懺悔の記し-自分だけの病み垢-

紫田夏来

※この小説はフィクションです。実在する人名・グループ名などが頻出しますが、それについては深く考えないで下さい_(..)_

プロローグ

 よし、これでいい。
 プロフィールの言葉、名前、ユザネ。最近のこの垢の使い方を、端的に、そして正確に表せていると思う。
 ――@blue20170918 愛実(偽名)です。これは、愚痴を吐き出すためだけのアカウントですので、フォロー申請はお気持ちだけ頂きます。山下智久さんと嵐が好きです。

 高校に入って、やっとスマホを買ってもらえた。インターネットの怖さは耳にタコができるくらい聞かされたから、せっかくTwitterを始めたのに、ずっと鍵をかけていた。公式しかフォローせず、そんな奴にフォロー申請してくる人間は、フォロバ目的のエロ垢くらいなものだ。どうせ誰も見ていない。こんなところで芸能人の応援ツイートをするなんて、ただ空しいだけ。
 そして、身をもって知ったのは、学校で教わるほど、ネットは怖いものじゃないということ。少なくとも、嵐界隈は。
 浅田家!の感想をツイートしているファンたちを見て、私もその中に混ざりたいと思った。だから、もう1つ垢を作って、それは鍵をかけなかった。今では、FFさんは200人を超えている。

 私自身、まさかTwitterが、まるで日記のような使い方をするのに最適だとは思わなかった。というのも、気が付いたら、古い垢が日々の記録と化していただけなのである。
 いつでもどこでも、1日何回でも書けるし、140文字という制限が、意外にもちょうどいい。もしそれ以上長くなったら、リプ欄に繋げて書けるし、わざわざ別のアプリを入れずとも、十分便利だ。
 でも、人に見られないおかげで、内容は心に秘めている気持ちばかり。これでは、もはや日記というより、ただの愚痴とも言えるかもしれない。
 そして、私の思いは、誰にも知られることはない……。

2月

26日(金)
今までの平和なツイを全部消しました。10月から新垢でヲタ活してるから、もうこの垢はいらない。だって、最近はずっと、とても人に言えないことばかり書き込んでるから。でも、なぜか垢消しできない。なんで?なんで消せない?


27日(土)
山Pのファンとして、私は何もしていない。それなのにファンを辞める踏ん切りはつかないし、その想像をすると胸が痛む。
でも、こんなに嵐ファンとして活動していて、山Pファンとしての活動はしていなくて、この状態で山Pのファンを名乗ることはおかしいと思う。
どうするのが正解?


28日(日)
みんな高校でいい友達に出会ってるよね。こんなに過去ばっかり見てる人なんて、私くらいだろう。なんとなく寂しい。
また中学の時みたいにバカやりたい。
自分のやりたいことぶちかまして大騒ぎして、「バカだなぁ」って言われたい。


28日(日)
山Pのインスタライブを見てきました。10分くらいの短い時間でした。
海外に行っちゃったり、オシャレな男性というような雰囲気を纏っていて、昔のような可愛らしさは薄らいでいるように思います。でも、やっぱり山Pは山Pです。変わっていないんだな。

3月

1日(月)
昨日公開されたvoyageの最終回が、まだ見れません。みんなのツイを見て、心の準備をしている段階です。

本当にお互いが大切で、だから嵐は尊くて、5人が好きなんだ。
私もこんな風になりたいと思いました。

Y ちゃんとならなれる気がするけど、それだと私を入れて2人。自分を入れなくても4人もいるって、考えてみたら奇跡のようです。
そんなに簡単に「こいつだけは手放したくない」という友達ができるわけがないし、そんな人が4人もいるなんて奇跡だし、私にも1人いるというだけで幸せです。
あと3人も欲しいだなんて、私は強欲かもしれない。


4日(木)
なんでvoyage見ながらYちゃんのこと考えてるんだろ
それでもって、久しぶりに感動して泣いてしまっている


4日(木)
ついにvoyageを見ました。
どうして?なぜかYちゃんのことを思い出して泣けてきた。Yちゃん、あんたが1番だよ、神友だよ、何にも変えられないよ


10日(水)
なんでだろ?こんなに大好きな嵐なのに、ときどき、突然興味がなくなる時がある。本当に、たまにあるの。こういうこと。
なんていうか、嵐にも、いつかは冷める日が来るのかもな。


12日(金)
V6が解散するそうです。私の母は大のV6ファンなので、私もよく見ていました。山Pは海外へ、嵐は活動休止、V6は解散。
どうしてみんな去っていくの?誰でもいいから残っててよ
いなくならない人を好きになりたい。


