめ、ぜったい、なのだけれど。金糸雀のそれに関しては、ぼくは、こどものカンシャクをなだめる、おかあさん、みたいな気分でいるところがあって、ああ、こういうの、母性っていうのかなと想うのだ。金糸雀に対して、おかあさん的でいられることを、ぼくはすこしだけ、うれしいと感じているから。おそらく、おとなのおとこが、無意識に求めているであろう、もの。十月のはじまりの、なんだか、いつもとちがう、二時間、三時間の特別番組ばかりで、そんなにおもしろくないテレビを点けたまま、ぼくは、六朗さんの好む、かわいい生きものには該当していないのだろうと考える。六朗さんよりも幼く、ちいさく、暴力にすぐ屈する、かよわい生きものだと思うのだけれど。ついでに、こころもよわい。(あ、こういうの、じぶんで言って笑い飛ばせないくらい、ネガティブになってるやつだ)
 きょうの金糸雀は、昨日よりもやさしく、一昨日よりかはもっとやさしい。おまえの好きなアイスを買ってきてやると、コンビニに出かけた。アイスはついでだ。値上がりしてもやめられないのだといって、金糸雀はたばこを吸いつづけている。
 六朗さんは、さいきん、まいにちメールをくれる。しんぱいを、してくれている。でも、別れろ、とは言わない。おたがいの今後のためにも、折り合いをつけなさい、と言う。遠回しに、別れなさい、と言われていることは、わかっている。
 でも、金糸雀はちゃんと、愛も、してくれて、それが、ぼくにとって、至上の幸福なのだ。
 テレビの画面いっぱいに、しらない芸能人が、うつってる。

母性

母性

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-10-02

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