君と同じ夢を見た

maoria

登場人物
和登 宗太郎(わと そうたろう)・・・宇田川町、一人暮らしの大学1年生。渋谷にある大学に通っている。夢相談室の中では”ワトソン”と呼ばれている。
夢野 レム・・・”夢相談室”の先生。レム先生、レムさんと呼ばれている。
おさげちゃん・・・その名の通りおさげの髪型。”夢相談室”の受付の子。宗太郎より一つ上。本名は秘密。
坂ノ上 彩(さかのうえ さい)・・・宗太郎と同じ学校に通う彼の友達。

『はじまりの夢』

I

ポチャン、何かの音がする。
ここはどこだろうか。水の中?の夢、溺れているわけではなく漂っている。
息が苦しくもない。ふわふわと浮いているようなそんな夢。
ただ、ただ、それだけが何時間も続いている。
あぁ、朝の時間が来るとこの夢は終わる。
ここで今日も終わりか。

早朝5時、目覚まし時計が部屋中に響いた。
「うーん、うるさいなぁ」
宗太郎(そうたろう)は時計を止めると、もう一度布団をかぶる。しばらくして、ふと何かを思い出し、ベッドの前の壁に貼ってあるカレンダーを見た。
男子の部屋には不似合いな花のきれいな写真が載ったカレンダー、叔母からの贈り物だ。
叔母と叔父は小さな印刷会社をしている。
大学に通うから一人暮らしをするのに試作品のカレンダーを送ってくれた。
サイズもいいし、メモもちょっと書けるからとてもありがたいけれどデザインは女性が好むような花束の写真だった。
月は6月、よく見ると赤いボールペンで囲みをしている場所が目に留まった。

“6月5日(月)バイト初日、7時45分 ヒカリエ集合”・・・。
「やばい、今日は初日だ」

ベッドから跳ね起きるとすぐに着替え始めた。着替えを前の日に用意しておいて正解だった。紺色のジーンズに長袖の黒いトレーナー、地図が真ん中に特徴のある柄だ。
朝ご飯は小さい冷蔵庫から取り出した、ピーナッツバターのコッペパンと牛乳の瓶。夜は学校の帰りに買おう。
食べながら学校の支度で忘れ物がないかチェックすると、時計を見た。
まだ6時、集合までには間に合いそうだ。
最後の一口を口に入れて、牛乳を飲み終えると、顔を洗いに洗面所に向かった。

                    *

宇田川町から渋谷まではすぐ近くだった。
だが、宗太郎は早起きが元々苦手だから5時に起きたという。小走りで渋谷にあるポスティングのバイト先に向かう途中腕時計を見ていた。
少しペースを落として歩くことにした。今からこんなに体力を使ったらバイトで疲れてしまう。
本当なら4月に入学と同時にバイトを始めたかった。
なんとかたどり着いたのはポスティングのバイト、時給は1000円でそこそこ悪くないが、他にも人がいるから週2しか入れられなかった。
毎月叔母と叔父が、家賃とお小遣いを送ってくれるけれど、せめて自分の小遣いは自分でしたい。
気を使うなと言われても・・・・・・どう甘えていいのかわからない。
宗太郎の本当の母親は6歳の時、交通事故で亡くなった。
父親は知らない。
彼が生まれてからすぐ別れたのだという。母親一人で育てるのにも大変だったからほとんど叔母が育ててくれたのだ。
いくら血がつながっていたとしても甥っ子という関係だけ、大人になるに連れて気を使うようになってしまった。
独り暮らしもそうだった。ちょっと、自分だけで頑張ってみたいという思いと、2人のその気遣いから離れたいと思ったからだった。