12日(金)
母の好きな大判焼きを買って帰ることにしました。家に帰ったら、家族で食べよう


17日(水)
母に「嵐は活動休止だけど、森田くんは退所なんだよ……」と言われました。私は、事前に予告があるだけ良いじゃないか、と思いました。
山Pは例の騒動があったあと活動自粛になり、復帰することなくそのまま退所しました。事後報告でした。
もちろん、チャンスは掴んでほしい。小さい頃からの夢は、もちろん叶えてほしい。
でも、前もって、本人からの言葉を、一言でもいいから聞きたかった、とも思ってしまう。
最後に向けて、など何もなくスパッと辞めてしまったから、義理堅いイメージだった山Pらしくない気がした。もしかしたらこの山Pが本当の山Pかもしれないけど、もしそうなら、私は今まで何を見てきたんだろう。


21日(日)
自分の気持ちをまとめようとしているけど、難しいわ。


24日(水)
昨日、ただ電車に揺られていたくて、思いついたままにJRに飛び乗って、山を越えて県外まで出ました。まばらに建つ木造の家々が美しいと思った。


29日(月)
今日から後片付けを始めました。 私はもう、決心しました。
スマホになる前、青いガラケーを使っていた頃、動画や写真をたくさん入れました。機種変更したときに全て移行しました。
でも、初めて入れたとき、ファンでなくなる時に全て消すと決めていました。だから、これでいいんです。
ちょっと気になる俳優さんの写真など、今のスマホにはたくさんダウンロードされています。だから、ファンとまではいかなくても、気になる存在の人の写真が入っていることは、決しておかしくありません。そう思って、本当にお気に入りのものだけ残しておくことにしました。
彼の写真は、私の思い出でもあります。だから、行事で撮影する時と同じように、パソコンにバックアップを取りました。
そして、またファンに戻る日がきたら、もういちど、携帯に入れ直します。


30日(水)
私がこんなこと言うのはお門違いだけど、嵐もこんな気持ちだったのかな。終わりの時は決めたのに全然踏ん切りはつかなくて、終わったあとのことを想定しながら行動して、最初に決めたことをやり遂げようと少しずつ準備して、それでも整理をしていると思い出が沸き上がってきて、どうしても感傷に浸っちゃう。

4月

1日(木)
伝われって思っても
伝わらないし
戻りたいと思っても
戻れない

H先輩のLINEの自己紹介欄に、このように書かれていました。先輩、何かあったのでしょうか。
それにしても、たいへん共感します。

ちなみに、嘘ではありません(笑)


5日(月)
Mちゃんに、入学してすぐコロナで分散登校になっちゃったとき、別れちゃったの寂しかったって言われて嬉しかった


6日(火)
やばい。新学年、出遅れてる


6日(火)
早速新入生歓迎のイベントがありました。部活動紹介に出演しましたが、大変なミスをしてしまいました。皆様、申し訳ございませんでした。


7日(水)
私には、一生の友達は何人いるだろう?
真っ先に浮かぶのはY・Sちゃん
今は連絡取り合ってないけど、中学の頃から仲良しで、ずっとこのままいたいと思っていた、いや、思っている子たちも含めたら、
M・Kちゃん、S・Tちゃん、R・Kちゃん、A・Tちゃん、Y・Kちゃん、A・Mちゃん、T・Kちゃん、A・Nちゃん、M・Iちゃん
などなど。
思ったより、人数はいるんだな。
この中から、一体何人が、今後も仲良くしてくれるかな。今も私のこと友達だと思ってる子は何人いるかな。


10日(土)
先輩方が今日で引退しました。なんだか喪失感があります。
そして、私は明日から部長になります。
責任は、きちんと果たしていきたいと思います。


15日(木)
トレンド入りしていた。
中学生の女の子が、凄惨ないじめを受けた末に自殺したらしい。
加害者にも未来がある?確かに、生きてさえいれば明日は来る。でも、幸せにのうのうと暮らしていて良いはずがない。


16日(金)
ああ!やっぱり長ってのは私みたいな奴が就く役職じゃない!


19日(月)
部活動入部希望調査の結果が発表されました。ただ単に、生徒会が、どの部にどのくらいの新入生が入る見込みか把握するためだけのものなので、さほど現場に影響はありません。でも、それにしても、たったの3人しか我が部に入りたい新1年生はいないそうです。私の代で、この部はなくなってしまうかもしれません。歴代の皆さん、同級生のみんな、本当に申し訳ございません。


22日(木)
女の子の日、異様に遅れた挙げ句、異様に量が少ない。2日目なのに普通のナプキン1枚で間に合った。


26日(月)
部活動本登録の日でした。入部してくれた子は、7人でした。とにかく、希望調査より4人も増えてほっとしました。でも、1学年で7人とは、なんと寂しい部活でしょうか。

