聖痕

聖痕


「教室のやつらが今のわたしたち見たら、びっくりして倒れるかもよ?」

 君はそう言っていたずらに笑いながらこっちを見た。わたしはそれに静かに返す。

「……毎日つまんないことばっかだし、たまには悪いこともしたくなるよ」

 ここはわたしたちの本現場。歪でかわいいプラスチックのステージ、スポットライトは正面のライト一つ。深夜、無人のゲームセンターのプリクラ機のなかでわたしたちは、何度でも生まれ変わる。零れ落ちそうなフリルと胸元にチャームのついたリボンが施されたブラウスを着た君が、わたしの方を見つめて言った。

「不良だ」
「騙される方がわるいのよ」

 不良なのはお互い様だよ。なんてかわいくない言葉は飲み込んで、憧れのかわいい女の子の台詞を真似た。毎日遅刻しないとか、ちゃんと課題を出すとか、いい子にしてたって結局教室じゃ損ばかりだから。先生もいい子は手間がかからないからって悪い子のことばっかり見てるし、仕方がないよ。

「ははっ、言えてる」
「……わたしたち、プリ機の中でしか息してないのかもね」
「?」
「なんでもないよ」

 わたしの小さな呟きはプリクラ機のしろいライトに吸い込まれていった。君に聞こえなくてよかった。なんて思いながら、わたしは君とお揃いで色違いのブラウスの胸元を見つめる。
 君はピンクで、わたしはみずいろ。わたしのしろいブラウスに着いたリボンやフリルは日々の丁寧な洗濯のおかげか真っ白で、胸元の一際おおきなリボンの結び目に乗ったハートのチャームが可愛い。

「ねぇ、今日はどれがいい?」

 プリ機から流れるポップで軽いバックミュージックを聴きながら、鼻歌まじりにわたしに問う君。わたしは正直、君とプリ機のなかで話せたらなんでもよかった。

「おまかせで」
「は〜い」

 とんとんと備え付けのタッチペンが画面を叩く音がして、媚びるような甲高い女の子のアナウンス音声が流れる。わたしはすぐ隣の君の声だけを聞き取るのに必死だった。

「こっちきて!撮ろ」

 綺麗に巻かれた色素の薄い髪を揺らした君に手を引かれるまま、わたしはプリ機のカメラをじっと見つめた。女の子らしくちょっと意識して、顎を引いて目をぱっちりと開く。3、2、1、とアナウンスが流れて、ぱしゃり、と音がした。

 あっという間に写真の時間は終わって、デコレーションの時間に移り変わる。今日の君はメルヘンの気分だったみたいで、わたしたちの顔の周りに貼り付けられたパステルカラーの一角獣やメリーゴーランドの絵。画像の隙間に散りばめられた星屑がまぶしくて目を細めれば、君はかわいいでしょ、と言って微笑んだ。
 前言撤回。ブルーライトに照らされた君の白い頬やきらきらの瞳の方が、わたしの中では一億倍かわいいし何回だって優勝する。

「……うん、かわいい」
「でしょ」

 ニッと笑ってプリ機の外に駆け出した殿堂入りの君。わたしは慌てて荷物置きから鞄を手に取って外に出る。
 アナウンスが流れて、プリ機の印刷口からきらきらの想い出が一枚のシールになって出てきた。君はそれを大切そうに、愛おしむように手に取る。

「半分こにしよっか」
「うん」

 ちょきちょきと音を立てたハサミがわたしたちの想い出を真っ二つにして、二人分にした。こうして、あと何回わたしたちは思い出を作れるんだろう。こうして、あとどれだけ世界に反抗できるんだろう。わたしは君の手から半分こになった想い出を受け取って、精一杯に微笑んだ。

 そしたら君はわたしの顔を見て、眉を下げて言う。

「……わたしたち、いつまでこうしていられるかな」

 わたしがあえて言わなかった台詞を、君は言ってしまった。わたしはふりふりのスカートの裾を掴んで、ぐっと感情を押し殺す。

「……わかんないよ」

 嘘、ほんとはわかってる。高校三年間の季節はあっという間にもう三周しそうだし、君もわたしも来月には受験を控えている。もうとっくに、この夜だけの青い春ともさよならしなくちゃいけなかった。

 わたしたちは柄にもなく手を繋いで、ゲームセンターの階段を降りる。一段、一段と降りるたびにいろんなことを思い出すから、わたしはかぶりを振った。

「……ずっと夜ならいいのに」

 ゲームセンターの入り口に出た時、ぽつりと零れ落ちた君の小さなつぶやきが、最後の反抗だった。蛍光ピンクのネオン管の光が、わたしたちを嘲笑うみたいだった。

 大優勝の君の硝子玉みたいな瞳からぽろぽろと滴がこぼれていたけれど、わたしの視界も涙で歪んで滲んでめちゃくちゃだったから。

「……またね」
「またね」

 どちらともなくまたねを言って、またいつかに期待をしながら、さよならをした。

 永遠のさよならなんかじゃなかったけど、君とわたしはきっとまた会えるけど、ふたりともお互いとさよならをしたなんて思ってはいない。わたしたちは二人とも女の子の、少女のわたしたちとさよならをしたのだ。まだ印刷のぬくもりの残るプリクラを握りしめて。

 その辺の公衆トイレで制服に着替えたわたしはぐしゃぐしゃの顔のまま、君とお揃いのブラウスを丁寧にたたんで仕舞い込んだ。家に帰ってもまだ目頭は熱くて、胸が痛い。止めどなく溢れる水滴でびしょ濡れのメイクを落として、ベッドに飛び込んだ。ひどい涙の匂いがする。

聖痕

聖痕

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 青年向け
更新日
登録日
2021-09-29

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