渋谷2丁目、ヒカリエのショッピングモールの裏、30人近くの人が集まっていた。
年齢層は様々だ。
一番端っこにいた太り気味なおじさんに声をかけた。
「あの、ミヤノポスティングの集合場所ってここでいいですか?」
念の為の確認を恐る恐るしてみると、ものすごく怖い顔で睨まれて「あぁ、そうだよ」とぶっきらぼうに言われた。
「おはようございます。」
上から下まで黒い格好の細長い男性が大きな声であいさつすると皆も同じように返した。
「私がミヤノポスティングの店長、宮野と言います。さっそく皆さんには今日こちらにある自転車に乗っていただくか、こちらのカバンに入っているチラシをポスティングしてもらいます。そのポスティングが終わった人からまたここにきてください。そしたら、今日の仕事は終わりです」
現地集合、終わったら解散か。シフトは少ないけれど、そのまま学校にも行けるし週払いだからお金もすぐもらえる。
そこだけは時間に長く縛られるバイトと違って、掛け持ちもしやすいんだろう。ほとんどここにいる人がポスティング以外に他にもバイトを持っている。
集合面接の時、当日結果待ちしているとき席が隣だった唯一話しやすかったおじいさんが色々な人の話し声を聞いていたらそう言う人が多いそうだと教えてくれた。
おじいさんと言っても70歳、元気なうちに働いていたいと言っていた。そのおじいさんも朝はポスティング、夕方はスーパーのトイレ掃除をしている。自分のお小遣い稼ぎでなく残される家族にと言っていたそうだ。
おじいさんは前の方に立っていた。
「では、お願い致します」
皆は一斉に自転車に乗って行く人と、歩きでする人と別れていく。宗太郎はカバンを一つ取ると、入っているものを確認する。
住所が書いてある紙が入っていた。
「ここに書いてある場所を配達するのか」
「あ、大学生の君。僕を覚えておるかい?」
声をかけてきたのはおじいさんだった。徒歩で仕事をするのか隣でカバンを一つ取った。
「はい、覚えています。一緒に頑張りましょう」
「そうじゃ。そうじゃ。頑張るのが一番じゃ。無理はせんようにな」
おじいさんは自分の持ち場へと歩き出した。ゆっくりだけれど、背はピシッとしている。
すごいな、僕も頑張らなきゃと宗太郎は思った。
自分も歩き出そうと向かうと先ほどの太ったおじさんにぶつかりそうになった。
「邪魔だよ」
いやいや、あなたからぶつかってきそうになったんですけど・・・。でも、ここでもめ事はしたくないので「すみません」謝っておくのが正解だ。
ふんっと鼻を鳴らして行ってしまった。
まぁいい、仕事に取り掛かることにした。

宗太郎はヒカリエから歩いて代々木公園の方に向かう。そこの近くにあるマンションにチラシを入れていく。
皆、つまらない広告ばかりだ。建設系や塾のチラシ、ハンバーガーショップのチラシ特別目を引かれるものはない。
隣のマンションにも同じような広告を入れて、この周辺はすぐに終わった。
次は少し渋谷センター街に戻る。街の中にあるアパートにチラシを入れてアパートから出ると、次の場所へ向かう途中なんとなく不思議に感じる路地を見つけた。
タワーレコードから少し右に歩いたところに細い路地、なんだか怪しいけれど誰かが見ているような気配を感じた。
とりあえず、今日のところはここから立ち去ることにして、カバンの中を見るといつの間にか配るチラシがもうなくなっていた。
ヒカリエの方に戻ろうと方向を変えた。
その宗太郎の姿を先ほどの路地から誰かが見ていた人影があった。

                    *

バイトを終えて、渋谷から歩いて道玄坂のずっと先にある学校にそのまま直行すると時間は11時になっていた。
「今日の授業朝の分サボちゃったなぁ。(さい)、出席の紙出しといてくれたかな」
校門の前で彩が立っていた。
彼は宗太郎よりも背が高い、高校まで空手を習っていたらしく体格もいい。しかし、彼の隣に並ぶと宗太郎はひょろっとした体系で弱そうに見える。
「よう、宗太郎。朝の1限目の授業と2時限目、出席の紙は出しといたぞ」
「ありがとう。来週の分は授業出るよ」
「いつか、俺の時もよろしくな。昼飯、行こうぜ」
校門から学校に向かって入っていくと食堂へと歩いて行く。
「朝からコッペパンしか食べてないからお腹すいちゃったよ」
「は?だからおにぎりにしとけって言っただろ?パンじゃ、ぜってぇお腹すくって」
「だって、あんな重たい物朝から入らないよ」

