愛子姫(完)

三船カメ太郎

愛子姫(完)


                           学一、十二月

 もう何もない。福岡に行くことに決まった僕と愛子姫の間には、もう何もない。


 愛子姫が鳩になって福岡へ旅立っていったとき、僕は思い出の護国神社の丘から、愛子姫の乗っている汽車を見つめていた。愛子姫はとても人気者だから、たくさんたくさんの友達が愛子姫を長崎駅から見送ったと思う。でも僕は一人寂しく護国神社の丘で、2度目の留年の寂しさ苦しさと戦いながら、愛子姫を乗せた黄色い汽車を見つめていた。 ゴトンッ、ゴトンッ、と走り去ってゆく汽車を、僕は寂しく見つめていた。


                           (学一留 四月)
----愛子姫の声が聞こえてくるようだった。福岡へ去ってゆく愛子姫が僕を励ますために何か叫んでいるようだった。声を枯らしながら必死に叫んでいるようだった。
『五船さん。頑張って。頑張って下さい。早くお医者さんになって不幸な人をたくさんたくさん救っていって下さい。』


 僕も鳩になって、白い鳩になって、愛子姫のあとを追いかけてゆきたかった。でも僕は護国神社の丘に立ちつくして、愛子姫の乗っている汽車を、寂しく見送ることしかできなかった。できることなら僕も鳩になって、愛子姫の行く福岡へと飛び立ってゆきたかった。



愛子姫が鳩になって飛んでゆくだなんて、僕は少しも思ってなかった。愛子姫はずっと長崎に居続けるんだと思っていた。県外就職を希望していた愛子姫だったけど、僕のために県内就職に変えた愛子姫だったけど。


 僕は白い鳩になって、愛子姫の乗った汽車を博多まで追いかけてゆくのだったのだけど。
 
遠い夏の思い出も何もなくなった。僕らは一度も手を握り合わなかった。一度も口づけもしなかった。

 愛子姫は鳩のように飛んでゆき僕は長崎に取り残されてしまった。一人寂しく長崎に残されてしまった。

 本当に愛子姫は鳩のようだった。白い柔らかい胸をした鳩のようだった。


                 学一留 九月  黒崎にて

 東の方に中国大陸があるだろう。あそこじゃなくって、南の方に、ムー大陸というのがあって、僕らはそこで2千年前か3千年ぐらい前に住んでたんだ。きっと仲の良い、隣りどうしか、もしかしたら一緒に住んでいて、夫婦だったのかもしれない。


                  学一留 十月

 僕には岬の向こうに幸せな世界があるような気がする。遥か向こうに中国大陸が見えていて、燈台の足元に白い波しぶきが上がっていて、カモメが何羽も飛んでいて…。

 白い波しぶきとカモメと燈台と、今にも雨が降り出しそうな空が、まるで僕と愛子姫の恋のようにも思える。はかなく哀しい恋のようにも思える。

 幸せになりたい。愛子姫と、誰か恵まれない女の子と、僕は結婚して、そうして幸せな家庭を築きたい。幸せになりたい。誰からも馬鹿にされず、みんなから慕われた結婚式を開いて、僕の父や母を安心させたい。幸せになりたい。僕は幸せになりたい。


 愛子姫へ
 すみません。もうこれで最後の手紙にしようと思います。でも僕の心は悲しみに打ちひしがれていて今にも泣きだしそうで。
 今の僕にはたった一つ…F1のレースを観ることだけが楽しみです。あとには何も楽しいことしたいことってありません。
 愛子姫
 僕はふたたび誰か高校生ぐらいの女のコと恋をしようかなあ…と思ってきています。そうすると僕もふたたび元気になれるような…そんな気がします。
 誰か美しい…とても明るいちょっとぽっちゃりした女のコとつき合いたいなあ、という気持ちでいっぱいです。
 すると僕の心も愛子姫が長崎に居た頃のように明るく元気になれるのになあ、と…とても残念です。僕は残念でたまりません。

 F1の轟音とそしてスピード

 そして明るい女子高校生をボクの400のバイクのうしろに乗せて駆け回ると…

 すると僕の心も以前のように元気を取り戻し、再び明るい以前の僕に戻れると思うのだけど…


 愛子姫へ
 僕はこのごろ自衛隊に入ってファントムに乗ろうかな、と考えてきました。


     (僕の躰は夏の白い雪となって)
 僕の躰は、ファントムに乗って粉々に砕け散り、空の藻屑となって、僕の躰は、やがて福岡の愛子姫の町へ、愛子姫の寮の周りに雪のように舞い落ちる。雪のように舞い落ちる。
 愛子姫はそっと寂しい寮の窓から夏なのに降っている雪のようなのを眺めるだろう。そこには僕の叫び声がみぞれのように混じっていて、『愛子姫…愛子姫…』と叫んでいるんだ。



 愛子姫へ
 僕には心の余裕というものが、(僕は日曜日もずっと出勤してきているけど)死を意識しているためか、死ぬまでに親のためにできるだけたくさんお金を残してやっておきたくて。
 でもこのまえ週に一回は休め、と言われたし。
 そして今日、福岡の民医連の人と会うことになってます。奨学金を貰えるようになればいいんですけど、でも僕はこの頃やっぱり本気で近いうちに自殺するつもりでいるから。
 どうしようかなあ、と愛宕の町並みを見降ろしながら考えています。哀しくって、哀しくって。

 奨学金を貰うようになれば、僕は死ななくなるだろう。自殺したら奨学金を免除してくれるのならいいけれど。

 だから僕は迷っている。がむしゃらに働いて親のために金を残して死ぬか。


 僕の胸から黒いトンビが羽ばたち、愛宕の山の上へ舞い上がって、そして僕の心の苦しみや焦りが、ウソのように消えてくれたらいいんだけど。
 僕もみんなと同じようにノホホンと毎日を送れるようになればいいんだけど。


 愛子姫へ
 久しぶりに手紙書くけどごめんね。僕は落ち込み果てていた。完全に落ち込み果てていた。何度、自殺しよう、と思ったことだろう。でもその度に創価学会のお祈りをして自殺しないできた。一人ぼっちでとても寂しかったけれど、愛子姫からの手紙は全然来なかったけれど。
 僕は決して自殺はしないだろう。どんなに落ち込んでも、どんなに厳しい極限の状況にさらされても。僕は最後には創価学会があるから。でも自殺しようとまで落ち込んだときにしかしないけど。あの苦しい小学校から浪人までの間、僕が盲目的に、狂心的に信仰してきた創価学会は、僕が自殺を決意するほど落ち込んだときいつも少年時代の思い出として、26歳になった僕を極限のピンチにさらされたとき救ってくれている。でもそれも一日だけでいつも終わってしまうけれども。
 愛子姫は以前のようにとても明るい元気な女の子のままだろう。そして僕は以前よりもっともっと落ち込み果てて、以前は冗談で言っていた自殺を今日も本気で行おうとしたほどの死神にとり憑かれた馬鹿な、発狂寸前の僕となっている。でも僕は意外と強いから。いや、自殺を実行する勇気がない僕だから。僕は決して自殺なんてしないと思うから安心していいよ。
 僕は愛子姫のほかに女の子を見つけてそして僕の心の支えにして、そして結婚しよう。愛子姫は彼氏ができたんだろ。だからもうぜんぜん返事をくれなくなったんだろ。


                      (6月31日)
 僕は親のため、死ぬ訳にはいかない。もしも僕に親が居なかったら、僕は星空に吸い込まれるように別の世界へ行ってしまうことでしょう。でも僕は一人息子で親が居るから。
 愛子姫。よく考えてみると今日は僕らが護国神社で始めてデートをした日ですね。憶えていますか。もう何年まえになるかなあ。たしかあれは僕が22のときのことだったから4年前のことになると思います。あの日愛子姫は大事な期末テストの前日だったのに呼び出してごめんね。そして僕のとても悪い癖で愛子姫をひどく傷つけてしまって次の日のテストをめちゃくちゃにしてしまったことごめんね。そして愛子姫の将来を変えてしまったこと、愛子姫の志望する会社に入れなくさせてしまったこと。
 僕は愛子姫への罪悪感や自分の病気や将来のことを考えると星空を飛んでいって何処か遠い別の世界へ行ってしまいたいです。それに4年前のこの日愛子姫は泣きながらバスに乗って一時間あまりもかかる香焼まで帰ったことを思うと僕は胸が締めつけられてしまいます。


                       (7月3日)
 愛子姫へ
 この手紙は決して出さないつもりですけど悲しくって、また手紙を書き始めました。 僕は今、落ち込み果てています。誰か天使さまのような女性が現れて僕を救ってくれないことには、僕はとてもピンチと言うか、生きてゆけるかどうか苦悩に暮れています。
 自分は果たして生きてゆく資格のある人間なのかどうかと、僕はとても悩んでいます。
 生きることの厳しさに、僕は今、もろに直面しているというか、僕は今、倒れ伏そうとしているようです。でも僕は倒れ伏せません。僕は一人息子だから。親の期待と頼りを一身に担っているから僕は倒れ伏すわけにはいかないのです。
 僕はだから、立派に生きてゆくしか、どうにでもなっても立派に生きてゆくしかないのです。


 愛子姫へ
 僕はこの4、5日、ものすごい欝状態で、本当に自殺しようと思っていた。僕を取り巻く現実はあまりに厳しく、僕はもう生きられないというか、生きてゆくのが辛くて辛くてたまらない感じがしてたから。
 愛子姫はもう22になったのかなあ。僕が福岡にいた頃は18でとてもとても元気だった。でも僕は今もう26で27になろうとしている。18の頃抱いていた夢はことごとく崩れ去り、僕はそうして18の頃から26の今まで暗い暗い青春時代を歩んできた。寂しい、つまらない毎日を、毎日毎日敗北の日々を、積み重ねてきた感じだ。
 今度の3度目の留年は確実に僕を自殺寸前にまで何度も追い込んだ。何度も大学をやめようと思った。でも僕は福岡の空を思い出すと、(早く卒業して福岡の空の下へ行き福岡に住んで以前の、18だった頃のとても元気だった自分に戻りたい、戻ろう、という気持ちでいっぱいです。
 燃えてます。あの頃の思い出はメラメラと音をたてて。元気だった18の頃の僕の思い出は。ただ元気なだけでつまらない思い出ばかりだけど、でもとても元気だったあの頃の自分の姿を思い出すと懐かしくて懐かしくて。
 あの頃、黄緑色のロードマンで駆け回っていた福岡の町を。僕はその頃もだけどいつも一人ぼっちで遊んでいたものだけど。
 僕がいつも自転車競技の練習に使っていた港の近くの道。ときどき行ってた西公園の近くの堤防。そして夕暮れどきパンなんかを求めに行ってたダイエーやその帰りに歩いていた天神の地下街。
 すべてすべて懐かしく思い出されてきて、僕は早く卒業して福岡に住みたいな、もうこんな狭苦しい長崎から出て大きな福岡に住みたいな、という気持ちでいっぱいです。
 思えば愛子姫は福岡へ行ってからもう3年3ヶ月経つのですね。まだたった3年3ヶ月か、という気もします。愛子姫が長崎を去ってからの僕の毎日は本当に寂しいものだったけど、3年3ヶ月かあと思うと、納得するというか、僕の人生の晩年のようなこの3年3ヶ月でした。(そしてもし僕がこの頃自殺してたらこの3年余りの日々は本当に僕にとって晩年だったのですけど、)
 でも僕は再生しようという気も今日ぐらいから湧いてきています。過去の暗い思い出をすっかり断ち切って僕は再生するんだ、という生きる力が出てきかけているのを感じてもいます。でもやっぱり死のうかな、と思う気もします。
 誰か僕を救ってくれる女性が現れれば僕は元気になれるんだと思いますけど。誰か明るい元気な女の子が現れれば。


                   学三留七月
      (愛子姫へ。FTで野母崎のちょっと手前まで来てから。)

 遠い海の、あの雲の向こうか何処かに、ずっと昔、ムー大陸というのがあって、たくさんの人たちが住んでいたんだけど、その大陸は一万年ぐらい前に沈んでしまったんだって。僕らは前世、そこで友達か従兄妹どうしかだったような気がする。今日、後輩の下宿で寝ころびながらそう考えた。
 僕は真実が解らなくて今日も海に来た。創価学会に戻ろうとも思うし、愛子姫を本当に苦しませた僕の罪のことを考えると、やっぱり僕は創価学会に戻るべきのようにも思うし、迷ってしまって…