5月

6日(木)
修学旅行か何かだと思うけど、電車に中学生がたくさん乗ってる。圧迫感がすごい。早く降りたい。


7日(金)
たまにネットの掲示板を覗いて、自分が晒されていないかチェックする。毎度思うよね、悪口言う人ってほんとタチ悪い。
まあ、それは昔の私と同じか。


9日(日)
昔の友達のAちゃんのプロフ帳を、久しぶりに見た。掃除してたら見つけた。
好きな曲の欄に
あらしの いちどきりの人生
って書いてた。
同じものを見ていたんだ。それなのに、なんであんな風になっちゃったんだろう。もう絶交しちゃった。やっぱりうちらは友達だったんだ。まともとは言えない関係だったけど、確かに私たちは友達だった。


9日(日)
小6から中学卒業まで使っていた日記帳が、鍵付きの引き出しの奥から出てきた。こんなところに隠していたこと、すっかり忘れてた。全部読み返してたら、中3の終わりに書いた、最後の記録で、ついに泣いてしまった。最後の学年集会の日の記録、せっかくだし、ここにも少し残しておく。こんなに楽しい頃もあったんだなって思ったから。

A先生が泣いていた。
この先、卒業して苦しいことがあっても、絶対私より先に死なないでねって。
いつもピリピリしていたけど、それはうちらが大好きだってことの裏返しなんだって、わかってるから。そうじゃなきゃ、ツンデレで有名になったりしないよね。イタズラしても、先生はいつも笑っていたもんね。
私もA先生大好き!
私は死なない。
絶対いつかまた会いに来るから。Yちゃんと一緒に。


19日(水)
幼稚園くらいの頃からずっと、唇の皮を剥く癖があったんだけど、それってれっきとした病気なんだ。初めて知った。


19日(水)
皮を剥くことだけじゃなくて、睫毛を抜く癖を、抜毛症っていう病気らしい。私は精神病なんだ。しかも、二つもある。


23日(日)
何もしないで一日中ダラダラしてたなんて、罪でしかない。頭悪いのに勉強しないとか、馬鹿以外の何物でもない。何もしなくていい生活がしたい。テレビ見てキャーキャー言ってる時が1番しあわせ。


27日(木)
何もしてない。娯楽に溺れすぎ。怠惰だ。スマホで嵐ばっかり見ている。こんなの駄目だ。だから頭が悪いんだ。私は何も出来ない。


27日(木)
明日がやっとテスト最終日。明日が終われば楽になる。明日さえ乗り切れば。

6月

1日(火)
数Ⅱ 36点
数B 30点
物理 25点
化学 42点
コミ英 32点
英表 41点

馬鹿すぎる。人生終わってるじゃん。こんな奴、どこの大学にも行けない。どこの大学もこんな高校生欲しくない。


7日(月)
塾の担任の先生は、どうして私を信じるの?物理やりたくなくてサボって、「教科書が家にあるから」って嘘ついたのに、どうして「そうか」って優しい声で言ってくれるの?どうして私を信じるの?ねえどうして?なんで?


8日(火)
「分からなかったら質問してね」って言われても、質問の仕方がわからない。
ねえ、先生はどうして私に親切にするの?小6のとき、担任だったW先生に質問しに行ったら「あなたなら賢いから分かるでしょ」って言われて、答えてくれなかったよ。あの頃とは違うって頭では分かってるけど、わからない。どうして私は親切にされるの?


13日(日)
今日はネメシスの最終回でした。
やっぱり、何もかもすっきりするためには、風真さんみたいに、自分から向き合わないと駄目なのかもしれない。
私も、誰かに全部話して、そして泣いて、全部昇華できたらな。でも、大きな違いがある。風真さんは罪を犯してはいないけど、私は罪人。昇華しちゃっていいの?あれだけのことをして、全部吐き出してすっきりしたいだなんて、そんなこと、私が願っていいの?
肩を震わせて泣いたのって、あの時が最後。時が止まってるのは、私も一緒なんだ。もう5年以上経つのに。まだまだ、刑は終わらない。


14日(月)
自由に班を作っていいと言われても、一緒になる相手がいない。暇で仕方ないからYちゃんにLINEしようとしたら、昨日の朝8時に返信したやつにまだ既読ついてなくて、やっぱりLINEするのやめた。私の友達はスマホ。


20日(日)
17歳になった。LINEで、たくさんの人が私を祝ってくれた。大して親しくない人も含めて。これはどういうこと?
中学の友達からもメッセージがきた。もう何の音沙汰もない子は、友達じゃなくなったんだとばかり思ってたんだけど、違った?これはどういうこと?