彩と出会ったのは入学して最初の授業の時、自由席で隣になった時だった。
筆箱を忘れて、カバンの中をあさっていたところ宗太郎がシャーペンと消しゴムを貸してあげた。
『いいの?』
『自分の分あるから、大丈夫』
『サンキューな』
それで昼ご飯をお礼にと(おご)ってもらった。話をするうちにけっこう合いそうな趣味もあって遊ぶようにもなった。
彼の趣味は映画鑑賞である。
もちろん、宗太郎も映画は好きだがファミリー向けの邦画しか見たことがなかった。
ちなみに彼は実家から大学へ通っている。一人暮らしにはお金がかかるし、それに最寄りの駅もそんなに遠くない西大井駅だからだ。
まぁ、他にも料理ができないからと、家族がちょっと過保護なのか一人暮らしをさせたくないらしい。
バイトさえも家の近くのコンビニなら許すと言われたみたいだ。

宗太郎は食堂でチキン南蛮とご飯みそ汁付きを頼んだ。すぐ近くの席を取ると、彩もそこに座る。彩はご飯大盛のタコライスにした。
「今日、変な路地を見つけたんだ」
「?」
「タワーレコードの近くにある細い路地・・・見られてる的な気配感じちゃって」
「宗太郎のストーカーじゃないの?お前、以外と悪くないから」
おかっぱのような髪型で、細い体なのにどこがいいというのか。
「絶対違うと思う。でも、なんか気になるんだよね。今日、帰りにそこへ行こうかと思っているんだけど、一緒に行かない?」
一人で行くのは少し勇気がいる。男の子だから大丈夫だと思うけれど、宗太郎は喧嘩にも強くない。
彩がいれば何かあった時追い払ってくれるに違いない。
それから宗太郎は結構怖がりだ。
「嫌だよ。一人で行けよ。ていうか、不安ならやめておけ」
「えぇ?そうだけど、見てみたら全然大丈夫だったってこともあるからさ。確かめにね」
「俺、今日はバイトなんだよ。急にシフト変ってくれって頼まれてさ。だから、どっちにしろ無理。それに今日は昼から雨降るからまた今度にしろよ」
「・・・今日って雨なの?傘忘れた」
「学校の入り口に置き忘れ傘が何本かあるから、それを借りとけ。さて、授業に行こうか」
大盛りだったタコライスはいつの間にかなくなっていて、さっさとお皿を片付けに立ち上がと彩は返却口へと歩き出す。
「ちょっと、待ってよ」宗太郎も急いで最後に残ったみそ汁を一気に飲むと、同じ方向へ向かった。

                    *

結局、宗太郎は午後の授業、3限目の英文学と続けて4限目の社会・政治の授業を受けた後に彩と一緒に帰ることにした。
学校の入り口にある傘は置き忘れの物だから誰が誰のかわからない。
急の雨だったので借りていく人は結構いたみたいだ。
あと、5本くらいは残っていたので一つ借りて開いてみるとちょっとボロボロだった。
まぁ、濡れて帰るよりはマシだった。
渋谷駅まで一緒に帰ると彩はそこから電車に乗るから駅に向かう。宗太郎はそのままスーパーによって夕飯を買いに行く。
「お昼しっかり食べたから、夜はラーメンでも簡単に作るか。セールになっているし」
お鍋でゆでるタイプと卵を4個、刻み(ねぎ)に冷凍の餃子を買う。小さい袋で醬油、ラー油がそのままついている冷凍餃子なのでとても便利だ。
お会計に行って、レジでお金を払い袋に詰めていると小さいビニール袋を取ろうとした時だった。隣にいた女の子と同じタイミングで手が当たってしまった。
「あ、ごめんなさい」
「大丈夫です。先にどうぞ」
ここはレディーファーストなので宗太郎は首を振って先にどうぞと促す。女の子は頭を下げてビニール袋を取って荷物を詰めると帰ってしまった。
おさげの髪型に片方だけ布の編み込みがあり、ふんわりとした花柄のワンピースを着ていた。
バッグには何かのストラップが付いていて、ゆらゆら動いていた。
「あのアニメ、確か今はやりの奴だったっけなぁ」
ふと、そう思いながら袋詰めを終えるとスーパーの出口に行く。
雨はまだ降っていて人混みが少し増えた中、宇田川町にあるアパートへ歩く。
明々後日までポスティングのバイトはないので、今日明日はゆっくり眠れそうだ。それにしてもあの路地は何だったのだろう。
あんなところ初めて通った。
大学に通っているときでもあそこには行ったことがない。タワーレコードの傍までは行ったことがあるけれど、その少し先は今日が初めて。
(今度、学校の帰りが早い日に行ってみようかな。でも、やっぱり、怖いなぁ)
小さいため息をついて宇田川町に到着、ベージュ色のアパートに入っていった。


