【長編】ヒトとして生まれて・外伝(続)

万田 竜人(まんだ りゅうじん)

【第二幕】

敷地内の整地および排水対策が終わっていよいよ家の土台をのせる基礎工事である。
これが二番目の大仕事である。

先ず、家の土台がのってくる場所を決めて杭を打ち込む。そして鉄筋を張って行く。
鉄筋は縦横に組んで行く。このときに、セメントを軽く流して、固めて行くのだが
タイミングが難しくて、なかなかに、じれったい作業である。

組んだ鉄筋が倒れないように横から角材で支えて行く。そして、その鉄筋を囲むよう
にして型枠で固定する。型枠は、通常は、15センチメートル幅であるが今回は25
センチメートル幅で仕上げることにした。

これは最初の段階で直線部分が曲ってしまいそれを補うために厚めにしたのであった。
今日は、型枠の中に、実際に、実物のセメントを注入する日である。前夜に手作りの
木製の型枠を念入りにチェックしておいた。

今朝も、何度も手で揺らしてみたが大丈夫。朝一番で生コン車が到着してセメントの
型枠への注入が始まる。

生コン車からのセメントが型枠の中にどんどん流れ込んで行く。その時である、私の
足元に位置する型枠を支える斜めの角材がほんの少しだが動いた。

とっさに手で支えるがものすごい勢いで流れてくるセメントに型枠が弾き飛ばされて、
あっという間に外れた型枠の部分から生コンが溢れ出してきた。二人で、呆然として
いる、と、生コン車の運転手さんが咄嗟に生コンの流れを止める操作をした。

その晩はさすがに、二人とも疲れ果てた。夫人は、夜中に生コン暴走の夢をみて恐怖
で目を覚ましたと云う。そうこうしている内に今度は台風が到来する。

週末になって高山に行くと、先ず、目に入ってきたのが・・・

「村のあちこちで、強風になぎ倒された、とうもろこしの姿」であった。

ご夫妻が心配しながら基礎工事の現場に着くと、案の定、多くの鉄筋が将棋倒しに
なっていたという。やり直しほど億劫な作業はないが二人で気を取り直して鉄筋を
元通りに修復した。

前回のセメント注入時の失敗もあるので二人で相談して、一応、万全の体制を整え
たつもりではあるが不安もある。一方で今度こそという気持ちで生コン車を待って
いると、二人の目の前に生コン車が到着した。
(約束した朝一番の8時半である)

生コン車を見ると、前回、セメント暴走の失敗を体験しているので二人には緊張感
が走る。今日は、長靴に・ビニール手袋・セメントを突っつくための長い木の棒と、
仕上がりを平にするためのコテなど準備は万端に整っての生コン車の出迎えである。

「あまり緊張しすぎても良くない」と、考えて、少し肩の力を抜くことにする。

生コン作業の場合は、通常、生コンを型枠に直接入れて行くポンプ車の方が便利だ
が費用が割高になるので、今回は生コン車のシュートを使って型枠の一箇所に流し
入れ、そこから先は角材や木の棒で掻き出し、型枠全体にセメントを行き渡らせる
方法をとっているので、セメントを泳がせる手間が余分に必要となる。

生コンを一掻き、二掻き、そして三掻きとセメントを泳がせて行く動作は、全身で
ボートを漕ぐ感覚に近いが、問題は、セメントが腕やシャツに飛び散り顔にも跳ね
てくる。

ビニールの手袋にもセメントが入ってきて、気付くと手のまわりはセメントまみれ。

セメントはどんどん固まって行くので、手を洗っている余裕はない。まさに土木工事
は体力勝負である。生コン車の運転手さんも見かねて「少し休もうか」と声をかけて
くれるまで、休むことなく・作業を続けていたので、もはや体力の限界を感じる。

生コン車は、毎朝、定刻の8時半に来て、午後には帰って行くが、時折、夕方になる
こともある。当然、二人作業で処理できる量には限界があるので日々の作業量は決め
ておいて、その日の所定の目標を達成すると、近くの温泉に出掛けて、疲労困憊した
我が身を癒す。