7月

8日(木)
LINEでの議論って、発言の意図が掴めない。その子が何を言いたいのかわからなくて、仕方なく、既読をつけずにメッセージをチェックできるアプリを使う。そして、後から、ちょうど議論が盛んだった時間帯に忙しかったフリをする。これがいつものやり方。


18日(日)
私はなんで普通に生きてるの?本来なら裁きを受けなきゃいけないのに、なぜか普通に高校生として生活している。過去を消してはいけない。私は罪人だから、求められていない。誰からも必要とされず、誰とも関わることなく生きているのが、一番平和。みんな私なんかと関わりたくないでしょ?私は一生をかけて償います。


19日(月)
朝の満員電車で、動悸と息切れが酷くて、死ぬかと思った。これはたぶん、パニック障害?ついに病気になったんだね。小学生の頃、ずっとなりたかった、病人になったんだね。


20日(火)
ツイで知っている人が、いじめられていたことを告白した。周囲の人が、彼女に優しい言葉をかけたり、加害者を糾弾する言葉を口にしている。いじめられっ子の言葉は真摯に受け止めなければならない。私は罪人だから。彼らの声は全て私に向けられている。辛くて苦しいという言葉は、全て私に向けた言葉。


24日(土)
あの頃はいつも、病気になりたいと祈っていたのに、いざ現実になると、健康体に戻りたいと思う。いつでもどこでも病気が付きまとってくる。そして、どれだけ苦しくても、1人でなんとかしなくちゃいけない。


25日(日)
精神科の病院に連れていかれた。電車に乗れなくなったことを話して、やはりそれはパニックの発作だったみたい。正しい病名は「広場恐怖症」らしいけど、恐怖症というほど、私は重病じゃない。


26日(月)
塾の担任に連絡した。面と向かって切り出すのは怖かったから、メールにした。予想通りっちゃ予想通りだけど、先生は冗談が分からないタイプね。めっちゃ長文で送ったのに、返信はあっさりしていた。私だったら、送られてきた文章量に比例して、長文で返すと思うけど。男性ってあんなもんなのかな。


27日(火)
勉強しなくちゃ。三角関数やらなくちゃ。部長の仕事もいっぱいある。気がかりなことが多すぎて落ち着かない。でも、私は何もしてない。気持ちばっかり焦ってる。


29日(木)
「好きな人の悪口、言われたくないだろ」っていうセリフが、昔読んだ漫画の中にあったこと、今でもはっきり覚えてる。母が精神科の先生の仕事が遅いって、ブーブー文句言ってる。嫌だ。私は、あの先生は信じられる人だと思うのに。


30日(金)
部活のLINEで質問攻めにされてる。去年は、LINE上でこんな風にすること、なかったのに。特にNちゃん。あの子は私のことどう思ってる?何も出来ないクソ部長?あの子は確かに、文化祭の実行委員長なんかやってて、有能だよ。ごめんね。

8月、そして。

1日(日)
塾に行って、担任の先生を見たら、この人は分かってくれてる人なんだと思って、涙が出てきた。メールはあっさりしてたけど、本当にさらっと流されちゃった訳ではなかったらしい。先生は、私を正面から見ていてくれる。


2日(月)
Yちゃんに病気のこと全部言えばいいって、母は簡単にそう言うけど、私はYちゃんを信じてないわけでは決してないんだけど、やっぱり信じて切れないというか、なんというか。茶化されるとは思わないけど、あの子はどう思うか。病気のせいでYちゃんと疎遠になるような気がして怖い。Yちゃんは他に話せる人がいるから、私はいなくてもいい。
てか、信じるって何?人を信頼するとは、どういうこと?信用はなんとなく分かる。信じて使うの。じゃあ、信じて頼るって、どういうこと?どのようにすることなの?


10日(火)
特に理由はないけど、家が嫌だ。帰りたくない。誰か助けて


12日(木)
V6のコンサート!9月18日の公演が当選した。
母と私とYちゃんの、3人分。Yちゃんも、趣味は母と同じだから、一緒に申し込むことになった。
その日は私の最後の日。私は、母とYちゃんと共に、V6のコンサートだ。


13日(金)
私は、自分の大切なものを、自ら手放そうとしている気がする。


14日(土)
一昨日の記録、あんな書き方したら、まるで死ぬみたいだ。


15日(日)
実際、中1から今までの私ではなくなるわけだから、死ぬのと同等だね。


16日(月)
嵐を見ていても、楽しいどころか、なぜかとんでもなく虚しい。もう1つの垢でツイやってると、涙出てくる。なんで?


16日(月)
お盆休みの間、結局何もしなかった。読書感想文、数学の問題集、保健のレポート、そして夏休みが明けたらすぐテストがある。ベクトル、関数の極限などなど……。何もしてない。気ばっかり焦る。いつも何かに追われている。


17日(火)
自分がどんどん壊れていくような気がする。


18日(水)
9月18日まで、あと1ヶ月。残り1ヶ月……


21日(土)
誰にも会いたくないから部屋に籠る。誰もここに入ってくるな。私だけのオアシスに侵入するな。


22日(日)
なんか、酒が飲みたい。アルコール度数の低い、フルーティーな酒が欲しい。今度、大人っぽい服装して買いに行こう。


22日(日)
調べてみたら、未成年はセルフレジでさえ酒を買えないらしい。ノンアルならいいかと思ったら、それすら売らないスーパーもあるそうだ。別にいいじゃん。どうせみんな、いつかは死ぬんだから、未成年が酒飲んで健康を害しようと、そんなの自分の勝手でしょ?