 愛子姫へ
 僕は愛子姫の手紙をほとんど全て捨ててしまったとき僕は悪魔に魅入られて狂っていました。僕は愛子姫を活水高校の美しいお嬢さんにすり替えようとして、そして僕の過去を、暗い暗い過去を、塗り変えようとして躍起になっていました。
 でも僕はあのとき僕の美しい少年時代の日記をも全て捨ててしまいました。うず高く積まれていた少年時代の日記をも。
 あの頃、去年の10月ごろだったと思います。呪われたような不幸な留年の仕方をした2ヶ月ほど前のことでした。またあの頃僕の家の店が税務署から調べられて300万円あまり追徴金を取られました。あの頃、やはり悪魔に僕は支配されていたのです。それに僕はあの頃自殺を考えていてエロ本を処分したりしていましたから。
 もう青春は、戻って来ないようで、今26歳の夏を迎えつつありますけれど僕に美しい彼女ができるかどうかあんまり自信がなくって。


 愛子姫へ
 愛子姫。僕はもうすっかり愛子姫のことは忘れてしまっているべきなのにまた手紙を書こうかな、と思っています。この手紙出そうかな、どうしようかな、ととても迷っています。
 小学生や中学生は今日ぐらいから夏休みのようです。でもまだ梅雨は明けきれないで曇りや雨がちの日々です。真っ青な青空が入道雲とともに出たら僕の心ももっと明るくなれるのになあ、と思っています。
 僕はこの半年間、アルバイトばかりをしてきて貯金が60万円になりました。自宅生だからこれで一年悠々とやってゆけます。でも僕の心の中にはやはり焦燥感の影があって共産党系の病院の奨学金を貰いにまた熊本まで面接に行こうかなと考えています。
 僕はこの手紙、出そうか出すまいかな、ととても迷っています。どうしようかなあ。本当にどうしようかとても迷っています。


 愛子姫へ
 眠れないからまた書きます。今夜はお酒を飲みすぎたのか(あんまり飲みすぎた憶えはあまりないけど…)11時半過ぎに目が醒めてから眠れないでいます。いつもなら睡眠薬を飲むと眠れるのに。
 僕は今日、250ccのバイクのバックステップを取り付けました。そしてもしかしたら明日、今度はセバハンを取り付けるかもしれません。400ccのに付いていたのを取り外して付けているのですが、なんだかこんなに250のバイクを改造していると元気が出てくると言うか、愛子姫とちょっぴりつき合っていた頃の懐かしい日々を思い出してきます。
 あのなんだか燃えていたような日々、もう三年以上も前のことになるのですけど、僕はあの頃僕の人生で一番幸せな時期だったのかもしれません。苦しいことはあまりなかったし将来に失望していることもなかったし。
 あの頃はとてもとても未来への希望に燃えていたし。


 愛子姫へ
 僕らにとって青春とはいったい何だったのだろうか? 青春とは人生のなかのちっぽけな一過程に過ぎなかったのだろうか?
 僕はこのごろ、とても生きることへの虚しさを感じる。僕にとってそのことを感じることが最近の日課になってしまっているようだ。真夏で太陽が燦々と照っているけど、僕はそれを見上げても虚しさを感じることから逃れることができない。僕には今、すべてが虚しい。そして厳しい現実が僕をがんじがらめに縛り付けている。


 愛子姫へ
 僕は記憶のなかの愛子姫の手紙を再生しようと何度も何度も試みたけど、僕には愛子姫の手紙を再生する情熱が足りないのだろうか。僕の悲しい記憶のなかの懐かしい愛子姫のいつもいつも僕を慰めてくれてた優しい手紙はもう、永遠に戻って来ないんだね。もう、永遠に。たった一つ、コピーしてある断片だけが残っているだけで。
 久しぶりに愛子姫の明るい声を聞きたいとも思うけど、愛子姫はもう電話も手紙も寄こさなくなったし。
 僕らの恋はもう遠い遠い過去のものとなってしまったようだ。僕らの恋は、はかなくはかなく消え去ってしまうことに。
 空のなかに、青い青いもう夏になった空のなかに。遥かに福岡の方の空を眺め遣りながら。


 僕は愛子姫との文通の手紙を捨て、自分の日記をも捨て、自分の書き溜めていた小説もめちゃくちゃに書き直していたあの頃、去年の10月11月ごろの自分は、店が税務署にもやられたし、やはりあの頃は僕は悪魔にとり憑かれていたのだと思う。やっぱり真光が悪かったのかなあと思う。
 僕は、いくら後悔しても後悔し足りないようで、狂って叫び出したくなってしまうようだ。僕は狂って、狂ってしまいそうだ。
 10月11月ごろの僕は悪霊にとり憑かれたようになっていた。愛子姫の手紙を思いきって捨てたのは10月の終わり頃だったろうか? ちょうど僕が熊本の病院へ行った日に税務署が僕の家の店にやって来た。たしかその前後だったと思う。


 愛子姫へ
 もう遠くなってしまった遥か昔の恋人のような気がする愛子姫だけど、僕は淋しくって。
 僕は一時間半ほど前、代行運転のアルバイトのところにそのアルバイトをやっぱり断わる電話を入れた。その電話は留守番電話になっていて僕は2回繰り返しながらアルバイトを断わる電話を入れた。やっぱり夜9時から3時までというのは時間帯がハードだし家の人が心配するし。
 だから家庭教師をするのが一番なんだけど僕は顔がこわばるから。これさえ治れば僕はこんなに苦しむ必要なんてないんだけど。
 今はもう夜の4時半です。2時50分ごろ目が醒めてからもう眠れなくてこうして起きています。真っ暗な中に眠れないで寝ていると死神が僕を手招いているのがはっきりと解るこの頃です。本当にいっそのこと死のうかなと思ってしまいます。
 でも警察の友達(高校時代の友達)に共産党のスパイのアルバイトをしたいとも申し込んだことやっぱりヤバかったかなあと反省しています。やっぱり本当に家庭教師さえできたら代行運転や共産党のスパイのようなアルバイトなんてしなくていいんですけど。顔がこわばったってどうしたっていいから家庭教師のアルバイトをしてみようかなとも思ってもいます。やっぱり家庭教師のアルバイトしかいいのはないようです。


 愛子姫へ
 愛子姫の手紙を捨てたとき、僕は死神にとり憑かれていた。あれはたしか11月のことだった。毎日毎日暗闇の中で生活していたような狂気のような日々の連続だった。 悪いことばかりが立て続けに起こっていた。
 あの呪われた日々、僕は自分の過去を打ち消そうと日記や写真、それに愛子姫の手紙までも捨ててしまった。
 狂っていた僕はあの日、朝、黒い大きなビニール袋に僕の過去がたくさん詰まったものを入れるだけ入れてそしてゴミ捨て場へ持ってゆきそしてすぐに赤いプレリュードで学校へと向かった。
 僕はあのころ完全に異常だった。


         (もうなくなってしまったけれど)
 僕たちの季節は過ぎ去り、僕たちはお互い別々の人生を歩んでゆこうとしているけど、僕らの思い出は、もう灰になっちまったけれど、僕らの思い出は、お互いの胸の中で、永遠に不滅だ。僕らが死ぬまで、永遠に不滅だ。


 愛子姫
 僕が何事にも興味を持てなくなり、焦燥感ばかりに煽られるようになったのは去年の2月頃からでした。もうあれから一年半が経ちます。愛子姫が長崎に居た頃の元気だった僕とはもうすっかり変わってしまいました。良く言ったら僕は大人になったのかもしれません。でも、悪く言ったら僕は分裂病になりかけている、と言えるのです。 もう一生治らないタイプの分裂症の前駆症状が今の僕の状態によく似ています。寂しさや焦燥感ばかりに包まれた毎日。そうして僕は最も予後の悪いタイプの分裂症に陥ってゆくのかもしれません。
 分裂症とは、悪魔に自分の魂を奪われることです。僕はもう、悪魔に自分の魂を喰い始められているらしいのです。悪いことばかりが立て続けに起こって、そして何度も自殺しようとしたり、など。


      (今度会うとしたら)
 愛子姫
 もし僕らが今度会うとしたら、とても悲しい再会になるだろう。今度会うとしたらどうせ正月だろうから、僕はどうせバイクで浜の町まで行くだろうし、それに寒いだろうし(帰り際二人乗りするのは寒くて辛いから)、きっと僕らは浜の町のバス停で別れて、お互い反対側の方向へと歩いてゆくだろう。愛子姫は愛子姫の道を。僕は僕の道を。


 愛子姫
 僕は愛子姫が高校一年と二年の間の春休みのときに出会ってそして愛子姫が高校を卒業すると離れ離れになったけど、その二年間の間が僕にとって一番の青春だったように思う。ちょうど僕が教養留年と学一の2年間のその間が。その間が僕が僕の人生のうちで一番元気で悩みも少なくて幸せな時期だったような気がする。
 今、僕は人生の晩年に差し掛かっているのかもしれない。明日死ぬか明後日死ぬかあんまり解らない僕だ。
 でも僕は僕よりも苦しんでいる人たちのために生きるんだ、と昨夜なかなか寝つけなくてとうとう朝を迎えたときにそう思った。自殺したいほど落ち込んでいた朝だったけど僕はいつものようにそう思って死ぬのを思い留まった。
 もう愛子姫とは一生会えないかもしれないけど、僕は僕より苦しんでいる人たちを救っていくために一生懸命僕なりに生きてゆくつもりだ。だからもう心配しなくていいよ。僕は今もとても辛くて苦しいことが多いけど、僕より苦しんでいる人は世界中にまだいっぱいいるんだから僕は負けないで生きてゆくつもりだ。


 僕も少年の頃のように、大きな夢や希望をたくさん持って、明るく元気に毎日を送りたい。僕も少年の頃のように。


 僕は愛子姫の手紙が何処かに、家の中の何処かに、きっとあるような気がしていた。だから僕は昨夜、必死に捜した。押入の中をかき分けながら目に涙を浮かべながら必死に。
 でも僕らの青春は、恋は、もうはかなくやっぱり灰になって焼かれて消えていってたみたいだった。どこにも、どこにも愛子姫の手紙は見つからなかった。去年の秋、僕が死神に完全にとり憑かれていた頃黒いゴミ袋の中に入れて捨てたのは本当だったんだ。僕はその記憶が夢であって欲しいと何度も願っていた。でもそれは夢ではなく本当のことだった。夢ではなく僕は本当に愛子姫の手紙を捨てた。
 僕はそうして捜すのに疲れ果てて何時間も座り続けた。膝を抱えて、散らかった部屋の中で。夜の一時から四時近くまで。
 もう夏も終わりに近づいた真夜中、僕は窓を開け放したまま星空を眺めながら愛子姫との文通のこと、愛子姫の美しい手紙のことなどを懐しく思い出していた。そして今福岡に居て今頃きっと静かに眠っている愛子姫の可哀そう、健気な姿を思ったりして。
 愛子姫の手紙を捨てたことは、僕は愛子姫の真心を踏みにじったことになる。愛子姫の純粋なひたむきな真心を、僕はこれで二重に踏みにじったことになる、と思えて。


    (流れ星)
 愛子姫、一つ流れ星が流れた。たった一つ、一時から四時近くまで窓から空を見つづけていて、たった一つだけ、流れ星が流れた。とっても哀しそうに、はかなく消えていった僕と愛子姫の恋や手紙のように、とても淋しそうに、とてもはかなく。



