硝子の燦り(フランス詩選)

青津亮

ぼくの偏愛するフランス詩を、拙いフランス語力で翻訳しました。折に触れて書き足します。象徴詩が好きです。

  永遠  ──アルチュール・ランボオ

 見つけたよ、
 なにがだい? ──永遠さ。
 海に沈んで 融け合って
 ()れ去ってしまった 太陽だよ。

 ぼくらの見張り番、いわく魂というやつよ、
 今夜はそっと語り合おう、囁き声で、胸の内。
 なにもかも、虚空にのみこむ夜のこと、
 火と燃ゆるような 昼のこと。

 通説的な御意見からも
 世間の迫らす逆上からも
 きみはわが身をときはなち、
 されば 飛んでも往くのが好い。

 煌々と照る燠火とね 艶っぽいサテンに
 くるまれば、ただそれだけが
 だあれもなんにもいわずとも、
 義務なるものを 浮かばせる。

 希望の歩み そいつの進路、
 センセイなんざあ、教えちゃくれない、
 ぼくは確信してるんだ、科学とは
 辛抱ともなう責苦であると。

 見つけたよ、
 なにがだい? ──永遠さ。
 海に沈んで 融け合って 
 伴れ去ってしまった 太陽だよ。



  音楽  ──シャルル・ボオドレール


 音楽というやつが、しばしばぼくをとらえるさま、さながら海のようだね!
   こい焦がれる、仄かに照る蒼白の星へ、
 深く蔽う濃霧の下で、あるいはエーテルのみちる 広大な天空のなかで、
   ぼくがそそぎうつすそれ、薫りたかいかの秘め事(ヴェール)

 広がっているのはかの胸の風景、その乳房は豊かにふくらみを帯び、
   風をはらんだ ころもさながらで、
 ぼく、波のかさなる背を昇り、陰部へ這入りこもうとするのだ、
   ぼくを蔽いかくすそれ、夜の帳の仄かな(ヴェール)

 ぼくは肌の感覚わななかせる──なべての情熱そそぎながら──、
   恋わずらいの大船として。
 ここちよい風も、嵐さえもが、劇しく身もだえするがよう。

   音楽とはね──無辺際な湾岸の上、
 ぼくを揺すって耽らせる。──あるいは他日、静謐なる平板、
   わが絶望の反映、高貴なる鏡よ。


  幸福  ──アルチュール・ランボオ


 おお 季節往き、城かがよう、
 無疵な魂なぞいずこ?

   おお 季節往き、城かがよう。

 僕の為したる幸福奥義を
 如何なるひとが逃れえる?

 幸福万歳! ゴールの雄鶏
 喉をば鳴らし 歌うたび。

 されど僕、はやなんにも憧れない、
 幸いに満つる わが命。

 かの蠱惑! 霊肉統合失調しては
 散り往き 努力も霧消して!

   おお 季節往き、城かがよう。

[して災厄が 僕伴れるなら
 つまらないこと 確実で、

 悪書を蔑んではいけない、
 より果敢なくも 生きんがために!

 おお季節往き 城かがよう、
 無疵な魂なぞいずこ?]


  躰を売る詩の女神(ミューズ)  ──シャルル・ボオドレール


 ぼくの胸中のミューズ──いわく、華麗なる宮殿暮しを愛するひとよ、
   時は睦月(いちがつ) 北風の吹きすさぶ頃、
 積雪さながら くろぐろと蔽う倦怠(アンニュイ)に、さいなまれるかの暁に
   紫にかじかむ双のあしさき 暖める火種はもっていないの?

 紫斑印された大理石の肩、鎧戸から射す月光の夜想曲に、
   さらし浴びれば 蘇るのかい?
 金銭(かね)はや干からび、におう貧しさに強いられて
   蒼穹の降らす 黄金(きん)を搔き集めでもするの?