26日(木)
部活を無断欠席した。かといって、宿題を済ませたわけでもない。何もしていない。


28日(土)
塾をサボった。受験のためには絶対に必要な授業なのに、行きたくなくてそこら辺をフラフラしてた。


29日(日)
明日から学校。課題は提出できそうにない。最後の悪あがきだけはやろうと思ってる。


29日(日)
結局、ずっと絵を描いていた。セーラー服を着た女の子が夕陽に向かって叫んでいる絵。


30日(月)
学校行きたくない


30日(月)
サボりたい


30日(月)
来てしまった


30日(月)
早く帰りたい
いづらい


9月11日(土)
1日に新垢を作った。そこで知り合った人と、いろいろ話してるうちに、やっと決意を固められた。その人はとっても優しくて、だからこそ傷つきやすくて、とっても素敵な人。
彼女は私より二学年上だけど、タメ語で話せるまでになった。「死ぬときは一緒にね」って約束したけど、それは絶対守らない。

遺書

 これが読まれているということは、私はもうこの世にいないということですね。一番初めにこの文を読んでいらっしゃるのは、警察の方でしょうか。もしそうなら、これより先は、読まなくて結構です。捜査が必要でしたら、自殺で片付けて頂いて構いません。それに、先を読んだとしても、不快極まりないでしょうから。
 死にたい死にたいと考えることは、私の日常でした。しかし死にたいと思っても死ねず、またまだ死ねないと思っても死にたいのです。私は死ぬか死なないかの間に、何年もいました。


 ちはるちゃんへ。
 これは、私の遺書です。すべてあなたに預けます。Yちゃんに見せるも、私の両親や友達に見せるも、君の胸の内にとどめておくも、君の自由。私のアカウントのパスワードを別紙に書いて、同封してあります。ギリギリになっちゃってごめん。最後にちゃんと、私の全てを伝えるから。死ぬ時は私の全部を伝えてからって、約束したもんね。
 たったの2週間だけだったけど、ちはるちゃんと仲良くなれて、嬉しかったよ。


