Aの21

一郎

 さっそく横綱が挨拶した。

「はじめまして。私は文学部、歴史科1年の西川美貴です。そして……」

「大城美帆です。文学部、教育学科1年です。よろしくお願いします」

 彼女はそう言ったが、あまり俺の顔を見ない。

 内向的なのかもしれない。

 俺も挨拶した。

「俺は吉田誠って言います。哲学科3年です。よろしく……」

 二人の表情が変わった。西川さんは明らかに動揺している。

「大先輩じゃないっすか!」

「べつに遠慮は要らないですよ。うちの大学は上下関係ほとんど無いですし……」

 俺はそう言いながら不安を感じた。

( こんな話がしたいわけじゃない。二人のゲームに対する気持ちがどの程度の物か気になる。もし山賊行為に手を染めていたり、リアルマネー稼ぎ目的ならすぐに部屋を出て行けばいい )

 そう思いつつ俺は話を始めた。

「二人はいつから大海賊時代やってるの?」

 西川さんがすぐに身を乗り出した。パイプ椅子がきしむ。

「えっと、私は今日で8日目くらいっすねー」

 西川さんはそう言ったが、大城さんの方は恥ずかしそうに黙っている。それに気づいて西川さんがフォローした。

「あー。美帆ちゃんはまだプレイしてないんですよねー。でも、興味はあるって言ってるから。これから始めると思いますよー」

 西川さんはそう言っているが、大城さんの表情は微妙な感じだった。

( おそらく人数合わせだな…… )

 大城さんみたいな可愛い子がVRゲームをするなんて想像もできない。こんなサークルよりも運動部の有能なマネージャーの方が合っている気がする。おそらく隣の人に巻き込まれたと考えられる。

 俺は質問の相手を絞った。

「西川さんは大海賊時代オンラインはやってたの?」

「えっ? いま言ったじゃないですか。ゲーム始めて8日目だって……」

「いや。VRのほうじゃなくて、大海賊時代オンラインですよ。パソコンゲームのやつ」

「……へぇ。そんなのがあるんですねー」

 旧作の話が出来る友達が大学内に1人でもいたら、どんなに幸せだろうと考えたことがある。その希望はすぐに潰えた。

 しばらくして、大城さんが椅子から立ち上がった。

「じゃあ、私はバイトがあるので。これで失礼します―」

 大城さんは俺に一礼して部室の外に出て行った。

 西川さんと二人きりになった。

 ◇

「……」

 西川さんが俺の顔をじっと見ている。

 彼女の眼鏡が照明の光で反射していて、どんな表情をしているのか分かりずらい。

 黙っているのも不自然なので、俺は質問を続けた。

「部員は今何人いるの?」

 すると西川さんは大きなため息をついた。わざとらしいくらい大きい。

「正直に言います。私と美帆ちゃん入れて2人っす……」

 嘘をつかず、正直なのはすごく有り難い。しかしよく考えてみたら腑に落ちない。サークルの設立条件はメンバー3人以上と決められている。

「もしかして、1人辞めちゃった?」

「……はいっす。辞めちゃいました。なんか、どうしても入りたいサークルが見つかったらしくて、辞めちゃいました……」

「……」

 深刻な話をしているのに、俺は爆笑したい気持ちを抑えるのに必死だった。

 彼女の丸い眼鏡が反射すると、表情が見えなくなるのだが、最初はあまり気にならなかったその現象にやがて耐えられなくなった。

 俺は不埒な想像をした。

 彼女が赤い飛行機に乗っている姿を想像してみたら、腹筋が壊れそうになった。

 俺の危機的な状況にも気づかず彼女は話を続ける。

「このままだと、サークルは1週間以内に解散になってしまうんです……。吉田先輩お願いします! どうか、うちのサークルに入って頂けませんか?」

「うーん……」

 俺は悩むフリをしてうつむいた。

 いま返答しようとして彼女の顔を見たら、また赤い飛行機の事を思い出してしまう。

「うーん」

 もはやシリアスな表情を作って断れる自信が無い。彼女の顔を見たらすぐにでも吹き出してしまう危険がある。逆に、承諾した後に自然な雰囲気で笑えば、何とか乗り切れるかもしれない。

( やってみよう…… )

 俺は彼女に目を合わせて返事をした。

「分かったよ。俺もサークルに入るよ。ふふふ」

「ありがとうございます!」

 俺の不自然な笑いに気づく様子もない。彼女は素直に喜んでいる。

( ま、別にいいか )

