柘榴と悪魔

青津亮

 わたし、古色蒼然な森の奥にひっそりとたたずむ、「夜と愛の美術館」という妖しげな館に住みついた、優美なる黒猫である。月夜の霧さながらに陰翳(かげ)うつろわせる漆黒の毛並に、むっと蠱惑めいて爛熟した緋色の柘榴の実、よくにあう。
 名前はまだない──と、いいたいところだけれども、館長がつけてくれた名前を、わたしはもつ。
 髪結い。それが、わたしの呼び名である。
 この美術館、館長の趣味であるエロティックにして耽美なるアートばかりを蒐集された──そう、訪れるひとはみなヘンタイ──、知るひとぞ知る、淪落の魔空間なのである。
 わたしはそこを、ピアニストのゆびが鍵盤にふれるような繊細かつ大胆なあしどりで渉猟し、優美にしてしなるような躰のうごきで周囲を挑発し、訪れるすべてのひとびとからの愛をいっぱいに受け、そしてそのことごとくを、ふいっと猫らしいコケトリーで()わしているのであった。

  *

 嘗てわたし、海辺の町を自由に放浪する、誇りたかき野良であった。
 わたしはしばしば海の傍の花畑に身をよこたえ、そのしなやかな美しい躰を憩めた。
 夏、燦爛たる金の陽光が射しこんで、広大なしろい砂浜を灼き、音楽さながら立ち昇る風景の熱気はわたしを酔わせるにはじゅうぶんであって、青い海はしずかに波うち、眩暈(めまい)のような光景の美しさに歓び、空に焦がれ青を映しさえした躰のおもて、悦楽にふるわせている。まるで男性性の希む女性の幻のすがた、反復するかのように。風が吹くたび、わたしの頬をなでるのは色とりどりに鮮明な花々、こんなときわたしは、大自然とわが身が身一点になったように感じられる。
 そんな長閑な日々はすでに過去のもの、いまの居場所、人工の頽廃(デカダンス)の世界、わたしがこのエロティックでデカダンな美術館を訪れたきっかけ、それは、小鳥たちの囁き声であったのだ。
 木の葉が濾過し柔らかな蜂蜜いろにとろけた陽光の下、そのかわいらしい小さな躰を緑のちりばめられる枝にとまらせ、こっそりと秘密を交換しあう小鳥たちの姿には、なんだか水浴びをする裸の少女たちをみたときのように、うしろめたい感情をともない惹きつけるものがある。
 彼女らが、こんなことを言っていたのである。
「森の奥にある湖のことをご存じ?」
「え? 知らないわ」
「そのおもては磨かれぬいた鏡面さながら、青みを映す湖は漣ひとつ立たず、真夜中は星空を反映して、群青を帯びた暗い水面(みなも)に、星々の翳が、ラピスラズリのように燦めきうつろうのです」
 気分屋、そして美しいものを愛しているわたし、すぐさま湖を探す旅に出たのだった。
 しかし湖は見つからず、森の奥の暗闇で泣いていたところを館長に保護され、そしてかれの所有欲のままに、わが身、美術館に幽閉されたのであった。
 まあ、わたしにとっても、わるくない生活なのだけれど。だって、食べ物にこまらず、しかもたくさん愛されるもの。