 私は大罪人です。Kという友達を、小学校五年生の時、いじめました。それを先生に注意されると、私は無罪を主張しました。もちろん証拠は出せません。事実を隠し、嘘をついて、無罪放免を希望したのです。
 Twitterで、某A市の、いじめの後遺症に悩んでいた女子中学生が死んだというニュースが、話題になっていました。私は、加害者たちに、そしていじめに、彼女は殺されたのだと思います。つまり、Kは生きていますので、私は殺人未遂罪を背負っているのです。あの時の嘘を鑑みれば、偽証罪すらもあります。私は罪人です。贖罪の義務があります。
 小学校の低学年の頃は、Kとは友達でした。子ども会のイベントの時は、いつもKと一緒にいました。しかし、4年生までは、一度も同じクラスになりませんでした。
 私は友達が大変少ない子供でした。覚えている限り、小学校1、2年生の時は、休み時間は常に本を読んでいました。3年生で、転校生のHちゃんと仲良くなり、また同時に、私と同様に友達のいなかったAちゃんと仲良くなりました。この時は、3人でいつも遊んでいて、平和でした。4年に上がると、HちゃんもAちゃんもクラスは別れてしまいましたが、3年生の1年間で培ったコミュニケーション能力のお陰で、新たにNちゃんと友達になりました。
 でも、このNちゃんにはやや問題がありました。周りの大人はもちろん、少しでも自分と合わない子に対して「うざい」などと言い、少しも口をきこうとしませんでした。年齢から考えても、10歳にもなれば、多少荒れていても無理はありません。早めの反抗期ですから。彼女を含めて数人、いずれも友達の多い女子が、「うざい」という言葉を多用していました。
 私は、それの捉え方を、間違えてしまったのです。大いに馬鹿だと、17になった今なら分かります。喧嘩することを、格好いいと思ってしまったのです。
「うざい」の意味を知り、自分にも人を嫌いだと思う気持ちが芽生えました。あの子が嫌い、その子がキモい……。私も仲間になって、悪口を言い合いました。その頃に、私はMと知り合いました。彼女も、よくグループに入っていました。
 5年生になったとき、私はMとAちゃん、そしてKと同じクラスになりました。5年1組でした。
 Mは友達の多い子でしたので、当初は、そのクラスの中で仲の良い子とグループを作り、私とはほとんど絡みませんでした。
 Aちゃんは(おそらく発達障害ギリギリだと思いますが)相当頭の悪い子でした。私とAはいつも2人で過ごしました。
 すると、何故でしょうか。
 Aは次第に暴力的になっていきました。彼女なりの知的好奇心でしょうか、それか単なる興味本位でしょうか。私が小ボケをかますと、彼女はよく私の頭を平手で叩きました。不機嫌になると、ほんのちょっとしたことですぐに怒りだし、そんなある日、Aの荒っぽい行動のせいで、ついに私は怪我をしてしまいました。
 私は母に被害を訴えました。
 母は過剰に反応しました。「怪我」とはいっても、少し手を切った程度でした。母はすぐさま私のランドセルを勝手に開けて、連絡帳に先生への文書を書き始めました。翌朝、私は母に言われたとおり、その文書を、先生に提出しました。
 その時、先生の対応は決して悪くありませんでした。休み時間などの授業以外の時間も、Aの様子を注視すると言いました。私自身にも聴取を行い、事実確認を行いました。私は事実以外は話しませんでしたし、先生が誤解をしている様子もありませんでした。先生に守ってもらえる安心感がありました。
 それからしばらく経ち、体育の授業で跳び箱をすることになりました。
 私は器械運動は得意でした。反対に、Mは苦手でした。Mは私に「コツを教えてほしい」と言いました。次の単元に変わるまで、体育の時間はずっとMと一緒にいました。
 だんだん、体育だけでなく、休み時間や放課後もMと過ごすようになりました。MはAと大して親しくありませんでしたが、Aは私以外に仲が良いと言える子がいなかったので、いつも私に付きまとっていました。私たちはいつも三人でした。
 Kは、私たちの様子を見て何を思ったのか、「仲間に入れてほしい」と執拗に迫りました。
私とKは、低学年の頃からの友達です。しかし、MとKは、ほとんど面識がありません。ある日、Mは「Kってウザくない?」と私に問いかけました。私はもちろん、返答に困りました。
Kとの関係を無視するわけにはいきません。しかし、私は、MがNちゃんと共に人の悪口を言っては笑っていたことを知っています。彼女の言い分を否定しKを肯定すれば、私がMに「ウザい」と言われる番です。そうなれば、私の居場所はなくなります。Aちゃんと二人きりになります。
 これだけのことを、ほんの一瞬のうちに天秤にかけた結果、私はこう答えました。
「わかる~」です。
 私はMを全面的に肯定しました。Kとの四年余りに渡る友達関係を、一瞬で完全否定しました。
 Mは、Kに嫌がらせをするようになりました。一度Mに味方してしまった私も、彼女に加担しました。Aは、相変わらず私に付きまとっていました。
 Kからすれば、私とMとA、その三人にハブられている状況です。そんなことは、頭ではわかっているつもりでした。本当に理解していたならら、あんなことはしなかっただろうと思いますが。
 Kの悪口を書いた手紙を、授業中に回す。
 Kが一緒に遊びたいと言い出したら、何かしらの理由をつけて断る。
「いいよ、一緒に遊ぼう。」と言いつつ、Kがトイレに行った隙に三人で逃げるということも、しょっちゅうでした。
 季節が冬に変わった頃、Kはついに音を上げました。
 登校すると、教室の黒板に大きく「1、2時間目は自習」と書かれ、課題プリントが教卓の上に積まれていました。「まじ?自習かよ!よっしゃ!」などと、私が大変喜んでいたところ、担任から呼び出されました。どこに連れていかれるかも分からないまま、上着を脱ぎ、小学生なりのおしゃれな服装、つまり軽装で、先生について行きました。
 行き先は、特別教室ばかりが集まった南校舎の一階、そこにある相談室でした。狭いうえに、埃っぽい部屋でした。暖房器具はなく、先生方はみな厚手のコートを纏っていました。
 相談室なんて聞こえの良い名前ですが、実質、あんなものは取調室です。私は担任と教務主任に向かい合って着席し、質問に答えました。担任はその時、口調も態度も優しくて、私もすらすらと嘘を言いました。罪悪感はありませんでした。いつも通り、Kが私たちの行為を先生に言い付けた時と同じように対応しました。取り調べが終わったのは2時間目が終わった頃です。私と入れ替わりにKが部屋に入っていきました。私は、相談室の向かいにある特活室に容れられました。休み時間にトイレに行く以外は、絶対に部屋を出ないように言い付けられました。
