さよならサマー

 ニアの心臓に、花を添えて。揺れる季節の、残響と、うまれたばかりの生きものたちの新鮮な鼓動と、夏の土に埋もれた向日葵のにおい。真夜中の博物館で、恐竜の骨格標本が動き出す頃に、この星はすこしだけ、正気を取り戻す。
 なんでも知っているワニが、わたしの顔をみて、しみじみと呟く。
 すべてを忘れて、あたらしい生き方をするというのは、容易なことではないのよ、と。
 わたしは、つめたいカフェオレを飲みながら、だまってきいている。お説教は好きではないけれど、ワニの言っていることの意味を、わたしはよくわかっているつもりで、故に、肯定する気も、否定するつもりもなく、ねむるまえにつめたいものばかり飲むのはよくないと、健康志向・美意識の高いワニのことばを思い出している。現在のワニの話はんぶんで、過去のワニとの会話を回想して、ニアが、秋を目前に入眠した事実を、まだどこか夢のことのようにとらえている。おんなはからだをひやしてはいけないというのが、ワニの口癖で、わたしは、ワニが、わたしをおんな扱いするのが、ちょっと腹立たしくて、つめたいカフェオレを愛しているわたしだから、かんたんにやめられるはずもなく、なんといわれようとやめないからと断言すると、ワニは、あっそ、と素っ気なく答えた。
 あたりまえみたいに、季節は変わる。
 変わり、廻る。
 つぎの夏に逢うニアが、わたしのことをおぼえているニアなのかは、来夏になってみないとわからず、ワニの親友のコダマさんは、一年後の夏にはワニのことをまったく知らないコダマさんだったというし、変化、というのはこわいなぁと思う。いいこともあるけれど、それは結果論で、変化の起こりはじめは、やっぱり、こわいと思うのだ。

 秋はもう、すぐそこに。

さよならサマー

さよならサマー

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-09-11

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted