月と、髄膜。骨と、音楽。黒と、サックスブルー。夜のあしおとは、ぱきぱきと、細い枝が折れるような音。だれもいなくなった、秋のはじまりは、夏に生きていたものたちが、静かに横たわり、土に還ってゆくための、ゆるやかな時間。孤独を忘れないでと囁く、こども。ぼくと、わたしの、同一人格が、分裂傾向にある九月の、さみしさたゆたう夕暮れの空気。
 アイスクリームを買って帰るねと、きみからメールが届いた。
 ぼくは、わたしは、やったねとよろこんだ。部屋で。
 ひとりだけれど、ふたりぶんのよろこびを感じるなぁと思いながら、きみに、チョコミントでよろしくと返信する。
 身体はひとつだけれど、ぼくの、わたしのなかには、ぼくと、わたしがいて、分裂ということは、今後、さらなるぼく、わたしが殖える可能性があるということ。でも、なんにんかいて、うまいぐあいに役割分担ができていれば、それでいいじゃないと云ったのは、きみだ。たとえば、うれしいときに笑う、ぼく。かなしいときに泣く、わたし。くやしいときに怒る、ぼく。さみしいときに甘える、わたし。いやなことをおしつけられる担当の、ぼく。失恋のつらさを担う、わたし。生きている限り、産まれる。さまざまな種類の、ぼくと、わたし。ぼくと、わたし。ぼくで、わたし。わたしで、ぼく。
 テレビのなかのニュースキャスターが、世界の、ありあまる不安を代弁しながら、涙を流していた。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-09-07

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