紙山町2丁目の落とし物

瀬戸かもめ

 ――拾ってください。
 その段ボール箱には太い黒マジックで、丁寧な字が書かれていた。二棟の建物の細い隙間にそんな箱が置かれていたら気にならないわけがない。箱の扉は半ば開いていて覗きこめばすぐに中身が見えた。
 そんなわけで今日の午後、僕は宇宙人を拾った。

       1

 昼過ぎ。そいつは散歩についてきた。学校の課題に追われる中、運動不足を心配して近所の遊歩道を歩きにいく僕の後ろを。そいつは緑色のデコボコした体で、コーギーくらいの大きさ。尻にくっついた、紐に黒い菱形(ひしがた)の飾りをつけたような二本の尻尾を振りながら四本足で歩いている。
 揺れる木蔭の舗道を、僕らと人々が通り、すれ違う。
 人間というものは不思議なもので、自分が見て真実でないと思ったものはまるきり信じ込まないらしい。僕が散歩を始めてから、すれ違うといつも挨拶するキャップをかぶったおじいさんがこちらを向いて「かわいいワンちゃんですね」なんて言うんだから。「ええ昨日拾ったんです」「そうですか。いや、可愛い」
 彼は例の拾った宇宙人に手を伸ばして頭を撫でようとする。彼の痩せた手がそいつの頭に触れると、そいつは気持ちよさそうに両目を閉じた。全く警戒もせず、大人しくしている。それでいて吐きたくなるような見た目のわりに、触り心地はすべすべ乾いていて悪くない。
 その老人は「では」と一声発してそそくさと去っていった。なぜかいつもと逆方向に向かって。
 ゆっくり歩きながら昨日を振りかえる。

        *

 図書館の帰り道、文庫本二冊の入っていたリュックサックの底に入れ、本は外ポケットに移しそいつを家に連れ帰った。そのまま帰り、冷食のポロネーゼを温めつつ電子レンジの前で待っていると、すねにそいつがすり寄ってきた。最初は不気味だと思ったが案外悪いやつじゃないのかもしれない。
「何食べる?」僕は彼が草を食べているところをイメージした。合わないから、草をハエに取り替えた。それから人。三つ目はグロテスクだからやめた。だいいちあの大きさの顎では大人の頭の半分くらいしか口に入れられないだろう。
 突然、彼の尾の先がぼんやり光りだした。周りの空間がうすく透明になり、やがてぼやけゆらめき溶けだした。白い霧のような物体が辺りにあふれる。それは形になって固まっていきながら動きだした。そして彼が砂漠に覆われたよその惑星から来たこと、彼が一度捕まったあと、収容された施設で彼の味方になった所員が彼を逃がすために段ボール箱に入れたことが、沈黙の中で語られた。
 そしてそのまま伸びをすると、そいつはお腹を「ぴゅむぅぅぅー」と鳴らした。何を食べるのかはよくわからないから、冷蔵庫にあったバナナをとりあえず用意して床の上で食べてもらった。

