作りたてをどうぞ
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子豚の肉を切る。切る。切る。
切った肉を水を入れた鍋に入れ、火をかけて茹でる。
一緒に香野菜の乾燥粉と、細かく切った玉葱も入れて茹でる。
パンの塊を用意し、茹で汁で湿らせて、ふやけたら加える。
鍋の中の物がどろどろになったら、塩と酢で味を整えて、
肉のシチューの出来上がり。
それを作る。作る。作る。ひたすら作る。
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「ふう。こんなものかしら」
シスター・イオニアはため息を吐いた。
「お疲れ様、イオニアさん。これで夕食は完璧ね」
アマリエが前掛けを外しながら笑った。
革命軍の食事は専らシスターたちに任せきりなのだが、この量を作らせるのは流石にどうかと思う。とイオニアは再びため息が出そうになった。
妹のエオリアや、ココ村のアマリエ、自分を助けてくれた青年、ルツも手伝ってくれるのだが、それでもいくらか手が足りない気がするのだ。
「ええ、お肉のシチューなんてみんな喜ぶわあ。でもきっとすぐ無くなっちゃうわよ、私たちは先に食べちゃいましょうか」
「えっ。良いのかな?」
「作りたてを食べて良いのは作った人の特権よ。ティレア王子だって許してくれるわ」
「まあ、エラはそういうとこ許してくれそうだけど」
「さ。エオリアもルツくんも、もう鍋をかき混ぜるのはおしまい。自分の器を持ってきてちょうだい」
ぱんぱんと手を叩けば、シスターたちに混ざりシチューと格闘していた妹と青年が肩の力を抜くかのように伸びをした。
「疲れたよ〜。大盛りにしてね、お姉ちゃん!」
「エオリアは偉いよなあ。前線で戦って、料理も手伝ってさ」
「ふっふっふ。だってそうすれば大盛りにしても許されるでしょ?」
「げっ、そういう作戦かよ! イオニアさん聞きました? 俺も大盛りの資格あると思いまーす」
「ルツくんはなんか隅っこでこそこそしてるだけじゃない!」
「お前俺の仕事知らねえな? まあ良いけどよ」
のんびりと談笑しながら歩くシスターたちの横を走って行く二人。きっとすぐ器を持って来るだろう。
イオニアは空を見上げ、手を合わせる。
「リーン様、リディア様。今日もお恵みに感謝いたします」
そう祈って締めてしまえば、手が足りないくらいなんてことないように感じるのだ。
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「どうぞ。熱いから気をつけて」
「はーい。ありがとうイオニアさん」
「あっお姉ちゃん! お肉もっと入れて!」
「だーめだエオリア。それはずるいぞ!」
「ぶー」
「ふふっ。そうよ? みんなでいただきましょうね」
料理班たちにシチューを配る。とろりとした液体は器に注がれると香の野菜の良い香りがした。
「黎明神、リーン様、リディア様。美味しい糧を今日もお恵みくださり感謝いたします。どうか明日も、私たちに恵みをくださいますよう」
イオニアを筆頭にシスターたちと、エオリアとアマリエとルツが手を合わせる。イル教の食事の前の祈りだ。大陸の誰もがするそれは、本当はもっと長い文句を言うのだが、料理が冷めてしまうのは勿体ない。と、この軍に仕える者たちは略式にしている。それも、かなり。
大きな肉が手に入った時は、「黎明神様ありがとうございます」だけで済ませた。なんて時もあるのだ。
イオニアはそれで良いと思っていた。教会育ちのシスターや僧侶たちはともかく、何やら訳ありの者もいるこの軍だ。自分を盗賊団から助けてくれたルツだって、ろくに勉学を受けてないと聞いた。全てに平等に祈りを捧げさせるより、熱いうちに食べてもらう方がずっと良い。人々に恵みを授ける神々も、きっとそれを許してくれるだろう。というのは、聖書の曲解だろうか。
