仕組まれた殉死

青津亮

『貴方からの手紙の返信の冒頭が、こんな調子であることを許してほしい。
 なぜって、まさか生き残るなんて思わなかったんだから。確かに私は、溺れた少年を助けるために川へ身を投げ、一度は沈んだ。だが、人道的行為をしたとして記者に質問されるなんて、思ってもみなかった。
 人のために命を投げ出した悲劇の美青年だって?
 そうだ、たしかに私は、どこをどう見ても美しかった。とりわけ、横顔には自信にあった。母親に似たんだ。私を産んですぐに死んだ母は美貌で名が通っていた。名士…これは死語だろうか…であった父は、妻になる人を多くの女たちから選ぶことができた。そして町で一番の美人を選択した。おかしなことだと思うかい? おかしくなんかないさ。士族と華族の血を両方引く父親は、そういった人間に多く見られるように、性欲がしこたま強かったんだ。
 そして私は、みずからが美貌に恵まれすぎていることに悩んだ。嫌みな感じだろうか? 事実だからしようがないさ。別に女を泣かせていたから悩んでいたわけではない。私はわが美貌に釣り合うほどには、女に愛されなかった。多少は愛されもしたが。その原因をつらつらと書き連ねるつもりはない。わが文体から、私が愛されない所以を感じ取るならば、それは貴方の自由だ。
 わが美しさは、肉体性に属するそれに過ぎない。肉体とはこの場合、セックスのことだ。私は当時流行していた、絶世の美青年の俳優に似ていた。しかも、横顔はむしろ私のほうが美しかった。すっと直線的に伸びた鼻筋は、いささかの歪みもなく頂点へ達する。もちろん鼻は高いが、長いという印象はなく、中庸すなわち均整がとれている。鼻孔は小さく、鼻から唇へ至る線は優雅きわまりなく、白鳥のしなる首さながらである。ひかえめにふくらみを帯びた唇の線はいかなる美女の裸体の曲線にもまさる優美さで、ひとたび吐息を吐くために開けば、あたかも真紅の花びらが豊かな薫りをはこぶかのような印象である。細い顎はやや前のめりで、そのつややかな白さは象牙のそれにも似ている。
 にもかかわらず、私は自分の美貌を憎悪していた。この西洋的で、整い切った顔立ち、背丈は高く、高校生になるとついに百八十にいたり、手足はモデルのように長い。スポーツはほとんどしていなかったが、体質だろうが、丁度よくついた筋肉が、わが裸体をギリシャ彫刻のように見せている。もちろん脂肪はほとんどない。うっすらと割れた腹筋は、なんに例えよう、いやいい表現が見つからないからやめよう。
 この、おのれの美貌を自賛した文章は、実はそのすべてがうぬぼれた自虐に過ぎぬ。この逆説は、わが美貌への憎悪の所以によって説明できる。というのも、鏡をながめて見目麗しい姿を確認するたびに、私は次のような苦しい意識に覆われたのだ。私の美は、獣の美だ。生のための美だ。わが美貌と私の憧憬する魂は、完全に乖離している。
 そうだ、わが美貌は、それが余りにも美しいせいで、わが魂の醜悪さを、これでもかと私の目にあかるませていたのだ。
 私は上流階級の人間だ。武家だ。わが祖先の名は古事記から既に発見することができる。もうそんな身分はない? 関係のないことだ。私は貴き血を引いているのだ。わが祖先は貴き戦いへ身を投じ、そして仕えるものへ一身に奉仕し、その身を捧げてきたのだ。その意識を持つことを、私は父親から強いられてきたのだ。平民がこれに如何なる嫉妬をもとうと、私には関係がない。私は貴族であるし、大金持ちの家系だし、ルックスはいいいし、一流大学に入学した。
 ああ、東京大学は落ちた。試験日に風邪を引いたんだ。
 父親は贅沢の限りを尽くして、私にもそれを強制した。幼少期より、私のスーツはすべてビスポークだった。丈が足りなくなるとすぐに捨てた。サヴィル・ロウやナポリに、私たちは年に数回仕立てに行った。パターンオーダーなんて、貧乏人の自己満足だと父は言っていた。ビスポークの高級ドレスシューズはいつも月のように輝いていたが、手入れは誰かがやっていた。ソールの張り替えなんてしたことがない。ちょっと減ったら捨てた。毎食ホテルの料理人が作ったものを食べた。カップラーメンなんて値段も知らない。二千円くらいか? 月に何度も知人を呼んでパーティーを開いた。みんな大嫌いな連中だったが。父は放蕩の限りを尽くし、私にもそれをするよう強要した。彼は美しい女たちを何人も愛人にしていた。私は彼女らの言葉を憎んだ。