 僕は愛子姫の手の平の上で眠りたい。優しい愛子姫の手の平の上で。そうしたら僕の不眠症はいっぺんに吹き飛んで、僕は安らかに眠れると思うのに。


 愛子姫へ
 久しぶりに手紙書くけどごめんね。なぜか今急に手紙書きたくなってこんな紙にだけど書くことにしました。今、病院から書いています。日曜日だけど出てきてこうやってアルバイトしています。明日は富士通ゼネラルでアルバイトをします。
 今貯金が75万で今度クルマを売ると100万を超えると思います。もしかするとまた留年するかもしれないし、とにかくお金を貯めようと思っています。
 もしかしたら愛子姫はもう結婚したんじゃないかなあと思います。全然手紙も電話も来ないし。僕はまた留年するかもしれないな、と脅えつつアルバイトしたりしている毎日です。
 僕はもう、かつてのような元気さは全く喪くなりました。そして親への罪悪感に打ちひしがれている毎日です。去年の12月からはとくに。
 早く卒業して医者になりたいなあ、と思っています。でもうまくいってもあと一年半かかるし。僕の心は重たいです。
 ときどき愛子姫が僕の留守番電話にメッセージでも入れててくれたらなあ、と思います。(39-4557です) そうしたら僕も元気になれるような気がするのだけど。
 元気だった昔に戻りたいなあ、という気持ちでいっぱいです。僕は今年も海に行きませんでした。これで3年間海に行ってないことになります。
 僕は2年少し前親が買ってくれた70万円した旧型のプレリュードを売ることにしています。そのこともあって僕は罪悪感でいっぱいです。
 もう書くことがないのでこのへんでやめます。ではお元気で。

                      8月28日 AM 10:25

 P.S. 出そうか出すまいか迷ったけど、やっぱり出すことにしました。もう9月の5日になって朝晩はめっきり寒くなってきました。そして僕にとっては辛い2学期が(12月の厳しい試験が)待ち受けています。
 僕は鳩になって福岡の愛子姫のところへと飛んでゆきたいです。それに浪人の頃2ヶ月余り過ごした博多港の周りの風景を思い出したりしています。
 あの頃は18歳でとても元気な僕でしたけどもう26歳になった僕はいろんな夢や希望が打ち砕かれこの頃は暗い敗北の日々のような毎日を送っていることを思うと僕はとても落ち込んでしまいます。早く卒業して医者になって福岡辺りに住みたいです。そうしたら僕の心の憂愁もすぐに晴れると思うのですけど。
 本当に僕は鳩になって福岡の町並みを飛んで回りたいです。あの頃僕は自転車に乗って自転車競技の選手になろうと思って午前中はずっと自転車の鍛錬に明け暮れていました。そして午後からは一生懸命勉強していました。あの頃の燃えていた日々を思い出すと懐かしくて僕は涙が出てきそうです。
 自転車に乗って僕は福岡のいろんな所を走り回っていました。南区まで行ったりよくしていました。
 あの元気だった時代はもう戻って来ないのかと思うと僕はとても悲しい気分に陥ってしまいます。

 今日から2学期が始まります。空は抜けるような青空です。でも僕は今日もアルバイトに行こうと考えています。でもこの病院のアルバイトもそろそろやめて別のアルバイトに移ろうかなとも考えています。
 長いこと出すのをためらってきたこの手紙ですけど今日病院への行きがけに思いきって出そうかなと考えています。
 クルマは結局売れませんでした。家の人がたまに乗るしこのままもっておこうかなと思っています。
 ではこのへんで、お元気で
                  9月8日 朝

       長崎市界町9の2
             ○○敏郎

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|     | 福岡市南区高宮2丁目 |
|60円 | ベスト電気  |
| 切手 | 高宮寮 |
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| ○○愛子姫様 |
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 愛子姫へ
 僕は今日、久しぶり柔道をした。何年ぶりだったかなあ。4年ぶりかなあ。それとも5年ぶりかなあ。5年半ぶりぐらいの気がする。
 僕はとても弱くなっててポンポン投げられたし寝技もとっても弱かった。愛子姫と知り合うきっかけとなった柔道だけれどそうして赤い赤い沈んでゆく夕陽を練習の終わりのときに眺めたけど、そうして僕はその山の端に沈んでゆく夕陽を見ながら愛子姫と出会った頃の懐かしい若かった頃の自分を回想していたけれど。
 僕は今日、○○病院でのアルバイトが終わってからバイクに乗って30分近くかかって大学まで行って柔道したけれど、僕は本当に弱くなっていて、とってもとってもみんなが強くって、僕はもう相手にならないくらい弱くなっていた。僕は今日の練習に行く前まではソウルの次のオリンピックの柔道に軽量級で出るんだ、ととても張りきっていたけど、やっぱり現実は厳しいんだね。進級のように。
 僕は久しぶりに柔道しながら現実の厳しさに唖然として、このままじゃまた診断学で留年するかもしれないな、と思ってとても憂欝になった。現実ってこんなに厳しいなんて。僕は今日久しぶりに柔道をしてかえって憂欝になってしまった。
 愛子姫と文通や交際を始めるきっかけとなった懐かしい柔道だけれどももう痩せてしまって力もなくなった僕にはもう向かないようだ。もう年月は過ぎ去ってしまったんだね。柔道が強かった頃の僕、そして愛子姫と僕の恋、二つ一緒に過ぎ去ってしまったんだね。
 今頃愛子姫は帰りの電車の中かなあ。僕は帰りがけ経済の図書館まで本を返さなければならなかったので今経済の図書館でこれを書いています。どうせ出さない手紙なんだけども僕の哀しい心を慰めるためにはこれしかないから。誰に出す宛もない虚しい手紙を書いて自分の心を慰めるしか他に手はないから。
 愛子姫も今ごろ暗くなりかけた博多の町を寮へと電車かバスに乗って帰っていることを思うと、僕らの実らなかったはかない恋はまるでもうほとんど沈みかけた夕陽のように僕には感じられる。早い早い時の流れとともに。
(昭和63年9月13日)


 僕はいつの間にか生きようと思ってきていた。雲仙の地獄谷の哨気を浴びつつ僕はいつの間にか生きようと思い始めている自分に気づいていた。
 空の向こうに天使さまの白い手が見えたから。それに親への責任感もあって。
 僕は帰り始めていた。道はとても滑りやすくて僕のコンバースまがいの靴はよく滑った。でも僕は僕を待ってる黄色いセルボへ向かって歩いていっていた。僕には何かの予感があった。
 道は濡れていたし所々凍ってもいた。道端には白い雪が積もっていた。僕は細いその道を早足でクルマの方へと降りていっていた。なんだか希望が、希望があるような気がしていたから。
 僕は口の中でブツブツと南無妙法蓮華経と唱えていた。久しぶりに、たぶん一年3ヶ月ぶりぐらいに唱えた題目だった。そして雲間から太陽が、もう夕方4時の太陽が僕を祝福してくれるように輝いているのを僕は今日始めて知った。
 僕は小学六年や中学一年の楽しかった時代に戻ったような気がしていた。僕はあの頃の元気な自分を小道を駆けながら自然に思い出していた。

(クリスマスイブの夜の失恋ののちに書かれたものだ。でもいつのことか、何月のことか解らない。でも冬のことだけは確かだけれども。
 僕はこの頃もう愛子姫の出現を予感していたのだろうか? でも愛子姫の出現は3月の終わりのことだったけれども。僕は予感していたのだろう、愛子姫の出現を。)


(僕は祈る)
 愛子姫へ
 僕はこのまえ手紙のなかで自分だけ苦しんでいるように書いてたけど、でも本当はみんな苦しんでいるんだと知った。僕は愛子姫の返事を読んで、そうして夜あまりよく眠れずによく考えたけど、僕より苦しんでいる人たちはこの世界中にたくさん居ることをすっかり忘れていた自分に気づいた。
 とくにアフリカや東南アジアにはたくさんいて、僕は早く卒業して医者になって彼らのところへ行ってやらなければならないのだと、夜もう2時ごろだったと思うけどそう思って涙が湧いてきた。僕の悩みって贅沢なんだと、でも僕はやっぱり苦しくて、明日が始まるのも怖くて、やっぱり落ち込んでしまう。僕は早く暗黒の毎日から、充実した楽しい毎日へと、早く早く脱皮したい。誰か本当に僕を救ってくれる、白い目のパッチリとした天使さまが現れないかと、僕は強く強く願っている。そうしてクリスマスイブの夜からの苦しみのどん底に突き落とされている僕をどうか救ってくれないかと、それが愛子姫じゃないのかな、と思いつつ、僕は強く強く願っている。優しい暖かい手が僕を暗闇から救ってくれないかなと、僕は強く強く祈っている。

※(最初の手紙を出して愛子姫から長い最初の返事をもらったその頃書かれたものだろう)



 ……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………(内容紛失)……………………………………………………………………………

(これは僕が学一留年十月ごろの手紙のことだったろう。僕が愛子姫に『だいぶ幸せになったろ?』とか書いたら愛子姫はちょっと憤激した調子で『いいえ、私全然。私寂しくて寂しくて毎日泣いてるのに。』とか書いていた。あれは僕が久しぶりに愛子姫に…2回続けて愛子姫から手紙が来てやっと僕が出した手紙への返事にそう書いてあったように思う。)


 愛子姫。僕らの恋はもう終わったような気がする。愛子姫はもう手紙も電話もくれなくなったし僕から何通愛子姫からの返事の来ない手紙を出したかなあ。
 もう僕は27歳になろうとしているし僕より5つ年下の愛子姫は22歳でもう結婚するかもしれない年齢だし。
�@でも僕は思うけど僕の青春はこれからなのかなあと思います。今まで本当に暗かったけど僕の青春って、少なくとも30歳までは結婚しないで青春を謳歌したいなあ、と思っています。
 僕の赤いプレリュードは恋人を乗せることなくもう2年半も経ちました。そしてこの7ヶ月ほどはほとんど乗っていません。あんまり神経質すぎる僕はクルマを運転すると頭がとても疲れてしまって勉強できないし混んでるときはとても時間がかかるし。
 愛子姫はもう結婚するのかもしれないけど、だから返事をくれなくなったのかもしれないけど、でも僕は自分は今からが青春なんだ、僕にとって青春は今からなんだ、と思って希望を持ってもう自殺なんて考えることなしに、たとえあと何年留年したって、何年留年したって負けずに頑張っていくつもりです。
 いつもいつも泣きべそのような意気地のないことばかり書いた手紙ばかり出しててごめんね。僕はこれから明るく生きていこうと何故か今日思っています。


 愛子姫へ
 もう新聞配達の音が聞こえてくるようになりました。僕の不眠症はこの頃めっきりひどくなってきました。もうどんな睡眠薬も効かないようになってきました。腹いっぱい食べてすぐ寝ることが今の一番の睡眠法です。
 この頃はめっきり朝晩は冷えてくるようになりました。もう愛子姫は僕から離れていった架空の中の女性だけれど、僕は淋しさにいたたまれなくてこの手紙を書いています。
 福岡はクルマやトラックの音、それに酔客の声などで喧しいだろ。でも愛子姫は長崎をたってからもう3年半になるのかな。僕は長崎で一人で淋しくて。
 今、僕の家の周りでは鳩が唸りをあげて飛んでいます。次から次へと何故か僕の部屋の前を横切って。そして福岡へ飛んでゆくのかなあ。この朝、愛子姫への思いを乗せて福岡まで飛んでいってくれるのかなあと錯覚されます。


    (僕の思いは白い鳩に乗って)
 僕の思いは白い鳩に乗って、福岡の愛子姫の所まで今旅立ったようです。僕が福岡の愛子姫のことを考えていると、窓辺の白い鳩が僕の思いを伝えようと福岡まで飛び立っていってくれたようです。もうほとんどあきらめかけ忘れかけていた愛子姫のことだけど、僕を救ってくれるのはとても気立てが良くて明るい愛子姫しかいないんじゃないかとか、そんなことを今朝思っていたら、僕の窓辺から白い鳩が幾羽も幾羽も福岡目指して飛んでいったようです。寂しい僕の心を慰めようと、飛び立っていってくれたようです。


 愛子姫へ
 もう遠く過ぎ去ってしまった愛子姫との思い出も、ああ、僕が悪魔にとり憑かれていた去年の秋ごろ、愛子姫の手紙を全部、(そして僕が愛子姫に宛てて出した手紙のコピーも、)捨ててしまったこと昨夜ものすごく後悔しました。僕の最高の青春のときが愛子姫と文通したりしていたときのことだったんだなあとか思って。
 愛子姫。僕はまた希死念慮に捕らわれるようになってしまった。愛子姫たちの手紙を全て全て捨ててしまったあの頃の悪魔にとり憑かれていた僕はなんて馬鹿だったんだと。
 愛子姫。僕らの青春は、そして僕らの思い出も、もう帰って来ない。僕が愛子姫の手紙を捨ててしまったため。あの(今もかもしれないけど)死神にとり憑かれていた日々のことを考えて。
 愛子姫。僕は今日にでも死のうかな。苦しいから、生きてゆくのが苦しくて辛くてたまらないから、今日にでも。