        *

 気づけば高速道路の高架下まで歩いていた。少し木蔭の深い場所。
 ところで、さっきから何かにつけられているような気がする。気配のない足音が、たしかにあったのだ。振りかえってみたが怪しい人はいない。もうそろそろお腹がへってきたから引き返す。
 遠くの空、上が白っぽい青、真ん中が薄い黄緑、下の方が白っぽい橙色にかすんでいた。
 日の暮れかけたころ、アパートに戻ると部屋は真っ暗なのに家の中に気配があった。
 中に何がいるかわからないので、宇宙人は玄関に残して自分だけ入ることにした。フローリングの廊下を、音を立てずに進む。そしてリビングへ向かう。
 廊下の突き当たりのドアを開けた瞬間、足元で、得体の知れない黒い影がぴょことはねて足にぶつかった。
「わ!」僕は思わず叫ぶ。
「にゃはは」「もうっ、あすか!」
 気を落ちつかせて、電気を点けた。すると足元からすっと起き上がったあすかと、リビングの卓袱台の奥にもう一人少女がいた。奥の少女は申し訳なさそうに僕に向かって会釈した。あすかと同じ学校の生徒だ。
「お邪魔しています。宮崎です」
「あ、宮崎。久しぶり」
 妹のあすかと一緒にいるのは宮崎夏葉。僕の高校の後輩兼友人で、あすかの同級生だ。ときどき連絡を取っていて遊びに行くこともあるが、前より髪がのびていて一瞬気づかなかった。
 台所に行き、そこから僕は宮崎に訊ねる。
「飲み物はオレンジジュースでいい?」
「うん」
「え、私は?」と、あすか。
「ばーか。自分で入れえや」
「にいちゃんのケチ」
 あすかは唇をとがらせて人数分のコップを戸棚から出し、卓袱台に置いた。それから僕がオレンジジュースをコップに注いだ。
 三人座ったところで僕は訊ねた。
「で、あすかと宮崎は何しに来たん?」
「宮崎が塾行くまでに時間あるって言うからちょっと誘ってん」
「それでうちはついてきてん。あすかは合い鍵持ってるって言ってたし」と、宮崎。
「で、にいちゃんは何してたん?」と、あすか。
「え、あー」
 言うかどうか一瞬迷った。二人とも悪い人間ではない。しかし宇宙人の話を僕がいきなり持ち出して、パニックで政府か警察か何かに連絡されると事だ。それに二人とも、僕も入っていた生物部に所属しているから、生物を見たら解剖しかねない。
「もしや、あいびき?」と、あすか。
「あらびき?」と、宮崎。きょとんとしている。
「ソーセージちゃうって。……うーん。言うの迷ったけど、結局言うわ。あのな、にいちゃん宇宙人拾ってん。それで散歩させとってん」
 あすかはお腹を抱えて噴きだした。宮崎も手で口を隠しつつ、くすくす笑っている。僕は、昨日段ボールに入っていたのを拾い、今日散歩させていたことまでを話した。
 それから部屋の隅の低い本棚の上からスマホを取り、昨日洗面所で宇宙人を洗ったときの写真を二人に見せた。水に濡れて妙にてらてらした緑色のそいつは、薄いピンク色の流しの中で気持ちよさそうに目を細めていた。
「加工写真ちゃうん? 鼻が嘘っぽい」
 宮崎は疑ったが、あすかがすぐにフォローしてくれた。
「いやいや、ないって。にいちゃんは機械音痴やから絶対加工なんかできひんって。」
 信じてくれているようだが、明らかに貶(けな)されていて複雑な気分だ。
「そっか。そやな。確かに先輩はおととしの学校祭でうちらが写真撮ってって頼んだときも間違って自撮りしてたくらいやもんな。鼻がアップで写ってたからさすがに笑ったわ」
 聞いていると悪口大会になりそうだから席を外して、宇宙人を迎えに行った。たしか、マンションの共有廊下に置きっぱなしにしたはずだった。しかし、ドアを開けると何もいなかった。ドアの後ろも探したがいない。仕方ないからしょんぼりしたままリビングへ引き返そうとした。
 すると辺りの風景が溶けだして、前みたいに白い霧状のものが現われて形をとり動き始めた。そいつは語っていた。自分が廊下で謎の女に連れ去られたことを。彼女はスーツ姿に丸眼鏡の若い女性であることを。そして彼女が車でそいつを連れ去ったことを。車がこのマンションから遠ざかったところで霧の動きは途絶えた。
「あすか、宮崎。ちょっといい?」リビングで話している二人に訊いた。「宇宙人が誘拐されてんけど、一緒に探してくれへん?」
「え、おらんかったん?」
「うち今から塾やねんけど、もう行っていい? でも明日やったらちょっと手伝えるかも」
「うん、はよ行ったほうがいいな。でも、また都合がよかったら頼みます。ありがとう」
「じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」宮崎がゆっくり玄関のドアを閉めるのを、なぜか二人で見送った。
「で、あすかはどうするん?」
「ついでやからご飯食べていい? もう母さんにはここ寄るって連絡しといてんけど」と言ってあすかはにんまりした。

