吾輩は置き物の猫である

瀬戸かもめ

私が初めて書こうとして、初めて挫折した作品です。今の文章からするとかなり読みにくいものです。

(挫折した長編小説からの抜粋。その長編の主人公による注が入る。)

     (一)

 吾輩は猫である。但し置き物の猫である。名前はまだにゃい、というのは噓で名前は「なつ」という。花ちゃんにつけて貰った。吾輩は瀬戸内の小さな町に生れた(菰田注:瀬戸物の瀬戸をてっきり瀬戸内からだと思い込んでいたが、後で辞書を引くとどうやら愛知県の瀬戸らしい。まあいいや、気にしない)。生みの親は地元では有名な陶芸家である。吾輩のモデルは其の飼い猫のミケである。名前の通り白・茶・黒の三つの毛色をして居る。吾輩は三毛猫にしては珍しいらしいが雄猫である。なのに「なつ」である。さて、吾輩は瀬戸物だから常に同じ姿勢をとり続けて居る。眼下十糎(センチ)に食事テーブルの見えるテレビ台にちょこんと鎮座して、毛繕いをして居るのであるが時々厭になってくる。何故なら吾輩の飼い主はクロをいう文字通り黒い猫を飼っているのであるが、そのクロがリビング兼ダイニングの吾輩の視界に入る所で美味そうな飯をむしゃむしゃ食うからである。恐らく彼奴は意地が悪い。それに時々吾輩の方を向いて片目をつむる。
 ところで吾輩の飼い主は、漫画家である。筆名は四沙藻、本名は梅木実(みのる)と云う(菰田注:本家の苦沙弥先生が風邪をひいたため急遽抜擢)。その四沙藻と云う奴は典型的な中年の「オッサン」でしかも小太りときている。併しこれが中々(なかなか)人当りが良いようで近所では人気者且つ全国的にもそこそこ有名らしい。
 その娘の花ちゃんは小学生である。
 今夜はクリスマス・イヴだから花ちゃんは冬休み、四沙藻と花ちゃんのお母さんである春さまも休みをとって、三人は買い物に行っている。静かな昼過ぎの時間である。
 吾輩の暮らしている家は東京のとあるマンションである。場所を云ってもいいが、漫画家のファンが殺到しても困るから云わないで置く。江戸っ子じゃない吾輩は東京に就(つい)て昏(くら)いから此処が有名な所かどうかはわからない。確か一本木とか云った。
 ……ふぁーああ。眠いから寝る。眼は閉じっ放しだが。

     (二)

 あれは吾輩が《黒猫》のトラックに乗ってこの家に来て数日、夏の暑い日のことだった。
 そういえば、到着の日、四沙藻が吾輩の入ったダンボール箱を開けたとき丁度夏休み中の花ちゃんは夏みかんを食べている最中だった。それで吾輩の名前は夏になったのだ。
 本題に戻ろう。
 みんなが晩ごはんの夏野菜カレーを、クロがカリカリした茶色いごはんを吾輩の見ている前で美味しそうに食べていると、電話が鳴った。四沙藻が徐ろに立ち上がって受話器を取る。
「もしもし?」
 ――もしもし。梅木さんのお宅でしょうか。
「はい」
 ――お世話になっております。ウィステリア工房の藤原です。
「あ、どうも。こちらこそ、先日はお世話になりました。愛らしい猫の置き物を作って頂いて」
 どうやら吾輩の実家からの電話らしい。
 ――実は、この前置き物を作った主人のことなんですけれど……。
「え、先生が亡くなられた?」
 どうやら吾輩の父さんが亡くなったらしい。え……?『亡くなられた』?……本当に? この前は元気だったのに。
 ――はい。
「ご愁傷様です」
『ご愁傷様』? ってことは本当に父さん死んじゃったんだ。さよなら、父さん。
 泣きたいけれど、泣けないのが瀬戸物の宿命。もし吾輩が花瓶か水差しだったら思う存分泣けるのに。でも、猫だから意志を持っている、というから文句は言えない。それに不精(ぶしょう)の四沙藻が花を活けるなんで道理はない。
 そんなことを思っていると電話は切れた。
 四沙藻は再び食卓に就いた。少し暗い顔で。
「明後日、藤原先生のお葬式に行ってくる」
「藤原先生って大学の先生?」と春さま。
「藤原先生ってなつを作った人?」と花ちゃん。
 四沙藻は一度頷いたきり黙ってカレーを口に入れはじめた。
 食べ終えて一息吐(つ)くと、右の手の甲で目を抑えた。
 吾輩が実家を発つ前の晩、父は吾輩にこう語ってきかせた。
 ――君(われ)が今度行く家にゃあ漫画家がおるんじゃが、その梅木っちゅう漫画家は、わしが大学の先生しとったときの教え子なんじゃ。わしが教えとったなあ陶芸じゃが彼奴(あんなあ)程不器用なやつも珍しいで。でもほんにええやつじゃけえわしが死んでも彼奴を見守っちゃっての。
 偶然でもまた会えるかもしれないと思っていた人が遠ざかって永遠に会えなくなることが悲しいのだ。
 気づいたら目の前にクロがいた。いきなり吾輩の額を舐めてきた。そして一鳴き。クロのことは初対面以来あまり好きじゃなかったけど、いつのまにか心持ち微笑していた。
 この感情はクロに伝わっただろうか。