     (僕は羽立とう)
 僕は愛子姫との思い出を、虚しく虚しく捨ててしまって、そうして白い霊界へと羽立とう。白い霊界へと、愛子姫との清らかだった交際のことも忘れて、今日にでも、明日にでも、僕は羽立とう。白い白いもう苦しむことのない霊界へと。
 愛子姫との思い出のいっぱい詰まった手紙の束を捨ててしまったことをとても後悔しながら、とってもとっても後悔しながら、後悔して泣きながら。


 君をクルマの助手席に乗せて、僕はこの海へ来たかった。君は遠く福岡へ旅立ってしまい、そして僕はまた留年して、寂しさを紛らわすこともできなくなった。一生懸命勉強をすると気も紛れると思うのだけれど、留年したからあまり勉強しないでいいし、それに僕はアルバイトもできないし…
 僕は鳩になって君の住む福岡へと飛んでゆきたい。
                    (学一留 七月)


 僕が疲れ果てたとき、そっと胸を貸してくれる女のコが欲しかった。でもそのコは福岡へ行きもう長崎には居ない。もう帰って来たくないと言って、長崎からそのコは去っていった。


 僕が寂しさに打ちひしがれ始めたとき愛子姫はいなくなっていた。僕が留年して、そして留年していることを親に内緒にして毎朝家を出て誰も居ない友人の下宿で時間を過ごすとき、夕暮れまでそうやって時間を過ごすとき、僕は寂しくって、福岡の方の空を見上げるけど、たぶん愛子姫が居ると思う方向を見上げるけど、すずめや赤とんぼが飛んでいて、とても寂しくて、それに愛子姫は店の仕事でとても忙しいと思うから。



 愛子姫。僕は昨夜愛子姫と僕の手紙が夢の中でぽんっと何処からか、たぶん天国からだったような気がするけれど、落ちてくる夢を見ました。神さまが僕に、与えて下さったんだなあと僕は思いました。
 もし、本当に愛子姫と僕の、(僕のはいいから愛子姫のだけでも)見つかったら(何処か押入れの奥とかから、)僕はまた明るくなって(愛子姫と文通したりしていたときのように明るくなって)そうしてまた死のうとか考えてきたことを僕は元気いっぱいに振り切れると思うんだけど。


       (愛子姫)
 僕は愛子姫の黄色い封筒に乗って、翼立とう。天国へ向かって、もう愛子姫との思い出のいっぱい詰まった愛子姫の手紙の束を捨ててしまった僕だから、そんなとっても罪深い僕だから、それにもう苦しいから、毎日の生活が苦しくてたまらないから、飛んでゆきたい。愛子姫の黄色い手紙に乗って、福岡の空はもうダメだから、ただ天国へと、天国へと、僕は飛んでゆきたい。


 愛子姫。僕らの思い出は何処に行ってしまったんだろう。僕らの青春はいったい何処に。
 僕らの青春はもう還って来ないんだね。愛子姫の手紙の束のなかに詰めこまれていた僕らの愛と青春は。もう還って来ないんだね。そうして僕らはもう別々に道を歩いていっている。僕らは別々に。もう僕らの青春の思い出も消え失せて。

 時は流れてゆく。僕らの思い出を乗せて、遠く彼方に押しやりながら、そうして僕らの思い出はもうずっと遠くに押し流されてしまって、もう戻って来ない。淋しいけれどもう戻って来ない。

 僕は淋しくて泣きわめきたいほどだけど、もう戻って来ない。もう戻って来ない。僕らの思い出は戻って来ない。


     (僕は死ねない)
 愛子姫。僕は落ち込み果てて立ち上がれない。僕は落ち込み果てて、立ち上がる勇気が、そして希望が、見えない。もう見えない。僕には希望と勇気という二字が。
 でも愛子姫。僕は父や母のため死ねない。父や母の姿を今朝学校へ来るときちょっと見たけど、淋しげで、もしも僕が死んだら、どんなに悲しむだろうと思うと、僕はやっぱり死ねない。そうして親の前では、できる限り元気な振りをしていなければいけない。少なくとも親の前では。
 僕には首吊りの丸い輪しか見えないけれど、僕は死ねない。僕は決して死ねない。


                 10月1日 p.m.4:06
 愛子姫へ。
 もう一度文通したいけど、もう僕らの青春は還ってこないんだね。もう一度、もう一度文通したくてたまらないけれど。
 あの頃と比べてもう愛子姫は変わってしまったし僕も変わってしまった。大切な僕らの青春のかたみをほとんど捨ててしまった僕は、本当に惜しいことをしたと昨日夢で唸らされたほどです。
 もう一度、本当にもう一度文通し直したいけれど。本当にもう一度、もう一度。

 誰か愛子姫に代わる女の子を僕は見つけよう。誰か愛子姫に代わる女の子を。


 僕は長崎から鳩になって飛び立って、福岡まで愛子姫に会いに行きたいけれど、でも僕には翼がなくって福岡まで飛び立てない。それに僕にはそんな勇気も自身もないし。


 僕は夕暮れ時に長崎を飛び立って真夜中近くに愛子姫の住む福岡へ着くと思うけど、うまくいったら着くと思うけど。
 僕は寂しく飛び立って、愛子姫に会えるか愛子姫が僕にどう接してくれるか思い悩みながら、鳩になって長崎から博多へと飛んでゆくだろう。
 とっても寂しい鳩になって寂しさでいっぱいの鳩になって、涙でもみくちゃになって。
                   (学一留 七月)


 僕は愛子姫の手紙が、せめてコピーでも出て来ないかと押入れやそして今夜は文芸部の部室まで行って探し回ったけど僕は何も見つけ出せなかった。僕はやっぱりあの悪魔に完全に捕らわれていた期間、愛子姫との手紙をほとんど完全に捨ててしまったんだね。そしてもう戻って来ないんだね。
 僕は病気だったんだ、あの頃。悪魔に捕らわれて完全に病気だったんだ。


 あれはいつのことだったろう。愛子姫が福岡へ行った年の秋のことだった。10月11月と愛子姫からたて続けに手紙がきたけれど僕は返事を書かなかった。あのとき僕は何をしていたのだろう。僕はあの頃すっかり愛子姫のこと忘れかけていた。今思い返せば愛子姫が感傷的になって書いてきたとても美しい手紙だったけれども。たしかその一部のコピーだけが残っているだけだと思うけれども。
 愛子姫はあの頃淋しがって僕に手紙を書いてきていたけれども、僕は、僕は淋しくなかったのだろうか? 僕はあの頃勉強が忙しかったし愛子姫のことを忘れよう忘れようと努力していたのだった。
 あれは学一留年の秋のことだった。その夏にバイクもクルマも売ったり廃車にしたりいてバス通学に切り換えたのだった。そして学2の5月にクルマの赤いプレリュードを買うまでバス通学を続けたのだった。


 愛子姫へ
 僕は本当に夢の中だけで生きている悲しい男なのかもしれません。愛子姫へのこの頃の手紙は本当にもう現実の世界からは懸け離れていているような気がします。でももしかしたら夢の中で生きてゆける幸せな男なのかもしれません。
 愛子姫への手紙を書くことによって僕はどんなにこの苦しい時代慰められたものでしょう。僕は本当に幸せでした。
 僕たちが手紙を交換したりしてたもう4、5年も前になるあの時代はもう本当に懐かしくて今となってはもう本当に涙が出てきそうな気さえしてきます。


 明るかった頃の、元気だった頃の、あの頃の僕はもう遠い空の彼方へ消えてしまって、今ここに居るのは、抜け殻になたようなもう愛子姫の知らない僕だ。あの頃とは全然違う、もう抜け殻になった僕だ。


 愛子姫へ
 僕はもうダメだ。僕は昨夜気力を湧かせようと思って麦飯をたくさん食べた。でもお酒もまた飲んでしまった。僕はそうして今自己嫌悪や絶望感と戦いつつこれを書いている訳です。


楽になりたい。中学や高校の頃の気力が、少なくとも愛子姫と文通したりしていた頃の気力が僕に戻ってきたら、そうしたら僕は強く強くなれると思うのだけど。
 僕も強く強く。


 愛子姫
 僕は寝てばかりいます。僕は強く強くなりたいのだけど、僕は眠ってばかりいます。いつまでもいつまでも家ではずっと寝てばかりいます。
 そしていろいろ鮮明な夢ばかり見ています。怖い怖い夢が多いのだけど。


 愛子姫
 僕は胸のときめきも何ももう感じなくなってしまった。そうしてもう悲しみだけが僕の胸を支配しています。27歳になろうとしている僕と、何もできない僕と。


僕は強くなりたい。昔の僕のように、元気いっぱいだった以前の僕に、僕は戻りたい。

少年の頃の僕の毎日は今と比べものにならないくらい厳しい毎日だったけど僕は元気だったしいつも明るく決して挫けなかった。今の僕は挫けかけている。
 中学の頃や高校の頃、僕は毎日ノドの病気や吃りなどで学校で苦しんできた。毎日毎日針のむしろに座らされたような学校生活だった。あの頃のことを思えば今はどんなに楽だろう。あの頃の僕はとっても強かったのに。


    (もしも僕が今度進級できたら)
 もしも僕が今度進級できたら、そうしたらあと一年ちょっとで卒業だから、僕は高校三年の頃を思い出して一生懸命勉強しよう。そうして早く親孝行ができるように、卒業試験に落っこちないように、国家試験を楽にパスするように、一生懸命勉強しよう。詩や小説を書くのも少し控えて、僕は一生懸命勉強しよう。
 そうして僕は明るさを取り戻すかもしれない。少なくとも高校三年生の頃の元気さやバイタリティーは取り戻せる気がするのだけど。
 今度進級できたら僕は変わるかもしれない。辛かったけど元気だった高校三年の頃を思い出して、僕は変わるかもしれない。とても元気になれるかもしれない。


 僕の手に、力があったならば、僕は一生懸命になって、困っている人のために苦しんでいる人のために、毎日駆け回ると思うのだけど。もし僕に力があったならば。
 
 でも現実の僕は全然力がなくて、あの高校生だった愛子姫を傷付けたりした悪い癖があって、顔のこわばりがあって、僕は人を救えない。人を救おうとしても逆に人を傷つけるだけで、それで僕はいつも一人っきりで部屋に閉じ込もってそうしてほとんど誰とも喋らない。そうして一人淋しさに打ち沈んでいる。ずっと、ずっと、もう九年も前から。


 愛子姫
 高校三年生だった君を傷つけた僕は、あの大事な試験の前の日に呼び出してそして傷つけてしまった僕は、そうして君の進路を狂わせてしまった僕は、僕はいったいどうしたら君への罪を償えばいいのだろう。僕はいったいどうやって。
 でも君を傷つけた僕の悪い癖(顔のこわばり)は、もう九年間も僕を苦しめてきて、その間僕はどんなに苦しんできただろう。僕はこの癖のためこれからもずっと一人っきりであることを思うと、僕は死んでしまいたいとよく思ってしまう。もうこんな苦しい淋しい毎日からさよならしたいから、前途に光が見えないから。


 愛子姫
 もう君のことはずっと前のことになるのに僕はまだ君のことにこだわっている。僕は君へ犯した罪のために、いや君のことを思ってじゃなくて君を傷つけた悪い癖のために、ずっと人を避けてきた。淋しい淋しい毎日だった。人と会うととても緊張してしまう僕はなるべく一人でいようとしてきた。教室でも友達を作らずなるべく人から離れた所に一人ポツンと居るようにしてきた。それに僕は授業に出てもとても緊張してしまってあんまり勉強もできずに3年も留年してしまった。


