お餅姫(夢3)

三船カメ太郎

悲しい恋の物語

       お餅姫(夢3)

                      三船カメ太郎


 僕らは天国への門を手を携えて登りつつあった。
『カメ太郎さん。天国はまだなの。遠いわ。お餅姫、もう足が疲れたわ。』
 僕は今にもしゃがみ込みそうにしたお餅姫を背負って階段を登り始めた。僕の背中にお餅姫の柔らかい躰と体温が伝わってきていて僕は幸福だった。
『でも、僕ら早過ぎたのかもしれないね。お父さんやお母さんが悲しんでるよ。天国へ旅立って行った僕らをとても悲しんでいるよ。僕ら、あんまり早過ぎたのじゃないのかな?』
『カメ太郎さん、何処なの、天国の門は何処なの、見えないわ、ずっとずっと階段が続いているだけで天国への階段なんて見えないわ。』
 僕もお餅姫を背負いながら、いつまで経っても見えて来ない天国の門に苛立ちと疑いを持ち始めていました。僕が今巡っているのは本当に天国への門なのだろうかという疑問もありました。
 ----もう僕は何段この階段を登ったことでしょう。もう千段も、少なくとも数百段は登ったようでした。でも僕の目の前の光景はだんだんと薄暗くなりつつありました。
 僕は足が疲れているだけでどうでも良かったけど、お餅姫が僕の背中ですすり泣いているようでした。天国だと思った処がどうも天国でないようでお餅姫は泣いているようでした。でも僕は歯を食い縛りながら一歩一歩と歩み続けました。
『カメ太郎さん、何処なの。何処が天国なの?』
 僕もお餅姫を背負っていて疲れてきていました。もうお餅姫を降ろそうかな、とも思いました。そうして一人で走っていって天国へ辿り付こうかな、とも一瞬思いました。

 遠く星が見えるだろ
 あれが天国の門なんだ
 遠くて遠くてあまりにも遠いだろ
 引き返そうよ、お餅姫
 もう届きはしないよ
 僕らあんな遠い所へは行けないよ



 僕はいつか歩いてみたかった、君と一緒に、君の車椅子を押して、この浜辺を。
 でも君はもう居ない。君は昨日天国へ旅立っていった。僕を残して。僕があんなに君を救おうと頑張って走っていっていたのに。
 僕が君の居る桟橋へと必死に走っていたとき、君はもう海の中へと飛び込んでいった。
 何度か僕は倒れた。石に躓いて倒れたときもあったし、力尽きて胸からほとばしる血を吐きながらよろけるように倒れたときもあった。僕が懸命に君のもとへと走っていたのに、そして君がもう少し待っていてくれたなら僕らは始めて喋れて、そしてそのときから僕はもう恥づかしがらないで君と喋れるようになって、そうして君と毎日デートしていたかもしれない。この浜辺を。君の車椅子を押してやりな�ェら。



       (お餅姫の机の中から出てきた手紙)
 カメ太郎さん、本当に4年間ありがとうございました。本当に4年間、楽しかったです。本当にありがとうございました。
 お餅姫はもう疲れきりました。淋しかったのかもしれません。私には本当の友達はいなかったし(カメ太郎さんだけでしたものね。)カメ太郎さんだけが私の親のほかに私のことを本気で思ってくれてました。
 カメ太郎さん本当にありがとうございました。いつもいつも長い丁寧な手紙ありがとうございました。カメ太郎さんの手紙とっても真心がこもっていて私一番始めの手��ゥらちゃんと全部大切にとっています。
 カメ太郎さん、ありがとう。私のような体の女の子のことを相手にしてくれてありがとう。カメ太郎さん、本当にありがとう。私、14年生きてきて本当に満足です。ありがとう。



         (お餅姫の星)
 まだ清純だった魂が白い天国へと舞い上がっていった。お餅姫はあまりにも純粋だった故に、心は傷つき果てて死んだ。あまりにも純粋だったお餅姫。お餅姫、きっと星になったんだろう。今、夏の夜空にきっと輝いている。どの星かな。お餅姫の星は。お餅姫が死んで一つ星の数が増えたはずだけどどれかな?
 お餅姫の星ってどれかな? 僕、今までもこの丘からお餅姫の死ぬ前からゴロを連れて星空を見上げていたけど、どれなのかなあ。無数にある星だからどれだか解んないや。
 するとピカッと光った。まるでお餅姫の黒い大きな瞳みたいにその星が揺れた。
(お餅姫、明るい大きな星になったね。お餅姫、とっても大きな星になったね。ゴロ、あれがお餅姫の星だよ。あの大きい星が。
 僕は傍らに寝ていたゴロのお腹を突いた。ゴロ、あれが生前僕が愛していた女のコの星だ。とっても綺麗だった、僕が文通していたお餅姫の星だ。
                (ペロポネソスの丘にて  ゴロと)