       2

 翌朝。ピンッ、ポ――ンととぼけたようなチャイムが響いた。あわてて布団を出てドアを細く開けた。
「あすか、早い」
「にいちゃんのほうが遅いねん。もう夏葉も来てんで」
「えっ、嘘?」
「後ろにおるで。見られたくなかったら、はよ着がえや」
 なので僕は寝室で急いで着がえ、二人を家に入れた。土曜日の午前九時のこと。あすかは白色に黒犬のトートバッグを、宮崎は小さな水色のリュックサックを持ってきていた。
「では、今から作戦会議を始めます」あすかは家から持ってきた携帯用ホワイトボードに文字を書きだした。
「ぱちぱちー。ほら、先輩も」宮崎は口でも拍手しながら僕に促す。
「では最初の議題です。三人で宇宙人捜索部隊を結成します。異議はありませんか」と、あすか。
「異議なし!」宮崎は元気よく右手をぴんと上げる。
「よって多数決で決定します」と、あすか。「では第二の議題。チーム名は〈宇宙人見つけ隊〉にします。異議はありませんか」
「異議なし!」宮崎が同様に言う。
「では第三の議題」
「はい」僕は手を上げる。
「はい、そこの方」
「あの、議題全部で何個ですか。それに、僕は全く意見を言ってないのですが」
「議題は、えーと……百個、かな」あすかはトートバッグから手帳を取り出し、見ながら言う。
「もう捜索始めた方が早いやろ」と、僕。
「異議なし!」もう一度元気よく、宮崎が言う。
「ほらね」
「うぬ。では行くぞ、皆のもの!」あすかは玄関へと駆け出した。
「おー」宮崎もついて行ったが、僕は三人とも携帯を持っているから連絡はつくだろうと思ってゆるりと寝室までトートバッグを取りに行った。

        *

 捜索を始めたはいいが、すぐ息切れした。紙山町は広い。そのうえ紙山町にいるという保証すらないのだ。単純に分けると町は三層構造で、地下の層が紙山町1丁目、すなわち灰色の危ない地区である。放射能実験により汚染された土の影響で奇妙な生物に満ちあふれている。また、空に浮かんでいるのが紙山町3丁目である。3丁目の底は巨大な液晶画面で、空の色が時間によって変化する。2丁目から見る限りでは、単なる空と見た目は同じだ。たまに放水や送風を行なって地球(テラ)の気候に似せているのだ。……というのは嘘である。ここは普通に現代の地球であり日本である。実際の紙山町の1丁目と3丁目だって、ほとんどの部分は地上にある。宇宙人の話だからって、まるっきり信じないのも鵜呑みにするのもいけないと僕は思う。進展がなく、退屈なので語り手なのにふざけてしまった。僕より元気なあとの二人は言わずもがなである。
 遊歩道のベンチで三人休息する。宮崎は飲み物を持ってきていたがあすかは持ってきていなかった。あすかは、僕がトートバッグに入れてきたスポーツドリンクを飲んだ後、それに口をつけず少し浮かせた状態で器用に飲んだ。妹で、兄が口をつけたペットボトルでも平気で飲める性格なのがやはり気になってしまう。これは一般的なのだろうか。親の顔が見てみたいものだ。
 三人で遊歩道を川の方向へ向かって歩き出した。市の中で一番大きい一級河川の下流がこの遊歩道を行った先に流れている。昔、両親やあすかと一緒に川まで歩いて遊びにいったものだ。しかし最近は行かないので、行ってみるのもいいな、と思った。
 木々の葉からこぼれる黄色い光は熱い。様々な名の緑色が世界を覆っていた。
「二人とも。川まで歩かへん?」僕は提案する。
「うちはいいで」とあすか。「うちも」と宮崎。
 そのまま川の方を目指した。宇宙人を探すといっても、行くあてはないのだ。
 温水プールの近くを通りすぎたころ。この道は歩行者用の黄色と自転車用の青が二本ずつに塗り分けられているが、この辺りは、珍しく白い石のタイルで敷きつめてあるのだ。半袖に長いスカートの若い女性がこっちを見て、少し足を速めて向かってきた。
「ねえ、君たち。この辺りでアレフ見なかった?」
「アレフ? 犬ですか?」と、宮崎は首を傾げる。
「うーん。説明しにくいんやけど、変な生き物で、昨日拾って……。それで、鱗ついてて尻尾が二つに分かれてて」
「あ、宇宙人」思わず僕が口を滑らせる。彼女が誘拐犯と同じ人だと二秒前に気づきながら、迂闊だった。
「あ、君たち知ってるん? って、……君はアレフをビルの間から拾ってた子やね」
 彼女は僕に向かって不気味な笑みを浮かべた。
「ってことは、君は知ってるね。アレフの居場所」
 アレフ、といえば大学で勉強している中エジプト語ではハゲワシの文字で表される。フォークナーの辞書での最初の文字である。確か、ほかにアラビア語やヘブライ語に……。
「お前、どこ見てるんや」僕はつい考えてぼーっとしていた。一方、その女は正体を現わした。
「まずは名乗れ」僕は言う。
「コードネーム、〈土瓶(どびん)蒸(む)し〉」
 僕ら三人はずっこけた。彼女は少し顔を赤らめ、つけたした。
「もちろん嘘やで」土瓶蒸しは一つ咳払いした。「さすがにコードネームなんて身内以外には言うもんやないからな。さてさて、アレフを出してもらおう。私のところから逃げたあと君らが匿ったんやろ?〈茶碗蒸し〉が逃がしたところはちゃんとカメラに映ってたで。もちろん後でちゃんとしばいたけどな。あんたも茶碗蒸しと同じ目に遭いたくなかったら……」
 本当に彼女は土瓶蒸しなのかもしれないと思ったが、それよりも誤解を解くほうが優先だ。
「いや、僕のとこからも逃げてん」
「こいつ、ほんまに嘘ついてへんのやろな?」土瓶蒸しはまさかという顔であすかと宮崎に訊いた。
「うん。嘘つけるような人じゃない」と宮崎が言って、あすかが大きく頷く。
「そうか、なら仕方がない。では見つけしだいここまで連絡しろ」土瓶蒸しは僕に名刺を渡して川の方角へ去っていった。
 名刺には「宇宙人出入星(しゅつにゅうせい)在留管理庁 局部銀河群(きょくぶぎんがぐん)担当課長 土瓶蒸し」という文字と電話番号が胡散臭(うさんくさ)いフォントで書かれていた。
「なんて書いてるん?」と宮崎が名刺を覗きこむ。「ふーん。怪しい」
「じゃあ、どうしよか」と僕。
「とりあえず、帰る? あの宇宙人どうせまた行く先々で逃げてるやろし」と宮崎。
「えー、せっかく宮崎もおるから遊びたい」とあすかは口をとがらせる。
「うん、それもいいかも」と宮崎はのんきに言う。
 そんなわけで僕ら三人は――そのうち二人は受験生だが――、会ったついでと称して遊歩道を少し戻ったところの近くにあるショッピングモールに入り昼ごはんを食べ、遊び、書店に行き、それからおやつを食べて談笑した。
 三時過ぎになって、僕らは帰ることにした。すでに宇宙人捜索はあきらめた。