 五船さん 元気にしていますか? 私 何度も何度も五船さんの家に電話したのですけどいつもいつも居なかったからそのうち電話するのが億劫になって…

(天井を見ていると思い出されてくる愛子姫の手紙の端々ももう今の僕には遠い昔の思い出になりつつある。すべて僕が、そして手紙を捨ててしまったことが悪いんだ。


 愛子姫。僕らが始めてデートしたあの護国神社での待ち合わせの時間は何時だったかな? あれは5時半じゃなかったかな? それとも、あれは僕が解剖実習で遅くなるかもしれないということで5時半から6時15分までの何時かだった。愛子姫、期末試験前日の日に呼び出してごめんね。そしてそのために。
 僕はこの手記をなんだか気が変になりそうな心地のまま書いている。僕は創価学会に戻ろうか戻るまいか迷っているけどやっぱり戻るまいと思っている。このまま発狂するか死んでしまうかもしれないけど僕は芸術の方を取ろうと思っている。
 僕は今御飯前なんだけど(晩御飯前に書きものするってここ2年ほどの僕にはとても珍しいことなんだけど)さっきお風呂に入っていたら霊感みたいなものが湧いてきて『書かなくっちゃいけない、書かなくっちゃいけない』と思ったから今こうして書いている訳なんだ。
 愛子姫。僕はもう死ぬかもしれない。その予感に踊らされるようにして僕は今これを書いているんだ。
 死ぬ前に愛子姫への罪滅ぼしと言うか、最後に書いておかなくっちゃならないことがたくさんあるような気がして。


『愛子姫。今頃電話してきたってもう遅いよ。もう僕の心は半ば亡霊になりかけている。僕はもう淋しさや辛さ・苦しさに耐えきれない。愛子姫の声ももう僕を元気づけてはくれない。僕の魂はもう半分霊界へ旅立っているんだ。僕の人生は挫折や苦労の連続だった。僕はもう疲れきった。もう27年になるだろう、僕がこの世に生き続けてから。僕は僕と同じ年のみんなが次々に結婚していって幸せな第2の人生をスタートさせているのに僕には第一の人生も悲惨なものだった。あまりにも過去が今思えば悲惨だったために僕は今こうやって死んでゆくのかもしれないし…たぶんそのために死んでゆくのだと思う。愛子姫。電話するのがもう一日でも早かったならよかったのに。昨日までの僕にはまだ立ち直れるチャンスと勇気があった。』
(僕はガチャンと電話を切った。深いため息を僕はついていた。その深いため息が何回も何回も続いていた。永遠に、きっと僕が死ぬまでこのため息は続くらしかった。
----愛子姫、遅すぎたんだ。せめてあと一日でも早かったならば。愛子姫、遅すぎたんだ。


 愛子姫へ
 この部屋に居ると懐かしいあの頃のことを思い出してきます。あれは何年前のことだったでしょう。僕はよくこの部屋から愛子姫に手紙を書いてました。生理や細菌などの実験の合間を縫って。あれは僕が学一(3年生)のときでした。僕は今学三(5年生)であれからまた2年留年しましたからもう4年も前のことになります。
 4年前、あの頃僕はまだ元気いっぱいで、自信に溢れていて、希望に満ちていました。でも今もう疲れ切ったというか、希望や自信がはかなく崩れ去り僕は毎日沈んでいます。小さい頃から大学一年までやっていた創価学会に戻ろうか、という気もよくします。僕はもうかつての元気だった僕ではありません。自殺をしようとしたほどの落ち込み果てた落ちぶれ果てた僕になってしまいました。
 本当にあの頃は元気でした。教養で一年留年していましたけど、もう留年することはないと思っていましたし。でもあれから2年も留年して、愛子姫と文通したり会ってたりしていた年真面目に勉強していたら良かったととても悔やんでいます。
 もうそうしたら卒業して半年が経っていたはずです。でもその年留年して泥沼にはまり込んで卒業まであと少なくとも一年半あります。
 
 愛子姫。元気にしていますか。愛子姫もずいぶん変わっていることと思います。もうあれから四年経っていますから。

 もう愛子姫の思い出も雲の上のようなものにしか僕には思い出されません。でも遠い昔本当にあった純粋な愛の思い出として今から社会へ巣立つ僕にとても懐かしい青春の記念としていつまでも残り続けると思います。本当に有り難う。そうして迷惑ばかりかけ続けてごめんね。


 愛子姫へ
 僕は文学を捨てるかどうかとても迷っている。僕は昨夜もあまり眠れなかった。睡眠薬を飲んで朝までたっぷり寝てそして朝冴えた頭で小説を書こうという気と、夜2時頃から眠れなくなって、勉強したりしていました。でも勉強も頭に入らずまた布団の中に入ったけど眠れず、クスリを飲むべきか飲むべきでないか激しく悩みました。
 来週の土曜日は僕の誕生日ですけど僕はまた淋しい一人っきりの誕生日を迎えるんだなあと思います。僕の27歳の誕生日を。愛子姫からプレゼントでも来ないかなあと心待ちにしながら。
 僕の頭はぽーっとなっています。よく眠れなかったから。試験が近づいているのにこれではだめなのに。


 愛子姫へ
 僕の心にできた空白は大きく大きく、僕は飛び立ってゆきたい。もう愛子姫の福岡も嫌だ。どこか知らないところへ、白い霧に覆われた静かな山奥のようなところへと、僕は行きたい。そして一人っきりでとぼとぼとそこを歩いてみたい。僕の心が晴れるときまで。
 もう愛子姫の福岡も悲しみに満ちていて、町を歩けば家々から嗚咽の声が漏れてきそうで、僕は人のいない静かな山奥へと、ゆっくりと歩いてゆきたい。そしてどこかに大きな腰掛ける石があったら、そこに座って僕の今までの人生を振り返ってみたり、思い出に耽ってみたり、でも寒いような、冬の山奥は寒いような気がする。僕はこたつを出して、そしてその中で時を過ごそうかなと思う。ポカポカとしたこたつの中で、何も考えず、学校にも行かず、静かに時の過ぎてゆくのを待っていようかなと思う。
(二十七歳の誕生日を8日後に控えたある暗い朝に)


 愛子姫
 僕の二十七歳の誕生日はもう夜の7時半になろうとしている。僕は一人お酒を飲んでそして夜ごはんを食べて2回へ上がって来てこれを書いてます。淋しい僕の二十七歳の誕生日はこうしてもう終わろうとしています。誰に祝われることもなくひっそりとした淋しい二十七歳の誕生日を。
 2、3日前からとても寒くなってきて僕は昨日も今日もバイクでなくてクルマで学校へ行きました。家ではエアコンを入れてもまだ寒いです。

----夜が明けた。僕の誕生日は何も祝われないままに夜が明けた。


 君と歩いたあの道を僕はいつまでも忘れないだろう。あの冬の道を…僕はいつまでも忘れないだろう。あれはもう4年前のことだった。寒い寒いもう日がとっぷりと暮れていた学校帰りのことだった。あのころ僕は元気だった。僕にはまだ希望があった。でも今はすべての希望がことごとく崩れてしまったようなそんな気がする。
 あの護国神社のまわりの道を僕らは歩いたっけ。もう時刻は6時半だったと思う。12月なのでもうまっ暗だった。
 でも僕らは元気にその道を歩いたっけ。君は『寒い、寒い』と言ってたけど暑がりやの僕にはそんなに寒くはなかった。
 あの暗い夜道を歩いて以来僕らは会ってない。あの寒いあの日から僕らは出会わなくなった。あの日、黒い悪魔が僕らを取り囲んでいたっけ。僕らの心はあまりにも純粋ですぐに護国神社の周りに浮遊していた悪魔からいたずらされてしまったのかもしれない。
 あの悲しい別れの夜、愛子姫は走ってバスへと向かった。商業高校までのバス停へみんながたくさんバスに今にも乗り込もうとしている所へと愛子姫は走っていった。僕は愛子姫から贈られたプレゼントを持ったまま悲しく揺れ動く闇に向かって走ってゆく愛子姫の後ろ姿を見送っていた。もうこれが僕らの最後の別れになるとも知らずに。
 あれから何度か愛子姫から手紙が来た。でもそのころの僕は孤独ではなかった。僕は愛子姫に返事を書かなかった。僕はこれから違う人間になるんだと心に決めていた。どこか金持ちのお嬢さんと結婚しよう、と考えていた僕だった。
 愛子姫があの日僕に渡したプレゼントは小さな綺麗な文庫本だった。いつかその本は失われていた僕の心が愛子姫から離れていた僕が統一教会の綺麗なお姉さんに憧れて愛子姫のことを考えなくなっていたあの悲しい時期に。


 愛子姫へ
 僕は創価学会へ戻ることにしました。七年前、小さいころから熱心にやってきた創価学会をやめてから、僕はいろいろな宗教を転々としてきました。瞑想法やヨガもやってきました。でもそれらは何も僕の心を支えてはくれませんでした。僕は落ち込むばかりでした。2年前からノイローゼになってよく湧いてくる希死念慮と戦う日々にもう疲れ果てて、あれだけ感情的に嫌っていた創価学会に僕は戻ることにしました。僕はやっと最終学年になりました。ちゃんと勉強したら一年後には卒業して国家試験にも合格して医者になると思います。でも創価学会をしなかったら僕は暗いうじうじした自分から脱皮できないと思います。明るく元気になってそうして頭も冴えるし勉強のための意欲も湧いてきます。
 きょうは今さっきまで学生部の活動をしてきました。何年間も続いてきた孤独感が今日一日で消え去った感じがします。


 愛子姫へ
 このまえ手紙出したけどまだ返事が来ないので心配です。僕たちは今、夏の合宿のまっ最中です。さっき晩飯を食べたあとみんなで稲佐山まで行ってきました。稲佐山からは愛子姫の住んでる香焼町は灯の消えた闇の中に静かな湖のような長崎港の沿岸に淋しげに見えて僕はとても悲しい気分に浸りました。
 闇の向こうに浮かぶ香焼の100万トンドックの向こうに愛子姫は住んでいるんだあ、今ごろ何しているのかなあ、と思ってとても悲しい思いに浸っていました。観光客も来てて僕は先輩からバスガイドさんに話しかけさせられました。でもとってもいいガイドさんで僕が『もうすぐある試合のために柔道の合宿をしています。』と言うと、『どこから来られたのですか?』と言われたので僕は先輩からせかされるままに『東京から』と答えました。
 ガイドさんは東京から長崎まで合宿に来たのを少しも不思議がらずに信じていたようでした。
 思えばそのガイドさんは愛子姫によく似ていたようでした。僕は久しぶりに女のひとと喋ったのでとても胸がときめきました。そして春ごろからもずっと続いていた心のわだかまりもかなり薄れたような気もしました。
 でも少し薄れたように思える僕の心の淋しさも明日の夜になるとまた元に戻っていると思います。せめて僕が合宿が終わって家に帰って名古屋まで試合に行くまでに愛子姫から手紙が来ていないかなあと思っています。

※(教養留年の夏、僕が愛子姫に2度目の手紙を出してまだ返事が来なくて心配していた頃に書いたもの)
 愛子姫からは翌年の春まで全く連絡が途絶えたきりだった。


 愛子姫へ
 僕は昨日一人で香焼の浜辺まで行ってきました。もう僕が手紙を出してから2ヶ月が過ぎようとしています。9月も過ぎ10月になりかけています。もうバイクに乗るのも少し寒いくらいになってきました。
 僕は名古屋に行ったとき買ってきたおみやげをバックに入れてバックを秋になりかけた9月の風になびかせながら愛子姫の住んでいる香焼のアパートの近くまで行ったけど。そして捜したらきっと愛子姫の家が見つかったんだろうけど僕は自分で黒のメタリックに塗ったカワサキFT250に乗って愛子姫の住んでるアパートを通り越してすぐ傍の海辺へ行きました。
 まだ午後3時半過ぎで愛子姫はまだたぶん学校なんだろうとは思っていましたけれど朝からずっと家に居て勉強してたらとても淋しくなって。
 すぐ近くに愛子姫の住んでいるだろうと思うアパートなどがあったしすぐ傍をアスファルトの道が通っていたのでそんなにロマンチックなところではなかったけれど、もしかしたら愛子姫がもう帰ってきててそのアパートに居て浜辺を歩いている僕を見つけて駆け寄ってきてくれないかな、とか想像しました。
 体育祭も文化祭もどこももう終わっているようだし何の用事もないので早く帰って来てはいないだろうなあとは思っていましたけれど。
 もう秋になりかけた浜辺は幾艘も舟が行き来していましたけれど波はとても静かでまるで湖のようでした。僕がこのまえ手紙に書いた少年の頃の思い出の浜辺はこんなに静かではありません。いつでも波の音がしてて風も強いです。でもその思い出の浜辺は人けが全くないところで何時間も佇んでいても人から変に思われるとかそういうことは全くありませんでした。
 なんだか愛子姫から手紙が来なくなったのはそのことを書いたからかなあ、とか浜辺を歩きながら思っていました。
 波の音ももう僕から離れていった愛子姫の、(僕が悪いんだ、僕が2回目の手紙で初恋のことなんかをくどくどと書いたのがいけなかったんだ、全て全て僕が悪いんだ。)淋しい涙の滴る音のようにも聞こえました。2度目の手紙でいろんな変なことを書いたボク。もうすぐ22歳になるのにまだずっと一人ぼっちのボク。もう経済とか教育に現役で入った人たちはもう就職活動を始めているのにまだ九医を受け直そうかと考えているボク。馬鹿なボク。本当に馬鹿なボクだな、と思います。
                ※(結局出さなかった手紙)