 私とKは4時間目の途中で解放されました。入れ替わりに、MとAが教室から姿を消しました。二人は、給食の時間になっても、掃除が終わっても、5時間目が始まっても、帰ってきませんでした。課題のプリントは2時間分しか用意されていなかったはずです。あの日1日、クラスのみんなが何をしていたのか、私は知りません。
 6時間目が始まる前の休み時間、いよいよ私とKも取調室に呼ばれました。そこで、担任、教務主任、学年主任、Kの4人と、私、M、Aの3人が向かい合いました。
 Kは泣いていました。私はそれしか覚えていません。そこで何を言われたのか、何があったのか、すべて忘れてしまいました。
 取調室で、凍えながら説教を聞きました。親に担任から電話をかけると、その時言われました。私が何をしたのかすべて、先生の口から親に知らせるそうです。
 私は先手を打ちました。電話がかかってくるより前に、私が先生に何をされたのか、母に話しました。もちろん大げさに、自分こそ被害者であるという話にすり替えて。私は何もしていないのに、先生に決めつけられたという風に報告しました。
 思った通り、母は私の話を鵜呑みにしました。母は全力で私を庇い、私は、母に罪を打ち明けるタイミングを、私自身の手で壊しました。
 さきほど、私は「罪悪感はなかった」と言いました。しかし、もう少し正確に言うなら、「罪悪感を無視していた」でしょう。
 自分のしていることが果たして正しいことなのか。それは一切考えていませんでした。Mに賛成し、3人でKを仲間外れにすることが、当たり前になっていました。私はただ、1人になるのが怖かったのだと思います。
 あれから私は、担任にも学年主任にも挨拶すらしてもらえない日々を過ごしました。登校してきて、廊下で学年主任とすれ違ったとき、彼女は目の前にいた見知らぬ一年生にはにこやかに「おはよう」と声をかけていましたが、私が「おはようございます」と言っても、聞こえないふりをして立ち去っていきました。担任は、テストの採点ミスを訂正してくれませんでした。90点として返却されたテストに、点数計算の間違いがありました。それを担任に指摘すると、「90点もあるんだからいいじゃない。30点とかの子に失礼でしょ」と返されました。
 6年生の時も、当時の担任が嫌いでした。進級して、やっと解放されると思ったのに。彼はやたら女子に厳しくて、クラスで少しでも問題が起こると女の子のせいにする教師でした。五年の時の担任から引き継がれているのでしょう、私はいつも、彼の視線を感じて過ごしていました。
 そう、他にも1つ思い出しました。
 6年生の時、学芸会で準主役級の役のオーディションがありました。私は受験しましたが、落ちました。5年の時の学年主任がそのまま持ち上がりで6年生の学年主任をしており、彼女が仕切っていました。私はトップバッターで演技をしました。彼女以外の先生はまだ誰も会場におらず、審査員が、私の時だけひとりでした。明らかに不公平でした。
 私は小学校が大嫌いです。
 二度と見たくない。あんなもの消えてなくなってしまえばいい。
 もし人生で誰か1人だけ殺してもいいのなら、私は間違いなくあの学年主任を殺します。
私は罪人です。それは重々承知です。
 でも、いくらなんでも、あんまりじゃないですか。
 私を無視して、私を見てくれなくて、私はさっさといなくなれば良かったんです。先生たちも、Kも、はっきり言ってくれれば良かったんです。「お前なんか死んでしまえ」って。あれから6年間も、生きて罪を重ねなくて済んだのです。
 それでも、中学時代、私は確かに幸せでした。
 私は中学1年の時、初めて夢をもちました。
 ちょうどそのころ、山下智久さんを知ったのです。大変素敵な医療ドラマで救命医を演じる彼を見て、あっという間にファンになりました。ある日のラジオで、彼が「僕が出演したドラマを見て医者を目指した子がいるなんた嬉しい」という発言をしていたのを聞きました。リスナーからの葉書で、息子が彼のドラマを見て夢を持ったというものがあったそうなのです。私も、その子のように山Pに喜んでほしくて、決意を固めました。
 部活にも入らず、常に勉強のことで頭がいっぱいでした。毎日毎日、自分の能力を高めることに専念して、そしてなんとか、地域でトップの高校に合格できました。
 私は彼に救われました。彼がいたから、私なんかも楽しく中学に通えたのです。どのクラスにも友達がいて、Yちゃんに出会ったのも、委員会がきっかけでした。
 でも、その頃にはすでに、テレビの教育番組などで「相談室」を耳にすると、心臓がドキドキするようになっていました。中学でも、何人かが相談室へ叱られに行くところを見ましたし、ある友達は悩みが深まるあまり授業中に突然泣き出してしまい、あの部屋に容れられていました。どの場合でも、私は相談室に行った子のことが気になって仕方ありませんでした。
 あの頃、実は、私は嵐も応援していました。
 YouTubeで山Pの動画(違法にアップロードされたものでしょう)を見ていると、なぜか嵐の動画もオススメとして出てくるのです。サムネイルや面白そうなタイトルに惹かれて見てみると、まあ、本当に尊い5人ではありませんか。
 しかし、もう今は、嵐は休止中です。
 山Pも、海外へ飛び立っていきました。
 みんな、私が応援する彼らは皆、どこかへいなくなってしまった。
 私にはそれがすべてです。
 もう私には何もなくなりました。私は、ずっと好きな芸能人に依存していたのだと思います。彼らがいなくては、私はもうどうしようもない。夢もない、この高校に通う意味もない、残るのはあの時犯した罪だけ。
 私は救われるべき人間ではなかったのです。罪人である私なんかより、Kこそ救われるべきでした。小さい頃からいくつも習い事をしたし、テストだって昔はいつも1番でした。どれだけ素晴らしい功績を残そうと、1つの間違いで何もかも失う。5年生の最初、確かにMは私の友達でした。友達のいない私にも、こんなに良い仲間が作れるんだと思いました。私が「わかる」って言わなければ、こんなことにならなかったはずです。
 楽しい日々を過ごしていた頃だって、私は一度たりとも人を信頼していません。やっとできた友達関係は壊れて、先生には裏切られて、推しもみんな、ここから去っていきました。それでも私は誰にだって本心を打ち明けない。Yちゃんにも、当然ながら親にも、あの時のことは言ってない。本当の私なんかを知ったら、みんなみんな私を避けるに決まっています。
 たった1人でいいから、絶対に私の味方でいてくれる人が欲しいのです。
 夏休みに広場恐怖症を発症したおかげで、精神科への通院を始めました。病院の先生は、私が希死念慮を抱えていることを知りません。私が普通に電車に乗れるようになるために、2週間に1度程度カウンセリングをしてくださります。ネットで調べた限り、認知行動療法と言うそうです。
 あの先生だって、ただ単に電車に乗れないだけだと思っています。私が罪人であるとは、夢にも思っていないでしょう。そんな罪人など救おうとするとは、到底考えられません。