温泉に入っているときに、W氏は考えた・・・

「生コン車に取り付けてあるシュートは、長さがせいぜい2メートル。この長さだと
セメントが流れてきても型枠までは届かないことが多い」
「そうだ・流しそうめんだ」 と、アイデアがひらめいて、波型のプラスチック板に、
ほどよく丸みを持たせて曲げ、角材で周りを補強する。

これに角材で足を取り付ければ自前のシューターが完成である。

これを幾つか作ってつなぎ合わせれば長さは自在に伸ばせるのできっと上手く作業
が出来る。このようにしてシューターの準備を済ませて後は生コン車の到着を待つ
ばかりである。本日の生コン注入は型枠まで約8メートルの場所である。

生コンが、シューター内をどろどろと、ゆっくり流れて行く。

生コン車の運転手さんもセメントに水をかけて流れを助けてくれてこれで大成功と
思った瞬間のことであった・・・

手作りのシューターは、セメントの重さとカーブに差し掛かる遠心力で。あえなく
横倒しになってしまった。

無残にも、セメントは大地に山盛りとなり、惨敗という結果となった。

ここで考えていても始まらないので、元の方法に戻し手間はかかったが、自分たち
の身体と相談しながら、なんとか生コン作業を完了させた。


【ハプニング】

東京育ちの夫人にとっては 「高山での体験は驚くことの連続」 であったと云う。

ある日のこと、玄関脇の基礎コンクリートにたれかかっている電気コードを横目で
見ながら、道具箱の中の金槌に、手を伸ばすと、動く筈のない電気コードがすべる
ようにうねっている。何気なく手に触れたその電気コードは蛇であった。

直径にして5センチメートルほど、長さは、約2メートルもあった。

今「思い出してもぞっとする」と、云う。悲鳴を聞きつけて駆け付けたW氏は蛇を
木の枝で差し押さえて、即座に、退治したという。
 
ここで、夫人は、音楽家W氏の優しさと勇気と俊敏な行動力に対して、あらためて
尊敬の念を抱くとともに「大いに頼りになる存在である」ことを再認識したことは
云うまでもない。



【第三幕】

さて、土木作業も、三番目の大仕事に取りかかる。

鉄の型枠(300個)をお城の石垣のように積み上げて行く作業である。それも、
重さが1個で約30キロもある。重量物を取り扱う、終盤の最も難しい土木工事
と覚悟を決めて取り組むことにする。

音楽家ご夫妻が購入した土地は、斜面の一番高い場所に位置していて約200坪の
広さがある(奥行22メートルの敷地内の高低差は約5メートルある)

そして、敷地の横幅は30メートルある。ひな壇のようになっている敷地内の土砂
が崩落しないようにするためには、敷地手前の斜面に城壁のような頑丈な構造物を
造り込んで行く必要がある。

斜面の高さは約3メートルある。二人にとって、簡単には持ち上がらないこの鉄板
約30キロを8段も積み上げるとなる、と、想像を絶する難工事である。

この鉄の型枠は、土木業者が、現在は使っていないということで無料で借りたもの
だけに、鉄の型枠は錆びて変形している。そのために、鉄の型枠どうしを連結する
ためのクリップも、なかなか型枠の穴に入らないときている。

しょうがないので金槌で叩いて無理やり嵌め込んで行く。この鉄の型枠の積み上げ
も4段から上はたいへんな作業であった。作業する位置が上方に移動して行くので、
梯子を使い重量挙げの選手のように鉄の型枠を持ち上げて積み上げて行きクリップ
で連結して行くのであるが、雨の日などは梯子がすべるので危ない。

雨の日には、カッパを着て、長靴を履き、手袋をして、梯子に登る。

連結用のクリップはカッパのポケットに入れて予め蓄えておく。二人の手造り建設
の噂を聞きつけた業者が見学に来て・・・

「素人にはとても無理だよ」と云って、専門業者が、自分たちへの発注を誘う。

それでも、とうとう、二人だけで、鉄の型枠300枚を積み上げた。

この鉄の型枠は、生コンの運転手さんが、知り合いの土木業者に声をかけて無料で
借りられるように手配してくれたものである。

「基礎工事の時に手作りの木製の型枠で苦労している」姿をみていて親切心が沸き
あがったようである。無料で借りた鉄の型枠だけにその苦労もたいへんであったが、
無事に難しい作業を終わった状況をみて、我がことのように喜んでくれた。