 夜、キラリッと星が光って流れ星となって消えていった。あれはお餅姫の星のようだった。ゴロもお餅姫のいなくなった海辺を歩きながら悲しげにその星を見遣っていた。
 もうお餅姫の居なくなった海辺は、久しぶりに来た僕とゴロを悲しげにいつもの波の音や浜辺の香りとともに迎えていた。図書館で勉強してからの散歩なので辺りはもうまっ暗だけど、哀愁というか、お餅姫がこの浜辺に溶け込んでいるような気がしていた。
 月の光に照らされたこの浜辺は、浜辺じゅう一杯、お餅姫の霊が満ち溢れているようだった。そして浜辺全体が螢のように輝いているような気もしていた。

 その日の帰り、僕は桟橋に立ち寄る気なんて少しもなかったのだけれど、桟橋の横を素通りしようと走っていたらゴロが突然、桟橋の方へと必死になって行きたがった。お餅姫が死んで始めての散歩だったからゴロは僕らの四日前の出来事を見たかったのだろうか。僕らの恋の名残りがまだその桟橋に残っていたのだろうか。ゴロは狂ったように爪を立てて僕を桟橋の方へと、僕はあまり行きたくなかったのだけど、引いていった。
 桟橋に立つと四日前の出来事がありありと思い出されるようで僕は頭を抱え込みそうになった。ちょうどこの時刻だった。今は僕とお餅姫が助け出されて人工呼吸を受けていたのと全く同じ時刻だった。
 ゴロは桟橋から対岸に見えるお餅姫の家の方に向かってとても悲しげに聞こえる遠吠えを何回も繰り返した。僕は自然に涙が溢れてきた。お餅姫の死ぬときの悲しみがとても痛々しく僕に伝わってきたようだった。
 あのときの苦しさや冷たさが思い出された。そしてお餅姫はもっと苦しく冷たく、そして死んでいったことを思った。僕の何倍も何倍も苦しく冷たかったのだろうと思った。



 あれからちょうど一週間後、お餅姫が死ぬなんて。僕はとても予想もしていなかった。あの別れの手紙を読んでから僕は一週間、失恋と罪悪感と複雑な気分のまま茫然と過ごした。
 今も助けられずにお餅姫と一緒に死んでいた方が良かったような気がする。でも僕は……

 まるでこの雨はお餅姫の涙のようだった。8日前、死んでいったお餅姫の涙のようだった。
 お餅姫が天国から白い雲に乗って下界の僕を見つめて泣いているようだった。
『お餅姫』
----僕はそう空に向かって心のなかで呟いた。『お餅姫、僕、死ななくってごめんね。通りがかりの人が黒い港の水のなかに沈んでゆく僕とお餅姫を本当によく見つけてくれたから、本当によく気付いたと思うけど、僕はまだこうやって生きている。
 でも学校が辛いな、毎日の生活が辛いな、という気持ちは今も変わらない。



        (夢の中で)
『あれが北斗七星。あれがカシオペア座。そしてあれが北極星。見えるだろ。僕の指先をずっと見ていくとその星が見えるだろ。』
『南十字星は。お餅姫の好きな南十字星は。』
『南十字星は僕もどこにあるのか知らないんだ。たぶん、日本からは見えないんだ。インドや南極近くの国に行かなければ見えないんだと僕は思う。』
『私、南十字星が見たいわ。私、南十字星が見たいわ。』
『でも見えないよ。南十字星は見えないよ。』
『でも私、南十字星が見たいわ、南十字星が見たいわ。』


       (お餅姫  天国より)
 カメ太郎さん、頑張っていますか。お餅姫、今、海の中に居ます。
 お餅姫、もう手紙でカメ太郎さんを励ましてやることもできなくなりました。でもカメ太郎さんはきっと大丈夫でしょ。カメ太郎さん、本当に頑張ってね。カメ太郎さん、本当に頑張ってね。

                        カメ太郎  高二  十月



              完


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