 愛子姫へ
 もうすっかり僕らの出会った商業高校での春の合宿での思い出も北風とともに僕の心のなかから消え去ってゆこうとしているようです。僕の淋しく辛かった留年時代も終わりを迎えつつあります。そうして今、後期の試験のための勉強を後輩の下宿でやっていたところです。
 僕は4月ごろ怠けていて選択科目をギリギリまでしか取っていないので今とても大変です。一つでも落とせないので焦っています。もう僕らが出会ってから一年近くが経とうとしています。夏ごろ2回目の手紙で変なことばかり書いて本当にすみません。僕は手紙を書くといつもああなってしまうというか自分でもとても反省しています。
 もうすぐ愛子姫も高校三年生になるんだなあと思うと虚しく過ぎてしまった一年の早さを僕は耐えられないような残念さとともに思い返してしまいます。もし愛子姫と一緒に過ごしていたらどんなに楽しく充実した一年になっていただろうと思うととても残念です。
 鏡も僕は朝からまだ誰とも口をきいていません。朝11時ごろこの後輩の下宿にやってきてもうすぐ4時ですけど今までずっと勉強ばかりしていました。3日後から試験が始まります。
 この後輩の下宿はコタツしかないのでちょっと寒いです。でももうすぐこの寒い季節も過ぎ去り再び僕らが出会った頃のような春がすぐ近くに迫っていることを思うと寒さも吹き飛んでしまうような気がします。
 僕は柔道はもうやめようと思っています。柔道部の人間関係が厭だし勉強にも専念したいし。
 だから今度の春の合宿で愛子姫と再会することはできないのでこの手紙を書き始めました。淋しさにいたたまれないような気がして。
 振り返ってみればこの一年は孤独な一年だったなあと思います。学校行ってもほとんど誰も知った人がいないし柔道もさぼりがちだったしみんなのようにアルバイトも僕は全然やらなかったし。
 でもバイクいじりをよくしていたなあと思います。9月に中型バイクの免許をとって


 愛子姫。
 僕は君に迷惑をかけ、母や父にも苦労をかけどおしてきた。死にたくてたまらないけど…今日も昨日も何度も絶望感に駆られて自殺を思ったけれども、僕はやはり死ねない。
 今も柔道の帯を持って裏の森で首を括ろうという誘惑に駆られているけど、心の中でひたすら題目を唱えながら堪えています。
 早く卒業して楽になりたい。医者になれば僕のこのどうしようもない憂欝感も吹き飛ぶと思うけど。絶望感も消え去ると思うけど。そうして僕と同じような悩みやまた他の悩みで苦しんでいる人を救ってゆくよう僕は懸命になって、命を懸けて戦うと思うのだけど。


 愛子姫。今もときどき絶望感にとらわれてしまう。でももう春になったから、眩しい陽の光が僕を照らしてくれるようになったから、元気な小鳥のように僕も元気になって、明るくなって、そうして父や母を安心させてあげよう。僕も明るくなって父や母を安心させてあげよう。


 真実は何なのか、と僕は考えてしまう。生きることは何なのか、と僕は考えてしまう。そうしてときどき絶望感にとらわれてしまう。楽しいことがないから。希望があまり見あたらないから。


 愛子姫。僕らの海はもう遠い海になってしまっている。もう愛子姫が福岡へ行ってから何年になるのかなあ。僕は三年も留年したし、いつが何年前のことだったのか思い出せないようになっています。
 僕らは○○の岸壁で楽しく語り合ったけど、僕は愛子姫を傷付けそして愛子姫が次の日



 僕らの恋は白い鳩になってもう何年も前に長崎から飛び立っていっただろう。僕が精神病者となり果てて精神病院から福岡の愛子姫へ手紙を書いてから愛子姫から全く手紙が来なくなったことを僕はこの頃やっと気付きました。
 愛子姫。僕は立ち直っているのに。小さい頃から中学・高校そして大学一年まで一生懸命していた創価学会の信仰を再び始めて立ち直っているのに。
 もう遠い昔の恋物語になろうとしているんだなあ、と思ってしまいます。僕と愛子姫が最後に会ってからもう5年ぐらいになろうとしているんじゃないかなあと思います。あのクリスマスの頃の雪の降るとても寒い夕方から。

 僕の手紙は、僕は真心を込めて書いたつもりなのに、愛子姫に嫌われて…


 愛子姫へ
 僕は酒ばっかり飲んで、以前3ヶ月近く住んだことのある福岡の町並みを、とても淋しく思いながら、愛子姫がそこで今何をしているのかなあ、と思いながら、悲しくて、愛子姫の手紙を全て捨ててしまった後悔の思いや、もう過ぎ去ってしまった元気だった青春の頃の思い出を振り返りながら、昼間から酒ばっかり飲んでいます。愛子姫のところに電話する勇気もないし、僕は酒ばっかり、酒ばっかり飲んで、やっと2、3時間眠っています。


 愛子姫。あの12月の最後の夜のことを覚えているかい。僕らはあれ以来会わなかった。あの寒い12月の夜、僕らは護国神社の周りの道を肩を寄せ合うようにして歩いた。小雪がぱらついていたね。
 午後6時ぐらいだったと思う。僕らは本屋で待ち合わせてそれから護国神社の周りの道を歩いた。もう外はまっ暗だった。
 愛子姫は『寒い、寒い』と言っていた。オーバーを着ていない愛子姫には本当に寒い日だったと思う。でも暑がり屋の僕は学校から本屋の前まで250ccのバイクに乗って来た。
 あの日から僕らは4年半も会ってない。冷たい寒い12月のあの夕暮れから、僕らはずっと離れ離れになっている。愛子姫は博多で、僕はそのままずっと長崎で、僕らはお互い離れ離れに暮らしてきた。僕はとても寂しかった。愛子姫は青春を謳歌していたような気がする。でも僕はその頃から精神病者に変わり果て、ずっと孤独な年月を送�チた。とくにこの2年半はずっと一人きりだった。


       (学四・三月)
 愛子姫。君と一緒に歩いた護国神社の前の小さな道、もう春になりかけた今、歩いている。君を苦しめ、僕たちの間を裂いた僕の対人緊張症はそのままで、僕はまた留年するかもしれない。一生懸命、一生懸命勉強しているけど、僕の頭には少ししか入らなくて…。


 愛子姫へ
 今さらこんな手紙書くのも恥ずかしいけど懐しくなってきて、いま愛子姫はどうしているかなあと思って書き始めました。
 このまえ手紙書いたのはいつだったかなあ、と思っています。去年は留年していてとても苦しかったです。今年はやっと最終学年に進めて毎日勉強で大変です。ときどき挫けそうになることもあるけれど、僕はこのまえから小さい頃から大学一年まで一生懸命にやっていた創価学会の信心を再び始めたからもう落ち込んだり挫けたりしなくなりました。
 学校で叱られて落ち込んで帰ってきても仏壇の前に座って題目をあげてたらすっきりとします。それに創価学会に戻って本当の友達ができたしもうあんまり寂しさを感じなくなりました。
 今、夜の11時で少しお酒を飲んで書いてるのでちょっと字が乱れていると思うけどゴメンネ。愛子姫、元気にしてましたか? もう結婚したのかもしれないのにこんな手紙を書いてすみません。
 僕の部屋に僕専用の電話機を引いたことを書いたかなあと思います。電話番号は0958-39-4557です。パイオニアの留守番電話機を使っています。でもほとんど誰からも電話はかかって来なくて淋しいです。
 毎日勉強に追われながらも真実は何なのだろうかと、また正義は何なのだろうかと煩悶しています。創価学会をやめてただの日蓮正宗の信徒になろうかと考えたり、創価学会の改革派に付こうか、と考えたりして迷っています。
 僕もこの頃やっと愛子姫と会っていた頃の元気な僕に戻ってきました。2年ぐらいとても性格的にも暗くて自分のことしか考えきれない自分に陥っていました。今もまだ信仰に思い切れなくて毎晩お酒を飲んでるダメな僕ですけどでも確かに少しづつ自分が立ち直っていっているのを感じています。愛子姫と会ったりしていた頃の僕は信仰をやめていて落ち込んではいなかったけれど人間的に駄目な僕でした。
  すみません。もう眠くなってきたのでこのへんでやめます。
  お元気で。
                   長崎市界町9の2  ○○敏郎


       (7月6日)
 愛子姫はもう何年福岡に住んでいるのかなあと思います。もう5年も住んでるんじゃないのかなあ、と思って、僕がたった3ヶ月ぐらいしか住まなかった悲しい予備校時代の思い出の福岡の町を、(自転車で駆け巡っていた福岡の町を、)そしてその頃創価学会の信仰に燃えていて元気だった僕を、まだ若くて未来への希望に溢れていた僕を、人生の厳しさに、(人生が自分の思うようにならないことをまだ知らなかったあの頃の僕の姿を、)とても懐しく思い出しています。
 舞鶴公園のポプラの並木や

 もしも僕が卒業して九大に行ったなら、舞鶴公園の並木道は僕らの並木道になるだろう。僕らは肩を寄せ合ってその並木道を歩くだろう。お互い悲しい過去を背負ったまま、これからは幸せになろうと誓い合いながら、僕らはその並木道を歩くだろう。


       (7月7日)
 もしも僕が愛子姫と博多の町を歩いてみたら、いま手元にあって出そうか出すまいかとても迷っている手紙を出して、そうして夏休みになって、真夏の赤い太陽が照り始めるようになって、僕が孤独で愛子姫に会いたくてたまらなくなって、バイクに乗って、愛子姫に会いに行ったなら。

 よく考えてみると今日は七夕の日です。今日、仏間にインバーターのエアコンを入れました。工賃も含めて14万2千円かかりました。NECのエアコンで中味は全くサンヨーのと同んなじで、NECは今までエアコンを出したことがなかったのでダイエーでとても安く売っていました。
 もうすぐ夏休みですけど、僕はこの夏休みは仏間で勤行・唱題と勉強に明け暮れようと思っています。このままではきっと留年してしまうと思うけど、信仰を基本にして高校や浪人の頃のように病魔にも負けずにきっと卒業試験と医師国家試験に一発で合格してみせるつもりです。この頃、題目は3分ぐらいしかあげていませんが、勤行はするようになったのでとても元気になりました。本当にやっぱり創価学会というか日蓮正宗を広めるのが正義なんだなあ、と思っています。
 今も教授から怒られたりして辛い毎日ですけど、家に帰ってきて夜の勤行をして落ち込んでいる自分を直しています。辛い毎日ですけど、愛子姫と会っていたときのような挫折をあまり知らない元気だった僕とは今は本当に違っています。辛さについ負けそうになるけれど、そんなときは真夜中にでも仏壇の前に座って勤行したり題目をあげたりします。そうして僕は懸命にこらえているのだと思っています。毎日の辛さに。孤独と親への罪悪感に。
 
 
 愛子姫と、明るい愛子姫と、歩きたい。福岡の町を。どこか淋しい福岡の町を。愛子姫と肩を寄せ合って歩きたい。


 愛子姫の手紙を捨てたときの僕は、自分の過去を塗り変えようとしていた。学2のあの頃、留年する前のあの頃、一日3時間ぐらいしか眠れなかったあの頃、家にいろいろと悪い事が起こったり、僕はオカルトに凝ってたり、共産党の病院の奨学金を貰おうと共産党の病院へ行ってたり、僕はあの頃狂っていた。せっかくの僕の(そして愛子姫の)青春の形見を捨ててしまった。熊本の共産党の病院へ、自殺しようかどうしようか迷いながらクルマで旅立つとき、僕は愛子姫との手紙の入った袋を捨てた。


