春を塗る
2020/5/3
お風呂のぬるいお湯がもう不快でなくなってくるころ、わたしたちは春を迎えて、またひとつ何かを忘れてしまう。季節からの逃走。引きちぎれるような心臓の痛みが、風に撫でられて少し収まったきがしたの、それが死期だということにも気づかないまま、桃色の光の中で踊っていました。きみはお元気にしていますか。死ねと言ってくれませんか。いまが、その時だと思うのに、きみはいつまでも、わたしを逃がし続けている。
二度寝の明瞭な夢から滴り落ちる真っ赤な液体が、血液だったはずでした。わたしは桃色、きみは、青で、それはもう季節のめぐりと同じくらいに絶望だった。
大丈夫じゃないね、きみがずっと焦がれていたものがここにあるよ、嘘だよ。はやく恨んで、呪って、幻滅して、わたしを踏み台にしてきみが、幸せになってほしい、そんなのがもう叶わない幻想だってこと、知っているのにいつまでも、何かを忘却したように祈りを続けています。目を瞑ったとき、視界を桃色に塗りつぶす血管の脈が、春なのだと本当はずっと気がついていました。きみの青で、人工の鮮やかな毒で、いまそれを上書きできますか。きみの涙にも触れないわたしは、解毒の術をもたないきみをきっとずっと、待ち焦がれて縋って乞うて、死ねないままで踊り続けます。ぬるくてやさしい地獄のうちで、水を差して、わたしを、早くきみの毒で中ててください。
春を塗る