Aの22
俺は自宅の掃除を済ませたあと、スマホを取ってゲームのコミュニティーサイトを開いた。
メールボックスにお知らせが来ている。
〇 〈キルヒアイス〉さんがフレンド登録を申請しています。
こいつか。
俺はフレンド申請を承認した。するとフレンドリスト画面にキルヒアイスの名前が加わった。他にフレンドはいない。
俺はアイマスクを着用してベットに入り、2か月ぶりにゲームを再開した。
・ ・ ・
気付いたとき、広い部屋の中にいた。
( リリアンと二人で掃除した部屋だな )
部屋の鏡を見てあることに気づいた。
頭の上に青い文字で〈ハチロー〉と表示されている。
( 仕様変更かな )
製品版になっていろいろ変更されている部分もあるらしい。
俺はテーブルの上のスマホを取った。
いつの間にかアプリの数が増えている。〈ニュース〉や〈フレンドリスト〉〈ギルド加入申請〉などのアプリが用意されている。俺は〈ニュース〉と表示されたアプリを起動してみた。すると、世界各地のニュース記事がいくつも出てきた。記事には画像が無く、文章だけ書かれている。
気になる記事を1つ選択してみた。
『イギリス国王ジョージ2世暗殺により、その孫がジョージ3世として14歳で即位。暗殺者は逃亡、行方不明……』などと書かれている。
俺はいくつかの記事に目を通したあと、スマホをポケットに入れた。
廊下に出てみたが、誰も見当たらない。そして調理場にも足を運んだがクラウゼンさんもいない。
( 外はいまどうなってるかな )
俺は建物の裏口から外に出てみた。細い路地を抜けて表通りに出たとき、俺は目を疑った。
2か月前のベルリンとはあまりにも違う。
もの凄い数のプレイヤーが大通りを行き交っている。俺と同じく、青い色で名前が表示されている人物はすべてプレイヤーだと分かる。あたりを見るだけでも百人以上はいる。
( すごい数だな )
ベータ版のときは一人も見かけなかったのに、今はどこを見てもプレイヤーで溢れている。
無数のプレイヤーの中にNPCも混ざって大通りを歩いているのが見える。NPCは白で名前が表示されている。
( 良い感じじゃないか )
ベータ版の時にはリアル感が強すぎていたけど、今はリアル感とゲーム要素がうまく並立している印象がある。
俺はハイネマン家の敷地の外に出て、大通りを歩いてみた。
◇
自分以外に一人で行動しているプレイヤーはほとんど見当たらない。多くは3、4人くらいの集まりで行動している。どこを見てもその傾向があるので、一人で歩く俺の方が非常識なように思えてくる。
( ぼっちで悪いか )
俺が人の群れをかき分けながら、ずかずかと進んでいくと誰かが叫ぶ声が聞こえてきた。
「山賊がこっち来てる!」
俺の周りにいたプレイヤーの何人かが武器を持って声のする方に向かっていく。
「俺がぶっ殺してやる……」
「やった。山賊始末できる」
プレイヤーたちはそう言いながら、声のする方へ続々と向かっていく。しかし、人が多すぎて先の方で何が起こっているのかはよく分からない。
( 山賊はもう死んだのかな )
しばらくして、何人かのプレイヤーが武器も持たずにこっちに向かって走ってきた。何かがおかしい。
「やばい。強すぎる……。あいつは無理だよ」
立ち止まって見ている俺には目もくれず、プレイヤーたちは逆方向に向かって走り去っていく。人がいなくなって初めて分かる。目の前に広がっている凄惨な光景。
切り刻まれたプレイヤーの死体がいくつも路上に横たわり、中には首の無い死体もある。俺は顔をそむけたくなったが、それらはやがて白い光に包まれて消滅した。
目の前に一人の男が立っている。
坊主頭の大男は片手に血まみれの斧を持っている。上半身は裸で、見事としか言いようのない逞しい肉体。それは鏡で見たハチローの身体を凌駕している。
大男が俺に笑顔を向けた。
彼の見た目も怖いけど、その頭上に赤い色で表示された名前も怖い。
ビッグマラーサトウ。
「ふふ……。こんにちは」
彼は挨拶したが、俺は何も言わなかった。怖すぎて動く事も出来ない。
「無視ですか? もうやっても良いっすか?」
大男が俺に近づいてきたとき、背後から矢のようなものが飛んできた。男の右腕に刺さって貫通している。
「誰だよ。邪魔すんなよ」
大男が不機嫌そうに文句を言う。しかし俺は背後に目を向ける余裕も無い。
さらに2、3本の矢が飛んでくる。大男は斧を振り回して数本を弾き返したが、1本が大男の頬に刺さった。大男の頬の肉がえぐれている。
「いてぇな。くそ……」
大男は細い路地に入って消えた。
【作者紹介】金城盛一郎、1995年生まれ、那覇市出身
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