     (三)

 夢のなかで昔のことを思い出していたら、急にクロがいい猫(やつ)のように思えてきた。そういえばあのとき四沙藻は泣いた後、吾輩を暫く凝視してから書斎に引っこんで行ったんだっけ? その様子を見てた二人は心配そうだったな。

 まあ回想はこのくらいにして今夜は吾輩にとっては初めてのクリスマスイヴである。
 ドアの音が聞こえた。三人それぞれ買い物袋を持って部屋に上がってくる。リビングのカーペットの上で寝転んでいたクロが起き上がって、花ちゃんの周りをうろうろ動く。買い物袋の中身が気になるらしい。
「クロ。キャットフードあげるからケーキはだめだよ」荷物を机に置いて、花ちゃんが横向きにクロを抱っこする。花ちゃんがクロの背中をなでると彼女(ねこ)は無表情にあくびをした。
 そのまま花ちゃんは暫く抱っこしていたが重くなったのか床に戻した。
「花。手洗ってね」と春さま。
「はーい」
 こうして、三人がどたばた動き回っているといつしか準備が整っていた。大きな骨付き鶏、ポテトサラダ、クリームシチュー、バゲットのガーリックトースト、それと飲み物。
 四沙藻が二人分のグラスにシャンパンを注ぎ、花ちゃんが自分のコップにサイダーを入れる。透明の中で泡が踊って硝子がきらきら笑う。
「乾杯!」三人が笑い合う。次の瞬間には飲み物は半分くらいに減っている。
「花ちゃん、学校はどんな感じ? 上手くいってる?」と四沙藻。
「うん。まあまあ」
「と、いうと?」
「特に仲がいい人がいるわけでもなく、仲が悪い人がいるわけでもなく」
「なるほど」四沙藻が大きな鶏肉からナイフで一部を切り取る。「僕はこれだけでいいからあとはどうぞ」
「うん」
「最近あまり元気じゃなさそうだからちょっと気になってね」
「ばれてた?」
 四沙藻が頷く。
「友達とちょっとケンカしてて」「仲直りは?」「まだ」
「いつから?」と、春さま。「終業式の日から。それでまだ会ってないの」
「友達っていうと、ちかちゃん?」「うん」
「明日会いに行ったら?」
「うーん」花ちゃんは、まだ覚悟を決めきれていない様子。
「絶対早く行け、とは言わない。けど、早く仲直りした方が早く楽になる。向こうが仮に納得がいっていないとしても、早く行った方がちかちゃんが許してくれるチャンスも増えるはずだよ。幸せな時間が長い方がいいよね?」と、四沙藻。
「うん。明日行く! じゃあ電話かけてくる、明日行くって」
 少しの間花ちゃんは席を外していたが、戻ってくるときはにっこりしていた。
「ちかちゃんのお母さんが出たんだけど、明日ちかちゃん家にいるって」
 春さまと四沙藻が頷いた。再び花ちゃんが席に戻って食事再開。
 四沙藻がくれた分のチキンを頰張っていた花ちゃんだったが、急に目を丸くした。
「んー? あれっ?」
「どうしたの?」と春さま。
「あ。そうだ。ツリー出すの忘れてた!」

     (四)