 これが上流階級だ。父はいつも私にそう説明した。しかし私にはそうと思われなかった。私には、上流階級の担う義務とは、次のひとことに尽きると考えられた。それは、庶民の代わりに殉死を引きうけるということだ。ある種不幸を請け負うということだ。故にわが血筋には、高貴性があたえられていたのだ。贅沢や尊大な態度は、もしそれをしなければならぬのならば、単なる必要に駆られた形式に過ぎぬ。死ぬことを厭い、遊び呆け、湯水のように金を使う父親に、上流階級の血を誇る資格などないのだ。
 元来、私は死への欲求がはなはだ強かった。私を産んですぐに死んだ母親に対する思いはただ嫉妬だった。逃げたかった。この汚濁と苦痛に満ちた生活から解放され、土に回帰したかった。生きていたくなかった。
 しかし私は知っていた。みずからのエゴイズムによる自殺は許されることではないと。その死は、わが祖先の霊が許さないであろうということを。ひとびとは私をこころから軽蔑するであろうということを。私には、自殺する権利が欲しかった。そこで私は、殉死した高貴なるわが祖先の死を、人工的に仕組もうと思った。贋の自決を為そうと思った。それにより、わがエゴイズムの操作する自殺は貴きものに転換され、神はわが死を許すだろうという予想を立てた。そして誰もが私を軽蔑しないだろうという、浅薄きわまりない虚構を企てた。私は、自分の為ではなく、自分以外のものの為に死ぬという古風なる形式に、わが身を没入させようと考えたのだ。そうすれば、わが祖先の霊でさえも、自殺する権利を与えてくれるだろうと。そうだ、私は、自殺する権利が欲しかったがために、川で溺れた子を救おうとしたのだ。
 少年を川で溺れさせたのは私だ。ああ、貴方は非難するだろう。だが、私はせめてもの救いで、真実を伝えたい。
 まずおこなったのは、肉体を鍛え上げることだった。隆々たる筋骨は、死へ行進する男の象徴だ。行為者としてあるべき姿の物質化、形式化である。武家のダンディズムである。いわば死ぬための肉体なのだ。私は一流私大の法学部に通いながら、毎日ジムへ向かった。トレーニングしている最中の鬼気迫る感じは、人々を圧倒していたであろう。そんなことする必要はないという人間もあろう。それはその通りだ。だが、私は肉体と魂を一致させようとしていたのだ.魂の美は殉死によって完成される。その際に、醜い黄色の脂が噴出するとみっともないではないか。
 数カ月が経った。私の盛り上がった筋骨は弁慶にもまさるものとなった。百八十六センチの背丈に、岩のような筋肉。引き絞られたかのように臍へ向かって傾斜するウェストは、私をうっとりとさせた。
 そしてわが計画は実行された。
 いとこの少年を呼んだ。愚かで幼い少年だった。下男を従え、川へ泳ぎに行った。私の上半身を、憧れたような顔でほれぼれと見る少年。私は、こいつをおとりに殉死の形式をなぞるのだ。
 あそこにいるかが見える。私はそんな嘘をついた。少年が激流まで泳いで行った。私は叫んだ。危ない。そして死にふさわしい肉体を隆起させ、川へ飛び込んだ。すでに睡眠薬が私の意識をもうろうとさせていた。私は、少年に辿りつく前に沈んでいった。私は死の間際に、なんの思考もしなかった。からっぽだった。意識を失う刹那、私の眼窩に浮び上るものがあった。それは三島由紀夫の小説に書かれているような、かがやかしい日輪ではなかった。私の首を締め上げようと手を伸ばす、私を決して赦すことのない、兜をかぶった暗い霊魂だった。
 少年は死んだ。私は数カ月の時を経てよみがえった。罪を背負った状態で。…
 私があなたに要求するのは次のことだけだ。いますぐに、わが首を締め上げ、私を殺してくれ。私は、もう生きていたくない』

仕組まれた殉死

仕組まれた殉死

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-09-28

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