  *

 常連の「詩人」は、よくわたしの耳元で、「きみのために、魂を燃やしつくしてしまいたいんだ」と、はや脅迫めいた求愛をするのだった。浪漫派文学に、かれ、かぶれているようだった。
 詩人、といってかれは詩人として生計を立てているのでもなければ、詩集を出版し名が知れているというわけでもない──ただ、詩を書いているから、詩人である。ふだんは、心を無にして怒涛のレジをこなす、大型店舗勤務の書店員。雑誌に投稿をし、落選を待つだけの身である。
「薄々感づいているんだけれども、いや、はや明確に知っているんだ、自分に才能がないってこと。だがぼくには、詩を書きたくて書きたくてしようがなくさせる衝動というものがあって、それに、仕方なしに従って書きつづけているというのが正しいのかもしれない。報われることなんて望んじゃいないさ。無名のまま、書いている途上でぼくは死ぬつもりだよ。しかし、そう考えてみると、ぼくは案外すでに詩人なのかもしれない。しかも純粋な、ね。才能だけが欠けた、純粋な詩人」
 ああ、心のカラクリ。わたしにはそれが透けて見えるのだ。ほんとうに報われることを望まないのならば、投稿なんてせず、エミリ・ディキンソンのように、抽斗に仕舞えばいいのに。
 かれはおそらく、淋しがりやなのである。自分の心から湧きあがる、つよいなにかを他者にぶつけて、過剰な自意識で恐るおそる反応をうかがう、いうなれば、幾分誇大妄想のみられる、ひと懐っこい迷惑者なのである。
「ぼくは肉欲の不在した恋というものをしてみたかった、すると髪結い、きみはすごく美しくてセクシーだけれども、人間ではない。性交不能。そう、きみは猫だ。そうであるのに、ぼくはきみに恋している。ぼくはこの恋に、なんて名前をつけようかなあ!」
 わたしはかれの話がつまらないので、ふいっと尾を鞭のようにしならせて、その場から逃げだそうとしたのだった。
「ああその態度! もっとぼくを拒んでおくれ! きんと硬く撥ねかえしておくれ! まるで美そのもののように! おお、わが自己憐憫の焔! ぼくのハートに火をつけておくれ!」
 ああ、煩い。
「ああ髪結い、ぼくの心はきみだけのものだよ。ぼくが好きなのは、貴女だけなんだ」
 わたしはその甘ったるい常套句を背でうけながしつつ、優美にすべりこむようにしてその部屋を去った。
 わたし、「あなただけ」という言説は好きじゃない、なぜって、わたしはわたしのあらゆる快楽を、あらゆるひとびとと共有したいから。悦楽の音楽にひらかれたわたしの躰はだれのものでもあり、そして、わたしだけの玩具でもあるのだ。

  *

 ひとびとは──といって、ほとんど男性だけれども──、わたしをマノン・レスコーやホリー・ゴライトリー、あるいは「恋をしにいく」の信子さながらの、「天性の娼婦」のようにみていたのだけれども、まあ、ああいう蠱惑的な女性、果たして人間にいるのかしらともうたがわれるので、こんなにも人間の男性に有難がられること、わからないことはない。あれ、男がかってに創りあげた、都合のよすぎるくらいに都合のわるい、架空の女神なんじゃないかしら。
 たとえば、色香のある美しい人間の女性が、ふっと男性からの求愛を優美なる振舞で避わすと、男性は深く誘惑されていると錯覚し、むしろ情欲は燃えあがって、アプローチにも熱が入るけれども、じつは女性、ほんとうに嫌がっている場合が多いようにおもう。しかし女性、肉体的なつよさの差もあって、あるいは対立を避けたがる性格もあって、やんわりとしか拒めないのである。まさかそれを「娼婦性」と呼び魅力を感じているのなら、愚かとしかいいようがない。
 優美は、高貴に似ている。様式美である。本心は、仮面のそれとちがうのだ。ボオドレールのダンディズム、そいつに牢獄されている人間性は、たいしてちがわないのではないか。
 翻ってわたし、ほんとうに好かれることを愉しんでいるから、ただ気ままに誘惑し甘えたいときだけ躰をすりよせ、ひとりでいたいとき拒んでいるだけなのだから、それをたくさんの男性に素直な心のままにやっているのだから、「天性の娼婦」といわれても、あながち誤りではないのかもしれない。
 なぜ人間の男性、こんなにもわたしが好きなのだろう。なぜ、こんなにも愛されるんだろう。ふしぎ。
 ところで、処女はお好き?