 クリスマスの朝、花ちゃんがちかちゃんのおうちに仲直りに行った。昼前に電話があって、花ちゃんはちかちゃんちで遊んでから昼ごはんを食べてくるとのことだった。そのとき家にいた四沙藻も春さまも吉報を聞いて喜んでいた。そして、帰ってきた花ちゃんはごきげんだった。カレーにはチキンの残りを使っていたということで、とてもおいしかったらしい。
 冬休みの楽しい日々はその後も、あれやこれやであっという間に過ぎていった。三十日にお餅をついて、気づけばもう大晦日と呼ばれる日だった。
 そういえば今日は、紅(あか)の人と白の人が歌を競う日らしい。その中にはキグルミという、吾輩と同じように人格をもった異形の者も現れるのだとか。……これは見逃せない。
 今日の午後、一家のうち猫を除いた三人は年賀状書きでてんてこ舞いだった。明日は年の初めというものらしいので、そこで様々な人々に挨拶しなければならないそうだ。――というのを花ちゃんが吾輩に語りかけてきた。
 これも聞いて知ったことだが、小学生よりも漫画家の方が出さなければならない年賀状の数が多いらしい。吾輩からすれば、不精の四沙藻より元気な花ちゃんの方が友達は多そうなのに(事実、友達と過ごす時間も長い)、四沙藻にはドクシャとかファンとかいう人がいて、知り合いでもないのに年賀状を送ってくるらしい。まあ、どっちにしても置き物に比べて人間の方が忙しいには違いない。
 さて、もうそろそろ日も暮れてきて、春さまが「おそばできたよ」と、四沙藻を呼んだところだ(花ちゃんは箸並べ中)。四沙藻はさっきから書斎でで宛名書きにいそしんでいたようだが、リビング兼ダイニングにやってくると湯気の立ったおそばのお椀を覗きこみ、「おいしそう」と言って笑った。
 これから、年越しというものがはじまるらしい。ただ一つ残念だったのはテレビ台の上にいる吾輩からはテレビが見えないということだった。
 三人が各々、年越しそばをすする。トッピングは海老天と油揚げである。
 食べる間はしばし無言の時間が続く。四沙藻は海老天を尻尾ごと食べる。春さまは尻尾を残す。花ちゃんは手で器用に殻をむく。三者三様だと思う。食べるのを見るのは面白いけど、聞いてる方は退屈だと思うのであとは割愛。
 ここから年越しの風景を描こうとも思ったけれど、みんなだらだらしているだけなのできっと説明しても面白くない。だから吾輩にとっての要点だけ言うことにする。
 番組が始まったときに花ちゃんはテーブルの自分の前に吾輩を置き、テレビを見せてくれた。花ちゃんには吾輩の声は聞こえないけど、「きっと見たがる」と思ってくれたのだろう。これは四沙藻の言葉で「あにみずむ」というらしい。
 それから花ちゃんはクロを抱いてテレビを見ていた。花ちゃんの好きなのはSEKAI NO OWARIというバンドらしい。とりわけピエロのお面をつけた人が好きらしい。その曲の間花ちゃんはずっときゃあきゃあ言っていた。でも、とりわけ吾輩が感動したのは巨大な機械じかけのドレスに身を包んだ演歌歌手だった。
 その歌番組のあと花ちゃんは寝たが、四沙藻と春さまは除夜の鐘の番組を少し見てからチャンネルを変えて、オーケストラの年越しをカウントダウンするコンサートを聴いてから寝た。その際に春さまが吾輩とテレビ台に戻してくれた。
 ……ここまで単調な説明になってしまったが、吾輩の見た景色もそんなものだった。人間って、年越しとなるとなぜこんなにだらだらするのだろう。