 愛子姫と福岡の町を歩くとき、僕にも青春が戻って来るだろう。元気だった22、3歳のあの頃の僕、きっと僕に青春が戻ってくるだろう。元気だったあの頃の自分が、まだ自信に溢れていたあの頃の自分が。


 愛子姫。僕らが手を繋いで歩くときは福岡の町はまっ暗でもう2時、3時くらいなのかなあ。僕らはきっと僕らのアパートに向かって歩いているのだと思う。もう2時、3時でほとんど人通りのない薬院や○○の通りを僕らは。
 まるでそこは5年前の護国神社の周りの道のようだね。あのときは12月でとても寒くて、そして夕方でほとんどまっ暗で。
 5年前と愛子姫はちっとも変わってないし(ちょっと大人になったなあ、という感じはあるけれど)僕は苦しくてとても淋しい3年近くの年月を経てきてそれにすっかり痩せてしまったけれどこの頃また創価学会の信仰を始めたから元気になりかけている。僕は元気になりかけたから久しぶりに愛子姫に手紙を出したのだし、電話でも明るく喋って、そうして今から福岡へ行くからね、とクルマに乗って夜の9時なのに家を飛び出したのだった。愛子姫に会いたくて、久しぶりに愛子姫に会いたくて。
 僕がクルマを置いてきた所から愛子姫のアパートまでちょっと歩かなければならなくって、今僕らはこうやって歩いているけれど(そうして愛子姫は5年前の護国神社の道のときのように言葉少なく俯いているけれど)僕も3時間半もクルマをまっ暗な中を運転してきて疲れているんだよ。でも愛子姫と出会えた嬉しさに今こうやってとめどもなく喋っているけれど。
 愛子姫。愛子姫が福岡に来たときも高校を卒業してすぐだったけど、僕も大学受験に失敗して高校を卒業してすぐ福岡に来たんだ。2ヶ月して僕は長崎に帰ってしまったけど福岡での2ヶ月は本当に楽しかった。苦しいことの方がずっとずっと多かったけど(だから福岡の予備校を2ヶ月でやめて、そしてまた夏休みの頃、一週間ぐらい福岡に戻ってきたりしていたんだけれど)あの頃は毎日三時間題目をあげていたから楽しかった。


                   (7月8日 夕方)
 赤坂の夜の道を愛子姫と歩くことを考えると、(あの少し緩やかな坂道を。大きな高級マンションが立ち並んでいるあの通りを。綺麗な舗装されたばかりのあの道を。)休みの日、一日じゅう家に居て酒を飲んでいる僕に(なんだかこの頃お酒のためかとても吃りがひどくなってしまった僕だけど)本当に19の頃の僕に帰ったような(元気だった、未来への希望に溢れていた僕に)帰ったような気がします。
 あの頃、一生懸命だった僕。信仰と勉強とそして自転車競技に一生懸命だった僕。あの頃は永松と(永松は結局九大の物理学科に現役で入ったけれどもパチンコで100万円借金を作ったりして放校になったけれど。高校の頃はとても真面目だったけれど)夜のこの警固の道を2時3時ぐらいに歩いたのだった。あの頃僕は浪人していたけれど、来春は京医に入るのだと燃えていた。もうその頃発病していたのだけど自分では気付いていなかった。
 もうあれから9年が経つ。9年間、始めの頃僕は元気だった。でも留年を重ねるにつれて僕は“死”を願うようになっていった。何事にも楽しさや喜びを得られないようになっていた。
 苦しい後半の4年間だった。自殺の一歩手前で僕は4年間生きてきた。そしてこの頃再び創価学会の信仰に励み始めた。19や20の頃、そして中学・高校の頃の自分に舞い戻ったような気もしていて、毎日とても元気になって楽しくなっていて不思議な気がする。
 自分にはやっぱり日蓮正宗の信仰をするより他に生きてゆく道はないような気がする。こんな僕が生きてゆくためには。僕には創価学会の信仰をやっていかなければ駄目なような気がする。


                     (7月10日 夜  酒)
 愛子姫。僕は以前福岡の街の中を本当に自信に溢れて歩いていたことがあった。あれは僕が18の頃だった。春から夏へ変わろうとしているときだった。僕は元気だった。浪人していたけど、来年はもっといい大学に(京医か東大理三に入るんだ)と思っていた。
 あの頃の僕は自信でいっぱいで、それに決して不幸でも淋しくもなかった。友達や知り合いはたくさんいたし、僕は元気で、折伏をしようと福岡の友達の所を駆け回っていたぐらいだった。
 僕はその頃まだ自分の病気には気づいていなかった。教室でとても緊張してしまって頭がよく働かないのをあんまり気にしていなかった。成績がものすごく下がったのもあまり気にしていなかった。僕はひたすら題目を毎日3時間ぐらいあげていて、とても元気だった。
 あの福岡の町。綺麗に化粧した女の人たちがたくさん歩いている町。みんなみんないい洋服を着ていてみんなとても綺麗に化粧していた。
 僕の思い出の中の女の子よりももっと魅力的な女の子もたくさん福岡の町を歩いていた。みんなとても綺麗だった。綺麗な女の人ばかりが九州じゅうから博多の町に集まっているんだ、と僕はその頃思っていた。
 毎日、僕は天神に食料品などを買い込みに行ってたし(その頃僕は自転車競技でオリンピックに出て金メダルを取るんだと、悲しい辛い中学・高校時代の埋め合わせのためにそうするんだと本気で思っていたから)ときどき見る寮の近くの女の子はみんな綺麗だった。


                         (6月30日)
 僕の悲しい癖は、君を傷つけ、君を悲しませ、そして君を遠く福岡へとやってしまった。
 僕のこの悲しい癖は、高三の終わり頃、一生懸命受験勉強していた頃に付いてしまった。
 君を悲しませ、君に次の日の期末テストの勉強をできなくさせ、一番就職に大事なテストだったのに、歴史で赤点を取らせて、僕が君が一番に志望していた就職先をダメにしてしまった。この僕が。こんな僕が。

 君も悲しんだし僕も悲しんだ。僕は一人きりの淋しい年月をそれから何年も過ごしたし、僕はそれに2年ぐらい前から何度も自殺を決意したぐらいだった。三度も留年したし、それにまた留年するかもしれないし。


                       (H1,7,12)
 愛子姫。もしも僕が創価学会をずっとずっと続けていたならば、僕の人生は、そして愛子姫の人生はとても違ったものになっていたと思う。もし僕が愛子姫と知り合ったときまだ信仰を続けていたら僕は一年近くの空白もなくて、そのまま僕が20歳半の頃からずっとつき合っていたと思う。それに愛子姫に辛い思いをさせたりなんてしなかったと思う。
 そして僕はもうとっくに結婚していて(愛子姫でなくっても誰か女の人と結婚していて)毎日仕事と信仰に追われていたと思う。きっと今の現在の僕とずっとずっと違った、そしてずっとずっと幸せで恵まれた状況にあったと思う。でも現在の僕は苦しくって、とってもとっても苦しくって、宗教に身を捧げるようにしていてやっと生き延びているような僕です。
 大学一年の十一月、僕はクラブや勉強や文学、それに信仰とあまりにも荷が重すぎて行き詰まり果てて、そうし�ト信仰を捨ててしまった。信仰を捨てて本当に肩の荷が降りたような気がした。それまでは信仰のために一日少なくとも3時間は取られていたから。
 でも僕は信仰をやめて、人間的に堕落し始めていた。自分のことしか考えきれない自分になっていっていた。そして愛子姫と出会う4ヶ月前の合コンで僕が中学三年の頃からずっと片思いをし続けてきた女のコと偶然一緒になってそして冷たくふられてそのコは僕のクラブの親友になびいていった。
 僕はだからあの頃はとても苦しかった。愛子姫と出会わなかったら僕はもう寂しさに耐えかねて(それに人間不信にもなって)発狂していたかもしれない。
 僕があの頃発狂しなかったのは愛子姫たちの明るさや元気さに触れて人間不信になりかけていた僕の心に灯を灯してくれたからだと思う。僕は親友に裏切られ、クラブのみんなから蔑まされていた。

 素直に信心していたら良かった。素直に信心してたらもうとっくに卒業していただろう。高三の2月13日、東小島の霊能力者のところにノドの病気を治して貰いに行かなかったら、僕はこんなたいへんな病気に懸かってなくて、現役で九大医学部に入ってて、そうしてもうとっくに医者になっていただろう。もしもあのときあんなところに行かなかったら、たとえ行っても心霊治療を受けずに断って帰ってきてたら、そうしたら今ごろ僕は。



 カワサキのFTに僕はその頃乗っていた。愛子姫と始めて待ち合わせをしたとき(デートをしたとき)、僕はあの護国神社に僕が自分で塗った黒塗りのカワサキのFTで行った。思い出のあのFTもでも今はなくて、もう何処かのクズ鉄になってしまって、まるで僕らの恋のように、まるで僕らの青春のように。 
                       (H1,8,27)


                 (東支那海を望む丘の上にて)
 愛子姫へ
 ずっとずっと昔にあの大きな海の向こうに大きな大陸があってムー大陸と呼んでいた。今僕らが見ているのは五島列島か中国大陸だけれど、太平洋の方に行くとずっとずっと昔、大きな大きな島がハワイ諸島のところにあってとても栄えていたのだって。そして僕らは前世、そこでも恋人どうしだったのかもしれない。
 
 冷たくなった秋の風が僕の体を打ってるけど、僕は死ねない。僕が死ぬときは、もう海の向こうの中国大陸が見えなくなったときだろう。
 でもそのとき僕はきっと死んでいると思う。目が見えなくなって、僕がベットの上で、苦しんでいるときだと思う。


 夜11時半ごろ電話が鳴った。でもそれは一回で切れた。僕はいろいろと考えた。もしかしたら君なのかって。福岡の君からかって。一人でアパート住まいしている君からかって


 僕は立っていた。12月のあの雪の降る寒い夕方、君を待って本屋の前で、250ccのバイクの横で待っていた。6時頃、君が来ると思って待っていた。


                    (H1,11,16)
 君は僕のために希望していた博多の会社に入れずにベスト電器の店員となった。君への罪悪感と、そして今君は何しているのだろう、何処に(たぶんまだ博多に住んでいると思うけど)引っ越していって、そうして今どうしているのだろう。僕の手紙が宛先人不明のまま戻ってきたから君はもうベスト電器をやめたのだと思う。そしてもしかしたらもう結婚して(誰かと一緒に住んで)いるのかもしれない。
 僕は君をとても傷つけた。高校三年生の大事なときに君をものすごく傷つけ、期末テストでものすごく悪い点数を取らせて、希望していた会社に入らなくさせた。僕は君の一生をめちゃくちゃにしたのかもしれない。そして君は今、(僕より5つ年下で早生まれだから23歳になっている君は博多の何処かで誰かの男と一緒に暮らしているのかもしれない。


                     (1989、11、17)
 君は福岡のアパートで、23歳の青春を、もしかしたら誰か男のひとと一緒に送っているのかもしれない。長崎には僕や(君を苦しませた…本当は本当は愛していたんだけど、君は福岡の博多の僕が浪人の頃自転車でよく通っていた道のどこかのアパートに君は住んでいて、一人か二人か解らないけど…幸せな人生をこれから歩んでくれることを思っている。そう思って愛子姫のことを悲しく思い出している。
 君が今から幸せな人生を歩んでくれることを、無責任な僕だけど、君を苦しませた僕だけど、僕は君が病気にも何にも犯されずに幸せに過ごしてくれることを、そうして僕らが老人になって久しぶりに会って、僕たちの人生が幸せだったことを確かめあいたい。


 君は福岡のアパートから僕にときどき電話をくれてるようにも思う。でもいつも二回(三回鳴ると録音されるから)で切れているように思う。君は僕を思い出して懐かしがって僕にときどき日曜日に(それも午前中に)電話をくれているのだと思うのだけれど。
 