建屋の骨格となるツーバーフォーの躯体工事は業者に任せる必要があるので、その
前に、ホームセンターで見つけたアメリカ製の水平測定器を使用して、基礎工事の
仕上がりの具合を確認した。
(この測定器は赤い光が両側に出る仕掛けになっていて日が沈むほど良く見える)

測定の結果 「我が家の基礎の誤差は1cm」 であった。

ツーバイフォーの躯体業者が我が家を訪れて基礎工事の最終誤差を確認・・・

担当業者は 「これでは工事を請け負えない」と、真顔で、自分たちに与えられて
いる責任ある立場を、時間をかけて丁寧に説明した。

音楽家ご夫妻は、それから三日がかりで基礎コンクリートの表面を手直しすること
になった。手直しをしながら夫人は叫んだ。

「ああ手が痛い。これが済めば、来週は東京でリサイタル!」



【音楽家ご夫妻の強靭な意思と推進力】

昔風の呼び方をすれば、我が家を建設した、Jグループの矢吹さんは棟梁を兼ねた
大工職である。技術レベルは匠の世界に達しており、その矢吹さんが、昼夜兼行で、
しかも、休日返上の連続操業により突貫工事的に我が「T&Kのついの棲家Ⅱ」を
建ててくれたので、超特急的・かつ・上質な仕上がりは当然の結果とも云える。

「厳しい日程でしたが日々の時間を増やすことで、良い仕事が出来ました」という
矢吹さんの言葉がすべてを云い現わしている。

一方で、音楽家ご夫妻の場合は、自分たちの素手で、しかも週末の集中作業により
音楽堂を建てたのであるから驚異的な奮闘ぶりである。そのたいへんさは、我々の
想像を超えたものであり、建築日記からもそのたいへんさが伝わってくる。

ちなみに、音楽家ご夫妻が、建築のために費やした期間は、約5年間の歳月に渡る。
「建築現場への往復は、自家用車の走行距離で、約15万キロメートルを超えた」
と云うことから、そのことだけをとっても凄いことである。

その移動のほとんどが、住まいの都内と建築現場の高山との間の往復に要した移動
距離であるから 「その熱意と精神力は、鉄人的であると云える」その他にも建材
の運搬には貸し出しの軽トラックを自ら運転しているので更に移動距離は伸びる。

結果、自動車の運転技術は、格段に上達したと云う。

そのような「建築現場の環境を思い浮かべながら」ご夫妻による音楽堂の建築日記
を読み進んで行くと味わい深いものがある。

ただし、私が体験した我が家の建築における施工順序などに照らして、奥様の建築
状況の記述には、若干わかりにくい点や工程の入れ替えなどが感じ取れたので修正
が必要と感じた部分は、物語に整合性をもたせるため、一部、修正を加えた。
(オリジナルの作者にはご高配をもってご容赦いただければありがたい)



【第四幕】

基礎工事を完了させると、今度は、建材の調達が重要な仕事になってくる。

建材調達のための上海旅行には5回ほど二人で出掛けた。これは、まさに、冒険旅行
と云えるものであった。町の中心にあるホテルから建材店のある郊外まではタクシー
で出掛ける。

商談は、台湾生まれで、中国語の分かるご主人の役割である。商談に疲れはつきもの
であり商談後の上海における中華料理の美味さが、二人の疲れを吹き飛ばしてくれる。

建材の約80%は上海で調達した。上海で調達すれば・・・

「費用は通常価格の約10分の1で済むために必死になって交渉する」
「格安なものでは約100分の1の値段で買ったものもある」
「中国語が話せれば商談に有利であり、上海語が話せれば、さらに安くなる」
 