バイトを始めたあの日以来、仕事をする場所は変わっていないのにタワーレコードの近くにあった路地から人の気配はなくなった。
2週間経っても雨がなかなかやまないのは梅雨の時期だから仕方がない。
「今日も雨。少しくらいやまないかな」
「あんなところの何が気になるんだ?」
「人がいたかもって話したじゃん、なんか気になるんだよね・・・」
「今日、3時限目授業休講になったぞ。行ってみたらどうだ?雨もやんでくると思うぜ」
確かに窓の外を見ると、雨は小降りになってきた。
「彩は今日もバイト?」
「いや、バイトはないけど母親の買い物に付き合わなきゃいけないから一緒には行けない」
「そっか。お母さん、確か妊娠してるんだっけ?無事に生まれるといいね」
「あぁ。俺の時は大変だったみたいだからな。今回も心配してんだ」
そう、彩は生まれてきた時産声をあげなかったという。だからこそ、母親も心配性なのだ。
ちょっと残念そうな宗太郎、仕方ない一人で行こう。
空はだんだんと明るくなってきて、太陽の光が窓に差し込んできた。

                    *

宗太郎は彩と一緒に駅まで向かう。駅では彩の母親が待っていたので挨拶だけしておいた。
お腹の大きさでだいたいわかった。赤ちゃん、もうすぐで生まれるんだなぁ。
タワーレコードの方に歩いて行くと少し右に細い路地を見つける。
暗い、空は晴れているのにその路地だけ暗く感じた。
そっと入ってみると老朽化が進んだような古いビルや汚いアパートが並んでいた。中にはシャッターのしまったお店も何件か見かける。
(何だか、気味が悪いな)
やっぱり、彩に付いて行ってもらえばよかったなぁ。
ふと、見上げると奇妙なビルを見つけた。
“夢相談室“?いかにも怪しい名前のビル、でもこの建物の中では一番きれいかもしれない。
風俗店だろうか。
前方、一人男の人がこちらにやってきた。宗太郎の前を通り過ぎてそのビルの中に入っていく。ますます気になる、男の人が入っていった後について行くべきだろうか。
夢相談って何だろう・・・ビルの入り口の壁に紙が貼ってあるのが目に入った。

“夢相談室 バイト募集中
高時給2千円
仕事内容はなんでも
詳しくは中までお入りください
4階にてお待ちしております”

これはとても気になる広告だ。1時間で2千円ももらえるなんて、今のポスティングのバイトよりすごいじゃないか。
いやいや、絶対にやばい奴・・やっぱり、風俗店系かもしくは黒魔術か、あるいはラブホテルとかの勧誘かな??
宗太郎の足は出口とは逆の方向、ビルの中に向かってしまう。
(もう勢いだ。どうとでもなれ)
気がついたら、エレベーターに乗っていて4階を押していた。
あっという間4階に着くと白い綺麗な壁にまた紙が貼ってあった。

“どんな夢でも相談してください。
夢を叶えるために用意された場所、ここはあなたのための場所。
相談はここまで○○○-○○○○-○○○○。
夢野 レムより”

