小径より
「もう出るって言ってるでしょ、行かないの?」
戸口からメガルが鋭利な声を上げた。
メガリナにとって、メガルの短気は慣れっこのことで今さらどうとも感じない。だが、玄関先で身を縮めるプロラは肩を震わせて柱へしがみついている。
「こらメガル、そんな言い方したら行けるもんも行けなくなっちゃうでしょー、」
台所にいたレヴィアがかごを持って現れざま、メガルの額を指ではじく。
「プロラに謝んなさい? じゃないとつれてかないよ」
メガルは赤い唇を尖らせていたが、やがてしぶしぶ「悪かったわ」と小さく言った。
メガリナは、まだ怯えているプロラのそばへ寄って左肩を包んでやった。末っ子のプロラは臆病で気弱な性分で、いつも部屋に垂れこめるようにして暮らしている。外へ行くとなると毎度、こうして竦みながらどうにか出かけるのが常だった。
「でも」メガルが横目へプロラを映す。「あんたヴオッコの花見にいくのは平気なのに、なんで果実摘みはだめなのよ」
だって、と、プロラが囁き、そこで言葉が止まる。メガリナは、妹の左手を握った。
「……ヴオッコのお花見にいくのはあんまり人に会わないから大丈夫で、果実摘みは誰かに会っちゃうからちょっと苦手なんだよね?」
代弁してやると、妹が手を握り返してきた。それを見てレヴィアはにっこり笑い、メガルはおもしろくなさそうに瞳をそらす。メガルの顔が、「あんたがそうやってその子のこと甘やかすから、いつまで経ってもこうなのよ」と物語っているのもメガリナには読める。それでも、ずっとこの内気な末っ子の味方でいてあげたかった。
「プロラ、メガリナもいるから大丈夫だよね。ね、じゃあそろそろ行こうか?」
姉レヴィアがプロラをのぞきこむ。妹が諾って、そして、ようやく皆で玄関を出た。
夏至が近づく頃の果実摘みは、毎年の楽しみだった。
家から森までちょうどいい散歩道だ。町を抜け海風から離れて進めば、野山の端に目印の木が見えてくる。三本の白樺と二本の山ならしがそれで、その周囲にはすぐりやこけもも、木苺までがひとかたまりに自生している。父に教わった穴場だ。
妹は道中で誰かに会うのを恐れ、メガリナの後ろへくっついて歩いていたが、着いてしまえば見違えるようにはしゃぎだす。目を輝かせて果実を探す姿は、森の小動物さながら機敏だった。
「ちょっと来るの早かったかもね? まだあんまりなってないじゃない」
しばらく思い思いに探索し、昼前に休憩場所で集まると、メガルが首を左右に振った。
「そうだねえ」姉レヴィアも、かごの底を見せて苦笑いする。「こないだ辺り寒かったからかな、また今度出直そうか」
メガリナは姉の言葉にうなずき、自身も中身の軽いかごを置いてプロラを待つ。さっきいきいきと果実を探していた妹は、しょんぼり眉を下げて戻ってきた。
「……わたし……たったこれだけしか見つけられなかった」
プロラのかごには、木苺の粒が四つ五つ。しかしこればかりはどうしようもない。
もう少ししたらまた来ようね、とメガリナが言おうとした時、
「ほら」
プロラのかごへ、上からメガルが自分のかごを傾けた。みずみずしい木苺がいくつもこぼれて山をつくる。
「あげるから。元気出しなさいよ」
驚いてぽかんとしている妹に、メガルがつんとした調子のまま言う。メガリナには――おそらくは姉レヴィアにも――それが照れ隠しだとわかるが、プロラはまだ、ぼうぜんとメガルの顔を見上げていた。
「それ全部あんたにあげるから。今日は散歩に来たとでも思って、元気出しなさいって言ってるの」
メガルがもう一度言う。それを聴いて、プロラがやっと両目を見張った。その唇が、「ありがとう」と言葉を紡ぐ。
よかった。メガリナはほっとした思いで隣を向いた。きっと同じ気持ちだろう、自然に目が合う姉のレヴィアも微笑んで、
「じゃあ今日はお昼食べたら帰って、プロラに木苺のサフトつくってもらおっか。プロラがつくるのが一番おいしいんだよね」
誇らしそうな表情になる末妹へ声を弾ませる。
──よかったね、メガル、プロラ喜んでるね。メガリナはふと、メガルに胸の中で語りかけた。口に出さずとも、その呼びかけはふしぎと届いて、メガルがはにかんだ顔になる。昔はいつでも、こうやって話していたものだ。
メガルはメガリナの、ほとんど同時に産まれた双子の片割れだった。姉レヴィアも妹プロラもかけがえのない姉妹だが、メガリナはメガルに、いっそう深い繋がりをおぼえていた。
この絆は、これからも変わらないだろう。何が起きたとしても。
森の下で笑い声に包まれ、メガリナは確かにそう信じていた。
小径より