Aの25

 俺は置き去りにされた気分だった。

「ハチローさんは何のスキルを持っていますか?」

「調理スキルです」

「ほぉ……」

 キノコはそう言って頷いているが、先ほどとは態度が変わったように見える。俺に対する関心が薄くなったらしい。ウエイターに飲み物を頼んでいる。

 いっぽうのヨシヒデは特に変わらず、俺に視線を向けている。

「調理スキルですか。良いですね。僕もこの世界の料理1つでもいいから作ってみたいですよ。どれも最高に美味いですからね」

 俺はキノコから目をそらし、ヨシヒデのほうを見た。

「ヨシヒデさんは剣術スキルですよね?」

「はい。そうです。僕はこのスキル1つだけなんで、ずっとこれを修行して強化してきましたよ。プロイセン軍に入って一兵卒から戦いに参加して、ようやく少尉にまで出世できました」

 俺が2か月のあいだハチローを放置している間に、他のプレイヤーはスキルを強化したり、実績を上げて出世している事が分かる。スキル1つの彼が一兵卒から戦績をあげて少尉になっているのなら、はじめからスキルを2つ3つ持っているプレイヤーはもっと強大な存在になっている可能性が高い。

 俺だってベータ版の時点ですでにスキルを2つ獲得していた。しかし俺は今になってようやく製品版を開始した。周りのプレイヤーに大きく差を付けられているし、もう1つの所持スキル・外科医術に関しては、使い方すら全く分からない。

 俺とヨシヒデが話している間も、入り口から続々と軍服姿のプレイヤーが建物内に入ってくる。質素な平民服を着ているのは俺一人だけなので、だいぶ恥ずかしい。まだNPCが着ているウエイター服の方がましに思えてくる。

「ずいぶん軍人が多いんですね……」

 俺は皮肉をこめたつもりだったが、ヨシヒデはそれには気づいてない様子だった。

「うちは軍人ギルドですからね」

 俺もその事には気付いている。しかし1つ腑に落ちない。なぜオロチマルは軍人でもない俺をこのギルドに誘ったのか。

 ◇ 

 俺は遠慮せず聞いた。

「俺は戦闘系のスキルは持ってないですよ。それでも役に立ちますかね?」

「それは……」

 ヨシヒデが答える前に、隣のキノコが割り込んできた。

「べつにメンバー全員が強い必要はないと思いますよ。弱い奴は戦いに参加しなければいいので。それでも人数合わせくらいにはなるし……」

 俺は聞き返した。

「人数合わせ?」

「そうです。昨日追加された新ルールがあって、1000人のメンバーを集めたギルドは国家に昇格できると書いてある。つまり、この世界に新しい国を作る事が出来る」

 キノコがそう言うと、ヨシヒデさんが付け加えた。

「うちのギルドはおそらくプロイセン国内では一番大きいと思います。ギルドメンバーはすでに850人を超えていて、1000人まであともう少しのところです」

 あんまり良い気分はしない。戦闘系スキルを持ったプレイヤーが上位に立ち、それ以外のプレイヤーが人数合わせとして低く見られるのはどうかとも思う。俺の心情を察知したのか、キノコが口を開いた。

「まぁ、人数合わせって言い方は私も良くないとは思いますよ。でも気にしない方が良いですよ。うちのギルドの目的はすべての山賊プレイヤーを討伐し、このゲーム世界を正しい状態に戻す事ですからね」

 俺は思わず身を乗り出した。

「その目標は誰が決めたんですか?」

「そりゃあ、ギルドマスターですよ。ギルドの方針や目標を決める権限はギルドマスターにありますから……」

 キノコはそう言った。

 俺はすぐに自分の考えを変えた。

「ギルド入りたいんですけど。いいですか?」

「もちろんですよ」

 キノコはそう言った。ヨシヒデも満足そうに頷いている。

「ハチローさん。スマホ持ってますよね?」

「はい」

 俺はスマホを取り出し、キノコの説明を聞きながら入会申し込みを済ませた。

「これで大丈夫ですよ。あとはギルドマスターのスマホに入会申請が届くはずです。マスターが承認すれば正式なメンバーになれますよ。今日のうちに承認されると思います」

 俺はキノコと握手を交わした。

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 ヨシヒデとも握手を交わす。そんなとき、別の不安が頭をよぎった。

 ハイネマン家の調理場を空けたままで大丈夫なのか。

「俺はいったん職場に戻りますね」

「分かりました。また会いましょう」

 俺はギルド本部の外に出た。そして馬車に乗り、クローネン16番地に戻った。


【作者紹介】金城盛一郎、1995年生まれ、那覇市出身 

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-09-23

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