  *

「パンクロッカー」なる男の愛し方は、わるくなかった。
 パンクなる価値観というもの、それを浅学なわたしには語ることはできないのだけれども、かれの言説を逆さにし塩胡椒のように振ってみると、酒びたりなニヒルの呻き声ばかりがぱらぱらと落ちてくるような、そんな、まるで無頼派めいてフラットな息遣いが幻聴した。
「俺はね、」と、かれはいう。
「自分に正直に生きたいんだ。しかしエゴイストを全うするのもまた、俺に正直ではない。自分に正直に他者に献身し、そして愛したいんだ」
 思春期である。すばらしく秩序と相性がわるそうで、わたしにはむしろこのましい。
「ぼくは二十歳だった、」と、とおくを眺めて──展示されている、虐待を被るO嬢を模した像のさらに向こう側をみすえて──こう言う。
「それがひとの一生でもっとも美しい時だなんて、だれにもいわせない」
 かれは三十七であった、ロックスターが死ぬ齢、はや十年も超していた。太宰が死んだ年齢、そうでもあった。ポール・ニザンのかの名言をいうには、もはや格好がつかない。かわいいひと。そう想った。目元の皺、疲れた額、刻まれたほうれい線、うすい肩にやや突き出たお腹、そのすべてが淋しいほどに澄んだ眸と乖離していて、なんとなしに哀れげであった。青い翅をきずつかせ土を這う蛾、そんな印象があった。
 周囲への威嚇をともない、艶やかな孤独を照りかえす黒のダブルライダース、さながらイノセンスを蔽いかくす重たい鎧、それはむしろ、不良な暴力の印象を凌駕して、奥にあるピュアな脆さを際だたせているようなのだった。
「愛して」
 わたしはかれのみみもとで、そう囁いたのだった、くちからこぼれる音韻、”Miaou”にすぎないのだけれども。しかしわたしのこえの周囲でふるえ踊っている、かれの髪のさきをそっと引くような優艶な香水の薫、色香を曳くなめらかな調、人間のそれなんかに、負けるはずもないのである。
 そうわたし、愛されるために生まれてきたの。
「わたしのこと、愛して」
「動物ってかわいいよな」と、聞こえないふりをしていう。
「ひたすらに自分に正直で、愛なんか微塵もないのに愛される、かわいらしくて、小さなちいさなエゴイスト」
 あら、不服である。動物にだって、愛はありますことよ。人類の貴族性への信仰、動物(性)への軽蔑、わたし、好きじゃない。魂なるもの、人間も動物もどうように、ひとしく実在として睡り、不在としてめざめているはず。されどわたし、魂の視線、美と悪へむけているの──あるいは蠱惑的な虚空へ──ただ、それだけなの。
 愛っていうのは、けっして貴くて自己犠牲を伴うような特別な感情ではなくて、わたしにいわせれば、慈しみの暴力のようなもの、倫理観やら理性やらという怪しげな観念からひとを離れさせ、ついに仮面さえも剥ぎとり対象と融けあい共に滅ぼされんとする、おそろしく可憐な、いうなれば殺意ですことよ。
 愛とエゴを対立させるかんがえ方、パンクロッカーよ、そろそろ、やめてはいかが。苦しくは、ないかしら。人間──社会秩序との折合、ないし倫理と照らし合わせて、感情に優劣や貴賤をつくるけれど、あらゆる感情、肉体の体液の迸る衝動、猫なんかにいわせれば、なべて等価である。わたし、わたしと他者が愉しく暮らせたら、はやそれでいいのです。その為ならば、わたしはなんだってするし、なんだって売淫()る。そんな、女です。
 無益なくるしみを背負うこと、わるくはないのだけれど、後ろめたさ──罪悪意識の近代病、むしろ、他者や秩序に迷惑で、それだってエゴであるのだし──だって明るく朗らかにしてるほうが、周りも幸せじゃない?──もう、愉快に暮らし愛し愛されて、それに満足してしまうのはいかが?
 愛されないひとはどうすればいいって? 知らない。なぜってどんな状態なのか、わたしには解らないから。
 レイモン・ラディゲだってこう言っていました、在りもしない罪を希んで背負いたがる傲慢さ、耐えがたいと。はた迷惑な、ナルシスト。そうなのである。
「かわいいね」
 少年さながらの眼をして、そういう。撫でるてつき、気持がいい。わたしはいつまでもそうされたいという気分でおとなしくていたが、ふいに飽きてしまったので、するっとそこから抜け出て、さっとはしり去ったのだった。
 振りかえると、かれ、茫然たる眸をしていた、つめたい砂漠のようなものが宿っているよう、くわえて、こつぜんと火がきえたような印象でもあった。へんな眸。わたしはそれを気にもかけず、部屋の隅でまるまって睡りこんでしまった。