という不思議な世界である。

上海で買い求めた建材は、コンテナーに積み込んで、上海港を出航させた。

東京港に到着したこれらの建材は個人輸入のためエックス線による検査を受けて無事
に税関を通過した。

シアトルからの外壁材と屋根材は、東京港で税関後にW氏が2トンのロングトラック
をレンタルして、自らの運転で高山村まで運んだというから鉄人的冒険家と云える。


【第五幕】

自分たちで施工した基礎工事の上に専門業者によるツーバイフォーの躯体が乗り所定
の工事が完了すると、ご夫妻に向けて建築工事の作業が山のように押し寄せてくる。

しかも、季節は秋。早や11月であるということは、急いで外壁を張らないとすぐに
冬がやってくる。先ずは、躯体の外側に防水紙(タイベック)を張る。

その上に長く薄い角材(どうぶち)を縦方向に約45cm間隔でビスを使って留めて
行く。そして、その上に強化プラスチック製の外壁材を固定して行く。

外壁材は上海で見つけたものである。

この外壁材は、アメリカで一般的に使われているものであることを上海で聞きつけて
から、アメリカでの入手先を探し、安価で入手出来るホームデポ(家屋用建材の供給
センター)が、シアトルにあることが分かり、そこから取り寄せたものである。

屋根材もスレート系のものが安価で購入出来ることが分かり一緒に購入した。

屋根材はじゅうたんのように敷くだけで施工できる優れもので、素人にも簡単に作業
が出来て助かった。

屋根材を留めるときに釘を使うが、錆びない釘を使ったので、雨漏りの心配はない。

外壁材の作業を二人で力を合わせて、なんとか完了させ、厳しい冬を迎えることが
出来た。外の足場に登るとアルミの踏み板が凍結していた。

太いツララが頭に当たって思わず驚く。なんとか、厳寒時に、内装の仕事に移れて
良かったと思っていると、鼻先に待ち構えていたのが二階への階段造りであった。

専門業者によるツーバイーフォーの躯体工事には、二階への階段造りが含まれてい
なかったことを思い出した。
(それではと、外の足場から二階に廻れば、そこにはツララの世界が待っていた)



【第六幕】

二階への階段に使う材木は、型紙を作って慎重にカットして取り付けて行き、頑丈な
階段が出来上がった。

次に待っている仕事は断熱材の取り付け作業である。

グラスウールの断熱材は、安価で手に入るが、素人の手作業では壁の中をずり落ちて
しまうので使うのをやめた。代わって密度の高い発泡スチロールの断熱材を使うこと
にした。

次の仕事は、石膏ボード張りであった。この作業は、石膏の粉が目にしみて懲りた。

さらに、内装の仕上げを壁紙にするかペンキにするかで迷ったが、適材適所でその
都度考えながら、施工して行くことにした。

「天井のペンキ塗りの時は、白い塗料が髪に落ちて困った」

「天井から、壁にかけての壁紙張りは、作業が下方向に行くに連れて壁紙が斜めに
なって行くのには閉口した」と、云う。

床に張るタイルは上海で買ったものを使った。

タイルの場合は材料は重いが接着剤を使って貼り付けて行けば良いので一般的には
容易な作業であると云われている。しかし我が家の場合はツーバイーフォーの躯体
工事の直後に降られた大雨で、床が微妙に変形しているために、隣り合ったタイル
どうしの高さを合わせるのに工夫が必要であった。

フローリング材も、上海で買い求めたものだが、こちらは、1枚20秒という速さ
で嵌めて行けたため「爽快感を感じながら」金槌を振り上げることが出来た。

一目惚れで買ったシャンデリアは中国製であり、梱包を開けて、説明文と組立図を
手にしながら組み立てて行ったが「なんと一日がかりの作業」になってしまった。

家の中の戸棚はすべて同じ仕様で仕上げた。

本棚・クローゼット・下駄箱・システムキッチンセット・洗面台・飾り棚等・・・

すべて、横幅2メートル40センチメートル、高さ1メートル20センチメートル
厚さ2センチメートルの両面が白いカラーボードを70枚使って仕上げた。

扉の数は100枚(全ての扉に取手を取り付けた)

「したがって我が家の戸棚は皆兄弟である」

「玄関ドアも上海で買ったものを取り付けた」

この玄関ドアは、二人で持ち上げないと無理な重さがあり、正確に取り付けないと
開閉が出来ないというので、二人で相談の結果・・・

「あらかじめ金具類は、すべて、ドア本体に取り付けておく」
「取り付け誤差が出ないように二人で相談しながら工夫を重ねてドアを取り付け」
「結果、無事に、スムーズな開閉が確認出来た」