   毎日の麺麭(パン)を購うために、貴女はせっせと稼いでる、
 香炉揺らして戯れる、聖楽団の少女のように、
   讃美歌(テ・デウム)なんぞを歌ったり──たいして信じてないけれど──、

   あるいは空腹の道化者さながら 恥やら色やらさらす如くに、
 ひと知れず 頬を濡らす涙秘め、貴女はばか笑いを御披露、
   腹をよじらす卑俗な笑い そいつでその場を華やがすため。


  病める詩の女神  ──シャルル・ボオドレール


 ぼくの憐れなミューズよ、ねえ、いったい今朝はどうしたの?
   きみが 空疎な双の眸は 夜の幻影 たっぷりと湛えられていて、
 ぼくには視えるよ、きみが顔の色のうえ、旋回するごと
   冷たく不感な 凶器と恐怖、無言のままにうつりかわるのが。

 碧がかった夢魔(サキュバス)と、うすももの 薔薇のいろした妖精が
   壺かたむけて、恐怖と情欲 そいつ等 貴女へ降り注いだの?
 あるいは悪夢というやつが 残虐な、遊戯めいた掌で、
   神話の沼底へ突き落し もしや きみを溺れさせたの?

   ぼくは欲しいんだ、むっと立ち昇る きみの健康な薫り、
 かの女神の胸 屹立する強靭な思念を不断に宿し、
   して鮮血──基督の為流されたそれ──調なめらかに波打って、

   さながら歌の父アポロン神 くわえて
 収穫司る偉大な牧神の、交代制で統治するが如く
   かの女神の 古風にして、おおいなる音節(シラブル)満つるよう。


  夕の諧調  ──シャルル・ボオドレール

 かの時 沈み来て、いま 梢で顫える
   ゆらめく花々 霧消する、香炉の薫らすように。
 夕暮のそらへ 音楽と香放ち、旋回する。
   憂鬱な 円舞曲、もの憂げな 眩暈よ。

 ゆらめく花々 霧消する、香炉の薫らすように。
   ヴィオロンはわななく、胸締めつけるように 愁しく、
 憂鬱な 円舞曲、もの憂げな 眩暈よ!
   天空は 愁しくもまた美しい、おおいなる 祭壇さながら。

 ヴィオロンはわななく、胸締めつけるように 愁しく、
   やさしく 脆い心は憎む、暗鬱にして 広大な虚無を!
 天空は 愁しくもまた美しい、おおいなる 祭壇さながら、
   落日は 凝るおのが血の海に 溺れて往く。

 やさしく 脆い心は憎む、暗鬱にして 広大な虚無を。
   明澄に燦る 在りし日の痕跡を 曳きだそう。
 落日は 凝るおのが血の海に 溺れて往く……
   聖体顕示台さながら 貴女の御姿耀く、わが追憶の裡で。


  猫  ──シャルル・ボオドレール


 おいで、ぼくの美しい猫、わが熱っぽい胸に、ひょいと跳び乗ってごらん、
 おまえの鋭い脚の爪、どうか韜晦に秘めてくれるかい、
 して ぼくが身を、金属と瑪瑙織られ照りかえす 君が双の眸(め)の裡に、
 投げ入れ、燦りの反映に ほうっと侍らせておくれ。

 ぼくの ピアニズムさながらのゆびづかい、
 そいつでおまえの(こうべ)とね、発条のごとやわっこい背 愛撫する時、
 あるいは、ぼくの デッサンの如くタッチがね、
 電磁をはらむ君が軀に、触れ 悦びに陶酔する時、

 ぼくは識るのさ、わが恋人の面影を。その眼差、あたかもかの女のよう、
 愛すべきけものよ、奥行ぶかく くわえて澄むごと冷たくて、
 投槍さながら、わが身をぞっとつんざきもして、
 
 して 脚のさきから、頭まで、
 籠る鋭き雰囲気と、むっと あやうき薫がね、
 黒褐色をうつろわす、陰翳ぶかき海が軀ただよう。

硝子の燦り(フランス詩選)

硝子の燦り(フランス詩選)

  • 自由詩
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2021-09-06

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