ここはどうやらクリニック?それとも職業紹介所のようなとこか。
夢って何だろう・・・将来について語り合うのか。
自動ドアが開いて入ってみると受付に女の子が座っていた。あれ、この子どこかで見たことがあるような。
宗太郎は待合室にとりあえず座ると、先ほどの男の人を見つけた。
お客は自分と男の人だけのようだ。
「次の方どうぞ」
受付の女の子が男の人に声をかけた。
男の人は立ち上がると受付の隣にあるドアまで歩いて行き、ドアを開けて中に入っていった。
待っていたら自分もいつか呼ばれるかもしれない。
受付の女の子のほうをチラッと見た。
女の子はパソコンでも触っているのか必死に打ち込む音が聞こえる。
おさげの髪型、ふわふわした服装・・・そうだ。思い出した。スーパーで見かけた女の子だ。
ガチャ、ドアが開いて男の人ともう一人女の人が出てきた。
「ありがとうございました」
何だか、嬉しそうな顔をしている。中で何をやっていたんだろう。
女の人と目が合う。
鎖骨まで長い黒髪はサラッとしていて、背丈は少し自分より高いくらい。ほっそりした足と腕、目は二重で焦げ茶の瞳。鼻筋もすっとしていて、モデルさんみたいと言っていい。
「こんにちは」
絵本を読んでくれる先生のような穏やかな声は優しかった。
「こ、こんにちは。突然、すいません。やっぱり、帰ります」
自分にはまだ早いような気がしていた。立ち上がると自動ドアの方に向かう。
「帰らないで。話してみて、そのために来たんでしょ?」
そうだ。何もしないで帰る方が失礼じゃないか。宗太郎は向きを変えると女の人の方に歩いてきた。
中へどうぞと案内されると、机の上にはアイスティーとお菓子が少し入ったかごがあった。
「アイスティーで大丈夫?」
「あ、いただきます」
少し硬いソファーに座ると、女の人と向き合った。
「ここはなんですか?夢について語るってどういうことですか?」
「言葉のとおり、夢について語るの。夢と言ってもレム催眠中に見る夢のことよ」
なんだ、人生相談の夢の方じゃなくて寝ているときに見る夢について話すのか。
「人生相談とか将来の夢かと思った?」
思っていることがバレてしまったのか、ドキッとしてそれを隠そうと籠のお菓子を一つ取った。口に入れてみると甘さが広がり、シナモンが良く効いたクッキーだった。
「ここは病院ですか?」
「うーん、占いみたいなものかな。何とかの館ってやつ」
そうか、占いか。占いの館なら池袋や新宿区とかで見かけたことがある。変な黒魔術や勧誘じゃなくてよかった。
「なるほど、そうですか。夢・・・そう言えば、さっきの人も夢について話していたんですか?」
「そうだよ。でも、個人情報だから他人には話せないの。ここの従業員なら話は別だけど。さぁ、話して」
宗太郎は少し考えた。いつも見るあの夢のことを相談してみようか。
「・・・」
女の人はずっと彼のことを見ては時々長めの髪の先をいじっていた。
でも、相談したところで何の解決にもならないような感じがしてアルバイトのことを聞いてみた。
「あの・・・下に貼ってある求人を見て気になってここに来ました」
「なんだ、バイトのことか。いいよ、何が知りたいの?」
相談事じゃないのかとため息交じりの話し方だった。
「なんで高時給なのかなって」
女の人が突然、立ち上がって宗太郎の近くに来てにっこり笑って隣に座った。
「知りたい?」
顔をのぞき込むようにこちらを見てくる。
「知りたいです」
「高時給なのは社長がお金持ちな方だから。あぁ、私はここの社長じゃないよ。私は、ここで相談の仕事しているだけ」
「そうか。なるほど」
イベント系の会社なら確かに高時給の可能性はある。ライブ会場やスタジアムなどは結構単発でも高い時給があるのは知っていた。
「仕事内容は・・・待って、早速今日から働いてもらおっか。じゃぁ、採用ね」
「え!?」
とても嬉しいと思ってしまったけれど、こんなにあっさりと決まるのはおかしい。即採用だとしてももっと面接することがあるじゃないか。
(もしかしたら、相談所と言っても密売的なのだったらどうしよう。何か外に漏らしちゃいけない話をここでするための場所提供とか)
頭をよぎるのはそう言うことばかり。
「私、夢野レム。よろしくね」
「僕は和登です。和登 宗太郎と言います」
そう言っては、ハッと驚く。個人情報で一番名のっちゃダメだって何かに書いてあったのに。もうあきらめるしかない。


宇田川町のアパートに帰ってきたのは夜の9時過ぎであった。
こんなにも一日が長く感じたのは初めてである。
「はぁ~、疲れた」
帰りに近くのコンビニで買ったはちみつ味のカロリーメイトを開けると一個だけかじった。
疲れた時の甘いものはこんなにもおいしいものなのか。
それもそのはず、”夢相談室”で採用が決まったのは良かったのも束の間の幸せだった。
   