 ゲームについて情報交換できる相手が1人いるのは助かる。彼女はすでに8日もプレイしているので、俺よりもプレイ時間は長い。もしゲーム内で彼女と協力できれば、大きな力になる可能性もある。

 ◇

 俺は彼女に右手を差し出した。

「よろしくね。西川さん」

「こちらこそ! よろしくお願いします。……あっ、私のことは西川って呼び捨てでも良いんですよ?」

「いや、いいよ。そういうの苦手だから」

「分かりました。それじゃあ、私からは吉田先輩って呼んでも良いっすか?」

「いいよ。よろしくね」

「はいっ!」

 さっきまでの深刻な表情は消え去り満面の笑顔に戻っている。

 面白い人だな。

「西川さんは今どこにいるの? ヨーロッパだよね」

「はい。今はナポリにいますよ。街の宿屋に部屋を借りてます」

「国籍はナポリ王国なの?」

「はい。ナポリ人ですよ。でも最初にいた場所は畑ばっかの村みたいなところで、私は11人兄弟の長男だったみたいです。でもすぐに家を飛び出してナポリの街に向かいましたよ」

「え、キャラクターは男なの?」

「はい。男ですよ。狙撃スキルを持っているので、ナポリの街に住むメノッティ男爵という人に銃の使い方を毎日習ってますよ」

 狙撃スキルか。

 彼女と行動を共にすれば山賊プレイヤーを撃退できるかもしれない。

「西川さん。もしよければゲーム内で合流しませんか?」

「あっ。良いですねー。協力プレイやってみたいっす」

 予想通り西川さんは食いついてくる。さっそく提案してみた。

「ベルリンに来てもらえませんか? 俺は今そこにいますよ」

「あー、ベルリンですかぁ。ずいぶん遠いですね……」

 西川さんもさすがに困惑している。それも無理はない。明らかに不公平な提案だといえる。俺の方は全く動かない前提だった。

「うーん……」

 西川さんが苦しそうに悩んでいる。

 しばらくして西川さんは不公平な提案を受け入れた。

「分かりました。ベルリン向かいます。途中で山賊プレイヤーに襲われるかもですが、狙撃スキルで対処します!」

 計画通り。

 西川さんは決断してくれた。

 戦闘系スキルを持たないハチローにとって、狙撃スキルを持つ仲間が出来るのは有り難い。このまま西川さんをゲーム内で俺の用心棒的な役割にすれば良い。

 ◇

「あ、先輩やばいっす! もう時間です」

「え?」

 時計を見ると3時40分になろうとしている。

「もう少しで戦略ゲーム研究会の人たちが来ちゃいますよ。はやく部屋を出ないと」

 西川さんは慌てて机の上の少年漫画を片づけていく。一瞬だけハードな内容のBL本がちらりと見えた。

 俺は気にせず部屋の外に出た。

「じゃあ、またね」

 俺がそう言うと、西川さんが慌てて制止した。

「あ、吉田先輩のキャラ名を聞き忘れてました」

 そう言われて俺も気づいた。

 お互いのキャラ名が分からないとゲーム内で会う事も出来ない。

「俺のキャラ名はハチローだよ」

 すると西川さんはスマホを取り出した。

「はいっす。プレイヤー検索してみます……。あっ、出ましたね。ハチロー、国籍、自由都市ハンブルクって書かれてます。合ってますよね?」

「うん。合ってるよ」

 廊下でこのやり取りは何となく恥ずかしい。周りの学生に見られてる。

「どうもっす。じゃあフレ登録しておきますね。ゲーム内のメール使えば連絡できるんで、何かあればそっちからお願いしますね」

「うん。分かった。じゃあ、またね」

 俺たち二人は31号室の前で別れた。

 サークル館の東階段を下りると、戦略ゲーム研究会の連中が見えた。その中に一人、高校の同級生がいる。

( エロゲー好きの田中くん…… )

 戦略ゲームが好きだなんて知らなかった。本当に戦略ゲームが好きなのか、それともイメチェンという事なのか。いずれにしろ、田中くんの黒歴史を知っている俺は、彼にとっては都合の悪い存在かもしれない。

 大学に入ってから、田中くんとは話していない。

( 今日はバイトも休み )

 俺はバスに乗って自宅に戻った。



【作者紹介】金城盛一郎、1995年生まれ、那覇市出身

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2021-09-07

Copyrighted
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