  *

 パンクロッカーはその数日後、自殺した。

  *

 さてここで、漸く「館長」の話をしようとおもう。
 館長、知的で、謎めいている。そういうのって、色っぽくて、だいすきである。はや四十を過ぎているけれど、からだつきも細くて優美だし、関節がごつっと男性っぽいのがエロティック、つかれたような翳りを宿す中年の貌はセクシーだって、フランソワーズ・サガンも書いていました。だいすき、だいすきなの。かれもわたしを愛している、そうでしょう? 知っているの。
 わたし、優劣や貴賤の概念がだいきらいで、あらゆる相対的な価値基準、憎くてにくくてたまらない。価値。この言葉すら、アレルギー的にキライ。好き嫌いだけで、わたしはものごとを語っていたい。ワイルドの登場人物が言っていたように、魅力的か退屈か、その尺度だけをもっていたい。あとはすべて、くろぐろとした虚空になげ棄てていたい。だってわたし、黒猫だもの。それが、赦されるはずなの。人間って、たいへん。同情する。していないけれど。
 たとえばわたし、館長のわが身を撫でるゆびさきが好き。つめのさきまで清潔で、すっと綺麗な造形にととのったそれでゆったりと愛撫されると、わたし、そのままかれの魂がわたしのそれにめりこんで、ほうっと解けあい連続することを希んでしまう。
 この部屋、青みがかったグレーを基調とした内装であって、額縁は(シルバー)で統一され、青・蒼・碧の絵画が壮麗に飾られている。さながら霧がかった群青いろの夜空で、幻の象徴派絵画がゆらめいているかのよう。わたし、ありとある部屋で、此処がいちばん好きなの。オスベール、シュテュック、デュルメル、だいすき。しずかに流される鮮血、すこぶる似つかわしい。
 この「夜と愛の美術館」、エドガー・ポーの『赤き死の仮面』を模して、おのおのの部屋、単色を基準に内装をかんがえられているのだった。赤、黄、橙、青、緑、灰、白、そして黒。粋である。
 それにしても、かれ、いつも沈鬱な貌をしている。不機嫌、というのもちがう、無気力、ともいいきれない。なにかを憂いているような、そんな眸をしている。
「髪結い、きょうも絶賛されたね。ぼくの蒐集したアートたちを」
 そうね。凄く素敵な芸術たちだもの。
 そういったのち、かれはしずかにその部屋を去って往った。