お洒落な出窓は10箇所ほど設えた。

見本のダンボールの型紙通りに作業を進めたのだが、材料の切り方に問題があった
のか、出来上がった出窓の接合部に、縦に沿って隙間が生じている。

そこで思い付いたのがシリコンを埋め材に使うアイデアであった。けっこう上手く
いったので隙間風は入って来ない。

家の中の仕上がり具合を二人で総点検することにした。

「素人の失敗は家の隅に集まるようである」
「天井・床・壁などすべて隅に隙間が出来ている」

これを隠してくれるのが、石膏製の装飾材、これも、上海で買ったものである。

フローリングの失敗隠しだけは、まだ、ノウハウが見つかっていない。そこは、
ゴミが好む処らしく、気付きやすいので、二人ともすぐに目が行ってしまう。


【第七幕】

水周りの工事は、二人で、かけ声をかけあって進めて行った。

「水出して」
「水止めて」

この繰り返しであった。

温水と冷水の配管および排水パイプの設置は、トイレから台所・シャワー・洗面台と
続き、作業そのものは「元栓を締めたり」「元栓を開けたり」の繰り返しで二人して
このなんともせわしい思いを繰り返した。

床下の水道管の施設には閉口した。

床下の作業であり、膝の下には砂利が敷かれているので、膝と手の平に、尖った砂利
が突き刺さって痛い、うっかり頭を上げようものなら今度は床下にゴツンと当たって
頭が痛い。

しかたなく、痛さを我慢しながら手の平と膝を支点にして床下を這い回ることになる。

しかも、その日は、ご主人の誕生日であった。

床下で、日が暮れたことも知らずに「映画で見る戦場の戦闘員のような終日」を過ご
した。やがて作業も終わり、暗くなった中を床下から這い出して、建築の拠点にして
いる居室に戻り、夕餉に到って、誕生日の乾杯をする。

排水用のパイプは、あちこちを這い回る上に、太目のパイプであり連結部分も多いの
で余計に手間がかかる。うっかり切り方を間違えるとたちまち材料が足りなくなる。

あらためて、下から、排水パイプを目安だけで、上に送り出して行くと、右に行って
欲しいパイプが左に行ったりして、その都度、やり直しとなる。

排水パイプの場合は 「排水の目的地に向けて、傾斜を付けて行く必要がある」が、
直進したり、右折したり、また、左折したりしている内に、傾斜が逆になってまた
やり直しとなる。

「なかなか難しい作業である」が、幸いにも地球には引力(重力)があるので排水
作業が上手くいったかどうかの点検は、排水の具合で、結果がすぐに分かる。


【第八幕】

憧れの芝生の庭造りには 「2070枚の芝」を張った。

芝生は手をかけない、と、自然環境にぴったりと合った光景は保てないので、雑草
取りなど、手間はかかるが、芝生を手入れしているときの音楽家W氏の姿は輝いて
見えたという。

芝生の手入れが終わって、お二人で紅茶を楽しむ時間が、音楽家ご夫妻にとっては
「至福の時」であったという。

その至福のときに・・・

ヨーロッパの友人のお母様が命名して下さった「美音里ホール(Vinely Hall)」の
看板を二人で造って、音楽堂に掲げようと云う話になって、二人で街に出たと云う。

街中で看板作りますの案内標示を見つけた二人は「家も手造りなら看板も手作り」に
しなくてはということになり、二人で看板作りに励み「美音里の看板」をアルミ板で
作り上げて、外から見て、一番目立つところに取り付けたのだという。
(最後の最期まで手造りに徹したご夫妻でした)

看板を見上げて二人でやり遂げたとはいえ、建設の過程では、親切な方々に助けられ
電話一つの相談でも、親身になって考えてくれた方々への感謝の気持ちを、二人して
あらためて確認しあい・・・

~愛読書「自分で建てる夢のマイホーム」の著者である藤岡等さんにも感謝である~

(完)

【長編】ヒトとして生まれて・外伝(続)

【長編】ヒトとして生まれて・外伝(続)

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2021-09-11

Copyrighted
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