                    *

遡ること15時頃、宗太郎が相談室に来た時刻。
「仕事内容はね、掃除係とお茶菓子の用意。それから郵便が届いたら受け取ること。その他ご飯作り・・・わかったかな?」
「ご飯作り?」
「いきなりだから今日は料理はなし。この相談室の営業時間は特に決まってないの。個人店だからね。まぁ、最低でも8時には終わるかな。だから夕食作りってこと。お茶菓子はまだ残っているやつを使い切ったら新しいのをどこのお店でもいいから買ってくること。今日のシナモンクッキーはおさげちゃんが前に持ってきてくれたの」
「おさげちゃんって受付にいる女の子?」
おさげ髪の女の子が部屋に入ってきて「私の好物なの」と言った。
「そう。ここではあだ名で呼ぶの。ちなみに君は、ワトソン」
ワトソン・・・シャーロックホームズに出てくる友人のワトソンのことであろう。
どこからそう言うあだ名にしようと思ったのだろうか。和登という苗字からそう言われてもおかしくはないが自分は”ワトソン”と言われるほど探偵の相棒にもなれない。
勉強も普通の成績くらいしか取れない。
「ワトソン、歳はいくつ?」
「19歳です」
「おさげちゃんより一個下だね。仲良くやってね」
「よろしく」
なんとも無愛想な挨拶の仕方だなぁ。
「君が来るまでは私とおさげちゃんが交代でやっていたの。お菓子買うのもそうだったんだけど、誰か一人はこの建物にいなくちゃいけないじゃん。だからもう一人欲しかったの」
それはわかったけれど、特別部屋は汚れていないのにどこを掃除するのだというのか。
「今日帰りにトイレ掃除よろしくね」
「わ、わかりました」
そういうことか、トイレ掃除なんてしたことがないけれどこれもいい経験だと思っておいた。
「あ、お菓子あとどれくらい残ってる?」
「そこに乗っているかごの中に1個とこちらの残りを合わせても3個くらいです」
「じゃあ、早速買ってきてもらおうか。お金は後で渡すから立て替えておいて」
お菓子選びなんてやったことがなかった。ダイエットをしているわけではないが、あまり甘いものを食べないから美味しい見わけもわからなかった。
「お菓子って高いほうがいいですか?」
「いや、そうじゃないけど。珍しいのが一番いいかな」
珍しいお菓子、このシナモンクッキーは珍しくもないがあまりスーパーでは売っていないとも思える。クッキー専門の店でも行けばこういうのはあるかもしれない。
ほら、早くと言われて宗太郎はソファーから立ち上がると相談室から自動ドアへと走っていった。
夢野は走っていく彼の姿を見つめながら小さくつぶやいた。
「やっと・・・・・・・見つけた」
「先生、どうしたの?」
「ううん、何でもない。さてと、ワトソンが帰ってくるまでに仕事再開しよっか」
おさげは新しいのを用意するために一度、テーブルに乗せてあるお菓子とアイスティーを片付けて出し直しをすると、次に来る相談者を待つことにした。

定番にお菓子を買うとしたら、ヒカリエなら珍しいものがありそうだ。
しかし、いざヒカリエに着いてみて、値段を見ると、お金がかかるものばかりだった。
(あのおさげさんってどこでクッキー買ったんだろう・・・もしかしてそこそこお金持ちなのかな)
スマホで調べてみると、通販サイトに同じクッキーが載っていた。箱で買ったとしても4千円くらい。
これは値段的には買えるけれど通販ということは前もって頼まなくてはならない。
(遅くなりすぎたら怒られそうだなぁ。一時的なものになるんだったら・・・)
ふと、思いついたところは“無○良○”というインテリア雑貨やお菓子も売っているお店だ。スマホの時間を確かめては走り出した。
そんなに遠くない場所に“無○良○”の店があり、すぐさまお菓子コーナーへと行くと量売りお菓子をすぐに買った。
そのクッキーは、彩の母がお菓子大好きで裾分けとしてもらったことがあったもの。
走りながらタワーレコードの方に行ってあの路地に入っていくと、丁度お客さんだろうか同じビルに入っていく人を見かけた。
宗太郎も急いでビルに入り、お客さんと一緒にエレベーターに乗ると4階へと向かった。
                         
