無題(2020/2/13)
2020/2/13(加筆修正済み)
僕だって人を嫌いでいたい、とたまらないように叫んだ少年のことをまだ覚えている 無垢なひとみ、無垢な掌、無垢なからだ、無垢ないのち、その頃の彼は完全にまっさらで、まっさらな頬いっぱいに悲しみを詰めて、息をするのがやっとというふうに立っていた いつか踏切と電車のあいだの空間に、学校の屋上からの景色に、錆びたカッターナイフやカラフルな錠剤に夢を見ることを、まだ知らなかった。今はもういない もういない
君を殺した日、死神はどれほど幸せだったろうね 世界で一番やさしく、というのは、嘘でもないのかもしれないね。春、その柔くて妖しい風に乗って、シルクハットを被った紳士のように、死神はやってくる 丁寧に、愛しげに彼を包んで、天国へおとすのだ どれほど幸せだったろうね 私を置いて、君だけを幸せな場所へと手を引いて連れていったかみさまは、きっと今頃はすてきな晩餐会をひらいて、赤いリボンの包みを天使達に振る舞うのだろうね そこには無数の彼についてのこと、つまり彼の詩、に準ずるようななにかがつまっていて、手に取ると七色の貝殻のように光るのだ
さよならさよなら、私のことを見失うその空洞のひとみに、やがては別れを告げて花を挿すでしょう、それを春と呼ぶでしょう、さよなら、死神が死ぬ季節。今あなたが咀嚼した、踏切にもカッターにも殺せない彼のなにかが、やがてあなたを突き破りひとつの星になりますように。
無題(2020/2/13)