 私の本質は知らなくても、その表層を見てくれた人はいます。私はその人たちすべてに感謝します。夢を応援してくれた両親、いつだって一緒に過ごした中学時代の仲間たちと、先生方。
 私は人間が持つものの中で最も尊いのは、仲間だと思います。
人は人と繋がっている。それがあるから、人は人間として意味を成す。
 本当に本当に1人で生きている人、そんな人間はこの世にはきっといません。だから、そう言えるのです。私ですら、17年の人生の内で3年間だけ、バカみたいに騒いで笑っていられたんだから。あの頃は1人じゃなかったのです。
しかし、あれからの私にはずっと、黒い影が付きまとっていました。それは、当時11歳の私の私が持っていた、罪悪感の欠片なのだと思います。あの時自分の気持ちを見つめなかったから、罪悪感は影となって、今も私にくっついているのです。
 繋がりがあって、その人たちから刺激を得て、人間唯一の特別なものである、高度な感情をもちます。すると、人間は人間として鋭敏になって、今度は刺激を造る側になれます。そうやって連鎖していくから、人間だけが作れる、作品というものは作られ続けるし、その作品に自分を変えられるほど影響を受けると、また新たな作品ができて、そして文化ができてゆく。文化は人々の毎日営みの歴史の中でうまれるからです。そうして内なるものを共有するのが、社会。私は、人間は尊いから、もちろん人間たちの集合体である社会も尊いと思います。
 9月1日、私は新しいアカウントを作って、苦しむ人との会話を試みました。
いわゆる病み垢は、依存相手を探している人がほとんどです。でも、死にたくなるほど苦しんでいる人も、一定数います。何人かのそういった人たちとやり取りしました。
 それより以前には、「愛実」という名前でツイッターをやっていました。ただし、フォローしている方もフォロワーも1人もいません。私にとって、愛実として本当の思いを綴ることは、自分の生きた証を残すことでもありました。あそこには、私が何を思って生きていたのか、すべて書かれています。
 愛実は、愛の実。私は人をいじめた。人間を愛せなかった。私も、ほんの少しでいいから、人間を愛してみたかった。
 ちはるちゃんは、私の罪を告白した、ただ1人の人です。顔も本名もわからない私と、自分自身の全てを共有できました。
 一緒に死ぬ約束、破ってごめん。
 でもね、私にはわかるの。
 ちはるちゃんは、まだ大丈夫。私なんかと一緒に死んじゃだめ。私がちはるちゃんに寄り添ってあげられたかは分からないけど、ちはるちゃんは私に寄り添ってくれたから。あなたは生きるべき人だと思います。ちはるちゃんは、私みたいな罪人じゃないでしょ?
 じゃあ、そろそろ。
 自ら犯した罪を償うため、私は罪に殉死します。ちはるちゃんを道連れにすることはできない。私は悪どい人間だから、罪をなかったことにしたいのです。そのために、加害者である私は死ぬのです。罪を消すためには、私は罪と一緒に死ななければなりません。
 ここまで大変長くなってしまいました。文章がおかしい箇所は多々あるでしょうが、一刻も早くこれを投函したいので、読み返すのはやめておきます。やっと固められた決意が、恐怖に殺されてしまっては困りますから。
 この懺悔の記しを、私の最後の言葉とさせていただきます。私がこの世界に存在していたという、証しとして--

懺悔の記し-自分だけの病み垢-

懺悔の記し-自分だけの病み垢-

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-10-02

Copyrighted
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Copyrighted
  1. プロローグ
  2. 2月
  3. 3月
  4. 4月
  5. 5月
  6. 6月
  7. 7月
  8. 8月、そして。
  9. 遺書