 梅木家の元日の朝は遅い。――なんてかっこよく言ってみるけど、夜更かしのせいで初日の出を見れないのは残念だと思う。カーテンがまだ開(ひら)かないから外がだんだん明るくなっていったのはわかったのに初日の出は見れなかった。
 ドアを開けて、目蓋をこすりながら春さまが起きてきた。今日は世間では重箱に入ったおせちを食べるようだが梅木家では食べないらしい。春さまは電気を点けて、普段通りキッチンでお湯をわかして伸びをする。白くて細い手が朝の光に照らされている。そして食器棚の上の編み籠からクロワッサンの入った袋を取り出して、机に並べた皿の上に置いていく。お湯がわいたらコーヒーを淹れる。四沙藻のは甘いカフェオレ、春さまはブラック、花ちゃんはホットミルクと決まっている。
 朝から働いてすごいと思う。だから「春さま」なのだ。
 寝室の戸の開く音、洗面所で水の流れる音。リビング兼ダイニングへのドアが開き、花ちゃんがやってきた。髪の毛が跳ねまわり、目は細くなってねむそうだ。
「おはよう」「おはよう。床冷たい」フローリングにぺたぺた足音。
「あけましておめでとう」「ふぁー。あけましておめでとう」十二時前に寝るのは小学生の女の子にとってはつらいのかも。大きなあくびを見て春さまが笑う。見られた花ちゃんも笑う。
「お父さんまだ起きないから食べよっか」と春さま。
「うん」花ちゃんは苦笑している。
 二人が食事をしていると、寝室から「ごん!」という音が聞こえた。そのあと数秒して四沙藻が起きだす。髪の毛はくしゃくしゃだが、いつもと違って目はしっかり開いている。
「小指ぶつけた、新年早々」
「大丈夫?」と春さま。
「うん。……おはよう」
「おはよう」と二人。その流れで新年の挨拶。
 四沙藻が壁の時計を見る。口元で苦笑しながら眉間に小さくしわを寄せる。
「今朝友達が来るのに目覚まし忘れてた。急がないと。あ、コーヒーありがとう」春さまは四沙藻用のコーヒーが冷めにくいようにマグカップにプラスチックのふたをしていたのだった。
「誰が来るの?」と花ちゃん。
「竹田と松本」
「竹田さんってこの前離婚した人?」
「うん。でも本人には絶対言ったらだめだぞ」
「松本さんは初めて聞いた」
「松本は関西に住んでるからなかなか会えないんだよ」
「そっか」
「うん」
 四沙藻は何だか遠くを見るような目をしている。それからふっと気づいたように視線を下ろす。そしてクロワッサンをおいしそうにかじった。さくさく音がして仄かに甘い匂いがただよう。
 呼び鈴が鳴った。
 四沙藻の食べる速さは上がったが、立ち上がらない。春さまが代わりに出る。
 ――どうも。春さんおはよう。と、男の声。
 ――あけましておめでとうございます。と、春さま。
 ――あけましておめでとうございます。と、さっきと違う男の声。
 おじゃましまーす、という二人の声。リビング兼ダイニングへの扉が開く。吾輩にとっては、その二人を見るのははじめてである。
 話をきく限りでは、最初に入ってきた人は竹田薫という中肉中背でわりと普通の人物。次に入ってきた人は松本潔というどこかで聞いたような名前の人物で頭髪が薄い。二人は部屋に入るとぺこぺこ年始の挨拶をしたり花ちゃんを捕まえては頭をなでたりお年玉をやったりとあわただしい。後ろから春さまが入ってきて、お茶がいるか、種類がどうだかと聞いて、こちらも忙しい。健気で、四沙藻の妻にするには勿体ないくらいすごい人である。
「そうだ。これお土産」と、松本が百貨店の紙に包まれた箱を四沙藻に差し出す。
「ありがとう。阿闍梨餅久しぶりだな。あとで分けよう」かなり大きい箱。四沙藻は少し横に押しのけると箱を吾輩のもといた場所に置いた。
「僕からはこれ」と竹田は、箱の入った紙袋を四沙藻に渡す。
「お、銀のぶどう……いやー、二人とも僕の好みをよくわかってるなぁ、さすが心の友」
 いや、笑ってる場合じゃないんですけど。吾輩あぶないんだけどな。四沙藻がよそ見しながら紙袋を振りまわしたから吾輩の下の地面は消えて、大きな音と一緒に、……。

     (五)

 甘美で寂漠とした無感覚状態からの覚醒は快くて、でもどこか不自然なものだった。
 ――もう、お父さん、今度は紙袋振りまわさないでね。
 ――わりい、つい調子に乗っちゃった。でも、お菓子どっちもおいしかったじゃんか。
 ――そりゃそうだけどさ。でも、なつがかわいそうだよ。
 ――うん。そうだ。でも、おかげで師匠のことを考えられたからよかったよ。それに、もうしない。
 ――約束。
「ゆーびきーりげんまん、うっそつーいたらハリセンボンのーおますっ! ゆびきった!」
 ――まあ現実には針を千本買うなんてないけどねー。きっとテロリスト扱いだな。
 吾輩はてっきりハリセンボンは魚だと思っていたのに、四沙藻はあっさり否定。
 ――えっ、あれ魚じゃなかったの?
 ――魚だと思ってたか。なら魚でいいや。約束。
 ――私も魚だと思ってた。
 ――またまたー。春さんまで? じゃあ今日から魚でいいや。うっそつーいたらハリセンボン千匹のーます。
 花ちゃんはお腹を抱えてけたけた笑う。「それじゃ針増えすぎだよ」
「そっか、でも噓つかないよ。気をつける」

 ぼんやりしていた音がはっきり聞こえだす。そして、真っ白な光が少しずつ形をとっていく。ぼんやりと靄が開いて、見えだした。
 目の前に四沙藻の顔。吾輩を見つめてにやにやしてる。その四沙藻の顔は他所さまにはお見せできない顔かもしれないけど、でも吾輩は嬉しかった。
「でも、金継ぎのキットなんてあったんだね」と春さまが言う。
「藤原さん(師匠の妻)が教えてくれてよかったよ」
「でも……なつ、三毛猫じゃなくなっちゃったね。四毛猫(しけねこ)かなぁ?」
「確かに面(つら)はしけてるよな」
「ひどい!」花ちゃんと春さまが同時に庇ってくれた。
 吾輩、四毛猫にはなったものの、わりと幸せかもしれない。

吾輩は置き物の猫である

吾輩は置き物の猫である

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-09-29

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