「これは?」
「”無○良○”のクッキーです。これしか思い浮かばなくてすいません」
満足してもらえるだろうか、おさげちゃんにわたすとそのお菓子は今一緒に来たお客さんへと出していた。
何とかなってよかった。疲れたので宗太郎は待合室の椅子に座った。
「先生、私の話、聞いてくれます?」
「もちろんです」
さっきのお客さんが大きな声でしゃべり始めたので受付の外まで聞こえてきた。
「私、彼氏と別れる夢を見たんです。しかも、付き合い始めてからずっとそうなんです」
「具体的にどんな感じですか?」
「デートで待ち合わせ場所に行ったら急に“別れよう”って言われる夢だったり、彼に呼び出されてそこに行ったら“ごめんね”って言われたり・・・そういう夢ばかりなんです。でも、いざ起きて本人に会うとそんな感じなくて・・・もうどうしたらいいか」
泣きわめいているのだろうか。そっとドアの隙間から覗いてみるとハンカチを目に当てては大きな声を出している。
おさげちゃんが近くに来て宗太郎の前に仁王立ちした。
「覗きは良くないですよ」
「あ、ごめんなさい。でも、気になっちゃって」
「こっちに来て。受付から声を聴いていれば覗きにはなりませんよ」
「あ、ありがとうございます」
案外、優しい子なのかもしれないと思い受付の中には入って余っている椅子に座った。
「どこかで無意識に不安だと思うからです。別れたくない、愛されているのか不安なんですよね。いつかそういう日が来たらどうしようって・・・。もしかして、初恋ですか?」
「そうです。小さい時も若い時も全く恋愛に興味なくて、告白すらしませんでした。でも、35になって職仲間だし、話も弾んでもっと一緒にいたいって思ったら向こうから告白されて私もそうなんですって答えました」
「どこかでその不安をなくさないと、本当にそうなってしまいます。あなたが不安だと彼氏さんも不安になります。もっと、一緒にいる時間を作るのはどうですか?少しずつでいいので距離を縮めるのもいいかと」
「同居とかですか?でも、私何もできなくて」
夢野は女の人の傍まで行くと、急に抱きしめ始めた。
「何もできなくたっていいんです。お互いにできないことを直しあっていけばいいんです」
女の人は大きな声で鳴き始めた。
「どうしました?ワトソンくん」
受付で声を聴いていた宗太郎、自分の母親のことを思い出す。
父と離婚した時、母の様子はわからなかった。なぜ、別れたのか話してもくれなかった。
もっと、自分に打ち明けてほしかったと。
「大丈夫です。夢野さんって母親みたいですね。ああやって抱きしめる人、始めて見ました」
「先生の技です。あの人は1時間話したので千円ですね」
「何時間でどれくらい払うの?」
「短い人もいますよ。30分は絶対話してもらっても500円です。安すぎても高すぎても信用にならないからね」
「ふーん」
女の人はたくさん泣いた後、すっきりしたように帰っていった。
その後も何人か夢の相談をしにきて、無事に終わったころには7時になっていた。

                    *

そして、夕食に雑炊をおさげちゃんに作ってもらいレシピを教えてもらった。
教え方も厳しい彼女、トイレ掃除も細かく何回掃除してもダメ出しをくらった。
そういうわけで今に至るという。
「メンタル持つかな」
賄いというか夕食を食べられるのは悪くないことだが・・・。
まぁ、早起きしなくていいのは楽なんだけどね。学校帰りや来れる時間帯に来いと言われたからそう言う面ではシフトをくみやすいようだ。
難しい内容ではないけれど、早く慣れたいのでまた近いうちに仕事に行くとメールで伝えておいた。
「ワトソンか」
でも、どうしてだろう。
遠い過去の記憶に誰かに呼ばれた時のあだ名もそうだった。

君と同じ夢を見た

『悲しみの夢』
悲しい夢のお話。
宗太郎はやっと慣れた相談室のバイト。そこへ訪ねてきたお客さん。
・空を飛ぶおじさんの夢
・ペットの夢を見た少年の話

今日も”夢相談室”での仕事が始まる。

君と同じ夢を見た

いつも同じ夢ばかり見る。 水の中の夢、溺れているのではなく漂っている。 ただ、ただそれだけの夢・・・あぁ、またここで終わる夢だ。 主人公、和登宗太郎は大学1年生。早朝のポスティングのバイト中、不思議な気配を感じる路地を見つける。 ある日、大学の帰りにその路地へ入ってみると”夢相談室”といういかにも怪しいビルを見つける。 そこに貼ってある高時給の広告を見て思わず、勢いでビルに入ってしまう。

  • 小説
  • 短編
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-09-06

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

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