  *

 その暁、わたしは狂おしい夕暮れのそらに蔽われた森で、詩人に誘拐されたのだった。
「きみは悪魔だよ、」と、わたしを大事そうにがしと抱いて奔りながら、わざわざ伝えてくる。
 夕陽の橙いろを反映する、わがつめたく燃ゆるけなみ、爛々と照りかがやいて。わるくないでしょ。
「きみは人間を唆し、落伍者の言説──ニヒルの甘美なる息を吐いて、無我夢中に愛されそれを愉しんでいるけれど、じつは、なにをだって信じていないんだろう。絶望しているのだろう。しかも絶望すらしていないんだろう。ぼくはきみを愛しているけれどね、それ以上に、きみを憎んでいるんだ。いっしょに死のう、髪結い」
「それならば、」
 とわたし、なんだか愉しくなって言ってみた。
「湖に行きたい。かの死のむっと薫る、硬質な燦りを反映する湖上で、わたしは果てたい」
「にゃあにゃあ煩いね。まあ、ここまで森の深くに往けば、幾ら鳴いても、だれにも見つからないと思うけれど。どこへ行こうかな。そうだ、湖、あそこがいい。あそこは滅びには相応しい。そこで身を投げよう」
 あら、通じた。偶然ね。
「聴いてくれるかい? 髪結い。
 生というものはね、死に含まれているんだよ。逆じゃないんだよ。生は弧をえがいてすすむ点であり、それがはじまりに往き着いて円になるとき、その生の連続した円はまさに死と名づけられるんだ。いいかい? 死によって、生は完成されるんだよ。美しく死ぬことによって、はじめて生は美しく耀くんだ」
 あら素敵な考え。豊かに腐爛した、かぐわしい匂いがする。わたし、それ好きよ。なぜってグラマラスだもの。グラマラスとデカダンス、永遠の恋人よ。退廃は、過剰でなくっちゃ、ダメ。
 道はだんだんひらけていった、水の匂いがし、わたしは期待に胸をふくらませた。水の薫、わたしには、死のそれとおんなじであった。胸おどらせる、豊潤な美酒の爛熟した薫。よくいわれている、猫は水をきらうもの。そうわたし、ふつうの猫じゃないのです。黒猫。そうなのです。
 こつぜんと燦爛たる蒼い光、眩暈の如くに、めいいっぱいに照りかえした。群青の夜空に蔽われた、沈鬱にはりつめた湖のおもて、それにはさまざまの蠱惑、水面をあしさきすべらせる舞踏のようにおよいでいて、さながら神の指のままにうつろう彫刻めいた夢の陰影、それ、ぞっとわたしたちを誘いこむようにゆらめいていたのだった。
 天には月燦り、蒼ざめた銀いろをしていて、おそろしいほどに純潔ないたみ、あたかも象徴しているかのよう。悪の恩寵。森はそれらを額縁さながらに縁どられて、この風景が、地上のありとあるものから疎外されているという印象をつよめていたのだった。
 殉教の風景画。そんなことばがおのずと躰から浮びあがり、殉死、そんなこと生物に可能なのかしら、そう、わたしは嗤ってみたのだった。
 詩人よ。貴方、自尊心に捧げたいだけじゃないのかしら。
 かれ、脚をがたがたと揺らし、声は恐怖にふるえていた。砂に曳かれたようにざらついた声。死の兆しに、わたしの心は浮きだった。
「ポーの小説に出てきそうだ」
「そうね」
 とわたし、同意してあげた。
「死のう、髪結い」
「いいわ」
 ひた、と優美な曲線をえがくあしさきを湖にしずめる。かれ、息があらい。性行為のまえみたい、そう想って、わたしは微笑した。
「人間にはね、縛られたいという欲望があるんだ。それは社会通念でもいいし、おのが倫理でもいい。単純に紐でもいいさ。無秩序に耐えられないという、そんな脆さがあるんだよ。ぼくには社会の道徳は向いていない。あそこを訪れる人間、たいていがそうさ。ぼくはぼくの死によって、わが倫理を実現し、そして貫徹する所存だ。もう生きていてはいけない、そういうものをね」
 そしてかれはポケットから、大量のしろい錠剤が入った袋をとりだし、すべてをくちにふくんでかがみ、水面にそっとくちづけをし、湖の水で流しこんだ。ふらとかれの躰はゆらめき、そのまま失神するように、ゆらめく水のおもてに呑みこまれていった。
 刹那、狂人がくちを巨きくひらき無言の叫びをあげたような印象で、ぽっかりと穿たれたようながらんどうの虚空、どうしようもない、轟然たる虚無を響かせる不在が出現したのだった、なべての宿命はそいつに呑まれて往って、気づくとかれの躰、水底へぐいと引き摺りこまれて往った。……