「さあ、いただきましょうか」
なんて思いながらも、スプーンで掬い、ふうふうと息を吹きかけ口に入れる。加熱された玉葱の甘さと肉の旨みが合わさって、うん、これは間違いなく美味しい。と、イオニアは誰に対してもなく頷いた。
「あつつ。うん、うん。ふふっ、美味しいねお姉ちゃん」
エオリアが笑う。その横で肉をほふほふと口に入れたルツが、
「わ、肉やわらかいな。これ美味いですね」
と感嘆の声を上げた。
「でも少し塩が多かったですかね?」
と言うのはアマリエだ。
「たくさん動いてきた人にとっては少ししょっぱいくらいがいいのよお。リンゴも近隣の村から貰っているから、これも先にみんなに配ってしまうわね」
「そうかな? まあイオニアさんが言うならそうかも。あっそんな、イオニアさん立ちっぱなしじゃない。私が行くよ。ほら行くよルツ!」
「絶対言うと思った。ええ、イオニアさんは座っててください。輸送隊にありますよね?」
「あら、いいの? 二人とも。ありがとう。ええ、輸送隊の前にあるわ。一人一個で全員に回ると思うの」
「はーい。持ってきます!」
ぱたぱたとルツとアマリエはありがとう〜と笑顔のシスターたちの言葉を背に駆け出す。
イオニアの隣に座ったエオリアが、ずるるとシチューを器から啜った。
「こーら。お行儀が悪いわ」
「だってえ」
「ロクリアがいたら怒られてたわよ? エオリアはいつまで経っても行儀作法が云々って」
「えーん。許してどこかにいるロクリアお姉ちゃん」
わざとらしく嘘泣きをした後、エオリアは空を見る。その目は白い雲を越え、遠くを見つめていた。
「ロクリアお姉ちゃん、ちゃんと食べてるかなあ」
「大丈夫よお。ロクリアはしっかりものだもの」
「えー、お腹すきすぎて自分の天馬とかその辺のグリフォンとか食べたりしてないかなあ」
「ふふっ、そんな。エオリアじゃあるまいし」
「あっ、何それ!? 私そんなことしません!」
頬を膨らませる妹をつつき、イオニアは微笑んだ。
「きっと元気でやっているわ。案外、革命軍に入ってくるかもしれないわね」
「えーっ。ロクリアお姉ちゃんが来たら私の分のシチュー無くなっちゃうよ」
「もうっ、またそんなこと言って」
「何?エオリアの姉ちゃんはグリフォンの肉を食うって?」
リンゴを籠に抱えながら、ルツたちが帰ってきた。
「そうだよ。凶暴なの」
「こらっ、やめなさい。ごめんなさいねルツくん、本当は違うのよ」
「分かってますって。はい、二人もリンゴどうぞ」
真っ赤な果実を手渡される。少し塩味のきいたシチューの後に齧るこれは、良い水分補給になるだろう。
「でも気になるな〜。グリフォンの肉。硬そうじゃない?」
「翼のあたりとかな」
「アマリエちゃんまで……もう、エオリア。あなたのせいよ」
「えーっ」
エオリアの不平不満の声に皆が笑った。
「きっとこれからどんどん人が増えてきますよ。食事作る手、足りなくなっちゃうかもな。エオリアの姉ちゃんは料理できねえの?」
「お姉ちゃん、槍以外全然だからなあ。でも人数が増えれば作る人も増えるでしょ」
「そうそう。案外エラとかキリエ様とかやってくれたりね」
「そ、それは……どうかしら」
「ティレア王子はやってくれそうだよ?」
「王子に料理なんてさせられるか!」
和やかな空気が場に満ちた。さて、そろそろ皆の夕食の時間だ。腹を空かせた兵士たちが集うことだろう。
「さて、皆さん。もう一仕事しましょ」
「はーい。ごちそうさま!」
腹が満たされていること、それが何よりの幸福だと、イオニアは思うのだった。
どこかであなたも温かい食事をしていますようにと、イオニアは離れた妹へ祈るのだった。
作りたてをどうぞ