 もしも僕が死ぬことができたなら、眠るように、そして母や父にも迷惑をかけないで、一人ぼっちで、死ぬことができたなら。

 君は福岡で楽しい日々を、もしかしたら寂しい日々を送っているのかもしれない。僕もこの前、10月だったと思うけど、福岡まで創価学会の会合で行ったんだ。君のすぐ傍に僕は行ったんだ。でも会えなかったけれど。日曜日でポカポカと暖かい日だったけれど。
 僕は会合が終わってからバスを待つまでの間、近くの公園のベンチの上で寝ころんで一時間近く眠った。夢を見た。君の夢だったかどうかあんまり自信がないけれど、昼ご飯を食べたあと、僕は陽の光に照らされながら博多の南区の公園のベンチで一時間くらい眠った�B


 君は寂しさを残して去っていって、僕は一年後、あんまり寂しくなって精神科の門をくぐった。君は


 愛子姫。君は結婚して、もう遠い遠い福岡でなくてもっと遠い岡山か大阪あたりに行っているような気がする。君がベスト電器の寮から出てアパートかそれとも間借りかに(たしかアパートだったと思うけど)住むようになって僕が出した手紙が宛先不明のまま寂しく戻ってきたとき、あれは夏のことだったと思う。僕が比較的元気だった創価学会をしていた頃の夏休みの頃のことだったと思う。
 君は六年ぐらい前、白い鳩になって長崎駅を飛び立って福岡へ行き、そしてそれから2年ぐらい君からときどき手紙が来たりしていたけど僕は返事を出さなかった。僕は金持ちのお嬢さんと結婚するんだ、とても家柄のいい女の人と結婚するんだ、と思っていた贅沢な僕だった。
 愛子姫が居た頃は元気だった僕は、愛子姫が福岡へ行ってからちょうど一年ぐらい経ってから欝病みたいになって今年の春頃まで苦しんできた。今も卒業試験があっていてそして落ちそうでとても苦しんでいるけど


 君が僕にくれた文庫本を僕は何処へやってしまった。君を忘れていたあるときに。誰かほかの女の子と結婚するんだと思っていたあるときに。
 12月の、寒い、夕暮れ時に、君がバスへ駆け始めながら僕に渡したその文庫本の題名は何だったか僕は思い出せない。もう四年も五年も前のことだから。寒い夕暮れ時の、雪の降りそうな日のことだったから。

 君はその文庫本を僕に手渡して今にも発車しようとしているバスまで走っていった。12月の、ちょうど今頃だったと思う。雪が桜の花のように散っていて、とても寒かった日のことだったと思う。

 君は雪のなかへと走っていっていた。君の背中は雪で白く覆われ始めていた。君は僕のもとからバスへと元気いっぱい走って行っていた。あの6年前の雪の日に。

 白い雪のなかに消えてゆく君を、僕から遠ざかって走ってゆく君を、僕はバス停まで見送っていた。雪のなかに吸い込まれていくように消えてゆく君の駆けてゆく姿は悲しげで、僕は愛子姫のためなら何でもしよう、と思った。でもそれが最後の出会いになるなんて。12月の寒い日のその日の出会いが僕らの最後の出会いになるなんて。
 雪のなかに消えていった君と、僕はもう6年間も会っていないのだろう。君には充実した6年間だったかもしれない。でも僕は一人ぼっちのずっと一人ぼっちの6年間だった。

 あの日、僕はハム無線の本を読んで君を待っていたっけ。その日は君と最後に会った日よりもずっと寒い日だった。雪がどんどん降っていたけど、僕はバイクのカワサキFT250に乗ってそこまで来た。雪がどんどんと激しく降ってきていた。もう目の前も見えないくらい激しく降ってきていた。


 君は福岡でどんなクリスマスイブを送っているのだろう。僕は長崎で、いつものように一人ぼっちのクリスマスイブを送っている。一人でお酒を飲みながら。テレビを見て泣きながら。

 君と一緒に歩いたあの道は、いつも5時か6時頃で薄暗くて、そしてとても寒くて、雪が降っていた。白い白い雪が、僕らの肩に降り注いできていた。

 君を捜して、僕一人で、あの道を駆けて歩いたことがあった。あの日はとても寒い日で、とても寒がりやの君には、いつもの本屋さんまで行くのがとても辛かったと僕は思うけど。でも僕は一人で雪の降る暗い道のなかを君を捜して走った。


 君はもう23歳になって、今度の暮れに長崎に帰ってくると思うけど、僕に電話してくれるだろうか。卒業試験に追われて、孤独で、孤独でたまらない僕に。

 君から電話がかかってきたら僕はどんなに喜ぶだろう。僕は結婚の申し込みをするかもしれない。毎日毎日が自殺直前の苦しい日々だから、それに親のためにも、僕は君に結婚の申し込みをするかもしれない。

 五年ぶりに見る君の姿は変わっているだろう。僕はやつれ果てて、頬骨が出てて、顔色がまっ白になっていて、かつての元気だった僕とはすっかり変わっているのを見て君は驚くだろう。

 もしも君と会うとしたら、あの雪の降っていたとても寒い夕方から、5年ぶりのことになるのだけど。本当に5年ぶりのことになるのだけど。

 あの頃の純粋だった君。元気だった僕。僕らが5年ぶりに出会って。

 もうあの日から千五百日余りも経ってしまった。僕が変わったように、君もとても変わったと思う。でも僕らの心は五年前のあの雪の日のままで、僕らはきっと


                      (12月28日)
 幸せな君は、もう僕なんて目のなかにないのだろう。でも僕はアフリカや南アジアなんかで苦しんでいる人たちのために命を捧げる決意がある。もう君なんて僕の目のなかにはないような気もする。
 もう正月が近づいてきて君も実家に帰り始めてると思う。でも僕の胸にはもう君はいない。僕は一人で



 君とあの燈台の下で誓えば良かった。でも僕らはずっと無言だった。僕らは俯いていて、雪が降っていたっけ。


 君はそんなに雪の降るあの日、凍えるような夕方、僕を待つのを嫌がったのだろうか。いや、君の友だちだと思う君から送って貰った写真に載っていた可愛い2人の女の子が愛子姫の代わりかもしれないけれど、愛子姫が今日来れないことを知らせにか本屋に来ていたけれど。
 でも僕はその本屋の前を愛子姫がいないかな、と思いながらバイクでゆっくりと行ったり来たりした。雪が降っていて僕はマフラーをしていてその2人の女の子も寒そうだった。
 とても寒がりやの愛子姫、ごめんね。あんな日に呼び出してごめんね。それにもっと学校から近い所で待ち合わせをしていたら良かったのにと僕はとても反省している。
 雪がこんこんと降っていて、僕はバイクの上で君を捜していた。雪がこんこんと降っていて、君が来なくて僕は悲しかった。


                        (1月12日)
 君はバイクに乗って海へ行きたいと言っていた。でもあの頃のバイクはもう無くて(もう5年も6年も前のことになるから。3年ぐらい前、僕のそのバイクが公園の隅に捨てられていたと後輩が言っていたけれど)そして正月ももう過ぎて君はもう福岡へ帰っていったと思う。僕のことなど全く考えてなくて。

 


 愛子姫。僕たちは二人だけで幸せになるんだと、手紙に書いてきたと思うけど、誰からも見捨てられても、ただ友達からだけで祝福されると思うけど、親から見捨てられても、一人だけで幸せになるんだと。


 君とあの燈台までの道を歩いたことがあっただろ。君がまだ高校三年生の頃、君はセーラー服を着ていた。秋でもう冷たい風が吹いていて僕はバイクに乗るときの防風ジャンバーを着ていて、でもそれでも寒かったことを(寒がりやの君は僕よりもっと寒かったようなのを)僕は今でもときどき思い出してしまう。辛くなったとき、夜遅く茶碗を洗っている昼間の仕事で疲れている母の体のことを思いながら。

 君はあのとき言ったと思う。『私、県外就職に決めました。』 そう言ってるとき僕を見つめる君の目はとても哀しげだった。燈台の下でだったと思う。
 もう一番星が出ていたと思う。長い気まずい沈黙のあと僕は言ったと思う。『ほら、あの星も長崎に居てもまったく同じに見えるんだ。まったく同じ方向に見えるんだ。』と。

 帰り際、鈴虫の声が聞こえていた。僕らは無言で歩いていた。俯く君を(県外就職にしたと言った君を慰めるために僕は何か言わなければならなかったのだけど僕は吃って喋れなかった。
 ----鈴虫が鳴いていた。たしかに鈴虫が鳴いていた。僕らを慰めるように鈴虫が鳴いていた。
 僕たちは鈴虫の鳴いているその小道を急いで戻っていった。すぐ近くに愛子姫の住んでるアパートが見えていたし、海岸への入り口に置いてきた僕のカワサキのFTも見えていた。愛子姫は『五船さん。帰り際、寒いでしょ。』と言った。僕は『いや、僕は暑がりやだから。とっても暑がりやだから寒くないよ。』と言った。
 でもとても冷たい風がそのとき僕の顔を打っていた。


 僕は君との恋以来、恋みたいなものをしていない。君とは結局手も繋がなかった。でもたくさん手紙のやり取りをしたし、電話もしたし、何回かデートもしたし、あれはたしかに恋だったと思う。僕が今まで始めて恋をしたというか、女のコとつき合った経験だった。
 君は遠く福岡へ旅立ってしまい、やがて音信不通となってしまった。君は寮を出てアパート暮らしを始めたようだけど、君はもう(手紙に精神病院のことを書いたことが一番いけなかったのだと思うけど)僕のことを避けるようになってしまったようだ。


                      90・2・14
 愛子姫。もう僕らの青春は戻って来ない。僕らは幸せを目指して、毎日毎日醜い日々を送らなければいけないと思う。辛いけど、本当に辛いけど。


 愛子姫へ
『僕は何をしてたんだ。今まで何をしてたんだ。』という思いで、台所で働く母の後ろ姿を見ながら


 灯台の向こうに僕らの楽園があって、魚が戯れていて、海藻が生い茂っていて、みんな幸せで、僕も幸せな世界がきっとあると、僕は確信している。

 君は高校三年生なのに強かった。僕は君より5つ年上なのに弱かった。僕らは冷たい北風の吹きすさぶ灯台の下で語り合った。本当に君は元気で、僕のために志望していた会社に行けなくなったことを少しも顔に出さなかった。本当に君は元気で、北風のように寂しい僕の心を慰めてくれていた。

 灯台の向こうに、僕らの幸せな世界があることを、君も、僕も知っている。とても幸せな世界があることを。


『もう灯台にも灯りがついたね。』
『ええ、もう灯台にも灯りがついたわ。』
『もう薄暗くなってきたね。』
『ええ、もう薄暗くなってきたわ。』
----僕と愛子姫はとりとめもない話をしていた。
『もう暗くなってきたね。』
『ええ、何処が足元か解らないくらい。』
----僕はそれでもピョンッ、ピョンッと飛び跳ねるように歩いていたが愛子姫は僕よりずっと遅れてゆっくりと岩場を歩いてきていた。もう夕陽は海の向こうに沈みかけようとしていた。


 僕も、君も、幸せを追い求めてきたけれども、幸せは何処にもないね。もう東長崎のゴミ焼場に、僕らの手紙のように捨てられ焼かれていったのかもしれない。僕は何ヵ月ぶりぐらいにお酒を(おとそを)飲んでいるけれど(…何杯も…何杯も…)、“幸せ”って何処にも見当たらないことを、(たぶん、今、帰省している愛子姫のことを考えながら、そうして精神病院の一室から出した手紙をとても後悔しながら、精神病院って世間の目はとても厳しく、愛子姫は僕が狂って精神病院の一室から手紙を書いているのだと誤解したようだけれども)辛い毎日の羅列に終止符を打ちたい、と僕は3年ぐらい前から望んでいたけれども、幸せは遠くて、僕は苦しんで、とても苦しんで、そして右往左往して、僕はノイローゼになりかけている。今にも僕の頭はパンクしてしまいそうになっている。
 幸せは何処にあるんだと、僕は昨日も昨夜も暗闇のなかを探索し続けた。僕には“幸せは何処に在るのか”解らなかった。冷たい世間の目と、厳しすぎる現実の目が、僕を覆って暗くしていた。
                  1991・1・1  AM 6:00



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愛子姫(完)

愛子姫(完)

  • 小説
  • 中編
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