  *

 わたしはかれの肉体が沈むまではその場でじっとしていたが、かれが見えなくなり奥へと流されてしまうと、面白くなくなってきて、地上へともどった。
「髪結いー! 髪結いー!」
 館長。探しにきてくれたのね。わたしは愛の衝動のまま、かれに飛びついた。佳い薫り。かれ、いつもスパイシーで、セクシーな香水をつけている。お似合いである。
「なんだい、この靴は。詩人のそれじゃないか」
 わたしはその棘のあるいいかたが嫌だったので、ふいっと尾をしならせた。
「……髪結い、ひとつ、きみに説教をしよう」
 と館長、冷たい眼をしていうのだった、わたしはそれが鬱陶しくて、ほんとうに鬱陶しくて、耳を垂らしてふさいだ。
 するとかれ、わたしの耳をぐいと引っ張ったのだった。動物虐待!──こういうときだけ道徳をもちだすわたし、可愛くて笑っちゃいませんか? え、そうでもない? わたし、わたしのこと好きにならないひと、キライ。
 仕方なしに、館長の言葉に耳を傾けた。
「愛──肉体から迸る真紅の鮮血ともいえる感情、そいつをね、垂れ流してはいけないんだよ。愛はたしかに暴力だ、それゆえに、その感情のままにうごいてはいけないんだ。愛は、太陽とおなじいろをしていけない。黄いろいばらの不吉な花言葉をご存じ? 聴いてるかい? 髪結い」
 聴こえている。そしてかれ、こうつづけた。
「美と善の落す翳のかさなる処、かの仄青い領域に、そいつを包まなければいけないんだ。むっと気品の薫る菫いろ、沈鬱に天空を照りかえし、しずかに燦るアメジストの感情、そうでなければいけないんだよ。善く美しく、その法則と照らし合わせながら、注意ぶかく、注意ぶかくひとを愛するんだよ。もっとも美しい色、ぼくには、静謐な紫いろだと想えてならない。だからぼく、この美術館に紫の部屋をつくらなかったんだ。しかしその赤と青は、交じりあってはいないんだ。切ないね。紫とは人工の色であり、しかしそれは、デカダンスのそれとは異なる人工性でもある。純潔なゆきげしきにひとしずく垂らされた真紅の鮮血、そんなものにもちかいのかもしれない。
 美と悪の落す翳のかさなる処、たしかに表面は美しいけれどもね、じつは、それほど深くもなんともないんだ。なぜって、識っているから。肉をえた瞬間に、うちがわに所有してしまうものだからね。暴力的なデカダンス芸術、みんな、手放しに褒めすぎなんだ。あれは悲しいんだ。切ないんだ。なべての人間にこれが睡っていること、それを憂いなきゃいけないんだ。すき。キライ。それだけじゃダメなんだよ、髪結い。デカダンスにも悪にも善にも真実にも暴力にも惹かれる人間の心、どうしても美を欲する人間の心、その複雑さに佇み、注意ぶかく、注意ぶかく思慮をかさねなきゃいけないんだよ。
 ぼくはうんざりだ。ぼくの蒐集したアートを絶賛する連中に。悲しめよ。そう想う。なぜ縛られて鞭打たれ人権を剥奪されたような女性の銅像をみて、こころから悦べる? こんな欲望がみずからに在ること、悲しめよとぼくはつよく想う。その悪の心を所有した人間が、如何に美と善の光へ向かうか、けんめいに櫂を漕ぐか、ぼくの蒐集した芸術は、その素材とするべきなんだ。
 キライ、きもちわるい。そう突き放すのはたしかに浅薄だけれど、そっちの意見のほうが、どんなにマシだとさえ思う。良識的。そうさ。良識を突き放してはいけないんだ。とくに芸術家であれば、猶更であると想っているよ。
 いかに悪と退廃に対峙するか。そんな意欲で、ぼくはこの美術館をひらいた。しかしもうすぐ、ぼくはこの美術館をたたむよ。理解されないということは、なによりも淋しいからね。
 良識的なことをいうよ。自分ばかりじゃダメなんだよ、髪結い。たとえ芸術家であっても、自分ばかりを凝視めてはダメなんだ。月というのはね、美と善のかさなる処というものはね、ぼくたちの、心のそとにあるんだ。心を照らす美と善は、そとにあるんだよ。溶けあい摂りいれることは、不能なんだ。影絵さながら善を模する人間、善くあろうとする人間、だから人間は、美しいんだよ。脆いから、人間は可憐なんだ。切ないんだ。
 髪結い、きみの感受性は、幼稚だ。それはきみが猫であることで、赦されることでもないんだ」
 ああ。煩い。宗教と、倫理のニオイ。しかも、オトナの悪臭がする。キライなのである。精神的成熟、そんなもの、わたし、信じたこといちどもない。精神年齢なんて、悉くが社会秩序との相性の問題に帰するはず。生物は、どう存在しても好いのだ。感情の真実。あるいは、真実の感情。それらのみを、私は愛する。
 かれ、デカダンだと想ってたのに、強くて悪いひとだとイメージしてたのに、けっきょく、退屈の極であった。ああ善人。魅力、皆無であった。
 貴方、紫が好き。了解。されどわたし、黒猫である。なべてをどっと吸いこみ、ぞっと蠱惑めいた艶で悉くを等価に照りかえす、おおいなる虚空の色、すべてをのっぺりと等価に抱く義母なるやさしい虚無の色彩、おしなべてを価値│零として愛する「天性の娼婦」、生粋の淪落天使、そうわたし、黒猫である。堕ちぬいた処、いわく「地獄」に、わが身在るのかもしれぬ、されどわたし、その場所にあって、心から幸福なのである。そうであるならば、わたし、やはり悪魔であるのかもしれない。
 わたしは館長の言葉をしずかにききながし、すっとかれの腕からすり抜け、その場から去ろうとした。足場がわるい。ああ。苛々する。
 人間、どうにもやさしくて脆いから、わたしを本気で抱きすくめるには、余りによわすぎるようである。堕ちる勇気が、ないのだ。堕ちても、さいごまで、堕ち切れないのだ。だらしない。すぐ転ぶのだ、「善」というしろものに。転んでよこたわれば、頭上にはめいっぱいの青空、そんなものを、美しいだなんて想っちゃうのだ。尊敬しちゃうのだ。つい、愛してしまうのだ。なんてだらしがない。根性がない。詩人だって、そうであった。ふとりすぎた自尊心が、おそらくや、ああいう死を、あたかも善に見せかけたのだ。善への欲望、そんなくだらないものがあるから、人間って、おもしろくない。
 わたし、欲望を実現する為だけに、争っているのです。つまり、徹頭徹尾、生と戯れているのです。いい生き方。そうでしょう。「猫みたいに生きたい」、幾度も、いくどもひとの口から聞いたのですけれど。されどけっきょく、自分をおしころしてでも、人間は、善く生きたいんでしょう。退屈ね。
 群青の夜空をけなみにちらちらと照りかえす、優艶なる藍いろの黒猫が最上の愛を享けるんじゃないんなら、わたし、かの美術館から、去る所存であります。どうせ、閉館するようでもあるし。なんどもいうけれど、わたし、愛されたいの。程々に愛されるのって、キライなの。中庸とかそういうの、わたし、大キライ。極端がいいの。薔薇の花びらでいっぱいの宮殿さながら、いわく、過剰のグラマラスを、愛しているのです。わたし、情愛にとろけた血の海の裡に、どっと溺れていたいの。お解り?
 さようなら、愛してくれた、人間たち。
 さようなら、愛してくれた、かの死者たち。
 ふたたびさようなら、美と善、そして倫理。
 さようなら、「夜と愛の美術館」。
 背徳とデカダンの仮面を被っても、人間、けっきょくは、善に屈するのでありました。残念です。ボオドレールは、善人です。
 ふたたびこんにちは、美と悪の配合した狂想、アブサンの酩酊垂流しの、群青いろした壮麗な夜空。
 わたし好きよ、あなたのこと。色っぽくて、音楽的で、とってもエロティックだもの。
 わたし、月夜を照りかえし、青みを霧さながら陰翳ぶかきおもてにうつろわせる、優美なる黒猫である。お解り? わたしのことがどうしようもなく好きなくせに、わたしをきちんと抱き締めもできない人間、はや愛する気、毛頭ありません。せいぜい善なる玩具と、戯れていてはいかが?