       3

 夕暮れ時、そいつは戻ってきた。遊歩道を家に向かって引き返すときにばったりと会ったのだ。遊歩道の、普段使う入り口近くのベンチに三人座る。そいつは足元に座る。すぐそばの遊歩道の入り口は階段になっているのだが、そこから下りてくる人々は座っている僕らにほとんど注意を払わなかった。頭を撫でてみるとすべすべしていて、手のひらの触覚から、出会ったころの記憶が一遍によみがえった。
 そのまま、そいつは僕らに霧の記憶を見せた。
 彼の記憶は語った。
 宇宙人は僕の部屋の前の廊下で待っていた。しかし誰も来ないから伸びをしていたらスーツ姿に丸眼鏡の女がやってきてそいつを抱いて、セダンの車に乗せていった。宇宙人は目をつむって気持ちよさそうにしているからよっぽどその人のことが気に入ったと見える。車に乗ったあと彼女の家で出前のうな重を平らげ、それからお風呂で洗ってもらったことなどが次々に語られた。そして朝になってそいつはこっそり彼女の家を抜けだして、ここいらをぶらぶら歩いていたらしい。若い美人に抱かれたりうな重を食い逃げしたりして、なんだか気の抜けるような話だ。まあ、美人といっても土瓶蒸しなのだが。
 さて、前から気になっていたのだが、そいつの記憶は地球人の記憶みたいにどこか曖昧な部分や時によって変わる部分がある。それに、記憶にしては自分自身を三人称的に見ている。案外、そいつは噓つきなんていう可能性もあるのだ。
 ただ僕がそいつの頭を撫でているときのそいつの表情は何ものにも代えられないくらい幸せそのものの顔なのだ。
「そういえば、この子どうするん?」と宮崎。
「うーん。捨てるのもあれやし、にいちゃんの家にしばらく住まわせたらいいんちゃう?」
「なんで?」と、再び宮崎。
「だって、かあさん爬虫類(はちゅうるい)苦手やん。どうせこの子もトカゲみたいなもんやろ? それに宮崎だって困るやろ? だから、にいちゃん」あすかが僕に笑いかける。
「まあ、いいで」僕は仕方なしに笑う。
「ついでやから、今日もにいちゃんの家、寄ってっていい?」
「うん。じゃあ帰ろっか」
 その場所で宮崎と別れた。そして僕とあすかとそいつは夕闇の中、アパートへ向かって歩きだした。

紙山町2丁目の落とし物

紙山町2丁目の落とし物

  • 小説
  • 短編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-09-29

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