  *

 と想った刹那、ふいに眼がくらみ、わが身ふらふらと揺れ、すればわたしの躰、誘いこまれるように湖へ落っこちて、するすると蛇が穴に還るような自然さで、不穏な水音を曳きながら、きんと冷たい暗闇へと呑みこまれていったのだった。
 まあ、すべてそれでいい。そう、想っただけ。わたしにあらゆるものを軽蔑させず、つまりは、すべてをまるっと等価に軽蔑させる、魔のキーワード。
 すべてそれでいい。
 こうなる運命、わたし、識っていたのだった、なぜってわたし、いちど飼われてしまったから。人間のシステムに、とりこまれてしまったから。この秩序のなかでは、わたし、つねに銃口に絡まりエロティックに舞踏って媚を売り、愛らしさゆえに死刑を留保されつづけていた、背徳に腐爛した淋しき花束であったから。
 地獄の悪魔の滅び、悲しくもなんともなく、美しくさえなく、ただ、幽かに、かすかにきこえてくる、「髪結い、髪結い」、そうわたしの名をよび、湖へ潜ってみじめに濡れながらわが身をとりもどうとする、卑しい館長の咽び泣く声が、すこぶる煩かった。

柘榴と悪魔

柘榴と悪魔

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2021-09-08

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著作権法内での利用のみを許可します。

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